神は絶対に手放さない

wannai

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神は絶対に手放さない

17、芽生え

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 どんなに強烈な内容だったとしても、夢というのは醒めた瞬間から曖昧になるもので。
 だけれど、そのおかげで俺はこうして志摩宮と顔をつき合わせて平然と朝食が摂れていた。

「ん、ここのポテサラめっちゃ美味い」
「せん……静汰は、朝から結構食べれるんだな」
「寮の朝飯も最低一汁三菜だからなー。朝食えないタイプの奴は食える奴にあげたりしてるけど」

 もっぱら俺は貰う方だ。
 むしろ朝食わないと動けない方なので有り難い。
 本館の大広間はバイキングコーナーとテーブル席が半々の配置で、昼には少し早いからかまだ俺たちの他には客がまばらだ。街でラーメン屋に入る時も、志摩宮は周りからの視線を気にする素振りを見せるから、今はちょうど良かった。
 対面に座る志摩宮は、冷たいかけうどんと一口大のフルーツが数種入った小鉢、それに緑茶だけという朝食構成だ。ダイエット中みたいな量で足りるのかと聞けば、「これが限界です」と彼は肩を竦めた。
 俺はといえば、海鮮パエリアにローストビーフと豚の角煮にウインナー、焼きそばを少しとポテトサラダ。欲を言えば味噌汁が欲しかったが、昼のスープはコンソメスープとコーンポタージュ、かき玉汁の三種類しか無いようだった。観光地だ、昼食は外で食べる客が多いのだろう。時計の両針が真上を向き、俺たちが食べ終わる頃合いになっても、大広間はそれほど混む様子は無かった。
 ごちそうさま、と口には出さずに胸の前で小さく手を合わせると、食べ終わっていた志摩宮に真顔で「……あざとい」と言われてしまったが、癖なのでしょうがない。俺自身もこの歳になって人前でやるのは育ち良いですアピールみたいで恥ずかしいからやめた方がいいのは分かっているが、やらないと食事が終わらないみたいで気持ち悪いのだ。
 ちなみにだが、これをやるのは朝食だけだ。昼食も夕食も、やらなくてもモヤモヤしない。自分でも不思議だが、癖というのはそういうものだろう。
 食器の載った盆を持って立ち上がると、志摩宮も小さく手を合わせて首を前に倒した。……かわいい。なんだそれ、可愛い。

「あざとい……」
「そっスね」

 俺の真似をした志摩宮も、すぐに盆を持って席を立つ。
 隣に並ぶと、目線を合わせるのに少しばかり首を上げなければならなかった。

「志摩宮、もしかして俺より背ぇ高い?」

 盆を所定の位置に置いて、離れの部屋まで隣り合って歩く。いつも猫背の志摩宮だが、その背を伸ばしたら俺より高いのではないかと、問うてみると彼は首を傾げた。

「春の身体測定では、俺の方が二センチくらい小さかった筈だけど」
「え、でもなんか若干見上げる感あるぞ。ちょっと背ぇ伸ばしてみ?」
「伸ばせって言われて伸びるもんでも無い気が……」
「その猫背をだよ」

 ぱん、と軽く背を叩いたら、軽く睨まれた。

「やめて下さい」

 ただの軽いスキンシップのつもりだったが、志摩宮は相当嫌だったらしい。もしかしたら、猫背を揶揄われるのが嫌なのかもしれない。
 ごめん、と謝ると、俺から視線を逸らして黙ってしまった。
 離れに着き、玄関の鍵を開けながら、微妙になってしまった空気をどうしようかと悩む。せっかく昨日から打ち解けそうな雰囲気になっていたのに。
 鍵を開けて玄関から部屋に入ると、布団は片付けられてしまっていた。一晩中仕事だったから、風呂に入ったら夕方までもう一度寝ようかと思っていたのだが。自分で敷いてしまってもいいだろうか、と押入れに布団があるか確認しようとすると、背後に人の気配を感じた。
 俺と志摩宮しか居ないのだから、志摩宮だ。振り向こうとする背中から、彼が俺を抱き締めてくる。

「なん」
「ほんとだ、俺の方が若干高い」

 いきなり何だと、言おうとしたのに志摩宮の呑気な言葉が被った。

「俺からつむじが見えるんで、結構伸びたみたい」

 ぎゅ、と抱き締められ、今朝の夢の断片を思い出して固まった。下手に動くとあらぬ所が反応してしまいそうで、必死で脳内で素数を数えようとして、2桁まででその先を忘れた。

「腰の位置、俺の方が高いっスね」
「……ひっ」

 背後から俺の腰を掴んだ志摩宮が、俺の尻に自身の腰を寄せてきたので小さく声をあげてしまった。その気は全く無いかもしれないが、布一枚──いや、下着を合せて二枚か──越しに、夢に見てしまったアレが押し付けられていると想像したら、逃げ出したくなるのも当然だと思う。

「……怖い?」

 耳元で囁かれ、ぞわぞわした感覚に肩を丸めて身構えた。嫌ではない。気持ち悪くもない。だけれど、平静を装えない程度には意識してしまうのだ。
 あながち夢のせいだけとも思えない感覚が湧いてきてしまう。志摩宮の体温が近くにあるだけで、落ち着かなくて鼓動が早くなる。

「こ、怖いっていうか、男に抱き付かれるとかやめてほしい」

 俺が正直に言うと、志摩宮はすぐに離れてくれた。
 汗で背中にはりついた浴衣の布地が、志摩宮がぴったりとくっついていたのを殊更に意識させる。

「静汰に寄せれば猫背にならねーかなって思ったんだけど。なんかごめん」

 そう言う志摩宮は、いつもの曲がった背中で申し訳なさそうにしている。
 俺が言い出した事なのに、従っただけの志摩宮を叱ったみたいで罪悪感が湧いた。

「いや、俺もごめん。……お前の猫背って、自分ではどうしようもない感じなの?」
「いや、ただの長年の癖みたいなものなんだけど。……あんま目立ちたくねーなって思って小さくなって下ばっか見てたから、今更治んねー、みたいな」

 志摩宮の苦笑に、酷いことを聞いたと後悔する。彼の容姿は、外国人自体を珍しがる日本という国では目立たない方が珍しい。それでも極力人目を避けるように過ごしてきた、そんなことを言う志摩宮。
 同情とか憐憫とか、そんな感情が湧くのが普通なんだと思う。
 なのに、俺の中に湧いたのは……愛しさ。
 可愛い。抱き締めたい、と思った。可哀想だからじゃない。猫が毛深いのを気にしていたら。キリンが首が長いのを気にしていたら。「それも含めて好きだよ」と、きっと言う。そんな気持ち。
 煤竹色の肌も、深碧と緑青の混じった不思議な色の瞳も、くっきりとした目鼻立ちも癖毛の髪も。全て好ましいよと、伝えたらどんな表情をするだろうか。
 言ってしまいそうなのを、拳を握って飲む込んだ。
 今言っても、それこそ憐憫からの慰めとしか受け取ってもらえないだろう。その場限りの慰めじゃない。俺の気持ちは、──俺の気持ちは。

「……あの、あんま深刻な話じゃないんで、気にしないで下さ、くれよ」

 黙り込む俺に気を遣った志摩宮が、また敬語からタメ口に言い直しながら眉尻を下げた。頭に、垂れた犬耳が見える。ここのところ、たまにこの幻覚が見えるのだが、可愛いのでやめてほしい。

「ああ、まあ……むしろもっと背中曲げとけ。俺の背を抜くな、俺が先輩だぞ」
「何その横暴」

 わざと大袈裟に言った冗談を、志摩宮が拾って笑ってくれる。笑った顔はさらに可愛い。
 あばたもえくぼとか、そんなレベルじゃないな。

「そういや、ここ最近寝てる時、骨がミシミシいって痛かったんだ。運動不足かと思ってたけど」
「成長痛じゃね、それ」
「かねぇ。だとしたら、静汰がやたらラーメン連れてくからだわ。静汰と一緒にいると三食食べる生活になるから」

 金には困ってないらしいのに、志摩宮はあまり食事に興味が無いのかやたら少食だ。そのせいで伸びなかった背が、連日のラーメンと餃子で伸びていたというのか。
 三食どころか四食になるのも珍しくない俺が伸びないのは何故だ。

「俺、風呂入って夜までもっかい寝るわ」
「飯の直後に風呂入って大丈夫すか」
「全然平気」

 俺が風呂に向かうと、志摩宮は部屋の窓際の安楽椅子に座ってスマホゲームを始めたようだった。
 窓からは露天風呂が見えてしまうので、内風呂に湯を張ることにした。贅沢なことに、内風呂の蛇口からも温泉が出るらしい。シャワーは普通の水道のようなので、湯を溜めている間に頭と体を洗ってしまうことにした。
 洗いながら、感慨深さに溜め息を吐いた。
 生まれて十七年。初めて好きになった人は、年下の男でした。
 タイトルなのか煽りなのか。くだらないことを考えて、しかし『好き』という単語に感情が違和感を持たないので、そうなんだなと重ねて実感した。
 俺、ゲイってやつなんだろうか。思えば、発散する為の自慰以外で女子に興奮したことが無かった気がする。男が好きだとは思わなかったから、今まで気が付かなかったのだろうか。寝食を共にしてきた蛍吾に興奮した事も、寮の風呂で男子の裸を見ても興奮した事も無いけれど。
 だが、志摩宮の裸を想像すると━━下を向けば、逆に上を向いた自身が見える。
 確定。
 俺は、志摩宮をそういう目で見ている。

「いや、ダメだろ……」

 これはバレたら全てが終了するやつだ。志摩宮は俺の傍から離れていくだろうし、蛍吾も俺を敬遠するかもしれない。二人とも割と優しいから、言いふらすだとかはしないかもしれないけれど、今まで通りに友人として、というのは難しいだろう。逆だとしても、申し訳ないけど距離を置くと思う。
 絶対に気付かれてはいけない。
 溜まった湯船に首まで浸かり、長い息を吐いた。

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