ぬいぐるみとの約束

misa

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流れを感じて 前半

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太陽が高く昇り、訓練場にしっかりと光が降り注いでいた。
まだ午前だというのに、地面の熱がじわりと靴の裏に伝わってくる。

周囲ではすでに何人かの冒険者が訓練を始めており、
木製の的に魔法が当たる音や、剣が交わる鋭い音が響いている。

(今日また、魔法を教えてもらえる)

胸の内側で、期待と緊張が小さく波打った。

「来たか」

低い声が背後から聞こえ、振り返る。

グレイが腕を組みながら、まっすぐこちらへ歩いてきた。
いつも通り無表情なのに、どこか安心する佇まい。

「来たか。始めるぞ」
短い言葉に、視線はしっかりとわたしを捉えている。

ノアが横で尻尾を揺らし、にかっと笑う。

「いよいよ続きだな! ビビるなよ、シエル。ぼくがついてる!」

わたしは思わず背筋を伸ばした。

グレイは静かに顔を横へ向け、
風が木々を撫でる音へ耳を傾けた。

「風は形を持たない。掴もうとすれば逃げる。
だが、常に、そこにいる」

彼の低い声が、そよぐ風と重なる。

「お前が感じるべきは、力じゃない。流れだ。
押しつけるのではなく、寄り添い、導け」

わたしは目を閉じ、頬をかすめる風の温度と、
草の揺れる細かな気配を受け止めた。

わたしは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

(押すんじゃない。寄り添って、導く)

両手を胸の前でそっと広げると、
掌の間で空気が流れる気配がした。

けれど形にならず、ただ散ってしまう。

焦りの鼓動が胸に触れたとき、グレイの声がすぐ傍で低く響いた。

「“どこへ行きたいか”を、風に示せ。
流れは意志に沿い、道を描く」

(行きたいところ……)

わたしは、目の前に立てられた小さな的へ視線を合わせた。

風が草を揺らし、先へ先へと続く道筋を示す。

(ここに、動きたい)

その瞬間、手の中の空気が震えた。

ふわり、と。
今度は散らずにひとつの筋へと伸びていく。

すう…と風が的へ向かい、
その表面を軽く撫でて煙のように消えた。

「……!」

まだ弱々しいけれど、確かに“届けた”。

わたしが息をのみ、手を見つめると、グレイは小さく頷いた。

「今のでいい。形にするのはその先だ。
焦るな。感じることを忘れるな」

ノアが尻尾を揺らしながら、にっと笑う。

「おー、さっきよりずっと風っぽかったぞ!」

(少しずつ……掴めてる)

グレイが軽く指を鳴らした。
その直後、訓練場の端に並んだ木製の的が、ひとつ前へとせり出す。

「風は“流れ”だけではない。
時に刃にもなる」

言うと同時に、グレイの足元で風が渦を巻いた。
衣がはためき、空気が鋭く震える。

すっ

彼が軽く腕を振ると、透明な刃が走り、
的の表面を薄く切り裂いた。

木片がひらりと落ち、風に舞う。

「これが風刃(ふうじん)だ。力を込めるな。風の“勢い”に刃を任せろ」

わたしはごくりと息をのむ。

(さっきの優しい風とはまったく違う……)

ノアが期待に満ちた瞳で見上げてくる。

「シエルならできる。風は柔らかいだけじゃない。空を裂く細い刃を思い浮かべろ」

(柔らかいだけじゃない……空を裂く細い刃……)
 

わたしは一歩前へ出て、
的の中心をしっかりと見据えた。

深呼吸。

ゆるやかな風が、指先に集まる感覚。
昨日よりずっとはっきりと。

その風を、細く、鋭く。

「……いけっ!」

びゅっ!!

風が音を立てた。
的の表面に、うっすらと白い線が刻まれる。

「……!」

わたしは息を飲んで手を見つめた。
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