召喚するのは俺、召喚されるのも俺

浜柔

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第三章 冬

第二四話 ハムサンド

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 一夜明け、パンとハムで朝食を摂る。
 俺に出来るのは切って挟むことだけ。
 焼くだけであっても、そのためのたきぎを手に入れるにはそれ相応の労力が必要だ。
 それで労力に見合うものが得られるかと言うとそうでもない。
 割り切って食えれば良いだけとした方が気楽である。

 何とも切ない話だが、独りとはそんなものだ。

 それでも、干し肉ではなくハムの分だけ豪華なものだ。
 初冬には冬支度の一貫として作られたハムが安く出回り、季節柄から数日間保つのでこの時期に限って買う。
 ハムは俺にとっての旬の食材の一つである。

 日中は鍛練に勤しむ。
 ホーリーが王都に戻ると言うことは、俺が食費の心配をしなければならなくなると言うことでもあり、鍛えるなら今の内なのだ。

 ここ最近している体力作りを黙々とこなす。
 単純な筋力トレーニングを部屋の中でした後、走り込みや素振すぶをするために町を南側に外れた川向こうの森の中に行く。
 才能の差からホーリーの域に達するのが不可能だと判っていても、ダンジョンの探索をしていて今のままでは足りないのも実感した。
 今後の生活のためにも鍛えなければならない。

 才能の差とは端的に言えば魔法の違いだ。
 持って産まれた魔法が火であれば膂力りょりょくと体力に優れる傾向にあり、土であれば頑丈さと持久力に、風なら素早さに優れる傾向にあり、水は全てを満遍なく少しずつ底上げする。
 そして俺の持っている召喚魔法はと言えば、それらの戦闘に役立つ能力に全く影響しない。
 つまり、才能の差なのだ。




 昼になり、適当な岩に座って持って来たバスケットを開ける。
 中身は昼食。
 昼食のためだけに帰宅するのは少々時間が勿体ない。

 そのメニューは朝と同じくパンとハム。
 朝食と一緒に作ったのだから当然だ。

 冬を前にして森は静けさを増している。
 秋の深まりとともに木々は葉の殆どを散らし、葉擦れの音が消えた。
 動物は息を潜めるようにし、虫は動きを止めている。
 今、一番大きく聞こえるのは俺がパンを囓る音である。

「何を食べているのだ?」

「ハムサンド」

「シモンが作ったのか?」

「うん。
 作ったと言えるかどうか判らないけど」

「どんな味なのだ?」

「食べてみる?」

「うむ。
 戴くのだ」

 一口囓った途端、俺の予想通りに顔を顰めるホーリー。

「素朴な味わいなのだ……」

「口に合わないなら無理しない方がいいよ」

「む、無理ではないのだ」

 ホーリーはもう一口囓る。

「なら、いいんだけど……、って、ホーリー?」

「何だ?」

「どうしてここに? 明日まで温泉宿じゃなかった?」

 何気なく会話してしまっていたが、ホーリーは今日ここに居る予定ではない。

「吾輩はもう幾度となく温泉を楽しんだ後なのだ。
 殿下とは一度お伴しただけで十分なのだ」

 そこでホーリーが少しムッとした顔をする。

「それに殿下は温泉で吾輩を見る度に『けしからん』とおっしゃる。
 理由を尋ねても『けしからんものはけしからんのじゃ』と答えてくださらないのだ」

 ナイチアビーナの慎ましやかな胸部を思い返せば、俺がホーリーに抱くのとは似て非なるけしからん思いが有ると想像できる。

「その点にはあまり触れない方がいいんじゃないかなぁ」

 俺はホーリーから視線を外して言った。

「何か心当たりが有るのか?」

「いや、全く」

 ナイチアビーナの名誉のためにもここはきっぱりと言った。

 すると「むむっ」とホーリーが不満げにするので、ナイチアビーナなら不満が有ればはっきり言うのではないかと尋ねると、ホーリーは「殿下はそう言うお方だった」と納得したように答えた。

 そして暫しの沈黙。
 ホーリーの言った理由は理由になっていそうでなっていない。
 護衛対象を放り出した格好になっているのだからそれだけでは弱すぎる。
 それを問い質したものかどうかを考えてしまったのだ。

 その沈黙の理由をホーリーは察したのかも知れない。

「それと、この機会にシモンがどのような生活をしていたのか知っておこうと思ったのだ。
 ペッテと一緒ではペッテが何でもしてしまって判らなくなるのだ」

「楽しいもんじゃないぞ。
 それみたいに」

 俺はホーリーが二口だけで食べるのを止めていたハムサンドを指差した。

「もう食べられそうにないなら渡して」

 手を差しだすと、ホーリーは素直にハムサンドを俺の手に載せた。

「すまない」

「口に合わないのはしょうがないよ。
 俺だって美味いなんて思ってないから」

 空腹が満たされればそれでいいのだと言うと驚かれた。
 こんなところには育ちの違いが出るものだ。

 そして俺はと言うと、差し迫った空腹を満たすためにホーリーが囓った残りのハムサンドを食べる。

「シモン!?」

 ホーリーが素っ頓狂な声で俺を呼んだ。

「何?」

「な、何でもない!」

 何故だかあたふたと狼狽えつつ顔を赤くするホーリーであった。




 昼食を食べ終わって人心地付いたら鍛練を再開する。

 この日、ホーリーは手合わせを含め、ずっと俺の指導をしてくれた。




 日が陰り始めたら家路に就く。

 ぐぅぅぅ。

 腹の虫の音がして、ホーリーが顔を真っ赤に染めた。
 ほぼ昼食抜きだったのだから腹の虫も鳴こうと言うものだ。

「直ぐに食堂に行こう。
 俺の作ったハムサンドみたいなものじゃないからホーリーにも食べられないことはない筈だ」

「う、うむ……」




「今日はこんなに可愛い彼女連れかい? 隅に置けないねぇ」

「いや、隅に置いて欲しい」

 真ん中に座ろうものならホーリーに視線が集中するのが必然だ。
 なるべくならそれを避けたかった。
 しかし、願望とは裏腹に食堂の席は隅から埋まるものなのだ。
 注意を向けるべき方向を限定するためでもある。

 結局は中の方に座る羽目になっていて、女将さんの台詞はそれを踏まえたちょっとした冗談だったのだ。

「見ての通りだから諦めとくれ。
 それで注文は?」

「日替わり定食を二つ」

「あいよ」

 料理が運ばれてくるまでの待ち時間にホーリーが店内を興味深そうに見回した。

 それに連れて視線が集まってくる。
 殆どはホーリーに向けられているのだが、憎々しげに俺を睨んでくるものも有る。

 嫉妬とは嫌なものだ。

「お待たせ」

 俄に混み始めた店内を料理は運ばれて来た。
 代金と引き替えに受け取る。

「ごゆっくりどうぞ」

「ありがとう」

「これがシモンの慣れ親しんだ料理なのか……」

 ホーリーが恐る恐る料理を口に運ぶ。
 口に入れ、一噛み二噛み。
 小さく微笑んだ。

「うむ。
 悪くないな」

 どよめきが起きた。
 店内の殆どの視線がホーリーに釘付けだ。

 しかし、食堂からすれば客にぐずぐずされても困るものである。

「ほらほら、食べ終わったなら、とっとと出てっとくれよ!」

 女将さんが食べ終わっても出て行かない客を急き立てた。
 「えーっ」「そんなー」と不平の声が出るが、「料理を食べない奴は客じゃないよ」と動じない。
 すると上がる「じゃあ定食追加だ!」「こっちは串焼きだ!」と言う不承不承とばかりの注文の声。
 しかし、「あいよ」と愛想良く返されると、不満げに注文した客達も苦笑いするばかりであった。

 ホーリーはそんなちょっとした騒動には目もくれず、料理を口に入れては小さく頷いたり小さく微笑んだりする。
 ペッテの料理を食べる時と比べればささやかな反応だが、そこそこ口に合ったようで何よりである。
 空腹分を差し引かねばならないかも知れないが、そこは追及しない方が良いだろう。

 そんな俺から見ればささやかなホーリーの反応も、ここに居合わせただけの人や食堂の前を通り掛かった人には格別のものに見えたらしい。
 たちまち満席になり、「あのコと同じものをくれ!」と異口同音の注文が飛び交う。
 食堂の前には行列までできているようであった。

 しかしそんな喧騒もうたかたのようなものである。
 ホーリーが食べ終わって食堂を出ると、行列が瞬く間に消えた。




 帰宅後、ペッテが居ないために沐浴はできず、汲み置きの水で身体からだを拭うしかできなかったことに、ホーリーは大層ご不満のようであった。

 無理なものは無理なんだよ……。
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