魔法道具はじめました

浜柔

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第一五話 明るい雑貨店

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「むぅ」
 累造は麻袋に入った米を見詰めて唸り声を上げていた。衝動的に買ったものの食するまでが遠すぎる。脱皮だっぷするための石臼の用意もままならないのだ。
 石臼はルゼの祖父の代からのものが有るが、ルゼの父親が没して以降は使われないまま、倉庫の奥にしまわている。それと言うのも、回すのにも腕力が必要で、ルゼとチーナでは扱いきれなかった。
 そんな石臼を引っ張り出したとしても、ルゼより腕力の劣る累造では幾らも回すことはできない。
 それに加えて竈の扱い方も知らない。燃料も只ではない。魔法を使った誰にでも扱いやすいコンロを実現するまで、一人で米を炊くのはほぼ絶望的だ。
 結果として米は籾のまま当分寝かせる事になる。だが、その米を入れている袋も只ではない。水販売の報酬を受け取った今、私物は自分で購入する事になっている。
「早まった」
 どう考えてもその結論だった。

 累造とて米とにらめっこしてばかりもいられない。幾つか急を要する案件があるのだ。その筆頭が水の魔法陣の改良である。
 余った水を垂れ流してしまうと「捨てるくらいなら只で寄越せ」と言われても不思議ではなく、水の販売に支障を来す。そのため、水を出しっぱなしにはできない。だからと言って、出したり止めたりを毎度やっていては先日の二の舞だ。理想的なのは一度起動させれば必要な分だけ水を出し、出し終われば休止するものである。
 最も想像しやすいのは、自動洗濯機の給水や、風呂桶に入れる水を自動で止める装置。これの問題は常用できない事である。木の板が常に水に浸かっていると腐りやすい上、水の入れ替わりが少なくなって澱んでしまう。
 次に考えられるのは、水差しで水を注ぐように魔法陣を下に向けると水が出る方式。これの問題は、ちょっと手から落としただけで水がだだ漏れになってしまいかねない事である。それ以前に、重力の向きをどう図案化したものか見当も付かない。
 他に考えられるのは、蛇口のように好きな時だけ開けて水を出す事。これには物理的な可動部分が必要になる。可動部分が有ると故障の原因にもなるが、この方式が最も現実的である。二枚の板を利用して魔法陣のスイッチを作れば、その二枚を接触させるなどでスイッチが入った時にだけ水が出るようにする事も可能だろう。そんな条件を魔法陣に加えるのは不可能ではない筈だ。
 そこまで考えたところで、照明の魔法陣にも応用可能だと気が付いた。現状では光りっぱなしなため、ルゼやチーナは寝る時に魔法陣を廊下に出している。明るいのに慣れていないルゼやチーナは、明るいと眠れないのだ。
 そうなると直ぐにでもスイッチを設けたいところだが、木の板をスライドさせるなど装置は作れない。残念ながら現状の不便は今暫く甘受するしかない。
 照明に思考が流れた事もあり、何気なく照明のスタンドに視線をやった。その時、ある人物が脳裏に過ぎった。そう、テンダーである。テンダーであれば板をスライドさせる仕組みを作る事も容易な筈だ。

 累造としては直ぐにテンダーに依頼したかったが、試作品で動作を確認しない事には無駄に終わりかねない。故に、逸る気持ちを抑えて木の板二枚に魔法陣を描く。
 まず、魔法陣を描いた板からスイッチになる線を描き加え、並べたもう一枚の板まで引っ張った。そして魔法を発動させる。問題なく光ったところで板をずらすと光が消えた。そしてまた、線が繋がるように板を接触させる。光らない。失敗だ。
 そこでまた魔法発動の言葉を唱えると、板が光った。これは板をずらした時点で魔法陣が壊れた事を意味する。つまり、電灯のスイッチのような構造にはできない。
 累造は暫く考え込み、リモコンを思い出した。日本の家電には赤外線を使ったリモコンが付きものだ。そしていざ魔法陣にしようと思ったところで手が止まった。光の魔法陣は最低でも二〇センチメートル程の大きさがある。赤外線リモコンだと、同じく光を発するために二〇センチメートル程の大きさになる。大き過ぎる。加えて、受光部をどうするか、発信側の向きをどうするかも問題だ。極めつけは、リモコンにはスイッチとなるボタンが付きものである。そのスイッチを作りたいのに、スイッチを必要とする仕掛けでは意味が無い。
 他の物を考える。少しばかり長い時間を掛けて考えついたのは電子錠である。勿論電子制御されている電子錠の仕組みを実現できる訳ではないが、トランスの電磁誘導を連想するには至った。電磁誘導でトランスに誘導電流が流れている時だけ光を発する考え方であれば、スイッチの板は小さくでき、本体になる板の横に並べられる。
 ただ、考え方こそ電磁誘導だが、実際に流れるものとして組み込むのは電流ではなく魔力である。
 ともあれ、コイルのイメージでスイッチの図形を描く。本体の方はコイルのイメージでスイッチの魔力を感知する部分を描き、トランジスタのイメージで魔力を感知している時にだけ魔法陣本体に魔力が流れるように図形を描く。動力源の図形と光を発生させる図形との間に、スイッチの図形を挟み込む形である。
 魔法陣を描き終えると実験だ。
 本体とスイッチをオフになる位置で横に並べ、その両方を起動させる。光は発していない。
 スイッチをスライドさせるように本体の感知部へと動かす。光が出た。
 思わずガッツポーズが出た。全身に震えも感じた。そして「おおおーっ」と、声もなく叫んだ。
 その後、何度かスイッチをずらして点灯消灯を繰り返し、問題なく動作するのが確認できた。大成功である。
 これを応用すれば水についても解決できると確信した。

 グウ。
 一仕事終えた気分に浸る中、腹の虫が鳴いた。既に昼を随分過ぎてしまっていて腹ぺこである。いつもならチーナが昼食に呼びに来るのだが、今日はまた来ていない。
 食堂へと行ってみても誰も居らず、台所には食事の支度をした形跡もない。どうしたのだろうかと累造は店へと降りていった。

「ルゼさん、何……」
 何かありましたか、と続けようとして累造は店内の光景に息を止めた。店内が客でごったがえしているのだ。
 ざわめきが店内に満ち、客達の視線は照明へと向けられている。照明の噂が瞬く間に広がり、一目見ようとした客が押し寄せてしまっていた。
「何も買わないならさっさと出てってくれよ!」
 ルゼのそんな怒声が響く。
「ルゼさん?」
「ああ、累造か。悪いが外でチーナを手伝ってくれないか?」
 ルゼの声はかなり疲れていた。
「あ、はい」

 言われるままに外に出ると、三〇人ほどの行列ができていて、チーナが入り口で入店制限を行っていた。
「チーナさん、何をすればいいですか?」
「あ、累造君? では、もう誰も列に並ばないようにして貰えますか?」
 チーナの声も疲れている。累造はそれを引き受けた。

 客を並ばせないようにしたのはチーナの独断だったが、正しい判断だった。いつもより早い時間で閉店した時には、ルゼもショウもチーナも疲れ切っていたのだ。
 ルゼが疲れた声で言う。
「累造が照明で客が増えるとは言ってたけど、これ程とはね」
「今日みたいなのは予想していませんでした。店内が明るい事で客が増えても、倍まではいかないだろうと思ってました」
 累造は素直に答えた。
「そうなのかい?」
「はい、今日は物珍しさが有ったんでしょう」
「あんなにキラキラしてますからねぇ」
 チーナが照明を見上げて呟いた。

 この日、虹の橋雑貨店はルゼが店長になって以降、家具を除いた売り上げで一日の過去最高を記録した。
 だがその一方で、ルゼの疲労と損金も一日の過去最高である。
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