召喚するのは俺、召喚されるのも俺

浜柔

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第一章 夏

第四話 騎士

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 女が震える手を握り締める。
 止めようとしていると見えて、少しだけ震えが小さくなる。
 だが、直ぐに握る前より大きくなった。

 俺は無意識にもう一歩退いた。

 女が胸の前で腕を交差させながら少し顔を上げて上目遣いで睨み付けてくる。
 顔を真っ赤に紅潮させて若干涙目だ。

 また来るか?

 俺は軽く身構える。

 しかし、女は気を静めるように「はああ」と息を吐くと、両膝を突き、両手を突いた。
 更に額を床に着ける。

「先刻は申し訳ないことをした!」

 土下座であった。

「問答無用で魔法を放ち、更にそれを謝罪せねばならぬ相手に手を上げるなど騎士にあるまじき行い。
 恥じ入るばかりだ」

「騎士……?」

 意外な言葉を聞いて口は鸚鵡返しに問いを返すが、視線は女に釘付けにされてしまった。

 けしからん胸が身体からだと頭に隠れて見えなくなった一方、背中から尻にかけてが目に入る。
 熟し切っていないながらもウエストからヒップにかけての艶めかしい曲線が着けている革の防具の上からも判る。
 土下座に慣れていないと見えて尻を突き上げるような姿勢になっているので余計にだ。
 正面からはよく判らなかった腰の細さも一入である。

「吾輩はホーリー・シュリーマー。
 騎士の称号を戴き、王家に仕えている者だ」

 女は律儀に答えた。
 その律儀さは確かに騎士っぽい。

 騎士は王宮に勤める兵士にあって上級職のようなもので、規律と誠実さが求められるらしい。
 王宮に行ったことなんて無いので「らしい」としか判らないだけとも言う。

 そして妙に力が強いのも納得だ。

 逆に納得できないのは振る舞いの方。
 騎士ならもっと冷静沈着であって欲しかった。
 土下座をする騎士も聞いたことが無い。
 「らしい」でしか知らないのだから、聞いたことが無いのも当然ではあるが。

 はたまたこうして油断させておいて一気に命を狙ってくる算段か。
 ……とは流石になりそうにないので、少し俺も落ち着いた。

「その騎士さんが、いきなり魔法を撃ったのか」

「う……」

 ホーリーが小さく呻いた。

「お、男に、は、裸を見られたのが、は、初めてで、ど、動揺してしまったのだ」

 舌を噛み噛みして目に余る動揺ぶりである。
 言葉にいつわりは無さそうだ。

 しかしだ。

「恥ずかしいならあんな所で水浴びなんてするなよ。
 青髪の癖に」

「吾輩は火魔法を使うのだ」

「はあ?」

 ホーリーの答えに思わず素っ頓狂な声が出た。

 青髪が水魔法なのは殆ど常識と言って良い。
 氷も青髪だが希少な存在だ。
 他の例外は更に希少で、火に至っては想像もできない。

 疑問の答えはホーリーの口からつむがれた。

「あまり知られていないが、火魔法は黄色より高い温度で白、青となる。
 吾輩も不思議に思って調べたのだ」

 俄には信じられなかったが、それは真実だと俺の本能が囁いている。
 あの時はあまりに一瞬で痛みすら知覚できないほどだったが、ほんのりと熱を感じた覚えが有る。
 炎の中に一瞬だけ手を突っ込んだような感覚だ。

 だとすれば、どれ程温度が高いのか。
 そのお陰で苦痛を感じずに済んだのでもあるが、いささか背筋が冷たい。

「どの位の温度なんだ?」

「極力絞っても岩が融ける」

「はあ?」

 さっきから変な声ばかりが口から出てしまって些か羞恥を禁じ得ない。

 それはそれとして明らかに戦闘以外には使えそうにないものだ。
 鍛冶にも温度が高すぎて無理だろう。
 岩を融かすような場面がどこかに有ればまた別かも知れないが、そんな場面が草草そうそう有るとも思えない。

 騎士と言う職業をかんがみれば戦闘特化はむしろ好ましいかも知れないが。

 だからそこは納得した。
 動揺していたのなら調節もおろそかになっていたことだろう。
 俺は一瞬で灰になったに違いない。

「魔法については解った」

 しかしまだまだ解らないことが有る。

 町を巡回する兵士でさえ二人一組で行動する。
 遠くから職務で来たのなら騎士であっても独りだけとはおかしい。

「どうしてあの泉に独りで居たんだ?」

 ホーリーは沈黙した。
 答えるべきかどうかを悩んでいるのか、尻が悩ましげに揺れる。

 暫くしてその揺れが治まった。

「頼みが有る」

 ホーリーは答えの代わりに願い事を言い出した。

「吾輩の魔法が当たっても無事でいられるその術を教えて貰いたい」

 何を言い出すやらだ。
 それを教えるとは即ち俺の魔法を教えることなのだから、易々やすやすと教えられるものではない。

 少し話をそららしてうやむやにできないものか。

「当たったと決め付けているようだが、外れたとは考えないのか?」

「それは無い」

 やけにきっぱり言い切った。

「どうして?」

「魔法が当たった痕跡が地面や木々に残されていなかった。
 その場から消えた人物に確かに当たったのだ」

「む……」

 唸らざるを得なかった。

 魔法を発動可能な範囲は個人によって異なるが、身体からだからの距離は短かければ腕の長さまで、長くてもその倍までとされる。
 それより遠い場所に発現させるには魔法を投射する。
 投射された魔法は軌跡を描いて飛び、発現するのは予め距離を定めたものならその距離で、そうでないものは何かに当たった時点でとなる。
 当たらなければある程度の距離を進んだ後に霧散する。

 あの時の二人の距離はホーリーが非常識な発動範囲を持っていないのなら投射が必要な距離だった。
 そして泉の周囲は森の木立に覆われている。
 つまりは俺に当たらなければどこかの木が燃えていた。
 もしくは魔法が当たった部分だけ灰も残さずえぐれたか。

「背負子とこのナイフだけが残っていた」

 ホーリーが腰に提げていたポーチから右手だけでナイフを取り出して差し出して来た。

 柄は殆ど喪われているが、鞘にははっきりと見覚えがある。
 俺の愛用品だ。
 背負子とナイフを回収しているのを見せられれば、周囲をしっかり確認したと認めざるを得ない。

 そして確信している相手を煙に巻けるほどの弁舌は俺には無い。

 だから逆に判らないことを質問する。

「その術がどんなものか予想しているのか?」

「うむ。
 最も可能性が高いと考えているのは、ナイフを身代わりとして魔法に当て、魔法が発現する時の光で周囲が見えなくなっている隙に姿を暗ませたと言うものだ」

 そんなことができるのなら俺が知りたい。

 ともあれホーリーはあれが身体能力と技術によるものと考えたらしい。
 もしそうなら身体能力が俺より明らかに上のホーリーなら容易に修得できよう。

 技術じゃないので無理だが。

 魔法で有るとするなら闇魔法の一種だろうか。

 闇魔法とは酷く曖昧な魔法で、僅かながら人の精神に作用するものや虚像を作るものなどが有ると言う。
 俺の親父が闇魔法の使い手で、人の嘘を知るものだった。
 強い魔法ではないが、取り引きにおいてぼったくられることが無い。
 それで雑貨屋を営んでいた訳だ。

 そんな闇魔法の中にはホーリーの言った通りの働きをするものが有るかも知れない。
 勿論「かも知れない」だけであり、譬え俺の魔法がそうだったとしても答えは決まっている。

「無理だ」

 きっぱりと答えた。
 魔法の副作用だから伝授などできない。

 するとホーリーが顔を上げ、「駄目なのか?」と恨めしげに涙目で訴えてくる。

 一瞬息が詰まった。

 本当に美少女はずるい。
 ぐらんぐらんに心を揺さぶってくる。
 揺らす方が悪いと言えばそれまでだが、はらはらとはかなく花びらが散るかの如き風情を見せ付けられて「揺らすな」と言うのも酷だ。
 ホーリーが顔を上げたことでまた視界に入ったけしからん峡谷も心を揺さぶってくる。
 ここで更にけしからん揺さぶりを畳み掛けられていようものなら堪えられないところだった。
 幸いなことにその最後の揺さぶりは無い。

「無理なものは無理だ」

「駄目なのか」

 ホーリーは上体を起こして右膝を浮かせ、尻を床に着けてぺたんと座った。
 左手を股の間に、右手を右脚の外側に突く。

 土下座は願い事込みだった模様。
 しかし座った姿は土下座よりも破壊力が有る。
 何と狂おしいほどに萌える姿なのだろう。
 「もう何でも教えちゃう」と口から溢れそうになる。
 先刻に町の通りで俺が一方的に悪者にされたのも頷けると言うものだ。

 これが噂に聞くハニートラップか!
 内心で呪文のように唱えて気を落ち着かせた。

「それを知りたい理由は何なんだ?」

 そう問うと、ホーリーは少しびっくりしたように目をしばたたかせた。
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