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神は絶対に手放さない
33、神と神と嵐
しおりを挟む「お兄ちゃん!!」
車が本部の駐車場に着くと、建物の中から少女が飛び出してきた。
腰まである長い黒髪を見れば、誰だかすぐ分かる。蛍吾の妹の沙美だ。道すがら運転手が本部に蛍吾が怪我をしたと電話していたから、それを聞いて待っていたのだろう。
「沙美」
「なにしてんのよッ」
先に助手席から降りて、蛍吾は無事だと声を掛けようとしたら、俺を視界に入れた少女に思いきりビンタを喰らった。
「神子のあんたがついてて、なんでお兄ちゃんが怪我するのよ!? この役立たず!!」
「……ごめん」
「てゆーか、馴れ馴れしく名前呼ばないでくれる!? あんたと仲良いと思われたら、ここでの居心地悪くなるから嫌なんだけど!」
ごめん、と重ねて謝る。
沙美は釣り気味の大きな瞳を俺から後部座席に向けて、窓ガラスから気を失っている蛍吾を見てまた「お兄ちゃん!」と叫んだ。
本部から何人か構成員が出てきて、蛍吾をタンカに乗せて運んでいく。沙美もそれについて行った。
頰がヒリヒリと痛むが、構成員の誰も、俺の様子を心配はしない。神無神子なんてそんなもの。いつもの事だ。
蛍吾を運ぶ彼らの姿を見送っていると、箱を持つ手と逆の腕が掴まれた。車から降りてきた志摩宮が、気遣わしげに俺を見下ろす。──ああ、結局、身長抜かされたな。
志摩宮が触れると、不思議と箱の中の何かが俺から出て行くようだった。這い回られる感触に慣れつつあった今、それが出て行くと急に気分が悪くなった。
「なんで避けなかったんですか」
あの不思議パワーで出来たでしょう、と言われ、肩を竦めて掌の上の箱を見る。
「コレが暴走したら大変だろ」
なんて、そんなの言い訳だ。最初から避ける気が無かったから。正式な神子に楯突いて、卒業後の生活を苦しくしたくないから。だから、何を言われてもされても、受け流すだけ。
「林様」
運転手から催促の声が掛かったので、志摩宮を伴って歩き出した。
この箱、本部の誰に届ければいいのだろう。
建物の玄関をくぐって中に入ると、そこにはスーツ姿の男達が六人ほど、ロビーのソファで待っていた。
「また大層なもん見つけたらしいじゃねぇか」
カツカツと革靴の音を鳴らして近付いてきたのは、染井川さんだった。
俺の手の中の箱を見てすぐに触れようとしてきたので、慌ててその手から逃げる。
「何してんだ」
「あの、これマジでヤバい。見た目の数倍ヤバいから」
「ヤバいじゃ分かんねぇよ馬鹿か」
ハ、と俺の語彙の無さを笑った染井川さんは、しかしスーツの胸ポケットから煙草を取り出して吸い始めた。火のついた煙草を箱に近付けると、風も無いのに、フ、と火が消えて立ち昇っていた煙も消える。
「……こりゃまた」
笑みを消した染井川さんは、俺に箱を持たせたまま、「ついてこい」と言って歩き出した。俺と志摩宮の後ろを、染井川さんの部下達らしき人が囲うようについてくる。その中には、数週間ぶりの森さんの姿もあったが、俺を見ても微笑み一つくれなかった。組織内での俺の立場を思い出して喉の奥が重く詰まる。
いつも蛍吾が通るルートとは別の道で、染井川さんは俺たちを先導した。いつも蛍吾は建物に入ってすぐ神子の居住スペースを通って行くのに、今日通るのは俺が全く知らない廊下だ。壁も天井も床も真っ白なので、長く居ると上下が分からなくなって目が回る。染井川さんの黒いスーツの背中が正気の綱とばかりに、彼を見つめて必死で付いて行った。
上へ下へ、右へ右へ。気がつけば、この建物独特の、お香のような匂いが充満しているエリアに入っていた。本部の中心、神子が住んでいるあたりになればなるほど、この匂いが強くなる。
階段を登ると、リノリウムの床材が木目に変わり、左右に障子の続く一本道が見えた。結局、いつもの場所に来たようだ。なぜ道を変えたのだろう。
「染井川、入ります」
一つの襖の前で一度止まって声を張った染井川さんは、中の返事を待たず襖を開けた。
中の広間には、正座して待つ十数人の神子の姿。一斉にこちらを見た双眸たちが、俺を見て蔑むように細められる。
それらとまともに相対しないよう視線をズラし、男の姿を探した。この組織のトップである男。腰が低く、神子が何を言ってもイエスと答える優男を。
「ご足労感謝します、静汰様」
今日も今日とて、トップの男は神無神子の俺にも恭しく頭を下げた。それを見た神子達がクスクスと無遠慮に笑い声をあげる。あんなものにも頭を下げなきゃいけないなんて、フツウの人ってカワイソウね、だとか。そんなものばかり。
こんな奴らを神子として愛してるなんて、神の趣味って相当変わってる、と自分に盛大にブーメランを食らいながら思う。
「箱をこちらへ」
言われるがままに、トップが差し出してきた木製の棚の上に箱を置いた。棚は腰くらいの高さで、木彫りの飾りが彫ってある。箱が置かれると、まるでそれを展示する為に誂えたように見えた。
「それでは、これから神子の皆様にはこちらの神様と対話を試みて頂きます。……静汰様はそちらへ」
トップが染井川さんに目配せすると、染井川さんは心得たとばかりに俺を引っ張ってすぐに廊下へ出た。部下の人たちも、ぞろぞろと無言でついてくる。
染井川さんは大股で廊下を歩き、それに引き摺られるようにして今度はすぐに玄関ロビーまで戻ってきた。
外に出ようとした所で、く、と浴衣の襟元を引っ張られた気がして振り返ると、そこに寛容の神が居た。
「やあ」
「……ッ!」
即座に、その場に膝をついて頭を垂れた。俺の手首を掴んで引いていた染井川さんが急に座り込んだ俺を振り返って、やはり瞬間的にその場に膝をつく。染井川さんの部下の人達も同様に。
志摩宮だけが、不思議そうに首を傾げながら俺の横に「よいしょ」と座った。
「えーと……また、神様ですか」
こっそり耳打ちしてくる志摩宮にコクコクと頷いた。また、という事は、以前に誰かの神様と会った事があるのだろうか。空気を読んで大人しく座ってくれた事に感謝したい。
「久しいね」
寛容の神にそう言われたが、頷くべきか、まず俺に話し掛けているのかどうかすら判断しかねた。
久しぶり、ってそんなフランクに言われても。
寛容の神は、沙美の神だ。本部に来れば顔を合わせる事もあるが、沙美に嫌われているから言葉を交わした記憶なんか無い。
でも返事をしないのも失礼に当たっていけないかと、無言のままもっと深く頭を下げた。
何かしら用があるから俺達の前に現れたんだろうに、寛容の神は黙ったままだ。
緊張の走る無言の空間に耐えかねたように、はあ、と溜め息の音がした。
《 何が、久しい、だ。俺たちに時間なんて関係無いだろう 》
寛容の神に言葉を返す志摩宮に一瞬ギョッとしたが、よくよく聞いてみればそれはシマミヤの方だったようだ。
下げたままの視界に、寛容の神の先の尖った黒い靴の隣に赤銅色の裸足の足が見えた。
「冷たいな。ちゃんと君を傍に置くように忠言してやったというのに」
《 頼んでない 》
「なんと薄情な。やっとこちらで顕現出来るようになったお前に、私がわざわざ会いに来てやったんだぞ」
《 それも頼んでない 》
神同士で話すのを聞くのは、実は初めてだ。
本部の神々は、それぞれの神子を通してしか会話をしていない。争いになったというのも聞かないが、神同士で仲が良いようにも見えない。目の前でシマミヤと寛容の神が話しているのを目の当たりにした今考えてみると、おかしな気がしてくる。
《 用があるならさっさと話せ。早く俺の子を外に出したい 》
「君は本当に変わっているね。神子にする癖に、囲おうとしないなんて……」
《 御託はいい 》
「なら単刀直入に言おう。手を引け」
それまでの友好的な空気が一変し、ピリッと張り詰めた。染井川さん達にも声はきこえているのか、床についた拳を握ったのが視界の端に見えた。
「私は、私の愛する子と共にここに居られればそれでいい。それ以上の事を望むつもりは無いんだ」
《 ……ここにいる連中は皆そうだろ 》
「そうだ。だからここに居る。だから、……分かっているだろう」
《 分かっててもどうしようもない。俺にはどうしようもない 》
「いいや。お前にはできる」
《 出来るとしても、選ばない。だから俺はここにいる 》
意味深なだけで全く意味が分からない会話は、聞いていると眠くなってくる。どういう意味なのか考えるだけ無駄だ。神様ってそういうもんだから。
頭を下げたまま待たされてうとうとしてきた俺を、志摩宮が横から支えてくれた。あったかい。浴衣の袖から出る手の色が、布に擦れて地色が出てきてしまっているのに気付いて残念に感じる。
「──嫉妬の神の神子よ」
「……え、あ、はいっ」
急に話しかけられて、慌てて返事をした。反射的に少し視線を上げた先で、染井川さんが大きく肩を揺らした。染井川さん達には、というか蛍吾にすらまだシマミヤが見えるようになった事を話しそびれていた。神様同士の会話が終わったら染井川さん達には説明しなきゃな。
気が逸れた俺の頭の上で、寛容の神の掌が振られた。
「良いか。神に時間は関係無い。神が間に合わないという事は無い。神に祈って助からないなら、それが運命ということ。よくよく頭に入れておくといい」
途端、目眩と共に、大量の記憶が流れ込んでくる。春。校舎。褐色の生徒。志摩宮。志摩宮。志摩宮。志摩宮ばかりのその記憶は、目まぐるしくも、俺の中にすんなり受け入れられた。空白のパズルのピースが嵌るように、綺麗に俺の記憶が補填されていく。
《 ……! お前、また余計なことを 》
「少しは意趣返しになったかな?」
《 なんと言われようが俺は変えない。このまま見守るだけだ 》
「それは残念。なら、せいぜい私の邪魔はしてくれるな」
《 しねぇよ。好きにしろ 》
「そうしよう」
寛容の神は、唐突に消えた。
シマミヤと話すのが目的だったらしい。
「もうオッケーですか?」
「ああ」
きょろきょろと見回す志摩宮に頷き、うーんと伸びをしながら立ち上がった。染井川さん達も、スーツの膝を叩いて立ち上がる。
「途中で静汰だけ返事してましたけど、何か言われたんですか」
「え?」
あれだけ目の前で話してるのを聞いてただろう、と言い掛けて、戻ってきた記憶の中でも志摩宮には神の声が聞こえていなかったのを思い出した。霊やシマミヤの姿をぼんやりとでも視認出来るようになったから声も聞こえるのかと思っていたが、どうやらそっちは無理だったらしい。
「……少しな。神様に祈っても助からなかったらそれが運命だ、って」
寛容の神が言った事は、口に出してみるとただ当たり前の事だった。しかしなんだろう、この薄気味の悪さは。神子である俺が祈っても助からない? 神にも助けてもらえない事があると。シマミヤを過信するなという忠告だろうか。
「静汰、お前自分の神が見えるようになったのか」
やや呆然とした表情の染井川さんに聞かれ、「ああうん」と答えたが、そういえばシマミヤも消えてしまっていた。
「おーい」
ちょっと出てきて、と呼んでみるが、シマミヤの返事は無い。シマミヤ、と声に出してしまうと志摩宮が困惑するだろうから出来ないし、と困っていたが、染井川さんは何かを察したように首を横に振った。
「いい。出辛いか、……出られない理由があるんだろ」
染井川さんの目は、まっすぐ志摩宮を見ている。この人、察しが良すぎる。さっきの会話中にシマミヤの姿が見えたのかもしれないけれど。
「詳細は今度聞く。……しっかし、『嫉妬の神』か。そうか」
俺と志摩宮を見下ろす染井川さんの目が寂しそうに細められる。その目は、俺達を見ているようで見ていない。そんな雰囲気だった。
「外出るぞ。香の匂いが鼻に残りそうだ」
しかし、踵を返した染井川さんはすぐに直前までの顔を崩して眉間に皺を寄せて外へ歩き出した。黙って部下の人達もそれに続く。
「あー、臭え。俺やっぱ無理」
「ここのは特に強めに調整してありますからねー。静汰くん、志摩宮くん、具合悪かったりしませんか?」
玄関から外に出ると、森さんがにこにこと人好きのする笑顔で話しかけてきてくれた。ここまだ本部前なんだけどいいのかな、と俺の方がドキッとする。
森さん以外の人達は、無言で喫煙所の方に向かって行った。染井川さん以外の人達、結局一言も話さなかったな。
「うちの班はコミュ障が集まっててね。ごめんね、愛想無くて」
彼らの背をなんとなく目で追っていた俺に、森さんが苦笑しながら謝ってきた。
「あ、いえそんな。馬鹿にされないので、前の染井川さんよりは好感度高いです」
「ぶふっ」
素直に答えたら、森さんが噴き出した。肩を震わせて、染井川さんが離れた場所の喫煙スペースで煙草を吸っているのを確認してからまたくっくっと肩を揺らす。そこまで笑う事だろうか。
「いや、俺ももっと素で良いんじゃないかって言ったんだけどね。ほら、仕事じゃない時は普通に面倒見の良いオジサンでしょ染井川さん。でもあの人、どうしても静汰くんを班に欲しいからって、自分を強そうに見せるのに必死でさ」
「……まあ、強そうではありましたけど」
「俺はお前より強いぞー何でも知ってるぞー俺の下に来れば何でも教えてやるぞーって、アピールしてたつもりなんだよ」
「いや、全然アピールになってなかったっていうか、さんざん神無神子とかガキとか言われて、それでどうやって好感持てって話で」
「同感だね。コミュ障じゃないとコミュ障は纏められないって事で、俺はもう諦めてるけどね」
森さんはそう言って笑う。笑顔だけどかなり辛辣な事言ってるし、何より上司の人間性に対してそこまで分かっていながら間に入って緩衝材になろうともしてくれなかった森さん。たぶんこの人もコミュ障なんだ。それかもの凄く意地が悪い。
「まあ、そんな班だから、静汰くんが来るのは俺も賛成なんだ。いつでもおいで」
「あ、そこに着地するんだ」
つまり、お前もコミュ障だからうちの班にピッタリだぞ、と。
森さんはそう言いたいのだろう。やっぱり辛辣だ。愛想はいいけど。
「横からすみません。俺は、無理ですか」
「ん?」
黙って話を聞いていた志摩宮が、急に口を開いた。
森さんは笑みを消して志摩宮を見て、すぐ笑顔に戻る。
「うーん。俺には分かんないかな。でも、染井川さんは入れないと思うな」
笑顔だけれど、ハッキリと言い切った。志摩宮があからさまにシュンとするので、ぎゅっと手を握った。
何か志摩宮を慰める言葉を言おうとしたところで、離れたところから声が掛けられた。
「おいガキども、奢ってやるから何か飲めー」
煙草を吸い終えた染井川さんが自動販売機の前で手招きしてきたので、有り難く奢られることにした。小走りで寄って行った俺がお茶のボタンを押すと、志摩宮もお茶を押した。
「ありがとうございます」
「喉に香の成分が残ってると面倒な事になるからな」
「風邪の菌みたいっすね」
今飲め、と勧められて、ゴクゴクとお茶を喉に流し込んだ。なんとなく気分が良くなる。
「俺の仕事ってこれで終わり?」
「ああ。お前はアレには関わらせないってのが蘭童の指示だからな」
「ランドウ?」
「蘭童。ここのボスの名前だよ、仕 蘭童。知らねぇ訳じゃねえだろ、蛍吾と沙美様の父親なんだから」
「……」
「……おい待て、マジで知らないんじゃないだろうな」
視線を逸らしてお空綺麗、と眺める俺に、染井川さんは呆れたみたいな顔をした。森さんまで「えぇ~……」とちょっと引いてる。いや、トップの人の名前とか、覚えてなくても問題無かったし。蛍吾の父親だなんて話も聞いた事無かったし。っていうか、自分の娘にあんなペコペコしてたの? えーと……蘭童さん。
「お前、もっと他人に興味持てよ」
「善処しまーす」
「それにしても……今日は随分と……」
色っぽいな、と小声で続けた染井川さんの目が、俺を上から下まで舐めるように見るので、少し距離をとった。何それ怖いどういう意味、と引いたその隙間に、志摩宮が染井川さんの視線を遮るように体を割り込ませてくる。
「文化祭の仮装で。男装した俺の彼女って設定なんですよ」
「ダンソウシタカノジョ」
染井川さんは復唱して、「なんだそりゃ」と笑い出した。森さんが少し驚いてる。
それから学校で箱を見つけた経緯について説明して、少し世間話をして、じゃあ学校まで送って行くか、と染井川さんが言ってくれた頃合いで、駐車場に黒塗りのセダンが突っ込んできた。全面フルスモークが貼られただけの車に、しかし嫌な予感がする。
アレが、一般人の車な訳ない。マフラー音も静かで車高も純正、ただ窓が黒いだけの高級セダン。車好きのヤンキーの弄り方じゃない、絶対ヤバいやつ。
そう、例えば、ヤクザとか。
「静汰ァ!!」
助手席から降りてきたスーツの男が後部座席のドアを開けると、ガリガリに痩せ細った体に着流しの老人が、車から出てきて俺の名前を呼んだ。
「やっと見つけたぞ。さあ来い」
来い、と言いながら、老人はドアを開けた男に俺を「捕まえろ」と指示を出した。
女装姿……いや男装姿? 細かい事はいい、とりあえずコスプレ状態の俺をまっすぐ見据え、あの老人は俺を『静汰』と呼んだ。
まさかアレが俺の爺さんか、と、目を剥く。しかし、他にヤクザの知り合いなんて居ない。家出して父さんと結婚した母さんの父親、つまり俺の爺さん。
「大人しくすれば痛い目に遭わずに済むぞ」
俺達の方へ寄ってくるスーツの男は、身長は俺より頭二つ分くらい大きい。大柄な男だが、これは別に殴り倒してしまってもいいのだろうか。加護さえ使える状況なら恐れ知らずなので、逃げる気もなく男が近付いてくるのを見ていると、俺の前に二人が壁のように出てきた。
志摩宮と染井川さんだ。染井川さんはともかく、志摩宮が俺を守るみたいにしてくれるのにはキュンとした。……のだが。
「やめとけやめとけ。このガキ、気遣いなんて知らねぇぞ」
「同感です。面倒だから殴って逃げるか、って顔してますよ、この人。何か用があるなら、話を先にした方がいいです」
……ん? 俺からそっちのヤクザを庇ってる?
「志摩宮~?」
「静汰、ヤクザ相手にその選択肢は無いです」
志摩宮の制服の腕を掴んでぐいぐいするが、真顔で叱られた。それを横目で見た染井川さんが吹き出す。
「志摩宮? ……お前、ショウか?」
着流しの老人が、そう問いかけると、志摩宮がそちらを見た。じっと老人を見つめ、睨むように眉間に皺を寄せてから、目を見開いた。
俺の爺さんが、何故志摩宮を知っているのだろう。
それに、爺さんは志摩宮をショウと呼んだ。ひた隠しにするほど酷い名前には聞こえないけれど、どういう理由なのか。湧き上がってくる疑問。けれど、それを今口には出来ない。志摩宮の表情は硬く、好奇心で聞くにはそぐわないと感じたからだ。
「……写真の、おじさん?」
「なんでテメェがこんなとこに、……それも、俺の孫と一緒に」
「孫」
俺と老人を交互に見て、志摩宮は動揺するみたいだ。垂れた犬耳の幻想が見える。かわいい。
「なんだ、お前の身内か」
染井川さんが俺を振り返って肩を竦めた。
「ずーっと面会拒否してた、会ったことのない身内だけどね」
「まあ、それなら俺らは手ぇ引くわ。そいつも居るし平気だろ?」
染井川さんは志摩宮を顎で示し、俺はそれに頷く。
「携帯は持ってるな? なんかあれば掛けてこい」
「染井川さんの番号知らないけど」
「そいつが知ってる」
染井川さんに確認され、志摩宮が硬い表情のまま頷いた。何故お前が知ってる。
「じゃ、またねー静汰くん」
森さんだけが元気に手を振ってくれて、染井川班はぞろぞろとどこかへ移動していった。正面玄関のここには他に車が無いから、どこか別の駐車場に停めてきたのかもしれない。
「話があるんだったら、場所変えて話そうよ」
俺が言うと、老人も頷いた。車の中の男に声を掛け、運転手以外の二人を下ろして俺と志摩宮を後部座席に座らせた。自分は助手席に座り、「家へ」と言うと車が動き出す。
「あの人達は?」
「自分達で迎えの電話を掛けるくらいの脳みそはある」
駐車場に残された二人の男を窓ガラス越しに眺めて聞いた俺に、老人は馬鹿か? とでも言いたそうに答えた。
隣に座る志摩宮は、何か考えているのかぼんやりしている。座った膝を見つめたままの彼の手にそっと手を重ねると、ビクッと跳ねて俺を見た。
「……あ、の」
「怖い?」
ヤクザが怖いのだろうか、と思ったのだ。俺の爺さんを知っているということは、ヤクザとも関わった事があるということで。何か怖い目に遭ったから暗い表情をしているなら、俺が守ってやるから安心してほしい。
「少し」
躊躇ってからポツリと溢したので、志摩宮の手を強く握って微笑んだ。
「俺がいるから大丈夫」
志摩宮に傷一つ付けさせやしないから。
記憶が戻った今、俺の中の志摩宮への愛情ゲージは振り切れている。好きで好きでたまらない。志摩宮は俺の物だから、絶対に守り通す。
……それで、話が終わったら寮じゃなくて志摩宮の家に行こう。志摩宮とのアレコレを思い出して、どれだけ可愛がられたかも、俺の体が思い出してしまった。平静を装ってはいるが、現在進行形で志摩宮としたくてたまらない。
「……」
性欲に頭が支配された俺は、だから気付かなかったのだ。曖昧に微笑みを返す志摩宮が、何を怖がっているのかに。
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