天ぷらで行く!

浜柔

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 明けて火曜日。午前7時前には家を出て、ヘルツグまで走った。
 ヘルツグの市場は雪の中でも活気に満ちている。売られている魚もかなり安い。10キログラムはありそうな、1メートルくらいの鱈が1000円、鯖やイカも概ね10キロで1000円、鯵は同じく500円だ。
 鯖の塩焼きや竜田揚げ、鯵フライもいい。イカ天やイカフライもいい。あれもこれも食べたい。
 だけど、商品にはどうかな? 揚げ立てのものと、時間が経ったものとの差は野菜より顕著に感じると思う。むむむ……。
 だったら、冷めてもいいもの。あるいは冷めてるのが普通なものならどうだろう? スーパーの冷蔵コーナーに並んでいるのは蒲鉾、竹輪、薩摩揚げ?
 ポン。
 手を叩いた。思い付いたよ。
 薩摩揚げって九州じゃ「てんぷら」って呼ばれているんだから、屋号から離れないよね? 駄目かな……?
 いや、駄目っぽくてもそれで行っちゃおう。選択肢なんて殆ど無いんだし。
 そうと決まれば、癖が無くて食べやすい白身の鱈を主な材料としよう。ただ、鱈だけだと淡泊になり過ぎるので、少しだけイカや鯵を混ぜようかな。
 今日買うのは鱈を30キロ、イカを10キロ、鯵を10キロ、鯖を10キロ。鯖は全部自分で食べるためのものだけどね。塩焼きが大好きなんだ。
 問題なのは、魚を捌くのが大変で、内臓なんかの後始末も必要なこと。
 どうにかならないかな? 魚屋のおじさんに聞いてみよう。
「あの、魚の内臓やエラを抜いて貰うことってできないものでしょうか?」
「内臓を持ち帰らないのなら、向こうでただでやってるから行ってみな」
 おじさんは市場の一角を指差した。
「只なんですか?」
「そうさ。内臓から魚醤や魚油を作ってるもんでな」
「なるほど。ありがとうございます」
 おじさんに教えて貰った方に行ったら、下処理サービスをしている所は直ぐに見つかった。だって、店先には包丁だけが置かれたテーブルが有るだけで、奥には内臓が山積みなんだから。
「すいません、下処理をお願いします」
「あいよ。どんだけの下処理をするのかい?」
「イカはワタを、魚は内臓と頭とエラとうろこひれを取って貰えるでしょうか?」
「あいよ。内臓や頭なんかの抜いた部分は持ち帰れないが、いいかい?」
「はい」
 合計60キログラムの下処理は1時間も掛からずに終わった。仕事も見事なものだった。
 皮や中骨を残したのは、移動中に潰れないようにだ。逆に、身が結構付いている鱈の頭も取って貰ったのは、食べても結局は残る部分の後始末に困りそうだったから。たらこや白子、イカのワタなんかも同様で、食べ切れるものじゃないもの。
 処理して貰った後の重さは、鱈とイカが約6割、鯖と鯵が約7割ってところかな。

 帰って直ぐに捌くものを除いて全て冷凍して、クーロンスへの帰り道を急いだ。
「魚? あんた、一体どこに行ってきたんだ?」
 門番が訳が判らないと言う顔をした。
 あたしが担いでいる袋から魚の尻尾がはみ出していた……。
「ひ・み・つ」
 人差し指を右左右と振りながら答えたら、もの凄く渋い顔をされた。むむむ。
 帰り着いたのは午前10時前。約3時間の行程だった。

 今日は野菜の買い出しは休んで、昨日の内に買っていた材料で、今日店頭に並べる天ぷらを揚げる。
 天ぷらを揚げる待ち時間を使って、イカ、鱈、鯵の下拵えもする。
 鱈は1キログラム程度を切り分けて、小さく切って水に晒す。イカは3杯だけ皮を剥いて、天ぷら10個分を切り分ける。残りの部分と足は薩摩揚げの材料だ。鯵は2匹を三枚おろしにして小骨を抜く。
 イカと鯵と鱈の半分を念入りに砕いて、塩を加えて粘りが出るまで練る。そこに、若干粗めに砕いた鱈の残り半分と、人参と玉葱のみじん切り約300グラムずつを加えて更に練る。練り終わったら30個に小分けする。
 それからイカ天を揚げ、薩摩揚げを揚げる。揚げ終わったら今日の営業の準備が完了だ。
 イカ天は10食、薩摩揚げは30食の限定で、今日はどちらも80円で売ってみる。

 開店して間もなく、いつものようにメリラさんが来店した。
「いらっしゃいませ。今日は今日限定の商品が有りますよ」
「あら? それはどんなものかしら?」
「これがイカの天ぷらで、これがテンプラです」
 イカの天ぷらと薩摩揚げを指差しながら、あたしは言った。
「んん? てんぷら? 何のかしら?」
「えーと、薩摩揚げとも言いまして、魚の身を練って揚げたものです」
「魚……なの?」
「はい。イカも海産物ですよ」
 メリラさんは暫し呆けた。
「え、あ、じゃあ、それを1つずつ貰おうかしら」
「ありがとうございます。160ゴールドになります」
 メリラさんは暫くイカ天と薩摩揚げを睨んだ後、意を決したようにイカ天に齧り付く。
 その途端、メリラさんが顔を顰めて硬直した。そしておもむろに口に手を当てる。
「お口に合いませんでしたか」
 メリラさんはただ首を縦に振る。涙目だ。喋ろうにも口の中のものが邪魔で喋れないみたい。
 イカは好き嫌いが出やすいから、駄目な人はほんとに駄目なんだよね……。
 メリラさんはクレープに齧り付いて、どうにかと言った風情で纏めて飲み込んだ。
 味を誤魔化そうとしたんじゃないかな?
「酷い目に遭ったわ。世の中にこんなに不味いものが有るとは思いもしなかったわね」
「それは残念でした。代わりにかき揚げを1つサービスします」
「あら、ありがとう」
「イカは元々今日だけのつもりだったんですが、それで正解だったようですね」
「そうね。私としてはそう願いたいところね」
 苦笑いをするしかない。メリラさんの好みの問題とは思うけど、他のお客さんなんて居ないに等しいから、リサーチができないんだよね。だからできるのが、メリラさんの舌に合わせてみることくらいなんだ。
 メリラさんはかき揚げで口直しをしてから、薩摩揚げを恐る恐る囓る。ゆっくり、慎重に咀嚼する。もぐもぐもぐ。咀嚼が早くなって行く。もう1口、2口と囓る。薩摩揚げは無くなった。
 暫しの沈黙。
「悪くないわね。だけど、ちょっとだけ生臭いかしら?」
「生臭かったですか……」
 生姜を入れなきゃかな? しかし生姜は粉末が100グラム2000円くらいだった。すり身1キロにつき20グラムくらいは入れるとしたら、薩摩揚げ1個の原価が10円は上がる。中々に悩ましい。
「魚を練った方はずっと売るつもりなのかしら?」
「はい。少し改良が必要みたいですけど、近い内に通常メニューにするつもりです」
「そう、それは楽しみね」
 そう言いながら、追加で買って帰るのはじゃがいもとケールのメリラさんだった。
 薩摩揚げは今一つなんだな……。
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