こはたからゆめのかけはし

はまだかよこ

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三、かおり先生とお母さん

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 七月の最後の土曜日、応募した親子が、区民会館に集まった。三つの小学校から五人の子どもたちと親だ。そして、指導に当たる若い和服の女性三人とお世話をしている山本さんが顔を合わせた。
 広い多目的ホールで、リーダーの先生が、前で正座をした。
「はじめまして。友永かおりといいます。十一月の舞台に向けて皆さんと一緒におけいこしていきます。こちらのお二人は手伝って下さる大学生のお姉さん先生です。よろしくおねがいします」
 続いて、少し年配の女性があいさつした。
「お世話係の山本です。なんでも相談してくださいね。よろしくおねがいいたします」
「よろしくおねがいします」
 全員、床に正座してあいさつをする。それぞれ借りた舞扇をきちんと前に置くと、一歩大人になったみたいだ。そこに、なぜか、アンパンマンの人形を持って遊んでいる二才くらいの女の子もいた。
(えっ、なんだ?このおチビちゃん、まさか歌舞伎?)
 大樹は面食らったけれど、広い部屋を走り回っている子はかわいかった。
 お姉さん先生と、小学一年生から六年生の子どもたちの自己紹介の後、親子に台本が渡された。表紙には
 「『子宝童謡夢物語こはたからわらべうたゆめのかけはし』
 作 三代目 市川箱登羅いちかわはことら 」
 と書かれている。
「うわー、むずかしい。習ってない漢字がいっぱいだ。ひらがなふってあるけど」
 大樹はおもわず小さくうなってしまった。
 以前上演されたという古いDVDを見てから、先生たちが演じてみせた。きゃしゃな体のどこから声が出るのかとびっくりするくらい、先生たちの声はよく通り、力強かった。
「えー、こんなこと、ぼくにできるかなあ。でもかっこいい」
 なんとなく参加したけれど、大樹の心に、やる気の小さな灯が灯った。
 他の子も乗り気みたいだ。かおり先生が笑顔で言った。
「今日はこれで終わりますね。お疲れさま。来週は役を決めます。やりたいものを考えておいてね。おうちでも何度もCD聴いてね」
「ありがとうございました」
 みんなできちんと正座をしてあいさつを終えると、こどもたちは元気よく帰って行った。

 静かになったホールで、おばあちゃんがそっと声をかけた。
「あのう、お忙しいところ申し訳ないのですが、山本さん、お嬢さんのかおりさん、ずっと昔『宝子ども歌舞伎』ご一緒していた渡辺奈緒を覚えておられますか?」
「えっ、えーっと」
 山本さんは、きょとんとしている。かおり先生が横から声を出した。
「私の二学年上の奈緒さん?渡辺奈緒さんですか?」
 山本さんも大きな声をあげた。
「あー、あの奈緒ちゃん! えっ、でも、どうして? もしかして、奈緒ちゃんのお母様? あー、そうだ、懐かしい! もう二十年くらい前になりますよね。すっかりご無沙汰してしまって。奈緒ちゃんお元気ですか?」
「それが、昨年末に亡くなりまして」
 おばあちゃんの言葉に、その場が凍り付いた。
「なんてこと! 小学校のとき、私ずっとかわいがってもらって……」
 顔をこわばらせたかおり先生が、やっと言った。
「この大樹は奈緒の息子なんです。こちらが連れ合い。この春から、私の家で一緒に暮らしているんですよ。なんかご縁で。どうぞよろしくお願いいたします」
 大樹の肩に手を置いたおばあちゃんは、静かに言って、深く腰を折った。誰もが言葉を失くしていた。
「まあ、そうだったんですか。大樹君、これからがんばろうね」
 やっと、山本さんが声を詰まらせながら言った。
「チラシを見せていただいたとき、団体の名前が変わっているので、まさか、皆さんにお会いできるなんて!このホールに入った時から胸がドキドキしていました。ほんとうれしいです。奈緒のお陰ですね」
 おばあちゃんに続けて山本さんも話す。
「箱登羅先生が亡くなられて……色々あったのですが、今はこの形でやっております。私が世話係で。かおりも嫁いでいるのですが、こうして手伝ってくれています。なんだか胸がいっぱい。本当にほんとうにうれしいです」
 かおり先生も目をまっ赤にして、
「私、奈緒さんのこと、大好きで。いつも後ろをついてまわっていました。いっぱい遊んでもらったり、教えてもらったりしたんです。あっ、この子、娘です。なつきといいます」
 あのかわいい女の子の手を取って言った。それから、大樹たちはみんなに見送られて区民会館を出た。

 帰りの車の中は、やわらかな空気に包まれていた。お父さんが運転しながら言った。
「奈緒、子供歌舞伎やってたってよく話してました。なんかまた奈緒に会えた気がして」
「山本さんやかおりちゃんに会えるなんて、ほんとびっくりしました。懐かしくて」
 おばあちゃんも遠くを見ながら静かに話した。
(お母さんが子どもの時にやっていた歌舞伎を、ぼくもやるんだ)
 大樹は、誇らしいような気持ちになった。でも、そのお母さんはもういないと思うと、心がひりひりした。

 八月になって、かおり先生がなつきちゃんを連れて大樹の家に来た。
「奈緒さんにお線香をあげさせていただけませんか」
 かおり先生から、そんな電話があって、おばあちゃんは大喜びでお招きしたのだ。
 おばあちゃんとかおり先生は、しんみりと話をしていた。大樹もなつきちゃんの相手をしながら、耳を傾けていた。
「私が小学校へ入学したばかりの頃『宝こどもかぶき』募集のポスターが掲示板に張り出されていたんです。着物を着て踊っている子どもの絵が楽しそうで、やりたいなあって思ったんですよね。おけいこはその学校の視聴覚室だし、月二回だし、母も賛成してくれて申し込んだんです」
「奈緒が三年生のときよね。あの頃は子どもたちもいっぱいいたわねえ。男の子もいて走り回っていたわ」
「そうですよね。最初、ドキドキして視聴覚室へ行ったんですけど、ものすごく楽しそうで、あっという間に仲間になってました」
「箱登羅先生がお優しくてねえ。お手伝いに来ているお母さんが、子どもを叱ると、『子どもはのびのびしてるのが一番』そうおっしゃって、逆にお母さんが叱られてましたよ。あの頃六十歳はかなり過ぎておられたかしら」
「ほんと、自由でしたね。母なんて幼い弟や妹連れて来て勝手に遊ばせてました。みんなどの子も兄弟みたいで。歌舞伎のおけいこというより託児所みたいでしたよね」
「そうそう、私も衣装作るお手伝いするとき、奈緒の弟を連れて行きましたよ」
「初めての演目が『子宝童謡夢物語』」
「ぼくがこれからおけいこするのと一緒なんだ」 
 大樹は思わず声をあげた。
 おばあちゃんが懐かしそうに話す。
「箱登羅先生が、『白波五人男』から『盗賊なんて子供にやらせちゃいけない。もっと夢がなくっちゃ』っておっしゃって、台本書かれたのよね」
 聞いていた大樹がたずねた。
「しらなみ五人男って何?」
 かおり先生が、ちょっと上を見て考えた後、
「白波ってね、歌舞伎では盗賊ってこと。だから『五人の盗賊』のお話しなんだけど、それぞれ憎めないキャラクターでね」
 おばあちゃんも続ける。
「とても人気の演目でね、ストーリーは長いんだけど、ラストの五人が揃って名乗りを上げて、大立ち回りをするところが、一番の人気なの」
 かおり先生も、楽しそうに話す。
「そう言えば、テレビの『ゴレンジャー』のモデルとか聞いたわ。箱登羅先生が、弁慶、牛若丸、徐福法師、桃太郎、金太郎の五人が登場し、童謡と合わせてせりふを言う楽しい話を創られたの」
「へえ、ずっと続いてるんだあ」
 大樹がそっと言うと、
「そうなの。私は牛若丸だった。奈緒さんは桃太郎」
 かおり先生が続ける。
「歌舞伎なんてなあんにも知らなかったし、せりふの意味も分からなかったけれどけれど、おなかの底から声を出すのは気持ちよかったな。見得切るのもうれしかった」
「奈緒もよく家で練習してましたよ」
「私、奈緒さんにずっとくっつきまわってた。いっぱい教えてもらったな。私は踊りが大好きで。奈緒さんと踊った『三番叟』は忘れられない。ものすごく頑張って一緒におけいこしたなあ。奈緒さんは六年生で、あれが最後の舞台だったんですよね」
「そうねえ。中学では演劇部に入ってましたよ。楽しそうでしたねえ」
「それからは連絡も取らずに。あんなにお世話になったのに。本当に申し訳ありません」
「あらら、お互い様ですよ。かおりさんはずっと歌舞伎を?」
「ええ、奈緒さんが卒業されてから、私も六年生までは、いろんな演目やりました。中学では大人の団体に入ったんです」
「まあ、大人の方とご一緒に? すごいわねえ」
「とにかく踊りたかったんでしょうね。でも、高校ではバレー、いえ、ボールの方ですけど。あはは」
「お母様は?」
「私が歌舞伎と距離をおいている間、母は、ずっと世話をして深く関わっていました。大学のとき、『箱登羅先生の体調が悪いの。手伝ってもらえないかな』と言われて」
 おばあちゃんは、かおりさんの話にうなずきながら、すいかやお茶を出している。大樹は、なっきちゃんと絵本を読んでいた。
「指導なんてとても無理だと断ったんですけど、しょんぼりしてる母を見かねてまた関わるようになったんです。先生のそばで自分のやった演目なら何かできるかなと」
「まあ、お母様喜ばれてでしょう。えらいわあ。私もあの頃衣装や小道具のお手伝いしてたんですけど、山本さんはいつも中心にいらしたわ。みんなに好かれて頼りにされてらした」
「世話焼きなんです、母」
 かおり先生は、持って来た古いアルバムを開いた。そこには幼いかおりさんやお母さんが映っている。大樹は思わず顔を近づけた。かおり先生が、懐かしそうに話す。
「ああ、これこれ、奈緒さんとご一緒した『寿曽我の対面』だ。二人は遊女の役だったんですよね。神室かむろ役の妹が後ろで寝てしまって。奈緒さんがおろおろして。黒子の母が後ろで起こしてました。妹、幼稚園だったかな』
「そんなこともありましたねえ。そういえば『勧進帳』の舞台が始まる直前、『おしっこ』って言った子がいて。お供の子だったんですけど、私が衣装脱がせて大慌てでトイレに連れて行きました。ちょっと遅れて舞台に上がりましたね。笑い話ですね」
 かおり先生は笑ったり泣いたりしてから、帰って行った。大樹は、お母さんの子供の時の話が聞けてうれしくてかなしかった。
 でも、心に決めた。お母さんが観てくれたら
「大樹、すごい!」
 そう言ってもらえるようにやってみようと。
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