痛い瞳が好きな人

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 ジリリリリン。
 懐かしい黒電話の着信音に、思わずキスの最中というのに吹き出した。
 唇を離されたカナメが俺を睨み、シャツの襟首を掴んで無言で続きを催促してくる。

「いや、電話出ろよ。……電話だよな? その音でメールだったらお前相当ヤバい」

 鳴り続ける着信音を無視しようとしているカナメのジーンズの尻ポケットをまさぐり、スマートフォンを取り出して持ち主に押し付けた。
 いつもの部屋、エレベーターを降り、閉まったその扉を背に押し付けられるような格好でいきなり何分も口付けられていたから、身長差で上げ続けた顎が痛い。タイミングが良いのか悪いのかは知らないが、とりあえず助かった気分だ。

「ちょっとトイレ借りるわ」

 すい、と脇を抜けて逃げると、諦めたようにカナメがスマホの画面を耳に当てて着信に出たようだ。気を遣わせないよう、足早に洗面所に入った。
 相変わらず、この洗面所に入る度に一瞬目が潰れそうになる。キラキラしすぎて絶対目に悪い。
 小用を足し、トイレットペーパーで便座裏から床まで拭いていると、電話が終わったらしいカナメが洗面所に入ってきて目を丸くした。

「何やってんだ?」
「……癖で」

 さすがに土足の公衆便所ではやらないが、自宅や友人宅ではどうしてもやってしまう。いや、やらないと気が済まない。やはり奇妙に映るのだろうか、と恥ずかしく思いながら、トイレのドアがガラス張りなのが悪いと口には出さず八つ当たりだ。
 トイレットペーパーを流し、洗面台で手を洗うと、カナメが棚からタオルを出して渡してくれる。

「消毒用アルコールは無いんだが、置くか?」

 からかう風でもなく、カナメが言う。

「別に、潔癖症じゃないから」

 自分でも仏頂面になっているのが分かるが、どうにもいたたまれない。

「父と俺と弟の男三人家庭だったから。使った物は使った奴が綺麗にしろ、が家訓みたいなもんだったんだよ」

 じゃないと際限なく汚くなるからと、俺と一つ下の弟がまだ中学生だった時に母が脳梗塞で急死し、それから一ヶ月も経たず一軒家を汚屋敷にしてから三人で決めたのだ。それからずっと続けているのだから、これはもう癖のようなものだ。

「ふぅん」

 興味なさそうでいて、しかしカナメは頬を緩ませる。その表情が妙に気に障って、「なんだよ」と睨みつけた。するとカナメは慌てて誤解を解きたいみたいに胸の前で両手を振り、

「あんた、全然自分の事話さないし、聞いてもはぐらかされるから。……少しは、俺の事信用してくれたかな、と」

 馬鹿にした訳じゃないんだと言う。

「信用っていうか。別に、話しても意味ないだろ。ただの遊び相手に」
「遊び相手ならむしろ話してくれてもいいだろ、後腐れないし」
「……面倒くせぇ。この会話が 面倒くせぇ」

 吐き捨てると、唐突にぎゅ、と抱き締められた。耳元で、ゆっくりと息を吸う音がする。

「なら、始めるか」

 声の熱に、じわ、と首筋が溶かされる。
 同僚の鈴成の情報によれば、本業はモデルで、映画への出演はあくまで話題作りのため。今後の俳優転向は無いと、チラ見した雑誌やテレビでのインタビューで断言していた。
 もったいないな、と思う。こいつの声は、最初会った時はほとんど魅力を感じなかったが、プレイを重ねていくうちに、徐々に『Sのソレ』になってきた。声質ではなく、声色でMを跪かせるソレは、無意識で体得するのは稀。大抵の玄人Sが、数をこなし、Mの反応で調整を繰り返す。カナメもまた、相手はおそらく俺だけらしいのに、いやだからこそかもしれないが、『俺が喜ぶ』声音を体得してきている。

「今日は、ゆっくり楽しめる」

 低すぎず高すぎず、ゆったりと、余裕をみせて。支配する側がどちらなのか、疑念を持たないその音色に、視界が柔らかく歪む。こいつに預けて大丈夫だと、身体が弛緩する。
 これだけ研究熱心で努力家なカナメならば、俳優とモデルの二足のわらじでも、そこそこいけそうなのに──。
 と、何も知らないからこその適当さで思考をからっぽにする準備をしていたのだが。
 ポンポン、と場違いに背中を叩かれ、意識を引き戻される。

「……はずだったんだがな。悪い、仕事入った」
「この時間に? もう23時だぞ?」

 すっかりその気だったのをぶち壊され、些か語気を荒げた。

「悪い」

 先程の電話が仕事先からだったのだろう、詳細は言わず、しかし申し訳なさそうにしているのをそれ以上咎める気も起こらず、肩を落とした。

「わかった。帰る」

 頷いてから、気にすんなよ、とカナメの背を叩き返し、その腕の中から出ようとするのだが。

「ここで待ってて、って言ったら、……嫌か?」

 抱き締めた腕を背中から二の腕に移動させ、正面から向かい合うようにして尋ねられ、視線を彷徨わせる。

「べ、つに。嫌じゃねえけど」

 久々に明日明後日、連休がとれたと連絡がきた時点で、同じように連休をとったから。明日は丸一日プレイに費やすつもりだったから、元々泊まらせてもらうつもりだったし、と。言葉にすると好き者みたいだと、恥入りながらも答える。
 と、急に前髪を引っ掴まれ、唇に噛みつかれた。がじ、がじ、と下唇を噛まれ、痛みに喉奥から呻いた。

「……あんたが、可愛い顔するから」

 俺が悪いみたいに尊大な台詞で、軽く嗜虐を楽しんだカナメが笑う。

「先に寝ても良いし、テレビ台の中に映画のDVDあるから、適当に見てても良いし、部屋の中の物は好きに使って。たぶん1、2時間で帰ってくる」

 スマホの時計を確認しながら、カナメはそう言い残してさっさとエレベータに乗って部屋を出て行った。
 残された俺は、きらびやかな部屋で一人きり。寝るか、待つか。無意識にさっき噛まれた唇を指でなぞって、走った痺れが背筋を抜ける。

「ぁっ……、は」

 ぞくぞくぞく、と被虐の悦びを思い出した身体が熱をもちそうになり、慌てて頭を振った。だめだ、このままベッドに入ったら、絶対に自慰を我慢出来ない。
 せっかくプレイできる日なのに、そんな勿体無い事をしてたまるかと、起きている事に決めて映画のDVDを漁ることにした。
 だいたいが有名なラブコメディ、もしくは泣けると話題になったラブストーリーばかりで辟易とした。これらを見ながら良い雰囲気になって、事に及んだのだろうかと、容易に想像出来るのがうんざりする。
 だが、ラブだの天使だの、ポジティブでポエミーなタイトルが並ぶ中、ひときわ異彩を放つタイトルがあった。
 『ヤスデ人間』とゴシック体で書かれたそれを見ようと決め、パッケージ裏のあらすじも読まずにディスクをプレーヤーに挿入する。
 テレビの正面を陣取り、柔らかく沈む本革ソファに背を預けると、急に疲れを思い出した。2連休を取るために8連勤だったのだ。整備士だった頃よりは体の疲れは少ないが、それでも週に1日も休みがないのは堪えた。
 結果、意外と静かに始まった映画の最初のあたりをうたた寝で見過ごしてしまった。
 意識が浮上したのは、スピーカーから聴こえた声が、やけに色っぽかったからだ。低い、低い声。

『いいぞ、そら、走れ走れ!』

 楽しげな声の後、鞭の音がして、うっすら目を開けた。
 画面の中では、何故か口と尻を器具で連結された4人の男女が、四つん這いでプールサイドを走らされていた。その後ろを、白衣の男が鞭を持って歩く。時折、休もうとする男女を急かすように鞭を鳴らし、最後尾の男の尻を蹴り上げる。
 ほう、と思わずため息を吐いた。とても、良い声だ。マゾの性を揺り起こし、お前は被虐で感じる変態だと突き付けられる声。カナメよりは、倫子の声色に近い。だからだろうか、懐かしくて、心地良い。

「いー、こえ……」

 瞼を閉じて聴き入る。鞭の音、執拗に責める男の声。寝言のように呟くと、

「起きたのか?」

 と、間近からカナメの声がして飛び起きた。

「お、起こせよ、びっくりするだろ」

 いつの間にか俺の左横にはカナメが座っており、風呂上がりなのか、濡れた髪を後ろに撫で付けた様が異様なほど妖艶だ。Tシャツにスウェットのラフな姿が、逆に欲を煽る。

「声かけたんだけど、起きねえから疲れてんのかと思って。とりあえず、映画終わったら起こそうかと思ってた」

 すい、とごく自然に顎を掴まれて、またキスされるのか、と慌てて顔を背けた。

「おい」
「いやいや、お前ちょっとキスし過ぎだから。ゲイじゃねぇってんならもうすんなよ」
「……あぁ?」

 カナメはムキになって両手で俺の頬を掴み、底冷えするような三白眼で睨みつけた。

「私生活の話もしねぇ、アナル捧げる気もねぇ、その上キスもすんなって? だったらどうやってお前が俺の物だって確認するんだ?」

 淀みなく紡がれた言葉は、まるで漫画か何かの台詞のようだ。それほど疑いなく、カナメは言い切る。俺を自分の物だと、言い切る癖に、疑う。
 そうか。何度もキスするのは、俺が嫌がっているのを知っていて、それでも受け入れるからだったのか。カナメをご主人様と認めているから、ご主人様の喜ぶ事をしたいから。

「ごめん、俺の理解不足だった」

 ここで申し訳ありません、なんて謝れば、更に怒らせる。それをもう理解しているから、わざとくだけた口調で謝り、しかし媚びるように自分からカナメに口付けた。

「俺のご主人様は、カナメだけだ」

 今は、と。本音は飲み込む。

「俺の奴隷も、あんただけだ、ユギ」

 感極まったかのように、カナメが覆い被さってきて、またいつもの濃厚なキスが始まった。口の中を余す所なく舐め回され、舌を擦り合わせ、唾液を飲まされる。
 こんなにまっすぐなSはカナメが初めてだ。困惑はするが、最近はこの初々しさがとても好ましく思える。いつまで続くかは分からないが、続く限り、この生温さに浸っていたくなる。

「……ああ、そういや、お土産」

 酸欠で意識が朦朧としてきた頃、ようやくカナメは満足して身体を起こした。
 足元に放ってあったらしい紙袋をごそごそと漁り、掌の上に乗る程度の小箱を土産だと渡してくる。可愛らしいピンク色の厚紙の台紙にクリアなプラスチックカバーがかかった、簡素な装丁の中に、だらけた格好のウサギが描かれた四角い物体。これは一体なんなのか、台紙の商品名を読んで首をひねる。

「ぴ、あっさー?」

 ピアッサー。つまり、ピアスを通す穴を開けるための器具。
 理解して、無言でカナメの膝の上に返す。

「俺、会社の規定でピアス禁止」
「乳首まで点検されんのか?」

 即座に返された言葉に、う、と詰まる。
 乳首にピアスとか、またエロ漫画みたいな事を言い出しやがって。ピアスごときで首輪の代わりか、童貞か。
 どう言えば諦めて貰えるか、脳内を罵声が巡るのに、カナメは「まあいいや」といやに素直に受け取った箱を紙袋に戻してしまった。

「あれ? いいのか?」
「嫌なんだろ。別に、新商品をスポンサーが送ってきたからって、事務……会社に置いてあったから貰ってきただけだし。あんたが喜ぶかなーと思ったんだけど、喜ばないんだったら意味ねぇし」

 本当にそれだけだったのか、カナメは紙袋を放り出して肩に掛けたままだったタオルで濡れた髪をわしゃわしゃと拭きだした。

「それより」

 ちら、と目線だけ寄越して、カナメが顎でテレビを指す。

「目ぇ覚める程良い声か」

 怒っているという訳ではないようだが、なんだか視線が冷たい。

「キスしても肩揺すっても起きねーのに、オッサンの声で起きるんだな」
「ああ、いや、なんかこう、股間にクる声っていうか。スイッチ入りそうで、ぞくぞくして」

 何がそんなに機嫌を損ねたのか、カナメが起こそうとしたのに起きなかったのが悪かったのだろうか。おそらくはカナメに声をかけられた事で眠りが浅くなったところに、フィーリングの合う声を聞いたせいだと思う、と。説明するのに、カナメの眼がどんどん据わっていく。

「スイッチ入るって? こんなオッサンの声で、あんたが」
「……なんで怒るんだよ」
「怒ってねぇけど」

 否定する割に、舌打ちされた。
 それきり黙り込んですっぽりタオルを被り、髪を拭き続けるカナメに困惑する。プレイ中は全神経でご主人様の動向に気を遣っているから検討がつくものだが、そうでない時に機嫌を損ねられても困ってしまう。
 どうしようか。迷った末に、紙袋を見て思い付いた。
 ソファから立ち上がり、紙袋から先程のピアッサーの箱を取り出して、髪を拭くタオルで表情の見えないカナメの足元に膝をつく。揃えた自分の膝の前に箱を置き、着ていたセーターと長袖Tシャツを脱いで素肌を晒すと、カナメの頭の動きでこちらを見たのが分かる。

「カナメ様。俺の身体に、カナメ様の印をつけて」

 恥ずかしさを押し殺し、自分で胸の突起を指で弄って尖らせる。吐き気のするような甘えた声が、カナメにとっては喜ばしいものだと信じたい。

「……サマ、無しで。もう一回」

 かかった。安堵し、従う。

「俺の身体を、カナメの物だって、教えて。カナメと会えない日も、カナメだけのものだって思い出せるようにして」

 全力で煽れば、カナメはゆっくりとタオルを外した。しかし、彼の表情は予想外な事に、とても悲しげなものだった。
 ズキ、と胸が痛む。俺はまた何か間違ってしまったのだろうか。

「本心から言わせてぇな、それ」

 軽い気持ちのご機嫌取りでした事が、この純粋な男を傷つけてしまったのだとやっと気付く。

「ちが、俺、本当にカナメだけだからっ」

 言い繕うのを気遣うように苦笑して、カナメは俺の頭を撫でた。

「いーって。あんたのそういうあざとい所も好きだし。……そのまま膝乗れ。開けてやるから」

 甘やかされている。このままではマゾ奴隷として駄目になってしまうと思うのに、心地良くて──甘えてしまう。
 箱を持ち、カナメの膝に正面から跨がる。

「カナメ、俺の名前、呼んで」
「ん、……ユギ?」

 愛しげな熱の籠もった、その声で。股間に血が集まり、硬く勃ち上がってカナメの腹部を押した。

「カナメの声はさ、たまに、すげー良い声になんの。俺の事いじめたくてたまんねーっていうの我慢してる声。超、好き」

 これは本当に本心だから、どうか伝わりますように、と。じっと見つめると、一瞬目を見開き、そして視線を逸らされた。伝わらなかっただろうか、追い打ちをかけるべきかと思ったら、ジーンズ越しに触れ合った股間が硬く成長してきた。

「くっそ……」

 キツい、と悔しげにジーンズのベルトを外したカナメに睨まれる。 

「あんた本当にあざとい」

 そのまま俺のジーンズのチャックも下ろされ、勃起した茎同士をくっつけるように握り込まれて腰が浮いた。

「か、なめ」
「これ好きだろ。強めに握って、裏筋俺のチンポで擦ってやるの」

 ごりごりと音がしそうな強さで、カナメの骨ばった指と根太に挟まれて扱かれる。痛くて気持ち良くて、声をあげそうになって唇を噛んだ。その上から口付けられ、唇の縁を舐め回されて背筋が反る。

「あんたが気持ち良くなれること……痛いのも気持ち良いのも、俺なら、どっちもしてやれる。その上、落ちなくても捨てない。俺は良いご主人様だろ?」

 囁かれながら、耳を噛まれて何度も頷いた。

「だよな。だから、他のご主人様なんかいらねえな?」

 乳首を抓られながら、これにも頷く。身体中、上から下まで苛められながら、可愛がられる。

「なら、二度と俺以外で勃つな。潰すぞ」

 一際低い声で、カナメが耳穴の真横で囁く。その声色に、なんだか泣きたいくらい嬉しくて。

「いい、潰して。俺、カナメになら、いい」

 ぎゅう、とカナメの背中に腕を回して、彼の耳朶を舐める。何度も頬に軽いキスを繰り返し、もっとと強請る。
 やっとカナメの唇が綺麗な弧を描くのを確認して、安堵した。

「イく前に開けとくか」

 不意に思い出したのかカナメが肉を扱く手を止め、小箱のパッケージを剥がして中から器具を取り出す。

「開けた事あるのか?」
「いや、一度も」

 カナメが説明書を読みながらカシャンカシャンと軽い音をさせながらボタンらしきものを動かすのを見つめる。
 どうやら、開けたい場所の皮膚を器具に挟み、ボタンを押すと針が出てきて穴を開けるという仕組みらしい。

「ピアス本体は……ああ、樹脂のやつが本体についてんのか」

 どうやら開けた穴に自動でピアスが嵌まる仕組みになっているらしい。便利なもんだなぁ、と覗き込む。

「じゃ、開けるぞ」

 乳首の根本を挟むようにして固定してから、最終確認のように寄越された視線に「どーぞ」と頷き返した。
 ピアスなんて、中学生や高校生でも開けている。穴だって、ピアス自体をつけていなければ閉じてしまうと聞く。だから、全く怖くもなんともなかった。……の、だが。
 カシャン。
 その、小さな音と同時に、

「いっ……、てぇ!」

 たまらず叫んだ。カナメが目を丸くしている。

「痛い、やば、痛い」

 針が刺さった瞬間の痛みも強かったが、そこから開いた穴がじんじんと痛みだす。
 痛い。痛い、痛い。とにかく痛い。
 初めて一本鞭で打たれた時の事を思い出す。あの時、これ以上痛いのはもう包丁とかで刺されない限り経験しないだろうな、なんて思った気がするが。

「うぅー……」

 とうとう我慢出来ずに涙を溢してしまって、カナメが驚きでぽかんと口を開けている。悔しい。ピアス一つで、こんなに痛がるなんて。

「大丈夫か? 俺、変な開け方したか? ちょっと傷口見るぞ」

 驚きから回復したらしいカナメに乳首を触られ、加わった痛みにぼろぼろと涙を溢す。

「ちょっと待ってろ、消毒液持ってくるから」

 大人しくしてろよ、と頭を撫でられ、小さく頷く。俺をソファに座らせ、ジーンズを履き直したカナメはベッドルームへ消毒薬を取りに行った。
 ジリジリと熱く痛み、患部の痺れがとれないが、深呼吸を繰り返すうち、だんだんと落ち着いてきた。ふう、と長く息を吐く。じわじわジンジンと鈍痛は続くが、それらは身体に馴染んだ痛みに近い。やっと平静を取り戻す。

「消毒するけど、……泣くなよ」
「ん、もう平気」

 戻ってきたカナメが不安そうにするのを、心配させて悪い、と謝る。

「俺、刺される系ダメかも」
「刺される系ってなんだよ」
「……ピアスとか、鍼灸?」
「鍼プレイとか、絶対しねーから安心しろ」

 くく、と笑われて、まあそうか、とつられて笑う。
 ちょんちょんと消毒薬を染み込ませた脱脂綿で傷口を軽く叩かれ、その痛みは気持ち良くて肩を竦めた。

「苦手な痛みとかあるんだな」
「俺も初めて知った。一本鞭で背中破れた時も、むしろ気持ち良くてイきそうなくらいだったんだけど」

 言ってから、やば、と気付く。またカナメが眼を細めて黙り込んでしまって、やはりこういう、他のご主人様を匂わせるような話題が怒りに触れるらしい。

「……もう一個あるんだが、無理ならやめとくか」
「もう一個?」
「両方の乳首にピアス開けて、鎖つけて散歩でもしてやりたかったんだけど。まあ、無理ならいい」

 魅力的な提案をぶち上げて、意地悪く笑われる。
 ピアスを開ける時の痛みは、本当にもう、嫌だ。しかし、ピアスを弄られ、鎖で引っ張られる痛みは、たぶん。ごくり、生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。

「もう一回だけなら、我慢する」

 想像するだけで息が上がりそうな情景に、唇を嘗めて濡らした。

「無理するな」

 俺の物欲しそうな表情に気付いていない筈がないのに、カナメは興味無さそうなフリをする。
 消毒終わり、と立ち上がろうとした彼の手首を掴んで、

「カナメ、お願い。カナメじゃないと、俺、怖い」

 と、甘えて縋る。
 ああくそ、気持ち悪い。いいオッサンが何をしてる、見苦しい。そう思うのに、この男は。

「しょうがねぇなあ」

 とても嬉しそうな顔で、俺にキスしてくるのだ。
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