天ぷらで行く!

浜柔

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30 戦争も辞さない構え

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 どーん。どーん。どーん。どーん。
 何かを叩くような音が五月蠅くて夜中に起きてしまった。
 何なんだ、一体?
「かてぇ……。どうなってるんだ?」
「うぉっ、斧が折れた!」
 そんな声も響いて来る。窓からそーっと覗いたら、4人の男があたしの店を斧やハンマーで叩いていた。
 どうして!?
「建物を壊すだけの簡単なお仕事じゃなかったのか?」
「ああ、訳が判らねー」
「今度こそあの女をヒーヒー言わせる筈だったのによー」
 不穏な台詞で思い出した。あたしを賭の対象にした連中だ。そう思って聞いたら、声にも覚えが有る。お仕事なんて言ってるから、誰かから依頼されたってことか。
「うわっ!」
「くそっ!」
「何だ、こいつら!」
 突然、男達が悲鳴を上げた。
「ネズミだ! ふざけやがって!」
 目を凝らしてみると、10匹くらいのネズミが男達の周りを駆け回って、時々男達に噛み付いていた。
 何だ、あれは……。一応飲食店なんだから、ネズミは嬉しくないんだけど。でも、男達に噛み付いてる分には「もっとやれ」だね。
「喧しい! 夜中に何やってやがんだ!」
 あちこちからそんな怒鳴り声も聞こえ始めた。これだけ騒げばみんな起きるよね。
「やべぇ、引き上げるぞ」
「おー」
 男達は暗闇に紛れて立ち去った。

 店を開いて直ぐのこと。昨夜の男達の内の2人が店に入って来た。残る2人は外にいるようだ。
「よう、また会ったな」
「あんた達に用は無いから帰って」
「そんなつれねぇこと言うなよ、なっ」
 言うが早いか、男がいきなりハンマーを振り下ろす。
 ごーん。
 鈍い音がしただけだ。
「何だ!? このガラスは!?」
 拘束魔法で保護しているショウケースはビクともしない。ショウケースだけじゃなく、建物全体を保護しているんだ。それで昨夜も無事だったのさ。
「誰に頼まれたの?」
「何のことだ?」
「とぼける気?」
「とぼけるも何も、クワンザムのことなんて知らねーな」
 こいつが馬鹿で良かった。
「そう、今のギルド長に頼まれたのね」
「何!? 何で判った!?」
 男は驚愕している。仲間の男達も、1人を除いて何故かあたしの方を見て呆然としている。
 こんな連中を手駒に使うギルド長も底が知れるわね……。
 それはともかくとして、こいつら4人を拘束する。
「なっ! 身体からだが動かねぇ!」
「うがーっ!」
「だ、誰か!」
 何やら叫んでいるけど、こいつらは人を呼び寄せてもいいのかな?
 紐を持って来て男達を縛ってから拘束魔法は解いてしまう。拘束魔法はあたしの手札みたいなものだから、大っぴらになるような場所では使うのを避けたいんだ。
 そして男達を外に引き摺り出して、戸締まりをする。
 いつの間にか集まっていた野次馬の中に、メリラさんの姿も見えた。彼女の場合は他の野次馬とは違って、天ぷらを買いに来たら中に入れなかっただけなんじゃないかな。だからメリラさんに聞こえるように叫ぶ。
「本日は、臨時休業でーすっ!」
 野次馬の大半が「何言ってるんだ? こいつ」って表情なのが少し悲しい。店を開いていること自体を知られてないっぽい。
 ……とにかく今は、冒険者ギルドに行こう。

「チカ殿! その者達は一体!?」
 ギルダースさんがカウンターの中から飛び出して来た。4人纏めてあたしが縛り上げた男達に驚いたらしい。
「あたしの店で暴れたので捕まえたんです」
「何と!?」
「何でも、今のギルド長に頼まれたんだそうですよ?」
「まさか、そんな!」
 ギルダースさん、いちいちそんなに驚愕しなくても……。
「店を壊せばあたしがギルドに泣き付くとでも思ったんじゃないでしょうか?」
「チカ殿をギルドに引き戻す動きが有ったのは知っていたが、そこまでするとは……。誰か、ギルド長とリドルを呼び出せ!」
 ギルダースさんが叫んだら、何人かの職員が弾かれたように奥に走った。
「ところで、受付嬢さんの姿が見えないようですけど?」
「受付嬢? エクローネのことか?」
「そんな名前でしたっけ?」
 あたしがにへらと笑ったら、ギルダースさんは眉根を寄せた。
「むぅ、彼女は迷宮に送られた。何でも、ギルド長に剣を向けたとかでな。エクローネも弁解をしなかったのだ」
「それもまた変な話ですね。最初に剣を抜いたのはギルド長の護衛っぽい人で、あたしに向けてのものだったんですけど、その二人は迷宮に行かないんですか?」
「何!?」
「勿論、あたしと受付嬢さんとギルド長とその護衛っぽい人を除くと、目撃者は居ませんが」
「目撃者か……」
 ギルダースさんは考え込んだ。
 その最中にギルド長が現れた。その顔には薄ら笑いさえ浮かべている。
「これはチカさん、ギルドに加入する決心は出来ましたか?」
「何故そう思うの?」
「店が壊れたら生活に困るのではありませんか?」
「何が壊れたって?」
「あなたの店に決まっているじゃありませんか」
「あたしのお店が壊れたの?」
「だからそう言っているではありませんか」
「いつ壊れたの?」
「昨夜、何者かに破壊されたって噂になっていますよ」
「噂になってるの?」
「だからそう言っているではありませんか」
 ギルド長は苛立たしげに声を荒げ始めた。台本でも作っていたのだろうけど、無様だよね。周りの人を見回しても、みんな首を横に振るばかりだし。
 ギルダーツさんもかぶりを振りながら、深く溜め息を吐いた。
「今日来たのは警告によ?」
「チカ殿!?」
 いの一番に反応したのはギルダースさんだった。ギルド長はまた薄ら笑いを浮かべる。
「警告とは穏やかではありませんね」
「これ以上、あんた達に煩わされたくないの。今度誰かが何かを仕掛けて来たら、あんた達が戦争仕掛けて来たと見なすからね」
「誰とも判らない者の行いを僕の所為にしないで欲しいものですね」
「この際、誰がやったかなんてどうでもいいのよ。何か有ったらあんたをギルド諸共潰すだけなんだから」
「できもしない大言を吐くのはお止めになった方が良いですよ」
 ギルド長の薄ら笑いが嘲笑のものへと変わる。まったく苛つかせてくれる。
「じゃあ、試してみる? 今からでもいいわよ?」
 あたしは右手に煌めく光球を出してみせる。
「こんな建物なんて一瞬で消し炭よ?」
 手の平サイズの光球じゃ迫力不足なのかな? ギルド職員も冒険者も「何それ?」って感じで見てる。
 でも迫力が出るほど大きくしたら建物が燃えちゃいそうだから、大きくもできないんだ。
「チカ殿! チカ殿への無体な振る舞いはその男のやった事だ。その男とこっちの連中を追放するのでそれで堪えてくれ」
 ギルダーツさんはギルド長と、あたしが連れて来た連中を指差しながら懇願するように言った。
 どうやらギルダーツさんにはあたしの意思が伝わったらしい。ひとまず光球は消してしまう。
「ギルダーツ! ギルド長の僕に向かって『その男』とは何だ!」
「お前なぞ、長とは認めん! この場で解任する」
「貴様! 何の権限が有っての物言いか!」
「俺のランクを忘れるな」
「ぐぬ……。だが、僕を解任なんてしてこの町への補助金が無くなってもいいのか!?」
「エクローネならそんな台詞に縛られるかも知れんが、俺には通じはせん」
「ぐぬぬ……」
「あの、補助金って?」
 思わず疑問が口に出た。
「そうか、チカ殿は知らなかったのだな。この町もこのギルドも、国からの補助金に頼っている状態だ。その予算を握っているのが左大臣で、この男はその左大臣の肝煎りで送り込まれたのだ。この男はそれを盾にしている」
 でもそれって、いつぞやの使途不明金なんて不正が無かったら補助金なんかに頼らなくても良かったんじゃないかな?
「あの、左大臣と言うのは?」
「左大臣は、国王、宰相に次ぐ権力者で文官の頂点でもある」
「そう言うことですか」
 補助金で雁字搦めにして相手を意のままに操ろうって言うのは、よく聞く話だ。
「チカ!」
「はい?」
「何が有ったんだい!?」
 おかみさんだ。ほんとに行動が早い。
 経緯を説明したら、おかみさんは沈痛な面持ちになった。
「ギルドは、いつからこんな風になっちまってたんだろうね……」
 その小さな呟きは、喧騒に包まれた中でも何故かはっきり聞こえた。

 3日後。ギルド長達が町から追放されて、受付嬢が迷宮から戻ったことを聞いた。
 冒険者ギルドは当分の間はギルド長を置かずに、ギルダーツさんがギルド長代理として運営するらしい。
 それらを話しに来たおかみさんは監査役としてギルドに顔を出すようにするのだと言う。
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