神は絶対に手放さない

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神は絶対に手放さない

1、日常と非日常

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 記憶に微かにさえ残っていないくらいの、小さな頃の話だ。
 家族旅行先で立ち寄った神社で俺は神様に会ったらしい。
 そして、神に愛された証の御石を渡され、それを神様に言われるがままある場所に奉納した、らしい。その行為が神子として組織に所属する為のものだとは露知らず。
 その場ではあまりに俺が小さかったものだから組織も登録だけして俺を見逃してくれたようなのだが、中学に上がったその日、『トナリグミ』と名乗る組織が俺を迎えに来た。曰く、「神から寵愛を受け続けるには修行が必要だから」とか云々。
 祖父母の重介護で生活が切迫していた親は俺を莫大な金で売り渡し、それから俺は組織に監禁……は、されていない。同い年の監視役は付いたが、寮付きの学校に通わせてもらい、あとは組織から定期的に指示される仕事をこなせば、比較的自由に生きている。
 監視役の 蛍吾けいごが言うには、俺の待遇は破格のものだという。他の神子は中学卒業と同時に組織本部でひたすらに修行の日々で、汚れをその身に宿らせない為、外に出られるのは大きな仕事がある時だけなのだとか。
 俺が自由に出来るのは、ひとえに俺の側に神様がいないから。大体の神は、寵愛する神子の側を離れない。……らしいが、俺はその神様を見た記憶は遠い記憶の彼方に消え去っているし、しかし神の加護だけは常に張り続けられているそうで、組織の本部に幽閉するまでもないが神の力は強力という、まさに小間使いにうってつけの存在だったのだ。
 組織からの仕事は、心霊スポットでの除霊だとか山から降りてきてしまった妖怪を縄張りに連れ戻すだとか、神の加護さえあれば危険はほとんど無いようなものが大半だ。監視と手伝いを兼ねて同行する蛍吾は根っからのオカルト好きで、俺の担当になれてラッキーだと嬉しそうだが、俺としては夜の睡眠時間が削られるのが地味に面倒だった。その分バイト代は良いのだが。










 俺、林 静汰せいたが志摩宮と出会ったのは、高校二年の始業式の朝だ。
 寝坊して欠伸をしながら寮の部屋から直接体育館へと向かっている最中、施錠された校門を軽々と乗り越えてきたそいつと、ばっちり目が合った。

「あ、ども。もう始業式始まってます?」
「さあ、どうだろ」

 敷地内に降りた男は、すいっと当然のように俺の横に並んできた。
 百七十二センチの俺と同じくらいの身長だが、しかし痩せ型の俺よりさらに不健康に痩せさせたような、やや不気味な気配がある。あまり高くはないその背を丸めて両手をポケットに入れた彼は、あまり素行がよろしくは無さそうだ。

「入学式もサボっちゃったんで、始業式くらいは出ようと思ったんスけど。間に合わないっすかねぇ。舐められないように最初にぶっこんどかないと、後からは面倒なんだよなぁ」
「うちの校長話長いし、終わるまでには着くだろ」

 ヤンキーだ。しかもこの瘦せぎすが、どうやら武闘派の類らしい。
 人は見かけによらないな、とその珍しい容姿を横目で盗み見る。
 肩まである癖っ毛の黒い髪に褐色の肌と、やたら彫りの深い顔つき。アラブ系の人を直接見たことは無いが、少女漫画の石油王を実体化したらきっとこんな感じ。
 細く眇められた瞳は何色だろう。珍しく他人に興味が唆られて、見つめていたのが悪かったのだろうか。

「……ッゼェ」

 視線がうざったいと、言ったそいつは間髪入れずに蹴りを入れてきた。
 なかなか鋭いそれを、ひょいと身軽に避ける。続いて回し蹴りがきて、それも飛び退いて躱した。

「遊んでると始業式間に合わないぞ?」
「……」

 先程より開かれた双眸が、俺をまっすぐ見据えて殴りかかってきた。ああ、瞳は緑だった。
 ぶんぶんと適当に振るわれる腕を、それとなく体育館を背にして後ろに下がっていくようにして避ける。一発一発は威力が無さそうだが、とにかく速い。俺が意識的に『神の加護』を使って避けていなければ、とっくに殴り倒されていただろう。

「ほら、そろそろ着くぞ」

 背後に見えた体育館の扉を親指で示し、お終いにしないかと提案してみるのだが。

「……楽しくなってきたんで、もうちょい付き合って下さい」

 意地になるわけでもなく、彼は唇を弧に曲げて続行希望だ。
 蹴りと殴りを組み合わせて休む間もなく避けさせられる。反撃してもいいのだろうか。あまり暴力沙汰にはしたくないのだが、式が終わるまでには顔を見せておかないと、蛍吾が後でうるさい。

「よっ」
「っ!」

 しかし驚いた事に、俺の伸ばした拳も避けられてしまった。

「あれ?」

 褐色の新入生からの攻撃を避けつつ、合間に俺も蹴りを繰り出してみるが、これも当たらない。
 もちろん、『加護』をフルに使っている筈なのだが。

「えー?」
「さっきから、なんですか。うるさい」
「当たらないのおかしくね?」
「それはこっちのセリフなんですが」

 互いに距離をとり、首を傾げる。
 もう終わりでいいかな、と気を抜いた瞬間、眉間の真上に踵が見えた。











 保健室で目が覚めた俺は、ずっと横で待っていたらしい蛍吾にこってり絞られた。
 どうやらあの後輩に蹴り飛ばされて気を失ったらしい。始業式が終わって体育館から出てきた生徒が、倒れた俺と横に座るあいつを見つけて教師に報告したのだと聞いた。

「何ボケてんだよ。ただのヤンキーにやられやがって」
「避けようとする前に当たってたっぽい」

 癖になっている、眼鏡の位置を直す動きをして、蛍吾が大げさに溜息を吐いた。
 肩を竦めて反省のポーズをとる。油断大敵。相手がただの人間で良かった。
 俺の『加護』は、簡単に言えば、俺が避けたいと思えば避けられて、当たれと思えば当たるのだ。他人から見て不自然ではない範囲でだが、俺の思う幸運を全て引き寄せ、俺の意識がある限り害をなすもの全てから俺を守ってくれる。
 だからこそ、俺の拳を避けたあいつは規格外なのだ。

「で、あいつは?」
「お前がいつまでも起きないから、先に帰らせた。お前の綺麗な顔に容赦なく踵落とし喰らわせたくせに、ちょっとズルかったんで謝りたいです、って待ってたんだぞ、あいつ。……えっと、志摩宮だっけな」
「そりゃ殊勝なことで」

 もう外は夕方らしい。この時間まで寝ていたのに病院に連れて行ってくれないなんて薄情な奴だな、と蛍吾に文句を言うが、

「お前に万が一なんて無いだろ。ヤバけりゃそれこそ俺にでも見える形で神様出てくるって」

 と、一蹴されてしまった。

「出てくるのかね、俺のカミサマ」

 本人の俺ですらもう会うことを諦めかけているのに、蛍吾はそうは思わないらしい。
 蛍吾はトナリグミの構成員で、神子では無いが霊を視ることが出来るし、簡単な浄霊くらいなら出来る。巷の霊能者と言われる人間よりは遥かに能力のある彼は、俺の神の加護が頻繁に張り直されている事を知覚出来る数少ない人間だ。神の見えない神子なんてクビになってもおかしくないのに、首の皮一枚で繋がれているのは蛍吾のせいだとも言える。
 その蛍吾がよく言うのだ。週に何度も張り直しには来るのだから、そのうち会うこともできるさ、と。
 高校に入って明るい茶髪に染めた髪は蛍吾の軽い性格によく似合っているが、黒縁眼鏡には似合わない。
 俺が一緒でないと外に出られない蛍吾にせっつかれて、そういえば今日の放課後に眼鏡屋に行こうと話していたのを思い出した。

「やば、時間大丈夫かな」
「店はやってるだろうけど、寮の門限が無理だろ」
「そっちはまぁ、なんとかなるじゃん」

 行こ行こ、と起き上がって伸びをすると、蛍吾は呆れた顔で、しかし止めようとはしない。
 互いにとって、自由な時間はあと二年なのだ。高校卒業と同時に、蛍吾はトナリグミの本部へ帰り、俺も神子として幽閉される未来が決まっている。
 神からの寵愛は人間側から勝手に破棄できるものではなく、しかし野放しに出来るほど俺の能力は低くない。だから、他の神子と同じように幽閉が妥当だろう、と。
 高校進学時に蛍吾からトナリグミ内でそう決まったのだと言われ、二人して決めたのだ。高校生活を全力で満喫しようと。
 学校の上層部にもトナリグミの息のかかった人間がいるらしく、多少ならルール違反も許されている。

「バスで行く? 自転車?」
「どうせなら飯食ってから帰ってこようぜ」
「じゃあ遅くなりそうだしバスにするか」

 朝から手ぶらで来たから財布だけ寮の部屋に取りに行こう、と連れ立って保健室の横開きのドアを開けると、丁度正面に浅黒い肌が見えた。

「うおっ」
「ああ、やっぱり見えてると避けられちゃうんですね」

 再会して早々蹴りかかってきた横腹を、今度は害する意図なく指で突いた。今度こそ、俺の指が彼に触れる。続いて今度は顔面を目掛けて拳を振るが、それは簡単に避けられてしまった。

「なんだ急に」
「蛍吾、こいつ神子?」

 急に殴り合いを始めた俺と志摩宮を見てヒキ気味の蛍吾に端的に問うた。え、と動揺しつつも蛍吾はすぐに志摩宮を見つめ、しかしすぐに首を振った。

「違うぞ? 神の気配どころか、こいつ守護霊の一匹すらいねぇ」
「マジで~?」
「あの、何の話ですか」

 急にミコだのシュゴレイだのの話をされて、困惑するのはよく分かる。けれど説明する気も義理も無いから、その質問は無視することにした。

「なんでまだ居んの? まだ蹴り足んねーならキックボクシング部あるからサンドバッグでも蹴ってろよ」

 こいつが喧嘩っ早かろうがどうでもいいが、気を抜くと怪我をする学校生活なんて嫌だ。
 シッシッ、と手で追いやる仕草をすると、背中を丸めた姿勢に戻った志摩宮は眉尻を少し下げて寂しそうにした。急な態度の変化に、思わず口を噤む。

「あー、……えと、謝ろうと思ってたんですけど。なんか、あんた見たらさっき楽しかったの思い出しちゃって。すんません」
「楽しかったって……」
「俺、喧嘩で負けた事ないんで。てか、避けられた事自体初めてっていうか」

 だから楽しくって! と、目を輝かせながら迫られて、またあの速い蹴りがくるのではないかと身構えた。

「その、良かったら仲良くしてほしいなって。俺、あんたに惚れました。舎弟にして下さい」
「やだ」

 なんだ舎弟って。今日日聞かない単語を、よくもまあ無知そうなヤンキーが知っていたものだと変な所で感心した。
 秒で断るが、志摩宮は聞いていなかったのか、

「それじゃあ、俺バスの時間あるんで帰ります! 明日は部屋までお迎えに上がりますんで!」
「は? いや、来るなって。嫌だって言ったろ」
「んじゃ廊下で待機しますね。何かあったら遠慮なくパシッて下さい」

 そう言う事で! と、元気よく手を振って、志摩宮は去って行った。
 俺も、背後で様子を窺っていた蛍吾も呆然とするしかない。
 俺の返事はちゃんと聞いていた。聞いていたから少しの妥協を見せて、その実自分がしたい事は押し付けていった。

「……眼鏡屋、明日でいい?」

 バス停でまたあいつに会うかと思うとげんなりした俺に、蛍吾も無言で頷いた。

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