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第二章 秋
第一八話 嗜み
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ペッテのダンジョン探索は日帰りが基本だ。
朝には朝食の仕度、ホーリーの昼食の準備、俺とペッテ自身の昼食用のサンドイッチを作り、帰ってからは夕食の仕度をするのである。
これだけで無理が有りそうなものだが、ペッテは平然と「問題ございません」と言い切った。
そしてそれは真実なのだろう。
ペッテを一緒に召喚するのは出発直前である。
いつものように暗転して光が戻る。
ペッテは着痩せする印象だ。
細身ながらもウエストが引き締まっているために身体の線にメリハリが有って艶めかしい。
そんな肌を隠す素振りも見せず、不思議そうに呟く。
「おや……?」
「どうかしました?」
「いえ、気のせいでございましょう」
ペッテはそう言って話を終わらせた。
ダンジョンの罠は破壊してもいつの間にか元通りになっていて、次の時にはまた破壊しないと進めない。
落とし穴に降りるための鉄杭も毎回地面に突き刺し直すのだ。
今回はホーリーが居ないのでその鉄杭を突き刺せないのだが、ペッテには考えが有るらしい。
立て札の奥へ入った所で浮き輪を腰に巻くよう支持された。
「離れないようにしてくださいませ」
浮き輪を巻き終わった俺の手を引くようにして落とし穴の有る場所をスタスタと進んで行く。
ノープランで口を出せる状況ではないので黙っているが俺は戦々恐々である。
そしてその時が来た。
足下があやふやになって身体が浮遊感に包まれる。
次の瞬間には下から噴き上げる水に支えられて落下が止まった。
容易に予想ができるようにペッテの魔法だ。
その水は落とし穴が水で満たされるまで出続けた。
それからペッテが魔法で水流を作る。
その流れに身を任せるだけで落とし穴の向こう側であった。
あまりの呆気なさに口も軽くなってしまう。
「凄いとは思ってましたが、ペッテさんの魔法はでたらめな強さですね」
「でたらめさにかけてはシモン様の魔法に遠く及ぶものではございません」
若干声が低くなったことにヒュンと背筋に冷たいものが奔る。
化け物じみた言い方はしない方が身のためのようだ。
へらっと笑って誤魔化しがてら、俺の魔法の話に乗る。
「あは……、そ、そうでしょうか?」
「はい。
それも不用意に他人にお話ししてはならないものではございます。
本来であれば私どもにも沈黙を貫くべきでございました」
「たはは……。
ホーリーに迫られたらつい……」
「……仕方ございませんね……」
「そこは駄目出ししないんですね」
「はい。
お嬢様は大変可愛らしゅうございますから」
「確かに」
ペッテ自身がホーリーに頼まれたら間違ったことでもない限り嫌と言えないのだろう。
「それにしても、やはり俺の魔法は危険ですか……」
「魔法がではなく、シモン様に危険が及ぶと言う意味でならその通りでございます」
「随分前ですけど、ドグにも同じ忠告を受けたんです」
「それは良うございました。
見識がお有りの方が近くにいらっしゃったようで」
「親戚じゃないんですけど、それに近い感じでしたし、今じゃ俺の親代わりみたいな人です。
俺の魔法が火だったらドグの跡を継ぐことも考えたんですが……」
「ドグ様は高名な鍛冶師でございますからね」
「いえ、高名だからとかじゃないんですけど……、ドグってそんなに有名なんですか?」
「おや?」
ペッテが小首を傾げた。
「ドグ様の打たれる剣は丈夫で切れ味鋭く、持ち主の手に馴染む柄を備えておいでで、一度手にすると他の剣を使えなくなると、騎士達にも評判でございます」
「そんなにですか……」
「案外、ご本人や近しい方々の方がご存じないのやも知れませんね」
ペッテの表情は読めないものの、声は至極優しげに響いた。
話がてらの休憩も終わって先に進む。
待ち受けるのは斜面だ。
今回はホーリーが居ないのでロープを垂らせない。
慎重に進まなければならない。
しかしだ。
水の中を漂ったために俺の身体はびしょ濡れなのだ。
つるっと足を滑らせた。
「シモン様……」
やはり身体を隠す素振りも見せないまま、呆れきった声音でペッテは俺の名を呼ぶだけだった。
「ごめんなさい」
俺はと言えば平身低頭謝るのみである。
あまりにも迂闊、あまりにも粗忽に今日を無駄にしてしまった。
幾許かの時間、そのままで居た。
「いえ……、私も不注意でございました」
濡れているのを考慮して対策を取るべきだったとペッテは言うが、何も考えずに足を滑らせた俺が一番に悪いのは疑いない。
「それよりも、明日も私がダンジョンに向かうのでございますから、召喚の方をお願いします」
「は、はい」
俺はキビキビと動く。
こんなことで失敗を払拭できるとは思わないが、気持ちの問題だ。
ペッテの手を取って呪文を唱える。
暗転、そして光が戻る。
「おや……?」
「どうかしました?」
「いえ……」
ペッテが胸と股間を腕や手で隠しながら呟いた。
「シモン様の魔法は罪作りでございますね」
「はい? それはどう言う意味で?」
「秘密でございます」
「そんな! 気になるじゃないですか!」
「それに恐らくはもう手遅れでございます」
「な、何がですか?」
「これだけは申し上げます。
今後とも召喚に加える人物はお嬢様と私のみにしてくださいませ」
「それはいいんですけど、それは答えになってませんよね?」
「お答えしないのは罪作りの罰とお考えください」
「何の罰ですか!?」
しかし言った通りに罰のつもりか、いくら問い質しても、ペッテはそれ以上、頑として答えなかった。
そして俺が諦めてからペッテが言った。
「私が部屋を出るまで後ろを向いていてくださいませ」
俺がその通りに後ろを向くと、数拍の後にドアが開いて閉まる音がした。
俺達の帰りを待つ間、ホーリーは鍛練に勤しんだと言う。
ダンジョンの探索を始めて以降、疎かになってしまった分を取り戻すべく励んだとのこと。
鍛練が疎かになっているのは俺も同じだが、ままならないのもまた然り。
探索に失敗したら肉体の時間が巻き戻るため、召喚中に鍛練をしてもそのまま探索に行けば元の木阿弥になる。
だからと言って、ホーリーやペッテを一緒に召喚する都合からこまめな召喚し直しもできないのだ。
そのため、そこそこ鍛練を行えるのは対策や準備に充てると決めた日だけになっている。
翌日。
二日続けてのお留守番にご立腹なようで、ホーリーが頬を膨らませた。
ところが、ペッテがその膨らんだ頬をつんつんと数回突っつくだけで「きゃっきゃ」と笑ってご機嫌が戻るのだ。
幼女か……。
ペッテもペッテで口角が丸く上がっていてご機嫌な様子。
……。
仲の良い母娘か姉妹かのようだが、見ている方が恥ずかしくなったり妬けたりするじゃれ合いっぷりである。
もしかすると、ホーリーに婚約者が居ないのは、ホーリーのしでかしたことだけでなくペッテの存在も理由ではないだろうか。
こんなにべったりな二人がホーリーの輿入れ如きで離れはしないだろう。
ホーリーを娶れば、漏れ無く間男じみたメイドが付いて来る。
そう見える筈だ。
そしてそれは寝室にまで……。
少し怖い考えになってしまった。
「出発が遅くなったらその分帰りも遅くなるよ」
じゃれ合いが長くなりそうなので声を掛けた。
「これは失礼いたしました」
照れが混じったようなペッテの声音であった。
落とし穴を前回同様に通り抜けたら問題の斜面だ。
同じ失敗を繰り返さないよう、ペッテの魔法で服の水気を抜き、乾いた布で靴の残った水気を拭って滑らないのを確認してから慎重に下る。
そんな俺の横ではペッテがすいすいと下りて行く。
このメイド、何者?
俺はペッテにかなり遅れて下に辿り着いた。
「ペッテさん、速いです。
メイド服なのに……」
ペッテだから、で納得してしまっていたのだが、ペッテは非常識にもメイド服のままなのだ。
「メイドの嗜みでございます」
メイドとは一体……。
朝には朝食の仕度、ホーリーの昼食の準備、俺とペッテ自身の昼食用のサンドイッチを作り、帰ってからは夕食の仕度をするのである。
これだけで無理が有りそうなものだが、ペッテは平然と「問題ございません」と言い切った。
そしてそれは真実なのだろう。
ペッテを一緒に召喚するのは出発直前である。
いつものように暗転して光が戻る。
ペッテは着痩せする印象だ。
細身ながらもウエストが引き締まっているために身体の線にメリハリが有って艶めかしい。
そんな肌を隠す素振りも見せず、不思議そうに呟く。
「おや……?」
「どうかしました?」
「いえ、気のせいでございましょう」
ペッテはそう言って話を終わらせた。
ダンジョンの罠は破壊してもいつの間にか元通りになっていて、次の時にはまた破壊しないと進めない。
落とし穴に降りるための鉄杭も毎回地面に突き刺し直すのだ。
今回はホーリーが居ないのでその鉄杭を突き刺せないのだが、ペッテには考えが有るらしい。
立て札の奥へ入った所で浮き輪を腰に巻くよう支持された。
「離れないようにしてくださいませ」
浮き輪を巻き終わった俺の手を引くようにして落とし穴の有る場所をスタスタと進んで行く。
ノープランで口を出せる状況ではないので黙っているが俺は戦々恐々である。
そしてその時が来た。
足下があやふやになって身体が浮遊感に包まれる。
次の瞬間には下から噴き上げる水に支えられて落下が止まった。
容易に予想ができるようにペッテの魔法だ。
その水は落とし穴が水で満たされるまで出続けた。
それからペッテが魔法で水流を作る。
その流れに身を任せるだけで落とし穴の向こう側であった。
あまりの呆気なさに口も軽くなってしまう。
「凄いとは思ってましたが、ペッテさんの魔法はでたらめな強さですね」
「でたらめさにかけてはシモン様の魔法に遠く及ぶものではございません」
若干声が低くなったことにヒュンと背筋に冷たいものが奔る。
化け物じみた言い方はしない方が身のためのようだ。
へらっと笑って誤魔化しがてら、俺の魔法の話に乗る。
「あは……、そ、そうでしょうか?」
「はい。
それも不用意に他人にお話ししてはならないものではございます。
本来であれば私どもにも沈黙を貫くべきでございました」
「たはは……。
ホーリーに迫られたらつい……」
「……仕方ございませんね……」
「そこは駄目出ししないんですね」
「はい。
お嬢様は大変可愛らしゅうございますから」
「確かに」
ペッテ自身がホーリーに頼まれたら間違ったことでもない限り嫌と言えないのだろう。
「それにしても、やはり俺の魔法は危険ですか……」
「魔法がではなく、シモン様に危険が及ぶと言う意味でならその通りでございます」
「随分前ですけど、ドグにも同じ忠告を受けたんです」
「それは良うございました。
見識がお有りの方が近くにいらっしゃったようで」
「親戚じゃないんですけど、それに近い感じでしたし、今じゃ俺の親代わりみたいな人です。
俺の魔法が火だったらドグの跡を継ぐことも考えたんですが……」
「ドグ様は高名な鍛冶師でございますからね」
「いえ、高名だからとかじゃないんですけど……、ドグってそんなに有名なんですか?」
「おや?」
ペッテが小首を傾げた。
「ドグ様の打たれる剣は丈夫で切れ味鋭く、持ち主の手に馴染む柄を備えておいでで、一度手にすると他の剣を使えなくなると、騎士達にも評判でございます」
「そんなにですか……」
「案外、ご本人や近しい方々の方がご存じないのやも知れませんね」
ペッテの表情は読めないものの、声は至極優しげに響いた。
話がてらの休憩も終わって先に進む。
待ち受けるのは斜面だ。
今回はホーリーが居ないのでロープを垂らせない。
慎重に進まなければならない。
しかしだ。
水の中を漂ったために俺の身体はびしょ濡れなのだ。
つるっと足を滑らせた。
「シモン様……」
やはり身体を隠す素振りも見せないまま、呆れきった声音でペッテは俺の名を呼ぶだけだった。
「ごめんなさい」
俺はと言えば平身低頭謝るのみである。
あまりにも迂闊、あまりにも粗忽に今日を無駄にしてしまった。
幾許かの時間、そのままで居た。
「いえ……、私も不注意でございました」
濡れているのを考慮して対策を取るべきだったとペッテは言うが、何も考えずに足を滑らせた俺が一番に悪いのは疑いない。
「それよりも、明日も私がダンジョンに向かうのでございますから、召喚の方をお願いします」
「は、はい」
俺はキビキビと動く。
こんなことで失敗を払拭できるとは思わないが、気持ちの問題だ。
ペッテの手を取って呪文を唱える。
暗転、そして光が戻る。
「おや……?」
「どうかしました?」
「いえ……」
ペッテが胸と股間を腕や手で隠しながら呟いた。
「シモン様の魔法は罪作りでございますね」
「はい? それはどう言う意味で?」
「秘密でございます」
「そんな! 気になるじゃないですか!」
「それに恐らくはもう手遅れでございます」
「な、何がですか?」
「これだけは申し上げます。
今後とも召喚に加える人物はお嬢様と私のみにしてくださいませ」
「それはいいんですけど、それは答えになってませんよね?」
「お答えしないのは罪作りの罰とお考えください」
「何の罰ですか!?」
しかし言った通りに罰のつもりか、いくら問い質しても、ペッテはそれ以上、頑として答えなかった。
そして俺が諦めてからペッテが言った。
「私が部屋を出るまで後ろを向いていてくださいませ」
俺がその通りに後ろを向くと、数拍の後にドアが開いて閉まる音がした。
俺達の帰りを待つ間、ホーリーは鍛練に勤しんだと言う。
ダンジョンの探索を始めて以降、疎かになってしまった分を取り戻すべく励んだとのこと。
鍛練が疎かになっているのは俺も同じだが、ままならないのもまた然り。
探索に失敗したら肉体の時間が巻き戻るため、召喚中に鍛練をしてもそのまま探索に行けば元の木阿弥になる。
だからと言って、ホーリーやペッテを一緒に召喚する都合からこまめな召喚し直しもできないのだ。
そのため、そこそこ鍛練を行えるのは対策や準備に充てると決めた日だけになっている。
翌日。
二日続けてのお留守番にご立腹なようで、ホーリーが頬を膨らませた。
ところが、ペッテがその膨らんだ頬をつんつんと数回突っつくだけで「きゃっきゃ」と笑ってご機嫌が戻るのだ。
幼女か……。
ペッテもペッテで口角が丸く上がっていてご機嫌な様子。
……。
仲の良い母娘か姉妹かのようだが、見ている方が恥ずかしくなったり妬けたりするじゃれ合いっぷりである。
もしかすると、ホーリーに婚約者が居ないのは、ホーリーのしでかしたことだけでなくペッテの存在も理由ではないだろうか。
こんなにべったりな二人がホーリーの輿入れ如きで離れはしないだろう。
ホーリーを娶れば、漏れ無く間男じみたメイドが付いて来る。
そう見える筈だ。
そしてそれは寝室にまで……。
少し怖い考えになってしまった。
「出発が遅くなったらその分帰りも遅くなるよ」
じゃれ合いが長くなりそうなので声を掛けた。
「これは失礼いたしました」
照れが混じったようなペッテの声音であった。
落とし穴を前回同様に通り抜けたら問題の斜面だ。
同じ失敗を繰り返さないよう、ペッテの魔法で服の水気を抜き、乾いた布で靴の残った水気を拭って滑らないのを確認してから慎重に下る。
そんな俺の横ではペッテがすいすいと下りて行く。
このメイド、何者?
俺はペッテにかなり遅れて下に辿り着いた。
「ペッテさん、速いです。
メイド服なのに……」
ペッテだから、で納得してしまっていたのだが、ペッテは非常識にもメイド服のままなのだ。
「メイドの嗜みでございます」
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