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しおりを挟む「……おい、降りろ」
気まずさで俯いていたから、時間の感覚が無かった。やっと着いたのか、安堵の息を吐いてやっと、自分が呼吸すら抑えていた事に気付く。やけにファミレスが遠く感じた。緊張で口の中がカラカラに乾いている。
窓の外を見ると、しかしどうやらどこかの地下駐車場らしい。なんとなく見覚えがあるような。
「もっとしたいんだろ?」
助手席のドアを外から開ける、手慣れた仕草に合点する。昨夜も来た、『ヤリ部屋』。そのマンションの、駐車場だ。
「朝早いんじゃ……」
「だから、さっさとしろ」
腕を引かれ、駐車場からエレベータに乗せられた。途中で止まる事もなく、数十秒で最上階への扉が開いた。
「言ってみただけなんだ、仕事あるんだろ? 無理しなくていい」
ぐずぐずと言い募る俺を、カナメは面倒くさげにソファの方へ突き飛ばす。よろけてちょうど肘掛けにうつ伏せでもたれ掛かる形になり、恥ずかしさも手伝ってそのまま固まってしまう。
「服脱げよ」
背後で、男の着替えの衣擦れ音が聞こえた。これ以上迷惑かけまいと、慌ててシャツのボタンを外し、ジーンズ、下着と次々脱いでいく。全裸で彼の足元に四つん這いになり、頭を垂れて次の指示を待った。
「顔上げろ」
頭の前に仁王立ちしたカナメの言葉に、躊躇しつつも従う。とは言っても、彼の足首が見える位置までだが。細身のパンツの先から出る骨張った足の甲を見て、罪悪感が加速する。
「おい、自分から誘っといて眠いんじゃねえだろうな」
違う、と首を横に振る。年上のオッサンに甘えられてあんなに嫌そうな顔をしたのに、プレイしてくれるというのか。言い寄ってきた相手につけ込んだ罪悪感と、年甲斐もなく甘えた態度をとった恥ずかしさで、視線を合わせられない気分なだけで。
今日は靴下まで脱いでしまったカナメの素足の甲に口付ける。少しでも罪悪感を少なくするために、カナメが喜びそうな事をしようとしたのだが。
「……なに勝手な事してんだ」
顔面を蹴り飛ばされ、横向きに倒れ込んだ。上に向いてしまった顔を背けようとするのに、素足に首を踏まれて喘いだ。
「こっちを向け」
ゆるゆると視線を上げると、さして面白くもなさそうな怜悧な瞳とぶつかった。
じく、と胸が痛む。やはり気分が乗らないのか、昨夜のような余裕がみえない。勝手にとはいえ、奉仕しようとしたのを拒否され、かなりへこむ。
「申し訳ありません、ご主人様」
咄嗟に口をついた謝罪に、カナメは無言のまま首に乗せた足に体重を移した。
「……っ」
喉笛が潰れて苦しい。骨が軋んで痛い。呼吸ができず、酸素がこない。だが、抵抗はしない。苦しい事を、してもらっている、から。
もう無理、と意識を手放しそうになる直前、やっと足が退けられる。
大きく酸素を吸い込んだ喉から、ヒューッと音がした。くらくらと眩暈がする。
痛くて苦しくて最高だったけど、もしかしなくても結構やばかった。俺が荒い呼吸を繰り返すのを、カナメは無表情で見下ろしている。
「さっきまでの色気はどうした? 誘っといて、乗ってきたら引くのか。手慣れてんな」
ぐり、と素足に頬を踏まれる。ひんやりと冷たい足裏が、彼のテンションの低さを物語っているようで、申し訳無さに目を伏せた。
「き、昨日の鞭が欲しいです、ごしゅ……カナメ、様。鞭を頂けたら、カナメ様のご命令に何でも従います。カナメ様のご予定を考慮する厚かましさをお許し下さい」
早口でへりくだる。明日の仕事に支障が出ないよう、せめて終わるタイミングは彼が決められるように、先にご褒美を寄越せと。図々しさに胃が痛むが、こうでもしないと俺がどれくらいで満足するか分からないカナメは終わりどころを見失うだろう。
気遣ったつもりなのに、それは冷笑と同時に蹴散らされた。
「先に飴をやったら、途中で帰ったのは誰だ? 今日は最後までご褒美は無しだ」
足を退けたカナメは、そう言ってリビングセットの端のシングルソファにどっかりと座り込む。
「そうだな、まずは昨日の分まで仕置きしとくか。……あんた、羞恥プレイは悦くねぇんだよな?」
疲れた様子が垣間見えるのがちくちくと罪悪感を刺激する。出来るだけ負担にならないよう、素直に命令を聞かなければ。
「痛いのと苦しいの以外は、特に気持ち良くなれない、です」
「なら、M字開脚して自分で尻掴んでケツ穴見せろ」
いきなりの要求にぎょっとする。が、悟られないよう、表情を動かさず、言われた通りの姿勢をとる。左右に開いた太ももの間から手を出し、尻たぶを指で引っ張るようにして後孔をさらけ出す。
恥ずかしくない訳ではないが、恥じらう程のことでもない。恥じらってやれば、カナメは喜ぶだろうか。視線で覗うが、どうやら彼も楽しんでいる訳ではないらしい。
眠気がきたのか半目でこちらを見ているだけで、特に何の反応もない。ただ、見ている。
恥ずかしい格好だとか穴を晒して恥ずかしくないのかとか、何かしら辱める台詞を吐くものだと思っていた。それなのに、カナメはじっとこちらを見たまま、何も言わない。
「…………」
「…………」
困った。
これほど反応がないと、どういう態度をとったらいいかも分からない。だが、姿勢を崩せば機嫌を損ねるのは明白だ。仕置だと言ったのだから、彼が良いというまではじっとしていなければならない。
部屋は静かで、照明がついていない部屋は薄暗い。考えてみれば、外からのビル光だけで相手の顔が見えるのもやっとの状況。割れ目を晒したとしても、見えているかも疑わしい。
なら何故、カナメはこんな格好をさせたのか。考え込んでいると、ふいにカナメが口を開いた。
「見えてないと思ってるか?」
思考を読まれたかのようなタイミングで、思わず身が震える。にぃ、と唇の両端が上がるのが、やたら不気味だ。
「あんたの肛門、小さくて可愛いな。たまに閉じたり開いたりして、舐めてやりたくなる」
怖気が走るような事を言われ、思わず肩が強張る。
「え、NGだって」
「だから、見てるだけにしてやってるだろ? ……おい、そんな締めんな。挿れたくなるだろうが」
貞操の危機という、男ならば感じる事が少なそうな恐怖で、知らず孔までもが縮み上がる。それを更に舌なめずりされ、さすがに逃げ出したくなる。
「ほら、息吐いて弛めろ。口ん中と同じ色してるな。綺麗なピンクで、ぬるついた色してやらしい……何やってる、膝閉じていいなんて言ってねぇぞ」
低い怒声に、閉じかけていた膝を開く。
羞恥プレイなんて、気持ち良くなった事はない。誓って本当だ。恥ずかしい格好をさせられて、恥ずかしいだろうと詰られて、それでなんで気持ち良くなるんだと、全く理解できない。それは今だって変わっていない筈なのに。
「良い子だ。……そのまま、片手で乳首弄れ。噛んでやりてぇけど、今は仕置中だからな」
息が上がる。興奮させられる。単純に、悔しい。
これは、羞恥プレイではない。SMですらない。まるで──普通のセックスの、前戯。
辱めず、貶めない。可愛いと誉められて、身体が反応してしまう。
「あんた、乳首開発されてないんだな。平べったくて、ガキの乳首みてぇ。爪の先使うなよ? 指の腹で優しく撫でろ」
わざとらしく興奮を醸す台詞にムカつく。分かってやっているのだ、この男は。俺が精神的にはマゾ寄りでもサド寄りでもない、ごく普通の、フラットな性癖だと。
自分の痴態を褒められ興奮されて、嬉しくない筈がない。
「クソガキ……」
思わず吐いた悪態に、カナメは何故かとても嬉しそうに笑みを深くした。
「アタリか。あんた、キスの時もだったけど、別に気持ち良いのが嫌いって訳じゃないな?」
立ち上がってこちらへ向かってくるカナメに、本能的に後退る。
「嫌いじゃないが、好きでもない」
「本当に?」
窓からの淡い光を背にしたカナメの表情は読めず、立ちはだかる長身にただ今さら恐ろしさが込み上げる。
この男は、何故こんなに俺に執着するのだろう。俺の反応をつぶさに観察し、考察し、正解を求めて。
「逃げるなよ」
片膝をつき、膝の間に屈み込んできたカナメが、また覆い被さるように口付けてくる。
おそらく、たぶんこの男はキスが上手いのだろう。やたらにいやらしく水音をさせて、舐めたり吸ったりされて、次第に頭がぼんやりしてくる。
ただ、だから何だ、という話で。
気持ち良いから、なんだ。足りない。全然足りない。酸素の減った思考が、苛立ちに移行していく。
男とただのキスをするような趣味は無い。眉を寄せ、顔を引き離そうとした、そのタイミングを狙っていたのか。
ズン、と股間に響く激痛。思わず、口の端からうめき声が漏れた。カナメが不自然に立てたままだった膝を降ろし、俺の肉茎をその下の玉ごと踏み潰したのだ。
「……っ、ぁ、あぅぁ」
鈍痛と鋭痛が同時に襲う。ぐり、ぐり、と体重をかけて膝の皿に潰され、イかされた。竿を踏まれた経験もあるし、玉蹴りも喰らった事がある。それら二つの合わせ技のような、不意の鋭痛から継続する鈍痛への移行に、為すすべもなく先端から白濁を吐いた。
俺が射精したのに気付いてカナメは一瞬驚いたようだが、快感に痙攣する唇を貪るように噛み付いてきた。痛みに快感を引き出され、先程まで味気無かった口付けがやたら甘く感じる。カナメの膝は尚も俺の股間を押し潰し続けていて、心臓が壊れそうな程早鐘を打つ。痛い痛い、気持ち良い、痛くて、気持ち良い。
「もっと……カナメ、さま、もっと」
キスの合間にうわ言のように強請る。ざらつきぬるつく舌が擦れ合うのが気持ち良い。竿が潰され、袋が引っ張られ、中身の玉が圧力から逃れようと限界まで伸び切って痛い。それらだけでももう一度イけそうなのに、カナメは俺の胸の突起に手を伸ばし、それを捏ねだした。慣れない刺激はくすぐったく、せっかくの快感が勿体無い。指から逃げようと身体をくねらせると、爪の先でギギッと音がしそうな強さで摘まれ、またも呆気なく射精した。
はぁ、はぁ、と荒い息を吐く。さすがに連続で二度も達すると、体がだるくなる。それでもカナメはまだキスもやめず、膝も退かさず。片方の乳首だけを弄り回され、痛みだけが増していく。
キツい、と感じた事に自分で驚いた。思い返してみれば、SMプレイでの射精はいわばご褒美ってやつで、最後の最後がお約束。倫子がご主人様になってからはそれも辞退していたから、二度も連続で他人にイかされるのは、本当に初めてに近い。射精後の身体は快感に鈍感になっていくが、痛みには鋭敏になっていく。
「痛い……、カナメさま、痛い」
痛みに特化したはずの、鞭打ちなんてご主人様が先にバテてしまうレベルで痛みが大好物なはずの自分の身体が、痛みから逃げようとしている。それが逆に新鮮で、大げさに胸を揺らして男の爪から突起をずらした。
「痛いのが好きなんだろ?」
わざとだと分かっていて、カナメも煽られてくれる。今度は親指と人差し指の腹でぐりぐりと挟んで潰され、引っ張られた。
痛い。気持ち良い筈なのに、気持ち良くなれる余裕がない。痛くて痛くて、泣きそうになる。それでも、逃げないのはプライドがあるからだ。痛みが好きだと言っておきながら、たかが数十分股間を踏み付けられた程度で音を上げては笑い者だ。だから、わざとカナメを煽る。まだまだ余裕だと見せつけなければ。
「好きです、痛いの、もっと下さい。カナメさまが満足するまで、もっと」
唇の両端を上げ、慣れた笑みを作る。もう癖のようになっているそれを見た瞬間、カナメは指を止め、彼の膝も股間への圧迫をやめ、横にずらされてしまった。
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