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神は絶対に手放さない
40、終わってみれば呆気ないものだった、というのはよくある事で
しおりを挟む見慣れた学校の正門扉は、やはりというか閉じられていた。
休みなのだから当たり前だ。教員用の駐車場へ、と蛍吾が森さんを誘導して、校内へ入る。そこから正面の昇降口の方へ車のまま進んで停車した。
車から降りた染井川さんが、校舎を見上げて首を傾げ、煙草を取り出して吸い始めてから一拍置いて「うおっ」と声を上げる。
「なんだこれっ、きっもち悪い!」
おそらくは、俺が視たのと同じ、神気に隠された邪気を視たのだろう。俺はシマミヤの支援を貰って集中してやっとだったのに、すぐに見破れる染井川さんはやはり術師として一級なのだと思った。
『おい!』
まだ学校内に居るなら手分けして探そうかと、やっと追い付いた沖さんの運転する車から出てきた部下達に染井川さんがそれぞれ指示を出そうとしていた時、校舎内から茶色い毛玉が飛び出してきた。
「お、猫又、いいところに」
『全然良くねーぞ! 昨日お前が連れてた番、ヤバいぞ!』
「ツガイ……? 志摩宮の事か?」
『人間の名前なんて分かるかっ。お前の匂いの付いた雄だ、あの、黒い毛色の!』
志摩宮だな、と見当をつけて、猫又を抱えて校舎に向かって走り出す。
『おい、やだ離せ! 俺はやだっ!』
「いーから道案内しろ!!」
『右! すぐ右!!』
志摩宮の所まで案内させようと思ったのに、猫又は校舎に入ってすぐ、校長室の隣のホールの前で『まだ死にたくない!』と言いながら逃げていってしまった。何度も死んでいるくせに臆病な猫め。
靴のままなのも気にせず校舎を走り、昨日は文化祭本部として使っていた小ホールの引き戸を勢いよく開いた。
「待て静汰!」
「一人で勝手に暴走すんな!!」
後ろから、染井川さん達が走ってくるのが聞こえる。
だけれど、俺は目の前の光景に止まってしまった。
「志摩宮……?」
「あ、静汰」
志摩宮は、勢いよく飛び込んできた俺を見て、平然とこちらを見た。
バスケットボールくらいはありそうな大きな木組みの箱を両手で抱えて。
それだけなら、ああ間に合ったと志摩宮から箱を取り上げれば良かっただろう。だが、違ったのだ。
「それ、令慈……どしたの?」
箱を抱えて立つ志摩宮の足元で、令慈が蹲って床を叩いて泣いていたのだ。
俺の後ろからホールの中を覗き込んだ蛍吾が首を傾げ、染井川さんも一応俺を押し退けて俺の前に立ったがそれ以上令慈に近付こうとはしない。
「箱作ったの、こいつらしくて。これに願えば神様になれるってんで、やってみたんですけど」
「は!? やめ……!」
「神様になれるどころか、失敗作ばっかみたいで……ほら、これで六つ目です」
箱を抱えて何か願うみたいにする志摩宮に、青褪めて止めようとしたのに、箱はバキッバキッ! と大きな音を立てて崩壊した。蹲って震える令慈のインパクトが強過ぎて見落としていたが、よく見れば志摩宮の足元には粉々の木片が大量に散らばっている。
そして。
《 この程度で俺を封じようとか、容量不足もいいとこだろ 》
「……シマミヤ」
困った顔で掌の中の木片を見つめて立ち尽くす志摩宮の隣で、昼寝ポーズでぷかぷかと宙に浮かぶシマミヤの姿。神様である彼が志摩宮の隣に居るのを見て、ホッと肩を撫で下ろした。
シマミヤを初めてハッキリ見たらしい蛍吾と染井川さんが、志摩宮とシマミヤを交互に見て眉を顰めている。
「説明してくれ」
《 説明も何も見たままだよ。入りきらずに破裂した。こんなちゃっちい箱になんて呼ぶから…… 》
「ちゃっちいって言うな!!」
急に令慈が叫ぶので、驚いて一歩退いた。顔を上げた令慈はこちらを睨み上げる。その顔は、見覚えがあるようで、無い。
「おかしい!」
「え?」
「僕が作った箱は、ちゃんと神が宿ったろう!? お前らの組織を壊滅されるのなんて訳無い神が!! なのに、なのに……! こいつ一人で、僕の箱が、こんなに……っ」
令慈はまた感極まってしまったのか、俯いて拳で床を叩く。
「あ、昨日の箱も壊しときましたよ。ついでに」
手を払って木片を落とした志摩宮が、このへんかな、と床を指差した。
恨めしく木屑を叩いた令慈が、それに反応してまた吠える。
「僕は全部ちゃんと作ったんだ! それもこれも、お前がおかしい! なんで壊せるんだよ! なんで呪いにさえ掛からない!!」
令慈は床の木片を握って志摩宮に投げ付けるが、志摩宮は鬱陶しげにそちらに視線を向けて落胆の溜め息を吐いた。制服のズボンについた木端を手で払って、「さあ」と興味無さげに首を振った。
「俺、霊感とかそーゆーの皆無だから。静汰なら分かる?」
急に振られて、やはりというか、志摩宮には真横のシマミヤの姿は見えていないようだと察した。
「えっとまず、お前、死んだ後に神様になるっぽくて」
「はあ」
「で、神様が嬉々として箱詰めされに来てるんだけど、箱が小さ過ぎて入らない、って感じ」
「……やっぱちゃっちいんじゃん」
「だからちゃっちいって言うな!」
染井川さんの部下の誰かが、ツンデレ? と呟くのが聞こえた。次いで、それはちっちゃい、と誰かが小声でツッコミを入れている。
どうしよう、生き死にを賭ける勝負のような気分で来たのに、どうにも調子が狂ってしまった。
「あの、令慈。箱作ったのって、令慈でいいんだよな?」
「そうだよ……」
「なんで?」
「僕は、生まれつき霊力量が少ないから……神子になれば、霊力が使い放題だと思ったんだ。けど、神が僕を選ぶのを待っていたら、先に僕が死んでしまう。だから、意思の無い神を作ってしまえばいいと思ったんだ」
こちらを横目で振り返った染井川さんと、概ね予想通りだと頷き合う。
令慈は俺達が何も返事をしなくても、欲しい答えをペラペラと喋ってくれた。
「蘭童は、箱の作成数を減らして組織の壊滅を手伝うなら僕を見逃すと言ってくれていた。低レベルな神に低レベルな神子……あんなゴミのような組織は必要無いと。組織を壊すのに使うというから、神が宿る箱を作れたら渡すと約束したんだが、一つめは用意したのを回収する前にこいつに壊され……昨日のは回収させてちゃんと使われたと思えば、また壊された」
やっと泣くのをやめて立ち上がったかと思えば、今度は志摩宮を殴りつけようとして悠々と躱されている。
冷徹な術師を想像していた俺達は、哀れさを誘う令慈の様子に戸惑った。
そう。戸惑わされて、だから判断が遅れた。
「──志摩宮っ!」
令慈が懐から何かを掴んで、取り出しながらそれを振り抜く。外からの夕陽で、それの尖った先端が光るのが見えた。
志摩宮が、刺される。そんな事あり得ない。だって、箱だって壊すような奴だ。令慈は大した事の無い術師で、だからきっとなんでもないような顔で避けるに決まってる。
そう思うのに、志摩宮の隣のシマミヤが、俺を見ていたから。悲しそうに。
令慈が笑っていたから。今まで見た誰より醜悪な顔で。
──足を動かせ。
今を、この時を逃したら、きっと後悔すると。誰かが耳打ちした。
志摩宮と令慈の間に飛び込んだ俺に、令慈が舌打ちするのが聞こえた。
「静汰?」
「っ、ぐ……」
急にどうしたんです、と突撃してきた俺を抱き止めた志摩宮が嬉しそうに笑うのを、安堵して見上げた。良かった。志摩宮は無事だ。
右腹が熱い。吐き気もする。目眩がする。
「まあ、別に君でもいいんだけど」
「静汰!」
令慈がさほど興味も無さそうに呟いて、俺の腹に刺した物を引き抜いた。びしゃ、と膝が一気に濡れた感触がする。血の気が引いて、目の前が暗くなった。立って居られず力の抜けた俺に潰されるように、志摩宮がバランスを崩して床に倒れ込んだ。ごめん、俺重いよな。
染井川さんが俺を呼ぶ声の後に、しかし令慈が笑い出す。
「大丈夫だよ静汰くん。僕の作った呪物の力で、君は死んでも僕のお人形として生き返る!」
俺の体から流れ出す血を止めたいみたいに志摩宮は腹に手を当ててくれるけれど、指の横から隙間から、溢れて床を汚していく。水溜りみたいに真っ赤になっていく視界に、ああ、血って本当に赤いんだなぁとこんな時でも馬鹿みたいな事しか思えない俺。
笑い続ける令慈の方へなんとか顔だけ向け、痺れる舌を叱咤して言葉を紡ぐ。
「な……ん、で」
「なんで? だって、箱を壊されて悔しいじゃないか。だから、仕返しだよ。さあ、愛する人と、友人と、仲間と、殺し合う姿を見せてよ! 早く死んでさあ!」
両手を広げて俺が死ぬのを嬉々として待つ令慈に、ひどく悲しい気持ちになった。
文化祭の準備、楽しかったんだけどな。
令慈に攻撃紋を投げた蛍吾達の方を見る。令慈は数で不利な筈なのに、俺を刺した破片のような物を振り回すだけで軽々と彼らの紋を無効化していた。真っ赤に染まっていた尖る呪物から俺の血が飛んで、鏡のようなそれが夕陽を反射して光った。
「持ち堪えろ!」
蛍吾が怒鳴る。無茶言うなよ。思わず笑った俺に、志摩宮がようやく事態を飲み込めたみたいに蒼白になった顔を寄せてきた。
「せ、……静汰?」
大丈夫ですか、ってこの状況で聞くか?
呆れてまた笑った俺の口から、ごぼりと錆臭いものが溢れていく。気持ち悪。
令慈は俺と志摩宮に背を向けて、染井川さん達の攻撃の相手をしていた。死にかけの俺と放心する志摩宮なら注意する必要も無いと思ってるんだろう。
染井川さんを見た。視線が合う。にこ、と笑った俺に、染井川さんは「やめろ!」と怒鳴った。
震える手で、ポケットの中の布袋を掴んだ。ぐっと握ると、掌の中でパキリと折れる感触がある。
「なん……っ、ぎゃああっ」
言われた通り、令慈に布袋を投げつけた。脹脛になんとか当たった、と思ったら、やおら令慈は叫び出した。炎も無いのに、袋が当たった所から真っ黒に焦げていく。
「お前何をっ、あが、痛いっ、燃える! 痛い痛い痛い!」
おそらく、令慈が叫んでいたのは数秒だったと思う。
目の前で、喋っていた人が、生きている人間だった物が、木炭のような黒い物体になっていく。最後にはその場に倒れ、床に落ちた衝撃で灰になった。そこに残るのは、燃えかすのような黒いススと、持っていた呪物の鏡。
なんてもん渡してやがる、染井川さんめ。
一言文句を言ってやろうとそちらを見たら、結界の中で染井川さんが暴れているのを蛍吾や森さんや部下の人達に抑え込まれていた。何をやっているんだろう。
静汰、と染井川さんの口が動くのが分かった。あれ、そういえば音が聞こえない。無意識に手を耳に当てようとして、手首から先が無いのに気が付いた。
その先端も、見る間に真っ黒なススになって刮げ落ちていく。
ああ、俺も令慈みたいになるのか。
不思議なことに、怖さも痛みも無かった。だって、志摩宮を助けられた。今まで助けられるばかりで、肝心な時にいつも動かなかった俺の馬鹿足が、動いてくれたから。
「 」
俺を抱き直して、まだ腹の傷口からの血を止めようとしている志摩宮が何か言っている。たぶん、また俺の名前を呼んでる。何か用なら早く言ってくれ。聞こえないけど、見てるから。
「 」
あ、分かった。いやです、だな。そんな事言われても俺にはどうしようも無いって。笑って見せたかったけど、顔が動いた感覚がしない。残念。ごめんな志摩宮、最後の姿が木炭だなんて。
志摩宮の隣で、シマミヤが今にも泣きそうな顔をしている。ああ、お前もごめん。せっかく見守ってくれてたのに、あんまり話せなかったな。
俺も、神様だったらお前と一緒にいられるのに。
ことり、と俺だったものが志摩宮の手の中から落ちた音だけ、最後に聞こえた気がした。
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