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私はクリスティーナ
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私は、絵をかいたり本を読むのが好き。将来はママのようにデザインの仕事がしたいなって思っている。
以前から妹と何かのイベントに出ることもよくあった。ちょっと出るだけで、どっさりお土産をもらえるのはうれしいけれど、私はあまり好きじゃない。
風が冷たくなってきた夜だった。夕食の後四人が見ていたテレビは、お笑いの番組だった。パパは早口の漫才についていけないから好きじゃない。三人がケラケラ笑っていた時、ママのスマホが鳴った。
「まあ、ありがとうございます。はい、分かりました」
そんなことを言うママの緊張した声が、廊下から聞こえた。にこにこしながらリビングに入ってきたママの頬は、ピンクになっていた。アンデラが、『ファッションシューズコンテスト』の子供の部に入賞したという。
「なんでえ!私も応募したのに」
私は思わず大きな声を出した。
「審査だから仕方ないわね」
ママが困った顔で言った。そのとき、私の何かがプチっと切れた。
「時間をかけて何度も何度も直して描いたのに。アンデラなんて、サササッと描いて、ポイっと色鉛筆放り投げてたじゃない」
「やった、やったあ!賞品何もらえるのかな」
両手をあげて跳ねているアンデラを見ると、もうがまんできなかった。
「毎朝起こしてやるのも、忘れものの注意してやるのも私なんだからね。鏡の前で時間ばっかかけて!遅刻しそうなのを、いつも注意してやってるのよ、私」
「今関係ないじゃん。ママ、表彰式のドレス買ってね」
アンデラは、踊るようにテーブルの周りを歩く。
「落ち着きなさい、アンデラ。クリスティーナは、ほら、この間の書道展で、特賞だったじゃない」
「書道の賞なんて意味ないよ」
私は、プイっと横を向いた。
すると、突然、
「なんてことを言うんだ!クリスティーナ。どんなことででも表彰されるって素晴らしいことだぞ」
パパが大きな声を出した。私は頭に血が上って、パパの話なんて耳に入らない。
「アンデラはおしゃればっかして、なによ。この間なんて、抜けたまつ毛を定規で測ってたでしょ。『わおっ、一センチ三ミリもある。だからみんながかわいいっていうんだよねえ』ってうっとりしてたじゃん」
今度はママが、眉を寄せた。
「アンデラ、そんなこと思ってるの。自分をかわいいなんて言ってる子、友達なくすよ」
「大丈夫だよ。学校ではちゃんと地味にやってるから」
アンデラは、髪をいじりながら平気な顔で言った。そこへ、パパがまた大声を出す。
「クリスティーナ、書道の表彰に意味がないって言ったね。その考えはまちがってる」
「もう、ペドロ、話を混乱させないで。今はそんなこと言ってるんじゃないの」
ママが、パパの口に手を当てる。
「よくない!」
パパは興奮すると、ポルトガル語になる。それを止めようと、ママはなぜか英語。負けないように私たちも大声。訳の分からない声で、家の中はわんわんする。
ママは、バン!とテーブルをたたくと、キッチンへ行ってしまった。三人は、一瞬だまった。
リーンリーン
庭で虫が鳴いている。そのか細い声をかき消すように
ジャージャー、ガチャガチャン
乱暴な水道と食器の音がひびく。パパは立ち上がるとキッチンへ行った。
「手伝うよ」
「ありがとう」
ママの声も聞こえる。
リーンリーン
私は、声のトーンを落として言った。
「アンデラ、あんた地味にしてるって言ったけど、学校で、ものすごく目立ってるよ。へんに愛想ふりまいて、気持ち悪いよ」
「なによ、自分こそ、やたらおりこうぶってて、そっちこそ気持ち悪いよ」
アンデラもぼそぼそと言う。
「わたしは、忘れ物したりしないだけじゃない。あんたと違って宿題だってきちんとやってるだけ。デザイナーになるにはどんな勉強も大事って、ママがいつも言ってるもん」
「この頃は宿題きちんとやってるよ。この前、お小遣い減らされたもん」
また、声が大きくなってしまう。
「毎朝鏡の前で時間かけるのやめてくれる。迷惑。それと、着ていく服、あれこれ着替えるのは勝手だけど、前の晩に用意しときなさいよ。いつもぎりぎりになって、迷惑」
「だれも待っててなんて言ってないじゃん」
キッチンからパパが戻ってきて椅子に座った。そして、厳しい目で言った。めったにない怖い顔だ。
「二人とも、けんかはやめなさい」
私は思わず泣き伏した。おもいっきり泣いて、泣いて、涙と鼻水をふき取ると、たまっていたもやもやが流されたみたいで、なんだかすっきりした。
アンデラは頬をふくらませてうつむいて言った。
「クリスティーナがけんかふっかけてきたんだもん」
「ふっかけって。いや、うん、そうだね。わたし、やきもち焼いてた。ごめん」
「わたしも、ついごめん」
「コンクール、おめでとう」
「ありがと。朝、髪とくの8分だけにする」
そう言うアンデラと目を合わせてクスっと笑った。
しばらくして、ママがむいたりんごのお皿を食卓に置いた。
「お隣からいただいたの。おいしそうよ」
いつものお気楽ママの顔で、言った。
「二人ともね、かなり目立ってるから心配なの。いろんなことあると思うけど、ふたり力を合わせて生きていってほしいの。それだけが願い。ねえ、ペドロ」
「そうだ、ママの言うとおりだ」
りんごを噛むシャリシャリという音が、虫の「リーンリーン」に重なった。ほんと、おいしいりんごだ。
アンデラの表彰式は、平日だったので私は行けなかったけれど、写真をいっぱい見せてもらった。たくさん文房具をもらってきて、半分、私にもくれた。やっぱりちょっと悔しかったけれど、しかたがない。今度はがんばるぞ。
今、私はママのバースデイカード作りに夢中だ。ステンシルに挑戦している。この間の誕生日に、両親からこのシールをもらった。アンデラはカチューシャとシュシュ。相変わらずヘアスタイルには気合いを入れている。このカードのことは、アンデラには、ひみつ。すぐにしゃべってしまうから。気合を入れて、ていねいに頑張って作っている。ママは喜んでくれるかな。
それにしても、次の日が結婚記念日なんてへんだよね。カードが二枚もいるんだもん。どうして同じ日にしてくれなかったのかなあ。
おしまい
以前から妹と何かのイベントに出ることもよくあった。ちょっと出るだけで、どっさりお土産をもらえるのはうれしいけれど、私はあまり好きじゃない。
風が冷たくなってきた夜だった。夕食の後四人が見ていたテレビは、お笑いの番組だった。パパは早口の漫才についていけないから好きじゃない。三人がケラケラ笑っていた時、ママのスマホが鳴った。
「まあ、ありがとうございます。はい、分かりました」
そんなことを言うママの緊張した声が、廊下から聞こえた。にこにこしながらリビングに入ってきたママの頬は、ピンクになっていた。アンデラが、『ファッションシューズコンテスト』の子供の部に入賞したという。
「なんでえ!私も応募したのに」
私は思わず大きな声を出した。
「審査だから仕方ないわね」
ママが困った顔で言った。そのとき、私の何かがプチっと切れた。
「時間をかけて何度も何度も直して描いたのに。アンデラなんて、サササッと描いて、ポイっと色鉛筆放り投げてたじゃない」
「やった、やったあ!賞品何もらえるのかな」
両手をあげて跳ねているアンデラを見ると、もうがまんできなかった。
「毎朝起こしてやるのも、忘れものの注意してやるのも私なんだからね。鏡の前で時間ばっかかけて!遅刻しそうなのを、いつも注意してやってるのよ、私」
「今関係ないじゃん。ママ、表彰式のドレス買ってね」
アンデラは、踊るようにテーブルの周りを歩く。
「落ち着きなさい、アンデラ。クリスティーナは、ほら、この間の書道展で、特賞だったじゃない」
「書道の賞なんて意味ないよ」
私は、プイっと横を向いた。
すると、突然、
「なんてことを言うんだ!クリスティーナ。どんなことででも表彰されるって素晴らしいことだぞ」
パパが大きな声を出した。私は頭に血が上って、パパの話なんて耳に入らない。
「アンデラはおしゃればっかして、なによ。この間なんて、抜けたまつ毛を定規で測ってたでしょ。『わおっ、一センチ三ミリもある。だからみんながかわいいっていうんだよねえ』ってうっとりしてたじゃん」
今度はママが、眉を寄せた。
「アンデラ、そんなこと思ってるの。自分をかわいいなんて言ってる子、友達なくすよ」
「大丈夫だよ。学校ではちゃんと地味にやってるから」
アンデラは、髪をいじりながら平気な顔で言った。そこへ、パパがまた大声を出す。
「クリスティーナ、書道の表彰に意味がないって言ったね。その考えはまちがってる」
「もう、ペドロ、話を混乱させないで。今はそんなこと言ってるんじゃないの」
ママが、パパの口に手を当てる。
「よくない!」
パパは興奮すると、ポルトガル語になる。それを止めようと、ママはなぜか英語。負けないように私たちも大声。訳の分からない声で、家の中はわんわんする。
ママは、バン!とテーブルをたたくと、キッチンへ行ってしまった。三人は、一瞬だまった。
リーンリーン
庭で虫が鳴いている。そのか細い声をかき消すように
ジャージャー、ガチャガチャン
乱暴な水道と食器の音がひびく。パパは立ち上がるとキッチンへ行った。
「手伝うよ」
「ありがとう」
ママの声も聞こえる。
リーンリーン
私は、声のトーンを落として言った。
「アンデラ、あんた地味にしてるって言ったけど、学校で、ものすごく目立ってるよ。へんに愛想ふりまいて、気持ち悪いよ」
「なによ、自分こそ、やたらおりこうぶってて、そっちこそ気持ち悪いよ」
アンデラもぼそぼそと言う。
「わたしは、忘れ物したりしないだけじゃない。あんたと違って宿題だってきちんとやってるだけ。デザイナーになるにはどんな勉強も大事って、ママがいつも言ってるもん」
「この頃は宿題きちんとやってるよ。この前、お小遣い減らされたもん」
また、声が大きくなってしまう。
「毎朝鏡の前で時間かけるのやめてくれる。迷惑。それと、着ていく服、あれこれ着替えるのは勝手だけど、前の晩に用意しときなさいよ。いつもぎりぎりになって、迷惑」
「だれも待っててなんて言ってないじゃん」
キッチンからパパが戻ってきて椅子に座った。そして、厳しい目で言った。めったにない怖い顔だ。
「二人とも、けんかはやめなさい」
私は思わず泣き伏した。おもいっきり泣いて、泣いて、涙と鼻水をふき取ると、たまっていたもやもやが流されたみたいで、なんだかすっきりした。
アンデラは頬をふくらませてうつむいて言った。
「クリスティーナがけんかふっかけてきたんだもん」
「ふっかけって。いや、うん、そうだね。わたし、やきもち焼いてた。ごめん」
「わたしも、ついごめん」
「コンクール、おめでとう」
「ありがと。朝、髪とくの8分だけにする」
そう言うアンデラと目を合わせてクスっと笑った。
しばらくして、ママがむいたりんごのお皿を食卓に置いた。
「お隣からいただいたの。おいしそうよ」
いつものお気楽ママの顔で、言った。
「二人ともね、かなり目立ってるから心配なの。いろんなことあると思うけど、ふたり力を合わせて生きていってほしいの。それだけが願い。ねえ、ペドロ」
「そうだ、ママの言うとおりだ」
りんごを噛むシャリシャリという音が、虫の「リーンリーン」に重なった。ほんと、おいしいりんごだ。
アンデラの表彰式は、平日だったので私は行けなかったけれど、写真をいっぱい見せてもらった。たくさん文房具をもらってきて、半分、私にもくれた。やっぱりちょっと悔しかったけれど、しかたがない。今度はがんばるぞ。
今、私はママのバースデイカード作りに夢中だ。ステンシルに挑戦している。この間の誕生日に、両親からこのシールをもらった。アンデラはカチューシャとシュシュ。相変わらずヘアスタイルには気合いを入れている。このカードのことは、アンデラには、ひみつ。すぐにしゃべってしまうから。気合を入れて、ていねいに頑張って作っている。ママは喜んでくれるかな。
それにしても、次の日が結婚記念日なんてへんだよね。カードが二枚もいるんだもん。どうして同じ日にしてくれなかったのかなあ。
おしまい
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