こはたからゆめのかけはし

はまだかよこ

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二、相原大樹

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 その日、給食の後、廊下を歩いていた大樹は女子二人に呼び止められた。
「昨日ね、モールで相原君のお母さん見かけたんだよ。着物着て、モデルの撮影かと思ったくらい素敵だった。美人だねえ」
 大樹は、ちょっと照れて、
「それ本人に直接言ってよ。おだてるとどこまでものぼるタイプだから、手作りクッキーとか降って来ると思うよ」
「えっ、あんなに美人なのにクッキーとか作れるの」
「なんか色々作ってるよ。結構うまい。着物着てたのは、そういう仕事してるからだよ。着付とか言ってるけど、よく分からない」
「うわー、すてき。ねえ、今度遊びに行ってもいい?」
「冬休みになったらいいよ。そのときはあいつらも呼ぶよ。まあ宿題やるってことで」
 ちょうど向こうから歩いて来たサッカーの仲間三人に手を挙げて、合図を送りながら言った。

 その晩は、お父さんが出張でいなかった。お母さんは、大樹の好きなパスタやスープを出してくれて、自分は食べずに、片づけを終えると、
「どうしたのかな、背中が痛いからもう寝るね。大樹もあまり遅くまで起きていたらだめよ」
 そう言って、早くから寝室に行ってしまった。
(しめた。ゲームおもいっきりできるぞ。お母さんに文句はないけど、ゲームの時間だけはうるさいからなあ)
 うきうきしてゲームに熱中した。そして、夜更けについにラスボスを倒し、興奮したままぐっすり眠った。

 朝、大樹が目を覚ました時、家じゅうの空気が凍っていた。
「お母さん、どうしたの」
 そう言いながら寝室のドアをを開けた大樹の寝ぼけ眼に飛び込んできたのは、床に倒れたお母さんだった。
「お母さん!お母さん!」
 動かないお母さん。ただごとでないのは大樹にも分かった。泣きながらお父さんのスマホに電話をした。それからのことは、頭にもやがかかったようでよく覚えていない。
 大樹は、体中が石膏で固められたようで、泣くことも震えることもできなかった。マンションの窓から、見慣れた空と海が、知らない世界のように鉛色の雨にぬれていた。
 どのくらいそうしていたのだろう。突然、耳のそばで大きな声がした。
「大樹君、大樹!」
 いつの間にか、おばあちゃんが大樹の背中をなでていた。
「あれっ、ぼく、まだパジャマのままだ。学校へ行かないと」
 そういう大樹をおばあちゃんは、ぎゅっと抱きしめた。お父さんから連絡を受けて、タクシーで飛んで来たのだ。
 それから二人は、お母さんが救急車で運ばれた大きな病院へ行った。けれど、お母さんは緊急手術の甲斐もなく、再び目を開けることはなかった。『大動脈解離』という恐ろしい病気だったと、あとで聞いた。

 お葬式のこともよく覚えていない。知らない広くてきれいな建物だった。
「私を代わりに殺して!」
 そう叫んでいるおばあちゃんの声を聞いたような気がするけれど、夢だったかもしれない。
(ぼくがゲームなんかせずにお母さんの様子を見に行ってればよかったんだ! それなのにそれなのにぼくは……)
 そんな声が頭の中をうずまいていた。
 お父さんたちは、色々と話し合ったようだ。カナダから急いで帰って来たお母さんの弟(大樹の大好きなおじさん)が、何度も何度もお父さんに頭を下げて、つらそうにまた戻って行った。
 大樹は、五年生になったら、市内北区のおばあちゃんの家に引っ越すことになった。お父さんは車通勤をする。それまでは、おばあちゃんが来て、こまごまと手伝ってくれた。髪の毛がまっ白になってしぼんでしまったようなおばあちゃんだけど、いつもにこにこしていた。大樹のことを心配してくれてるのは分かったけれど、笑おうと思っても、顔がこわばってうまくいかない。
「大樹君、サッカーがんばってたでしょ。おばあちゃんのところにも、サッカーチームあるみたいよ。入るといいね」
「うん、でも」
 そうつぶやくと、おばあちゃんに背中を向けて、窓から見える海をただながめていた。
 
 三月の終わりの土曜日、大樹たちは引っ越した。おばあちゃんの家、今からは大樹たちの家は、山に囲まれた静かな町にある。昭和の初めに建った小さな木造の駅から細い坂道を上ったところだ。駅前は小さな店だけが並んでいて、すごく田舎っぽい。この家は古いけれど、周りには新しい家やマンションがどんどん建っている。以前から遊びに来るたびに、山が削られていた。
 荷物が大体片付いた夕方、大樹の部屋で、
「おー、太陽が山へ沈んでいく。きれいだなあ」
 お父さんはそう言ったけれど、
(海に沈む夕日がいい)
 大樹は、心の中だけで言った。
 夕日が見える二階の大樹の部屋は、お母さんが結婚するまで使っていた部屋だそうだ。
 それから、お父さんは玄関を出ると、『相原』の表札を『渡辺』の横に並べた。やわらかい夕日が二列の文字を輝かせていた。
「あいうえおの初めと終わりだな」
 そう言ってお父さんは小さく笑った。


 あと一週間で夏休みだという日の夕食のときだった。おばあちゃんが、時間をかけて、大樹の大好きなハンバーグを作ってくれた。
「プハー」
 めずらしく早く帰ったお父さんも、おいしそうにビールを飲んでいた。
「学校でこんなのもらったよ」
 大樹は思い出して、一枚のチラシを食卓においた。
「あらなあに?『いっしょに農村子どもかぶきやりませんか』ですって。かわいいイラストね」
 それを手に取って、何気なく声に出したおばあちゃんが、だまってしまった。そして、
「ああ、まだ続いてたんだ、これ」
 小さく言ったまま視線をさまよわせているおばあちゃんに、お父さんがたずねた。
「お義母さん、どうしたんですか?」
「あー、ごめんなさい。なんだか胸がいっぱいになってしまって。これ、奈緒が小学生の時やってたんですよ」
「えっ、お母さんが!」
 大樹は思わず大きな声を出してしまった。
(なんか小さい時話してくれたような。でもはっきり聞いてなかった。お母さんが、子どもかぶき……)
 大樹はお母さんの最後の様子がまたちらついて、うつむいて唇をかんだ。
「農村歌舞伎ってね、昔はお百姓さんが自分たちで演じたものよ」
 おばあちゃんの声に、大樹はお箸を持ったままだったことに気づいた。
「でもまあ、まだやっていたのね、上演会なんて。『毎週土曜日午後、区民会館でおけいこ』って書いてあるわ」
「ごちそうさま」
 そのまま立ち上がろうとした大樹に、お父さんんが声をかけた。
「大樹、やってみないか。父さんが送り迎えするよ」
 大樹は驚いたけれど、自分の毎日を思い浮かべてみた。
(同じ市内なのに地域にも学校にもしっくり溶け込めていないなあ)
 一応やらなければならないことはやってはいるが、なにかふわふわしている自分を感じていた。学年二クラスの小さな学校で、誰からも意地悪をされていないけれど、仲の良い友達もいなかった。多分『真面目で無口、面白みのない奴』とか言われているのだろうと思う。夢中になっていたサッカーも、やる気がおきず、チームには参加していなかった。前の学校の友だち三人と時々、オンラインの対戦ゲームをしているが、この頃時間が合わなくなっている。夏休みも特に予定がなかった。そんなことを考えながら、大樹は小さくうなずいた。
 お父さんがビールを飲み干すと、パンと膝をたたいて言った。
「ようし、決まりだ。大樹、無理しなくていいけど、まあやってみよう」
 チラシを持ったままのおばあさんの目が潤んでいた。こうして、大樹は『農村子どもかぶき親子教室』に通うことになった。
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