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はまだかよこ

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私は京子

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 小さなバーで、私の目を見つめてペドロは言った。
「京子、結婚しよう」
 私は深くうなずいた。

 その二年前、若かった私は、わずかばかりの貯金を手に、ファッションデザインの勉強がしたくて、ニューヨークへ来た。でも、生活は想像以上に厳しく、アルバイトに明け暮れた。そのアルバイト先の日本レストランで知り合ったのがペドロだ。ブラジル人の彼は、陽気で一緒にいるのが楽しかった。
 ある時、彼が言った。
「京子、このままでは僕たちは二人とも勉強を続けられない。決めたんだ。僕が働く。貯金を合わせて京子は続けるべきだ。僕はもう建築の勉強はあきらめた」
 私はガーンと胸を撃ち抜かれてしまった。

「なんでやねん。ありえへーん」
 ニューヨークのダウンタウンで、私は関西弁で叫んでいた。手をつないだペドロは、大きなグレーの目を見開いたまま、つっ立っていた。
 その日、結婚許可書をもらおうと出かけた私たちは、クローズされた区役所の前で震え上がった。数時間前、ライフルを持った男が発砲し、けが人も出たという。私は、決めていたのだ。結婚は私の誕生日の十二月十五日にと。しかたなく翌日、隣の区役所へ行った。そこでは何と、牧師さんまでいて結婚式も挙げることができ、結婚証明書を発行してもらった。でも、やはり誕生日の日付がほしかったのだ。
「あれがケチのつきはじめだったのよね。ライフル男め」
 ペドロと口喧嘩するたびに、そう思う。

 一年ほどのニューヨーク生活にピリオドを打ち、日本で暮らすことに決めた。その前に、ペドロの実家に挨拶してからと、ブラジルのベリホリゾンテに向かったのだ。空港を出ると、高層ビルが立ち並ぶ大都会に度肝を抜かれたが、ペドロの家は、そこからバスで何時間もかかった。
 トウモロコシ畑が延々と続く中に建つ家に、たくさんの人が集まった。
「ペドロが子供を誘拐してきた!」
 そう大騒ぎになり、ペドロは汗だくになりながら、『結婚証明書』を見せてまわった。豊満な女性が魅力的という土地柄で、ガリガリの私は、子供にしか見えなかったそうだ。やっと誘拐ではないことが分かると、みんなが私を抱きしめ、お祝いを口々に言った。ポルトガル語が全く分からない私は、
「オブリガーダ」「オブリガーダ」
 ただにこにこと、そう繰り返していた。ご両親も、十人もいる兄弟も、誰が誰なのか分からなかったけれど、親戚が多いことだけは確かだった。
 その中でも、ゴッドマザーは特別な存在で、パブロの留学の旅費を出したのも彼女だったし、今もこの集まりの中心だった。笑顔いっぱいの彼女にギュッと抱きしめられると、体中がほんわかした。

 あれから十五年、あの家をまだ訪れていない。今、日本に帰ってきて、実家の近くの小さな家で暮らしている。双子の女の子を授かったことが何よりもうれしい。
 ペドロは英語塾の講師、私は、パートで、ファッションデザインの仕事についている。折に触れてニューヨークのこと、ベリホリゾンテのことを懐かしく思い浮かべている。

  つづく
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