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第三章 冬
第二六話 栗拾い
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昼前に森へ行く。
今日は稼ぐためではないので、夕食の足しにするくらいで終わらせる予定だ。
落葉もピークを過ぎ、森の木々が寒々とした姿を晒す中に緑とオレンジ色に彩られた一角が有る。
実をたわわに実らせた野生のオレンジの木である。
まだ出始めのその実をもぎ、二人で一つずつ食べる。
「酸っぱ!」
ホーリーが口に入れた一房を噛み締めた途端に叫んだ。
まったくその通りだった。
酸っぱすぎて口が窄まる。
「これはまだ早かったな……」
料理に使ったり、旅先に持って行くならこのくらい酸っぱい方が良いだろうが、この場で楽しむにはつらい。
ところがホーリーは食べる手を止めない。
オレンジを口に入れては顔を顰める。
「この酸っぱさが癖になりそうなのだ」
結構気に入ったらしい。
次に行くのは今の場所とは一転、緑がほぼ抜け落ちた場所。
旬の終わりを向かえた天然の栗林である。
イガ栗が未だそこかしこに転がっているのを確かめてからホーリーに手本を見せる。
「落ち葉に埋もれてないのを選んで、脚で踏んづけてイガを剥いて、中だけ取り出すんだ」
ホーリーにも試して貰ったところ、問題無さそうだったので手分けして拾うことにした。
イガ栗の数で五〇個分ほどで拾うのを止め、選別する。
穴の空いているものや見た目に比べて軽いもの、小さいものを投げ捨てる。
組合に売る時にもこうやって選別していた方が高く買い取って貰え、運ぶ量も少なくなるのでいつもしている。
その際、自分用として小さいだけのものや判断できないものを充てるのだが、今日に限ってはいつもなら売るものだけを残す。
「な、何で捨てるのだ。
折角拾ったのに!」
拾ったなら全部持って帰りたいのも人情だ。
しかしここでそれに流されてはいけない。
「虫食いだったりするから」
中身が入ってなさそうなものを選んでナイフで切って見せる。
「あ……」
ホーリーの眉根が寄った。
真っ黒で、一目で食べられないと判るものだったのである。
「シモンはこのようなことをどうやって知ったのだ?」
「両親に教わったんだ」
けして裕福ではなかったこともあり、おかずを一品増やすための山菜摘みなどは日常だった。
ただそれも今にして思えば、魔法を使えないと思われていた俺の将来のために少しでも多くの蓄えを残そうとしてくれていたのだ。
そんなこんなを話したり考えたりしている間に選別も終わり、栗の数は三分の一になった。
それでもペッテと合わせて三人で食べるには十分な量である。
「ペッテに何か美味しいものを作って貰おう」
「うむ!」
眼をキラキラさせながらの良い返事であった。
セバルスに戻ったのは昼を少し回った頃だ。
ナイチアビーナとペッテが温泉宿から戻ってくるのは夕方に近くなる予定なので、栗を持ったまま行き付けの食堂に行く。
「昼からとは珍しいね」
そう言いながら女将さんは俺達を隅の席に案内してくれた。
「昨夜は彼女さんのお陰で稼げたんだけどね。
あんなにてんてこ舞いするのは一度だけで十分だよ」
「あはは……」
俺も落ち着いて食べたいので気遣いに感謝しよう。
「日替わり定食を二つ」
「あいよ。
ところでそれって栗かい?」
女将さんは目敏く見つけたらしい。
「そう。
拾ってきたんだ」
「まだ残ってたんだね。
内じゃ、去年と違って今年はいい栗が手に入らなくてがっかりだったよ」
「森は去年と変わらなかったけど……」
手元の栗を見ながら言った。
「店をやってると拾いに行く暇も無くてさ。
だからいつも組合から卸して貰ってるんだけど、今年はいいのが無かったんだよ」
去年には有った選別済みの品が無かったらしい。
選別されてない安い品から選別すれば同じだが、手間が掛かる上に却って高く付きかねないので店で出すのを諦めた料理もあるのだとか。
「そうなんだ……」
俺が今年、栗拾いをしていなかったことが多少影響しているのかと思うと、微妙な気分になった。
帰宅した後はペッテが帰るのを待ちつつ筋力トレーニングと剣の型稽古だ。
剣を構え、ゆっくりと振りかぶる。
ゆっくりゆっくり腕の位置や向きを確かめながら振り下ろす。
蠅が停まりそうなほどにゆっくり動かすと、途中で腕が震えそうになる。
それに意識を持って行かれないように剣筋にだけ集中する。
息をひたすらゆっくりと、そして深くする。
下まで振り下ろせたものの、途中で剣筋が少し乱れてしまった。
「ホーリーの域には程遠いな」
「うむ。
しかしかなり進歩したのだ」
「うん」
最初は途中で止まっていたのだから進歩には違いない。
そうこうしている内に日が沈み掛け、「堪能したのじゃ」と言いながらナイチアビーナがペッテと共に温泉宿から戻って来た。
更には「こんな機会でもなければ熱い食事などできないのじゃ」と夕食の卓にも座る。
何でも、王宮では食堂が厨房から遠く、運んでいる間に冷める上、毒味役に弄り回されて更に冷めた食事になるらしい。
「妾に毒味役はいらぬのじゃがな」
即死でもしない限りは回復魔法で治せるのだとか。
それでも毒味を経てからでなければ食べられないのが王宮の決まりらしい。
しかし、ここでペッテが料理したものを食べる分にはそんな心配がいらない。
その料理が出来上がるのももう少し後だ。
「お待たせいたしました」
ペッテが料理を運んで来た。
その時の食堂では、どうしてそうなったか、ナイチアビーナが温泉宿の素晴らしさを力説していた。
余程気に入ったらしく、温泉を更に発展させたいような話の途中だった。
話し足りないようにしながらも料理を前にすると食欲の方が勝るらしく、目の輝きが変わる。
そして食べ始めた途端に「美味いのじゃ、美味いのじゃ」「あっちっち、あっちっち」を連呼し始め、食べ終わるまで続いた。
当然のようにホーリーも「美味い、美味い」と連呼するものだから、ペッテの口角は気持ち悪いくらいに上がっていた。
食べ終わって人心地付いた頃。
「こんな美味い料理をホーリーばかりが食しておったとはけしからんのじゃ」
「な、何がけしからんのでしょうか? 殿下は時々理不尽です!」
「何を言うか。
妾の方がいつも理不尽な思いをしておるのじゃ」
「何をでしょうか?」
「言えるものか! 自分の胸に手を当ててよーく考えてみるのじゃ」
それ、言っちゃうんだ……。
ホーリーは素直に右手を胸に当て、暫し瞑目。
そして目を開けるとこてんと首を傾げた。
「判りません」
「ぬぬぬ……。
ペッテ、ホーリーが虐めるのじゃ!」
ちょうど戻って来たペッテにナイチアビーナは椅子に座ったまま抱き付いた。
「左様でございますか」
やれやれとばかりに答えたペッテはナイチアビーナの頭を撫でる。
「ち、違うのだ! 虐められたのは吾輩の方なのだ!」
ナイチアビーナとは反対側から、ホーリーも椅子に座ったままペッテに抱き付いた。
「左様でございますか」
ペッテは反対側の手でホーリーの頭を撫でる。
両手で二人の美少女の頭を撫でるペッテの口角はまた気持ち悪いくらいに上がっていた。
ホーリーがナイチアビーナを宿屋まで送り届けた時にはガンツとウルスラの風邪は治っており、その場で王都に向けて明日の朝の内に出発すると決められたらしい。
今日は稼ぐためではないので、夕食の足しにするくらいで終わらせる予定だ。
落葉もピークを過ぎ、森の木々が寒々とした姿を晒す中に緑とオレンジ色に彩られた一角が有る。
実をたわわに実らせた野生のオレンジの木である。
まだ出始めのその実をもぎ、二人で一つずつ食べる。
「酸っぱ!」
ホーリーが口に入れた一房を噛み締めた途端に叫んだ。
まったくその通りだった。
酸っぱすぎて口が窄まる。
「これはまだ早かったな……」
料理に使ったり、旅先に持って行くならこのくらい酸っぱい方が良いだろうが、この場で楽しむにはつらい。
ところがホーリーは食べる手を止めない。
オレンジを口に入れては顔を顰める。
「この酸っぱさが癖になりそうなのだ」
結構気に入ったらしい。
次に行くのは今の場所とは一転、緑がほぼ抜け落ちた場所。
旬の終わりを向かえた天然の栗林である。
イガ栗が未だそこかしこに転がっているのを確かめてからホーリーに手本を見せる。
「落ち葉に埋もれてないのを選んで、脚で踏んづけてイガを剥いて、中だけ取り出すんだ」
ホーリーにも試して貰ったところ、問題無さそうだったので手分けして拾うことにした。
イガ栗の数で五〇個分ほどで拾うのを止め、選別する。
穴の空いているものや見た目に比べて軽いもの、小さいものを投げ捨てる。
組合に売る時にもこうやって選別していた方が高く買い取って貰え、運ぶ量も少なくなるのでいつもしている。
その際、自分用として小さいだけのものや判断できないものを充てるのだが、今日に限ってはいつもなら売るものだけを残す。
「な、何で捨てるのだ。
折角拾ったのに!」
拾ったなら全部持って帰りたいのも人情だ。
しかしここでそれに流されてはいけない。
「虫食いだったりするから」
中身が入ってなさそうなものを選んでナイフで切って見せる。
「あ……」
ホーリーの眉根が寄った。
真っ黒で、一目で食べられないと判るものだったのである。
「シモンはこのようなことをどうやって知ったのだ?」
「両親に教わったんだ」
けして裕福ではなかったこともあり、おかずを一品増やすための山菜摘みなどは日常だった。
ただそれも今にして思えば、魔法を使えないと思われていた俺の将来のために少しでも多くの蓄えを残そうとしてくれていたのだ。
そんなこんなを話したり考えたりしている間に選別も終わり、栗の数は三分の一になった。
それでもペッテと合わせて三人で食べるには十分な量である。
「ペッテに何か美味しいものを作って貰おう」
「うむ!」
眼をキラキラさせながらの良い返事であった。
セバルスに戻ったのは昼を少し回った頃だ。
ナイチアビーナとペッテが温泉宿から戻ってくるのは夕方に近くなる予定なので、栗を持ったまま行き付けの食堂に行く。
「昼からとは珍しいね」
そう言いながら女将さんは俺達を隅の席に案内してくれた。
「昨夜は彼女さんのお陰で稼げたんだけどね。
あんなにてんてこ舞いするのは一度だけで十分だよ」
「あはは……」
俺も落ち着いて食べたいので気遣いに感謝しよう。
「日替わり定食を二つ」
「あいよ。
ところでそれって栗かい?」
女将さんは目敏く見つけたらしい。
「そう。
拾ってきたんだ」
「まだ残ってたんだね。
内じゃ、去年と違って今年はいい栗が手に入らなくてがっかりだったよ」
「森は去年と変わらなかったけど……」
手元の栗を見ながら言った。
「店をやってると拾いに行く暇も無くてさ。
だからいつも組合から卸して貰ってるんだけど、今年はいいのが無かったんだよ」
去年には有った選別済みの品が無かったらしい。
選別されてない安い品から選別すれば同じだが、手間が掛かる上に却って高く付きかねないので店で出すのを諦めた料理もあるのだとか。
「そうなんだ……」
俺が今年、栗拾いをしていなかったことが多少影響しているのかと思うと、微妙な気分になった。
帰宅した後はペッテが帰るのを待ちつつ筋力トレーニングと剣の型稽古だ。
剣を構え、ゆっくりと振りかぶる。
ゆっくりゆっくり腕の位置や向きを確かめながら振り下ろす。
蠅が停まりそうなほどにゆっくり動かすと、途中で腕が震えそうになる。
それに意識を持って行かれないように剣筋にだけ集中する。
息をひたすらゆっくりと、そして深くする。
下まで振り下ろせたものの、途中で剣筋が少し乱れてしまった。
「ホーリーの域には程遠いな」
「うむ。
しかしかなり進歩したのだ」
「うん」
最初は途中で止まっていたのだから進歩には違いない。
そうこうしている内に日が沈み掛け、「堪能したのじゃ」と言いながらナイチアビーナがペッテと共に温泉宿から戻って来た。
更には「こんな機会でもなければ熱い食事などできないのじゃ」と夕食の卓にも座る。
何でも、王宮では食堂が厨房から遠く、運んでいる間に冷める上、毒味役に弄り回されて更に冷めた食事になるらしい。
「妾に毒味役はいらぬのじゃがな」
即死でもしない限りは回復魔法で治せるのだとか。
それでも毒味を経てからでなければ食べられないのが王宮の決まりらしい。
しかし、ここでペッテが料理したものを食べる分にはそんな心配がいらない。
その料理が出来上がるのももう少し後だ。
「お待たせいたしました」
ペッテが料理を運んで来た。
その時の食堂では、どうしてそうなったか、ナイチアビーナが温泉宿の素晴らしさを力説していた。
余程気に入ったらしく、温泉を更に発展させたいような話の途中だった。
話し足りないようにしながらも料理を前にすると食欲の方が勝るらしく、目の輝きが変わる。
そして食べ始めた途端に「美味いのじゃ、美味いのじゃ」「あっちっち、あっちっち」を連呼し始め、食べ終わるまで続いた。
当然のようにホーリーも「美味い、美味い」と連呼するものだから、ペッテの口角は気持ち悪いくらいに上がっていた。
食べ終わって人心地付いた頃。
「こんな美味い料理をホーリーばかりが食しておったとはけしからんのじゃ」
「な、何がけしからんのでしょうか? 殿下は時々理不尽です!」
「何を言うか。
妾の方がいつも理不尽な思いをしておるのじゃ」
「何をでしょうか?」
「言えるものか! 自分の胸に手を当ててよーく考えてみるのじゃ」
それ、言っちゃうんだ……。
ホーリーは素直に右手を胸に当て、暫し瞑目。
そして目を開けるとこてんと首を傾げた。
「判りません」
「ぬぬぬ……。
ペッテ、ホーリーが虐めるのじゃ!」
ちょうど戻って来たペッテにナイチアビーナは椅子に座ったまま抱き付いた。
「左様でございますか」
やれやれとばかりに答えたペッテはナイチアビーナの頭を撫でる。
「ち、違うのだ! 虐められたのは吾輩の方なのだ!」
ナイチアビーナとは反対側から、ホーリーも椅子に座ったままペッテに抱き付いた。
「左様でございますか」
ペッテは反対側の手でホーリーの頭を撫でる。
両手で二人の美少女の頭を撫でるペッテの口角はまた気持ち悪いくらいに上がっていた。
ホーリーがナイチアビーナを宿屋まで送り届けた時にはガンツとウルスラの風邪は治っており、その場で王都に向けて明日の朝の内に出発すると決められたらしい。
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