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プロローグ
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小さな病室の窓から、淡い夕陽が差し込んでいた。
ベッドの上で横たわるわたしの手を、お父さんとお母さんが優しく包んでいる。
その隣には、いつも一緒だったくまのぬいぐるみ。
一歳のころからずっと、泣くときも辛いときもそして笑顔のときも、そばにいてくれた大切な友達。
「また…あしたも、いっしょに、あそべるかな」
かすれた声でつぶやくと、母は泣き笑いしながらうなずいた。
わたしはその顔が大好きだった。
だけど胸の奥で、もう“あした”が来ないことを、なんとなく知っていた。
小さな指でぬいぐるみを抱きしめる。
「ずっと…いっしょだよ」
その瞬間、視界がやさしい光に包まれた。
どこからか、澄んだ女性の声が響いてくる。
《あなたの真名は……空。
その名は決して失われぬ、あなたの魂そのもの》
声は母が子を抱きしめるようにあたたかかった。
《けれど新しい世界では、別の名を授けましょう。
あなたが自由に羽ばたけるように、“シエル”。
空のように果てなく広がる未来を、その手で掴みなさい》
胸の奥に光が宿り、わたしは静かにまぶたを開けた。
見渡すかぎり緑の草原が広がっている。
淡い空の下、風がやさしく頬を撫でる。
あんなに重かった体が、今は嘘みたいに軽い。
「ここ……どこ?」
小さな声が、やけに澄んで響いた。
ふと隣を見ると、見覚えのある丸い耳と、少しほころんだ縫い目。
大切なくまのぬいぐるみが今は二本の足で立ち、
金色の瞳を輝かせながら微笑んでいた。
「おはよう。やっと目が覚めたね」
ぬいぐるみが、まるで人のように言葉を紡ぐ。
あまりの不思議さに、わたしは瞬きを繰り返した。
「……しゃ、しゃべった……!」
くまはにこっと笑い、優しく頭を撫でてくれた。
「約束したでしょ? “ずっと一緒にいる”って」
その声を聞いた瞬間、胸の奥から涙がこぼれた。
もう、一人じゃないんだ。
くまは穏やかに言葉を重ねる。
「大丈夫。君はもう、一人じゃない。
これからは僕が隣にいる。……ずっとね」
温かな手の感触に、胸の奥がさらに熱くなった。
わたしは小さくうなずき、くまの手をぎゅっと握り返した。
「……わたし、シエル」
小さく口にした途端、風が頬を撫で、胸がふわりと軽くなるのを感じた。
くまは金色の瞳をやさしく細めて微笑んだ。
「いい名前だな。似合ってるよ、シエル。
でも僕だけは知ってる。君の真名が“空”だってことを。
忘れないで、空」
その言葉に胸が熱くなり、また涙がこぼれそうになった。
けれど今度は笑顔で、わたしは涙をこらえた。
「うん……ありがとう」
ベッドの上で横たわるわたしの手を、お父さんとお母さんが優しく包んでいる。
その隣には、いつも一緒だったくまのぬいぐるみ。
一歳のころからずっと、泣くときも辛いときもそして笑顔のときも、そばにいてくれた大切な友達。
「また…あしたも、いっしょに、あそべるかな」
かすれた声でつぶやくと、母は泣き笑いしながらうなずいた。
わたしはその顔が大好きだった。
だけど胸の奥で、もう“あした”が来ないことを、なんとなく知っていた。
小さな指でぬいぐるみを抱きしめる。
「ずっと…いっしょだよ」
その瞬間、視界がやさしい光に包まれた。
どこからか、澄んだ女性の声が響いてくる。
《あなたの真名は……空。
その名は決して失われぬ、あなたの魂そのもの》
声は母が子を抱きしめるようにあたたかかった。
《けれど新しい世界では、別の名を授けましょう。
あなたが自由に羽ばたけるように、“シエル”。
空のように果てなく広がる未来を、その手で掴みなさい》
胸の奥に光が宿り、わたしは静かにまぶたを開けた。
見渡すかぎり緑の草原が広がっている。
淡い空の下、風がやさしく頬を撫でる。
あんなに重かった体が、今は嘘みたいに軽い。
「ここ……どこ?」
小さな声が、やけに澄んで響いた。
ふと隣を見ると、見覚えのある丸い耳と、少しほころんだ縫い目。
大切なくまのぬいぐるみが今は二本の足で立ち、
金色の瞳を輝かせながら微笑んでいた。
「おはよう。やっと目が覚めたね」
ぬいぐるみが、まるで人のように言葉を紡ぐ。
あまりの不思議さに、わたしは瞬きを繰り返した。
「……しゃ、しゃべった……!」
くまはにこっと笑い、優しく頭を撫でてくれた。
「約束したでしょ? “ずっと一緒にいる”って」
その声を聞いた瞬間、胸の奥から涙がこぼれた。
もう、一人じゃないんだ。
くまは穏やかに言葉を重ねる。
「大丈夫。君はもう、一人じゃない。
これからは僕が隣にいる。……ずっとね」
温かな手の感触に、胸の奥がさらに熱くなった。
わたしは小さくうなずき、くまの手をぎゅっと握り返した。
「……わたし、シエル」
小さく口にした途端、風が頬を撫で、胸がふわりと軽くなるのを感じた。
くまは金色の瞳をやさしく細めて微笑んだ。
「いい名前だな。似合ってるよ、シエル。
でも僕だけは知ってる。君の真名が“空”だってことを。
忘れないで、空」
その言葉に胸が熱くなり、また涙がこぼれそうになった。
けれど今度は笑顔で、わたしは涙をこらえた。
「うん……ありがとう」
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