魔法道具はじめました

浜柔

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第八六話 洗濯機

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「小僧、居るかーっ!?」
 木工所の親方であるテンダーの叫び声は、既に近所でもお馴染みになっている。雑貨店の前から食堂や累造の部屋に届くだけの大声で呼び掛けるのだから近所の住人にも丸聞こえなのだ。それに加えて「扉ががたついている」「椅子の脚が折れた」等での修理依頼を気軽に受け、ものによってはその場で修理する。噂話にも上がろうと言うものである。
 時折、近所の住人が修理を依頼しようと待ち構えていたように飛び出して来る。そんな時、場合によっては馬車の番のお鉢が累造へと回ってくる。テンダーが作業をするのを累造がぼーっと待ち続けていると、「小僧君も大変ねぇ」と声を掛けられたりもする。累造としては「小僧」呼びを勘弁して欲しいのだが、わざわざ訂正するようなことでもなく、微妙な気分を味わう瞬間である。
 一時期は多かったそんな飛び込みの依頼も、今は落ち着いている。この日も飛び込みの依頼は無いようで、テンダーの応対に表に出た累造はテンダーとその弟子の二人だけなのを見て軽く安堵した。
 そして、馬車の荷に目を向ける。載っているのは幅、奥行きが約六〇センチメートル、高さが約八〇センチメートルの箱と、箱より小さく真ん中から棒が突き出た桶のようなものだ。
「こんにちは。今日はもしかして?」
「おー、注文の品を持って来たぜ」
 累造は目を見開いて笑みを浮かべると、テンダーを手伝って品物を運び込んだ。運ぶ先は洗い場である。
 箱を設置し、魔法陣を一つ起動して箱の底に填め込む。続けて桶のようなものを箱に填め込んで枠を取り付ける。最後に蓋を取り付け、出来上がったのは洗濯機である。桶のようなものは洗濯槽で、運搬中の振動で壊れてはいけないので分解していた訳だ。
 洗濯機の見た目は全自動洗濯機に近いが、機能的には程遠い。水を入れるのも手動で、タイマーも付いてなければ脱水機能も無い。単に断続的に洗濯槽を回す機能のみが有る。排水は洗濯槽の底に有るゴム栓を手を突っ込んで抜かなくてはならない。
「これが洗濯機ですか?」
 事の次第を見守っていたチーナがおずおずと尋ねた。
「そうです。試してみてください」
「そうですね」
 チーナは促されるままに洗濯物を入れ、水の魔法陣で水を入れる。石鹸は別途水に溶いてから入れる。洗濯機下部左側に突き出しているスイッチを押し込み、蓋を閉めたら洗濯機が動き始めた。
 ごごごごごん。ばしゃしゃん。
 そんな音が一〇秒間隔で繰り返される。五秒回っては五秒止まると言う動きである。
「どうしてこんな動きなんですか?」
「回しっぱなしだと水と洗濯物が一緒に回ってしまって洗えないんですよね」
 累造としては二槽式の洗濯機のような構造にしたかったが、軸の防水に難が有るために全自動洗濯機のように洗濯槽を回す構造にしたのだった。
 累造は答えながら別途用意したタイマーの魔法陣を動かして洗濯機の上に置く。
「一〇分くらいで試してみましょう」
 そしてじっと待つ。
「暇ですね」
「一〇分ってこんなに長いものだったか?」
「待つと長いですよね。でも、普通に使う時は洗濯機を回しながら別のことをすればいいので待つ必要はありませんよ」
「見てないと止められないんじゃないか?」
「それを知らせる為のタイマーなんですが、あー、タイマーに気付かなかったりすると動きっぱなしになりますね」
「駄目じゃないですか」
「だけど、何分動かせばいいのかよく判らなくて……」
「途中で止められないんですか?」
「それはできます」
「だったら、一時間以上は動き続けないようにでもすればいいのでは?」
「言われてみれば……。後でそれを組み込んだ魔法陣を描いておきます」
「おいおい、魔法陣を換えるのはいいが、分解や組み立ては大丈夫なのか?」
「微妙?」
「かーっ! しょうがねぇから明日にでもまた来てやるよ」
「お手数をお掛けします」
「まあ、いいってことよ」
 ピピピピピピピピ。
 そうこう話している内に一〇分が過ぎ、タイマーが鳴り響いた。止めないままだと長々と鳴り続けるため、地味に五月蠅い。
「これだけ五月蠅ければ忘れようがありませんね」
「タイマーを動かし忘れなければですね」
「……新しい魔法陣に期待しましょう」
 チーナは少々使い勝手が悪そうだと顔に書きながら、水の中から洗濯物のシャツを一枚取り出して検分した。
「襟首の汚れ落ちが今一つですね」
「その手のきつい汚れを落とせる機械じゃないものですから……」
「もう少し動かしてみますか」
 更に五分間動かしても襟首は今一つだった。
「ままなりませんね。だけど、汚れの酷い部分以外はいい感じなので、汚れの酷い所だけを手洗いすれば良さそうですね」
「はい。多分そうです」
「それで、次はどうするんですか?」
「洗濯槽の底の栓を抜いて水を抜きます」
 そう言われて洗濯槽を覗き込んでも、洗濯物と濁った水とで底の様子は判らない。
「見えませんけど?」
「それは、手探りですね」
「えー」
 チーナは嫌そうに顔を顰めつつ、袖を捲って洗濯槽に手を突っ込んで栓を探す。
「あの、かなり辛いんですけど」
 見れば、チーナは奥の方に手を伸ばしているらしく、爪先立ちになっている。手を滑らせると洗濯槽にドボンだ。
「洗濯槽を手で回しながら探せばいいんじゃないかと」
「え? あっ!」
 体勢を立て直すと、チーナは少し恥ずかしげに顔を赤らめた。そして一息吐いてから洗濯槽を回し、再度手を突っ込んで栓を抜く。
 最初こそ勢いよく排水されたものの、勢いが次第に弱まり、ついには途中で止まってしまった。
「止まりましたけど」
「あ……、洗濯物が排水口に詰まっちゃったんですね……」
「そう言や、内のかーちゃんに試しに使わせた時には、先に洗濯物を取り出してたな」
「そうしましょう」
 チーナは洗濯物を全て取り出した。水に濡れているので少々重い。考えれば絞るのも重労働だ。
「累造君、洗濯物を絞る機械って作れないんですか?」
「やっぱり欲しいですよね。でも、木製じゃ強度が不安ですから……」
「それは何だか聞き捨てならねーな」
「原理的には、濡れた洗濯物を振り回すと水が飛んでいくのを利用します。具体的な構造は、小さな穴を沢山空けた桶を駒よりも速く回します。そうすると穴から水だけが飛び出して洗濯物を絞れるんです」
「駒よりも速く?」
「一分間に一〇〇〇回転くらいでしょうか」
「はあ!? そりゃ確かに無理だ。バラバラになるだろうし、ならなくても軸受けが燃えちまう。小僧の世界にはそれに耐える軸受けが有るってことか」
「はい。一分間に一万回転以上回る機械も有ります」
「想像できねぇな」
 テンダーは呆気に取られたように呟いた。
「そんな速さですから金属じゃないと不安ですし、魔法が絡むのでデイさんに頼まないといけません。だけど、デイさんの手がまだ空きません」
「それじゃ、おあずけなんですね」
「もう一つ、ゴムのローラーで挟む方法が有りますけど、性能は格段に落ちます。手で絞るのと大差無いかも知れません」
「そのゴムのローラーってのも魔法を使うのか?」
「いえ、手で回すだけです」
「だったらそれを作ってみようじゃないか。手で回すだけなら内のかーちゃんが使ってても問題無いからな」
 累造とテンダーがゴムのローラーを使った脱水機の構造について話し始めてしまったのを横目に、チーナは洗濯物を手で絞って再度洗濯機に入れ、水を入れて濯ぎをした。これはこれで面倒ではあったが、洗濯物一枚一枚を揉んだり洗濯板に擦り付けたりするのに比べれば、格段に楽であるのは確かだった。

 翌日、魔法陣を交換してからチーナは洗濯機を本格的に使い始めた。三日もすると洗濯機を回しているのを忘れてしまうなんてことも起きたが、ご愛敬である。
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