召喚するのは俺、召喚されるのも俺

浜柔

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第二章 秋

第一九話 繰り返し

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 最初に調べるのは真上から落ちてくる水が時間経過で止まるかどうかだ。
 水が落ち始める所で立ち止まって待ち構え、ペッテが落ちてくる水を魔法で操作して、防壁と成して受け流す。
 二人で立っている周囲は水が入って来ない大きな空間となり、空気袋とは比べものにならない時間をえられる見込みだ。
 それでもランプを灯し続けるには心許こころもとないので消し、光が消えてはペッテが魔力を籠め直す魔光石を頼りにひたすら耐える。

 しかしいつまで経っても落ちてくる水が止まらない。
 空気袋ではうに息切れする時間も過ぎた。

 ペッテが水を操作して洞窟内を探る。

「退路が塞がれているようでございます」

 通って来た洞窟が壁で塞がれていると言う。
 念の入ったことである。

 しかし今は前に進む方が先決だ。
 エリクサーが見つからなければ戻る時の対策がいらないのだから、考えるのは後で良い。

「ここに留まる限り、止まらないようでございますね」

「そうですね」

「流されるといたしましょう」

 浮き輪を着けた後でペッテが足下から水位を上げると、俺達の身体からだは水に浮かんで流れに乗って運ばれだした。
 暫く横に流された後で真下に落ちる。
 いつだったか落下した場所だ。
 ところが今度は落ちた先に水が溜まっていたようで、落ちる際の浮遊感が気持ち悪かっただけである。
 それから回転するように幾度か上下に揺られた後、流れが止まった。

「ここは貯水槽のようでございます」

 ペッテは状況把握に余念がない。
 既にこの場所がどんな場所か把握済みのようだ。

 そのまま大きな泡の底に浮かんで待ち続ける。
 ところが長い時間浮かんでいる間に息苦しくなってくる。
 息も荒くなる。

 これはもう駄目だ。

 そう思い始めたところで水が引き始めた。
 ペッテがすかさず泡を浮上させ、下がった本来の水面で弾けさす。
 新鮮な空気がそこには有った。

 ペッテが魔光石の灯りに浮かび上がった風景の幾つかの場所を指し示す。

「天井から突き出したあの部分がこの貯水槽の入り口でございます。
 あちらの幾つか上に突き出したように見える部分が溢れた水の排出口でございます」

 丸く大きな入り口は中から見れば返しのように見える。
 排出口は通り抜けられないように網目状だ。

 やがて水が完全に引き、地面に足が付いた。

「こうして水が引いてしまっては、ここからの脱出は困難でありましょう」

 脱出の見込みが有るのは入り口だけだが、底から入り口までの高さは背丈の一〇倍を優に超える。
 更に返しのようになっているのだからホーリーの魔法で杭を打つ方法も採れないだろう。
 俺とホーリーの二人だけで今の状態からの脱出は不可能だ。

「水が止まって引くまでの間に入り口から抜け出さないといけない?」

「左様でございます。
 あの入り口の外には、流されて来た洞窟とは反対側に別の洞窟がございます。
 恐らくはそこが奥に続く道でございましょう」

 ペッテは状況を目で確認できるのを期待して、敢えて流されるままにここへと入って水が引くまで待ったと言う。
 その期待通りの結果になったことで、俺が果てしないとさえ思える障害を目の当たりにしている訳だ。

「それでは先へ参りましょう」

「え? もう出られないんじゃ?」

「浮き輪もございますから可能でございます。
 失敗を許されない時には用いることの叶わぬ手段でございますが、幸い今は失敗を許されます」

 ペッテは俺の手を引いて入り口の真下に移動した。

「手を放さないようにお気を付けください」

 そう言って、ペッテが少しだけ俺の手を強く握るのを感じた瞬間、下から水が噴き上げた。
 浮き輪も手伝ってその水に俺達は浮かび、ぐんぐん高く持ち上げられる。
 貯水槽の入り口がみるみる迫り、通り過ぎる。

 擂り鉢状になった部分も抜けてしまえば洞窟だ。
 ペッテの言った通りに奥へ向かう洞窟が魔光石の仄かな灯りに浮かび上がる。
 ペッテが魔法を微調整してそちらへと向きを変える。

 そうして俺達は再び洞窟に降り立った。




 少しだけ休憩してから探索を続行する。
 前を歩くのはペッテだ。
 俺に疲労の色が見えると言って前を歩き出した。
 長時間水に浸かっていたことで、俺の疲れが酷いのはその通りである。
 しかしそれはペッテも同じではないかと考えたのだが、水魔法の使い手は水に強いのだと言う。
 思い起こせば、俺なら一瞬触るだけで火傷するようなものをドグは平気で掴んだりする。
 温泉宿からここまで魔物が全く出ないこともあって、俺はペッテの言葉に甘えることにした。

 しかしそれは間違いだった。

 突然、無数の刺が左右の壁から突き出してペッテを貫いた。
 ペッテが一瞬で展開した水の防壁が多くの刺をへし折ったものの、刺の数が多すぎて防ぎきれなかった。

「ペッテ!」

 叫ぶのも虚しく、穴だらけのメイド服を残してペッテが光の泡のようになって消える。

 その泡を掴もうと手を伸ばした瞬間、身体からだに衝撃を感じて俺の意識も暗転した。




 俺の部屋。
 送還されてしまった場合には、ほぼそれと同時に意識が戻る。
 しかし混乱が残ることもある。
 今し方の光景が脳裏で繰り返されたりするのだ。

「ペッテ!」

「はい」

 不意の返事に目をしばたたかせると、目の前にはペッテが居る。

「良かった! 生きてた!」

「あの、シモン様?」

 名前を呼ばれて初めてペッテに抱き付いてしまっていたことに気付いた。
 目の前で親しい誰かが死ぬ光景などあれが初めてだったのだ。
 ホーリーも幾度か死んだと思われるが、その時は俺も死の間際でホーリーの様子を見るどころではなかった。
 しかし今回はペッテが一瞬だけだが早かったのだ。
 そしてその命を必死に手繰り寄せようとしてこうなった。

 状況を把握して頭が冷えたことで、如何いかに間の抜けたことをしてしまったのか理解する。

「あ、あのこれは……」

「まったく、大きなお子様でございますね」

 そう言って、ペッテは俺の背中に手を回して一度だけ軽く抱き締め、ポンポンと軽く手の平で叩く。
 そして直ぐに押し返すようにして身体からだを離した。

「落ち着かれましたら、向こうを向いて反省してくださいませ」

「はい……」

 温和しくそれに従うと、後ろからドアが開いて閉まる音が聞こえた。

 頭を冷やして考えると、随分恥ずかしいことをしてしまった。
 召喚中のペッテが死んだままになる筈が無かったのだから。


  ◆


 再び俺とホーリーとでのダンジョン探索になる。
 ホーリーとペッテの二人でなら攻略可能のように思えるが、やり直しか利かない探索に送り出すことはできないし、恐らく二人もしないだろう。

 そしてまた、ペッテに見送られてダンジョンへと出掛ける。

「行ってらっしゃいませ。
 お嬢様。
 シモン様」

「うむ。
 行ってくるのだ」

「見送りありがとう、ペッテ」

 ペッテに挨拶して出発する。
 そのダンジョンへと向かう道、ホーリーが鼻歌交じりでご機嫌だ。

「ホーリー、何かいいことでも有ったのか?」

「うむ。
 留守番は退屈だったが、シモンとペッテが前より仲良くなったようで吾輩は嬉しいのだ」

 しかし、当の本人たる俺には以前との差が判らないのだった。




 ペッテのお陰で俺とホーリーとで水の罠を突破する糸口こそ見つかったものの、手段はこれからの課題だ。
 最初に試すのは、貯水槽での落下を避けるために暫く水が落ちてくる場所に留まってから自ら流され、水が止まるのを待って貯水槽の入り口を探すことだ。

 一回目の今回は留まる時間が短すぎた。




 二回目、三回目は貯水槽の入り口が見つからなかった。
 水の中では碌に目を開けられず、開けても視界が悪くてほぼ手探りだ。
 そんな状態で探すのは困難を極めた。




 四回目。
 浮き袋を抱えていることも有って、返しの部分を乗り越えられなかった。




 五回目。
 斜面を下りた所に鉄杭を打ち込み、貯水槽に落ちないよう、長いロープで身体からだと繋いだ。

 用意する時には長いと思ったロープが短すぎた。

 この頃になるとホーリーも失敗に慣れて落胆より羞恥の方が強くなったのか、送還されてしまった後にまた身体を隠すようになった。




 次はロープを更に長くした。

 丁度擂り鉢になっている場所で流されるのは止まったが、水が止まらなかった。




 更にロープを長くした。
 一旦貯水槽に入って水が止まってからロープを伝って入り口へ向かうのだ。

 途中でロープが切れた。




 失敗はしたが、方法としてはこれが最善として同じ手順を行う。

 途中で浮き袋が破れた。




 また失敗はしたが、やはり方法としてはこれが最善として同じ手順を繰り返した。

 そうすれば貯水槽からの脱出に成功する日も来る。

「やったーっ!」

「通り抜けたーっ!」

 雄叫びが出るのも致し方無しだ。




 次に待ち構えるのが刺の罠だ。
 ホーリーが左右の壁を魔法で焼きながら進む。
 目論見通りに罠は動かなくなっている。

 しかし、落とし穴と違ってどこまで続くのかが判らない。
 そろそろ大丈夫だろうと焼くのを止めてみると、次の瞬間には串刺しにされてしまった。




 次の探索のために温泉宿に泊まった時、メーアが言った。

「もう止めて欲しいのです。
 万能の霊薬なんてこのダンジョンには無いのです」

「理由を聞かせていただきたい」

「それは……。
 でも、そんなものが有ればメーアこそ欲しいのです……」

 ホーリーの問いにメーアは答えず、思い詰めたように呟くだけだった。

 その呟きは俺の耳にやけに大きく響いた。




 落とし穴はほぼ毎回通り抜けられるが、水の罠はそうならない。
 ロープが切れる、ロープが絡まる、空気袋が破れるなどが続く。
 特に空気袋が破損しやすい上、しっかりとした固定ができないために激しい水流を耐えきれずに流される。
 如何いかに命の元となる空気袋を守るかの戦いなのだ。
 幸運にも恵まれなければ通れない。

 そんな水の罠でも通り抜けられる日はまた来る。

 罠からの脱出で乱れた息が整ってからホーリーが左右の壁を焼きながら進む。
 今度は日和らずに延延と焼き続ける。

 天井が落ちた。

 どこからか罠が切り替わっていたのである。

 そしてまた水の罠に挑む。




 天井が落ちた地点の少し前から天井を焼いて進んだ。

 焼いた前後が落盤して閉じ込められた。

 そしてまた水の罠に挑む。
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