痛い瞳が好きな人

wannai

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「ちょっと……ほんと、俺、男相手とか、した事ないから……」

 どうにか気を変えてくれないかと言い募ってみるも、カナメはなんとも言わず無表情。
 どうしようか。勃起した雄肉を前に困り果てる。なかなか自分以外のソレを見る機会が無いから比較できるものでは無いが、視界に入る大きさの差にやや年上のプライドが傷付く。

「下手なら下手なりに可愛がってやる」

 いちいち、吐く台詞が性に濡れているのが鬱陶しい。
 絶対に無理だと思っていたのに、その先に待つのが仕置きならと期待してしまう。

「俺、してもらった事もないから……ほんとに、下手だと思うけど」

 一応念押ししたが、カナメは眼を眇めるばかりで焦れる素振りすら見せない。それはつまり、俺が覚悟を決めるまで待つつもりという事で──『出来ない』という返答は、黙殺される。
 腹をくくって、カナメの足元に膝をつく。

「ご主人様、いやらしい僕の口で、ご主人様を汚す事をお許し下さ……」

 男のご主人様には何と言ってから奉仕すべきか分からず、適当にエロビデオでありがちな台詞を吐いてみると、パァンと平手打ちが飛んできた。先程手当てされた頬と逆だったのは、カナメの気遣いだろうか。

「俺がそれを言えと言ったか?」

 端的に、しかし分かりやすく。機嫌を損ねた理由を伝えるあたり、やはりと首を傾げてしまう。
 今までの、どうしようもない糞初心者達と比べると、あまりに基本が出来ているのだ。痛みに耐性の有り過ぎる俺に頼むまでもなく、SM像が歪んでいる訳でもなし、おそらく倫子が諭せば修正できる程度ではないのか。
 何故俺に、と考えていた横面を、今度は掌でゆっくりと撫でられる。

「さっきから、何度も何度も……。気ィ散らして、何を考えてる?」

 叩かれ過ぎた頬は、撫でられるだけで刺すような痛みになって、我慢出来ず眉間に皺が寄った。これ以上叩かれたら皮膚が破れると、身体が痛みで伝えてくる。

「俺の事は聞く癖に、自分の事は話さねぇ。ご主人様って呼んだ口で、他のMを紹介するとか平気で言う。お前は何がしたい?」

 本気で質問の意味が分からず戸惑う。カナメの趣向を知るのに俺の事なんて関係ないし、ご主人様呼びはプレイ中のお約束みたいなものだ。とすれば、答えられるのは。

「……さっさとあんたの問診済ませて、他のMに押し付けたい」

 素直に答えれば、カナメは面食らったように目を見開いた。そして、くくくく、と堪えきれないように笑いだす。

「俺じゃあお前の『ご主人様』には不満か?」
「そうじゃないけど……、あんたの奴隷に適任な奴を探してやるって」
「俺は、お前がいい」

 額に落ちる前髪を掴まれ、ぐっと股間に引き寄せられた。

「お前を気に入った。代わりは要らない」
「いや、あんたがよくても俺は」
「コレを綺麗に出来たら、褒美に鞭で叩いてやる」

 嫌だと顔を背けようとするのに、カナメは愉しげに前髪を握り込んでそんな事を囁く。
 鞭、の単語に心が揺れた。一瞬、俺が迷いに瞳を泳がせたのを見て、髪を離してカナメはソファから立ち上がる。向かいにあったテレビ台の引き出しから、40センチくらいの黒い箱を取り出し、俺に見せつけるように上箱を開けた。

「倫子からやっとお前と会わせるって言われて、お前の為に用意したバラ鞭だ。ゴム製で、幅3センチ、厚さ5ミリ、長さ50センチが6本。叩く音を聞きたいか?」

 赤いベルベット生地に埋もれていた黒い鞭を取り出し、カナメはそう言ったかと思えば、自分の掌をソレで振り抜いた。
 ブチ、とやけに地味な重い音が響く。瞬間、肌が粟立った。バラ鞭なんて、基本は初心者向け。広範囲に浅い痛みを与える、軽いお仕置き用のもの。だというのに、カナメの打つ鞭の、なんという重低音か。
 あれはきっと、痛い。打たれた瞬間、肌が灼けるように痛み、じわじわと肌に赤い鬱血が滲み出る。次の一打が怖くなる、相当重い鞭だ。
 自分で打った癖に、カナメは眉間に皺を寄せて耐えるように掌を握った。

「見た目以上に、重いぞ。一本鞭ほどじゃないが、バラ鞭だと甘く見てると泣いて謝りたくなる」

 未知の痛みを前に、少しの恐怖心と、それに対抗するように湧き上がる好奇心で考え込む。
 細かく編み込まれた黒い革の柄の先から、鈍い光り方をするゴムへ繋がっていく鞭は、見た目も美しい。ありがちなバラ鞭とは若干雰囲気の違う、平たい鞭が何本も揺れる様に魅惑されそうだ。
 鞭の穂先を揺らすように頬をピタピタと撫でられ、そのひんやりした感触にうっとりと瞼を閉じる。
 コレを、ご褒美だとカナメは言った。
 そう、俺にとって痛みは仕置きではない。痛い事こそが、何よりの快感。
 それを分かってくれるなら、暫くの間、この男をご主人様にするのも悪くはないかもしれない。

「呼び方は、『ご主人様』でよろしいでしょうか」

 鞭を揺らすカナメの足元に膝をつき、頭を垂れて揃えた両手に額を押し当てる。土下座ポーズで急に態度を変えた俺の背中が、鞭の先端でくすぐられる。

「いちいち敬語になるのをやめろ。『してやってる』感がウゼェ」
「癖なので、お許しを。服従を示すのに、手っ取り早い方法ですし」
「それだ。手っ取り早い? お前、服従する気が無いんだろ。見かけの服従なんぞいらん」

 バチィン、と、指のすぐ横をバラ鞭が叩く。
 早く。この鞭が、欲しい。骨まで響く衝撃を想像して、ほう、と静かに息を吐く。体温が上がる気さえする。

「ごしゅじんさま、」

 再度、鞭が床を打つ。欲しい。痛みを。早く、早く早く早く。

「なんて呼べば、いい」

 敬語を崩すのは、勇気がいる。倫子に最初に覚えさせられたのが言葉遣いだった。自らを卑下し、卑しめ、虐めて下さいと嗜虐心を煽ってこそのマゾ奴隷なのだと。
 反抗的な言葉は、まともなSを躊躇させる。SMは、双方の同意があってこそ、プレイとしての形を成す。服従しないMを力で抑えつけるのは、SMではなく強姦、暴行の方が近い。
 虐めて良いのだ、続けていいのだと、Sを安心させる為に、服従の姿を見せるのもMの役目だから。

「カナメ、と。名前で呼べ」

 請われて、唇を噛む。早く欲しい。なのに、この男はここまで常識知らずか。

「それじゃあ、プレイが成立しない。SMはあくまで、上下関係がある事が前提だ」
「呼び名一つで崩れる関係なんて、没入感が足りないからだろ」

 心の底から俺に従え、と。
 俺の後頭部を片足で踏みつけ、カナメが鞭を振り上げる気配がした。

「っひ……!」

 衝撃に備え、身体を堅くする。が、それはまた床を打つ。

「あ、ぁ……、ひどい、こんな……」

 焦らされてばかりで、涙すら浮かんでくる。やっと与えられたのが靴の重みだけだなんて、酷すぎる。
 身体が焦れて熱い。早く、床ではなく俺の背中を鞭で打って欲しい。痛みが欲しい。
 だが、それは口にできない。言いたくない。言ったら、堕ちてしまう。痛い事が好きなマゾなのだと、痛みをくれるSに、堕ちてしまう。それは嫌だ。嫌ではない。気持ち良い。どれだけ痛みを与えても、謝罪も歓喜の言葉も返ってこないSの心中を思うと、涎が垂れる。
 堕とさせない。
 自分の犬だと、満足なぞさせたくない。
 駄目だと、理性が止める。この性癖は、理解されない。されたとて、付き合いきれないと、落ちないマゾなど可愛くないと、捨てられるのが関の山。堕ちたフリでいい、態度さえ示せば、痛みをくれる。
 苦しい。
 俺がキモチイイ事は、相手を白けさせる。SMなんてニッチな性癖においても、俺と一緒に愉しんでくれる相手はいなかった。
 倫子は、大人しく諦めろと言った。何も言わず私に頭を垂れていれば、いくらでも痛みを与えてやるから、痛みだけでいいなら、私が付き合ってあげるから、と。

「いやだ……」

 痛みだけでは、足りないのだ。
 苦しめて、苦しんでくれ。
 俺が欲しいと、堕ちるまで痛めつけてくれないと、本当の満足は出来ない。
 反抗したい。一夜限りの関係でもいい。白けたければ白けろ。俺の為に、鞭を──。

「……か、なめ」

 グッと奥歯を噛みしめる。出来ない。俺だけの為のプレイなんて、そんな身勝手な事は出来ない。
 唇を閉じていないと、喉の奥から嗚咽が漏れそうで、必死に頬の内側を噛んだ。

「ギリギリだな」

 ふっとカナメが笑った気配がして。
 次の瞬間、重いゴムが俺の背中の皮を叩き潰した。

「ッ、く、ぁ」

 ビリビリビリ、と背骨にヒビが入りそうな衝撃が、裏側の腹まで揺らして、消える。次にくるのは、燃えるような痛み。痺れと痛み、猛烈な熱さが、交互に、同時に、背中を灼く。
 これだ。この痛み。焦らされて焦らされて、やっと欲しかったものが与えられた身体が、歓喜に震える。脳みそが溶けそうな快感に、だらしなく唇の端から唾液が溢れた。
 気持ち良い。痛いから、気持ち良い。ただの快楽は苦しくない。だから足りない。でも、痛みは違う。痛みは、苦しくて、気持ち良くて、痛い。
 マゾなんてのは、きっと脳みその感覚器官がぶっ壊れてるんだ。鞭一発でガチガチに勃ち上がった自身を自覚して自らをせせら笑う。
 すす、と続けて鞭の先で背中を撫でられて、身構えていなければ悲鳴をあげていたかもしれない。

「もう一度、欲しいか?」

 愉しげに、背中をくるくると鞭が這い回る。
 まだ一回しか打たれていないのに、背中の痛みがひかない。じんじんと熱く火照り、呼吸に合わせて伸縮する背の皮膚が疼く。今背中で遊ぶ鞭は確かに柔らかいゴムの感触なのに、肉に響く感触はバラ鞭というよりスラッパーや平鞭に近かった。確かに、カナメの忠告無しに侮っていたら、さすがの俺でも涙ぐむくらいはしたかもしれない。

「ユギ」

 頭を踏みつけていた足が退けられ、俺の前にしゃがみ込む気配がする。

「やっと笑ったな」

 頭頂部の髪を鷲掴みにされ、視線が合う高さまで持ち上げられた。
 背中に続く鈍痛に、自然と弧を描く唇に鞭が押し当てられる。

「お前にとって、鞭は飴か」

 問いかけなのか呟きなのか、納得したような囁きに、目線を合わせ続ける事で肯定を示す。

「誓え」

 ……SMに夢見るお年頃が大好きな、奴隷契約ってやつだろうか。
 良い雰囲気だったのに、ガックリと肩の力が抜けた。

「何を……?」
「俺に全てを差し出せ。俺が全てで、お前の全てが俺の為にあると」

 漫画やアニメも真っ青な台詞に、思わずフヘッと場違いな笑みが漏れる。カナメが眉間に皺を寄せたが、半笑いのまま首を横に振った。

「ちょっと……、それ、タイムタイム。無理、笑うなって方が無理だから」

 ああ、せっかく火のついた体が勿体無い。よいしょ、と立ち上がった俺がまずしたのは、心底不思議そうに見つめるカナメの脳天へのチョップだった。

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