神は絶対に手放さない

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神は絶対に手放さない

39、目的

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 誰もいなくなった部屋に少し気まずさを感じて、用意された座布団に座り直した。すっかり体の痛みを忘れたつもりになっていたから尻から思い切りよく着地して、「ひぎっ」と情けない声が出た。誰もいなくて良かった。
 窓の外は日が傾きかけている。
 ドアが開く音がして顔を上げると、蛍吾がくしゃくしゃになった髪を手櫛で直しながら入ってくるところだった。

「蛍吾」
「志摩宮は?」
「え……、置いてきたけど」

 さすがに連れて来れないだろ、と言ったら、蛍吾も「まあそうか」と頭を掻いた。

「染井川達から話は聞いたか?」
「うん。色々話して箱の作成者の目的とか考えてみたんだけど、どうにも何も……。だから今、ちょっと皆休憩に行ってる」

 他に誰も居ない部屋を見回して、蛍吾も俺の隣の床に座る。

「生きてて、良かった」

 俺の方を見ず、蛍吾は立て膝に顎を付けながら言った。素直にそんな事を言われるのは初めてで、動揺しつつも本気で心配させた事に申し訳なさが募る。

「連絡遅くなってごめん」
「ほんとにな」

 こちらを見た蛍吾はもういつもの蛍吾で、俺を睨みつけて叱りつけた。

「染井川達は本部の玄関で別れたって言うし、もしかしたら逃げ遅れて志摩宮と二人とも死んだんじゃないかって、一晩中電話掛けてたんだぞ! スマホどこにやってたんだよ!?」
「たぶん、志摩宮の鞄の中……かな?」
「二つとも!?」
「二つとも……」
「なんでそうなるんだよ……」

 ぶつくさ言い続ける蛍吾に無抵抗に叱られていると、ドアが開いてお盆にコーヒーを載せた沖さんが戻ってきた。

「蛍吾さん、起きたんですね。コーヒーどうですか」
「冷めたらもらうよ。ありがと」

 湯気の立つカップをすげなく受け取り拒否して、蛍吾が立ち上がる。合わせて俺も立ち上がり、染井川さんの机の上に置いておいた書類をパラパラと捲った。

「なんか、少しでも突破口が欲しいよな……」
「全く進展無しか?」
「……それなんですけど」

 俺と蛍吾の話に、控えめに沖さんが割って入ってきた。

「すみません。さっき染井川さんと話してたの聞いてて一つ思いついたんですけど、あまり自信が無かったのでさっきは言えなくて」
「全然気にしなくていーっすよ。俺だってテキトー言って染井川さんにボコられてたじゃないですか」

 今はなんでもいいから手がかりが欲しい。だから遠慮無くどうぞと促すと、沖さんは恐縮した風におそるおそる口に出した。

「最初の一つが成功したから、バラ撒いたんじゃないかなって思って」
「一つめが……成功?」
「ええ。成功してたから、喜んで量産して、だけどその増やした分は失敗で、だから試行錯誤を続けたんじゃないかな、と」
 沖さんの言ったことに、目から鱗が落ちた気分になった。
「一個目は試作品だって思い込んでた……。そっか、逆だったのか」
「それなら数の増減に納得いくな」

 だが、そうなると、成功だった一つ目の箱について、染井川さんに聞かなければならない。染井川さんの亡くなった父親について聞くのは気が進まない。しかし、父親を亡くしたばかりの蛍吾に聞かせるのも嫌だ。となると……。

「俺は無理ですよ」
「お前聞けよ。染井川、お前のことお気に入りなんだから」
「え~……」

 沖さんに託そうとしたが、蛍吾がアッサリ却下して俺に振ってきた。
 ここは年長が、いやいやお気に入りの静汰くんがとやっているうちに、部屋のドアが開いて今度は染井川さんたちが戻ってきてしまう。

「盛り上がってるがどうした。何か分かったか」
「いやさ、沖さんが……」

 しょうがなく俺が口火を切った。
 沖さんの考察を話し、それが正解だとすれば、箱の製作間隔に関しての疑問が解ける気がする。そう俺たちが言うと、染井川さんはぐっと眉間に深い皺を寄せて瞼を閉じて考えるようだった。

「あれが成功とは思えないが……」

 あれ、というのは、染井川さんの父親の箱の事だろうか。
 染井川さんは目を閉じたまま、自分の唇に手を当てて黙っている。邪魔するわけにもいかず、全員で固唾を飲んで見守った。

「……そうか。あれが成功だとすれば、……箱を作った奴が作りたかったのは、大容量バッテリーか」

 染井川さんの呟きに、部屋に居た人間が全て首を傾げた。
 大容量バッテリー? なんの話をしてるんだ?

「染井川さん、一回寝た方が……」
「うるせぇ馬鹿、ちゃんと最後まで聞けクソガキ」

 睡眠をとっていない所為で現実と夢が混じってしまったんじゃないかと染井川さんを心配したのに、久々に暴言が飛んできた。

「だ、だって、言ってることおかしいもん」
「おかしいのは箱作った奴の頭の方だ。……俺の父親は、この箱にまだいる」

 そう言って染井川さんは、スーツのスラックスのポケットから木組みの箱を取り出した。
 三センチ四方くらいで、箱というには小さすぎる、まるで木製のサイコロのようなそれを、染井川さんは皆に見せるように少し高い位置に掲げる。それが染井川さんの父親が所有していたという箱ならば、報告書では『浄化の後に廃棄』と記載されていた筈なのに、何故彼が持っているのか。

「まだいる、って……?」

 俺以外は誰も何も言わない。ただ黙って染井川さんの言葉の続きを待っているが、俺は嫌な予感がして彼を急かした。ぞわ、と悪寒がする。

「俺の親父は神になりたがってた。仕事の伝手でこの箱を手に入れて、毎日箱に祈ってた。そして──ある日、死んだ。死んで、箱の中で『神様』になった」

 染井川さんはその箱を大事そうに掌で包み、ポケットに戻した。
 首を振って否定したいのに、皆が染井川さんの話を聞いて沈痛な面持ちの部屋の雰囲気がそれをさせてくれない。
 そんな訳ない。だって、その中には何もいない。誰の気配もしないのに、俺より霊力の強い人が揃っているはずのこの部屋の中、誰一人としてそれについて口に出す者はいない。
 俺の顔を見て動揺と困惑を読み取った染井川さんが、少しだけ笑った。だけど、その笑顔は作った表情だ。俺を安心させる為の、嘘の笑顔。

「ただ、親父には親父としての自我は無かった。そして、その状態──『自我の無い神を宿らせた箱』が完成形だとするなら、完全に『大容量のモバイルバッテリー』なんだよ。神の意思なんて面倒なもん無しで霊力引き出し放題のな」

 染井川さんの言葉に、示し合わせたように全員がため息を吐いた。
 非道としか言い様が無い。人の命を電池に変換する箱を作った製作者は、染井川さんの言う通り頭がおかしいとしか。

「欲かったのは意思の無い神、か。だから昨日の箱みたいに、自我のある箱は失敗作だから罠に使っても良かったんでしょうか」
「でも、だったらなんで組織を壊滅させる必要がある? 組織は手掛かりの一つも掴めて無かったんだから、放っておいても良かったんじゃないですか?」
「というか、一個目の箱が成功なら、なんで回収しなかったんでしょう」
「この箱は俺が一番最初に触って、使っちまったからな。他の人間には使えない。だから取り戻しても無意味だと思ったんだろう」
「じゃあ、どの箱も一番回収の楽なところに配布した可能性がありませんか?」
「警察関係者とかか」
「毎回同じ警察官が居たらさすがに気付いてるよ」

 突破口が開けた、と皆が口々に予測を立てる。大人達が考え出したら、もう俺なんかが話しても邪魔になるだけだろうから、一歩下がって沖さんから受け取ってコーヒーに口をつけた。
 そういえば、今日はまだ何も口にしていなかった。砂糖のたっぷり入ったコーヒーは、普段なら遠慮したいところだが今に限ってはとても美味しく感じる。 

「……で、だ」

 皆がわいわいと意見を出しては否定したり肯定したりを繰り返して、それが少し煮詰まったところで、染井川さんが言いにくそうに切り出した。いつも自信満々みたいな態度の染井川さんが、しきりに少し青くなった顎をさすりながら視線を落とす。

「俺の箱については、組織の中でも一人にしか言った事が無い。それも組織に入る前、親父が死んだ直後。箱に親父が居ること、神になったが自我が無いこと、そして、箱を使ってみようとして、使えないことを確認していった、組織の調査員」
「……! て事は、そいつが箱の製作者ですか!? 染井川さん、その人について心当たりがあるんですね!?」

 やおら犯人らしき人物像が浮上し、森さんが興奮気味に染井川さんの方へ身を乗り出した。
 箱一つ作る為に何十人も殺してきた人物だ。探し出して拘束するなりしなければならないだろう。素性が分かれば警察に捜索の依頼も出来る。
 光が見えてきた、と安堵ムードの構成員と逆に、染井川さんは視線を下に落としたままその名前を口にした。

「蘭童だ」

 部屋の空気が、凍った。
 俺すら口を開けない。だって、そんなのおかしい。組織のトップが、自分の組織の大事な神子を殺すような真似をして、その上……自分まで死んでいる。

「あ……じゃあ、蛍吾の親父さんは死んでないってこと?」

 死体がフェイクで、本当はどこかへ逃げ延びているのだろうか。搾り出した仄かな希望は、しかし染井川さんと蛍吾の二人が首を横に振ったことでうち砕かれた。

「それは、ない」
「あれは蘭童だ。……長年、部下として、友人として、付き合ってきた。あれは蘭童本人の死体で間違いない」
「じゃあ、どういうことだよ……?」

 困惑する俺達に、染井川さんも首を横に振る。「俺の勝手な予測だが」と蛍吾を気遣う視線を向けて、苦々しげに溢す。

「箱の製作者と通じてたってところだろう。だから調査は進まなかった。進めるつもりが無かったから、製作者に繋がるようなことは調査書に書かせなかったんだろう」
「でも、なんで自分の組織を壊すような事……」
「父さんは、神子なんて要らないって言ってた」

 黙っていた蛍吾が、不意に口を開いた。吐き捨てるような口調に、思わず蛍吾の腕を掴む。無理に話さなくていい、と視線で言うのに、蛍吾は逆に俺を安心させるようにその手を撫でてきた。

「何も知らない子供を囲って外に出さない神様も気持ち悪い、それを利用して組織の力として利用するこの組織も大嫌いだって、俺によく溢してた」

 蛍吾は忙しなく俺の手を撫でて、そうしていると安心するならとそのまま聞く。
 落ちた視線の先で、蛍吾のもう片方の拳が震えているのが見えた。

「世襲で仕方なく継いだ組織だったけど、色々父さんなりに変えようとしてたんだ。組織の中じゃ丁寧に接してたけど、神子の事も相当嫌ってた。虎の威を借る狐風情が偉そうに、って。なのに、沙美が神子に選ばれて……このままじゃ沙美まであんな風になる、ってかなり焦ってた。だから、神様達に『外に出しても大丈夫ですよ、穢れたりしませんよ』ってアピールする実績作りの為に、静汰を組織の外で暮らさせて……中高の六年の実績があれば、さすがの神様も数人は神子を外に出すのに賛成してくれるだろうって言ってたのに……」

 蛍吾の独白に、染井川も頷きながら聞いている。蛍吾の父と友人だったというなら、そういう愚痴も聞いていたのだろう。

「お前らがヤバい箱持って本部に来るって連絡が来た後、俺だけが蘭堂に呼ばれたんだ。静汰はすぐに本部から出せってな。こいつは神子だが、まだマシだったからだろう」
「まだマシ……」

 染井川さんの言い方に眉を顰めるが、しかし彼はどうやら俺を揶揄った訳では無かったらしい。辟易した瞳の奥に、恨みのような暗い炎が揺らめいているようでその気迫に後退った。

「お前は本部にあんま顔出さなかったから知らなかっただろうがな。本部の神子共、どれもこれも性根が腐ってたからな……死んでもまぁ……」
「そういう言い方するから誤解されるんですよ、染井川さん。呪物の壺を砕いた粉をコーヒーに混ぜられたとか、神様けしかけて威圧で動けなくなった状態で上に乗られて自慰の玩具に使われたとか、具体的にされた事を言わないと」
「思い出させるんじゃねぇ!!」

 森さんが思い切りひっぱたかれた。染井川さんは拳を震わせて怒りを剥き出しにして、一発じゃ足りないみたいに靴の先で森さんの脛を蹴り上げた。
 というか、本部の神子の悪質さがたった二つの例で分かるなんて。

「あ、本部に常駐してる構成員はもっと酷いこともされてますからね?」
「うえ……」

 本部に行く度ヒソヒソ悪口言われる、なんて、かなり軽い嫌がらせだったのだと思い知らされた。

「お前も一応は神子だから、神様からの仕返し警戒してたんだよ」

 蛍吾が補則してくれて、さらに神子達への心証が悪くなった。あ、いやもう元、神子か。
 死んで当然とまではいかないけれど、あまり惜しまれていない雰囲気なのに納得がいった。

「そんなのを神子として愛してたなんて、神様って相当趣味悪いのな」

 俺が言ったら、周りが一瞬シンと静まる。

「お前が言うな、とか思ってんだろ」
「……基本的に俺達の組織で『神様』って呼んでるアレらは、普通の人間に見えない綺強大な力を持つ『何か』だ。アレらがなんなのか分からないし、教えてもくれない。ただ、神子を大事に囲っておけば力を貸してくれるというから、神様として祀ってるんだ」

 唇を尖らせて文句を言う俺を無視して、蛍吾が肩を竦めた。

「だったら、神様ってのが自称って可能性もあるのか」
「ただし、狸だの狐だのが化けたってレベルじゃねぇ力は確かにあるんだ。それこそ、神の奇跡としか思えねぇ力を人間に与えられる程度にな」

 それが加護のことだと思い当たって、確かにそうかと唇を噛んだ。こんな時、シマミヤが素直に答えてくれれば楽なのに──。

「シマミヤ!」

 そういえば、シマミヤについて蛍吾に話すのを忘れていたのを思い出した。姿を現してくれた方が早いから呼んでみたが、シマミヤは返事もしてくれない。

「志摩宮は置いてきたんだろ?」
「あ、違くて……おいシマミヤ!」

 俺が何度呼んでも、薄ぼんやりも出てこない。視界のチャンネルを変えて視てみるが、しかし周囲にその気配すら無かった。

「言い逃してたんだけど、俺の神様、志摩宮らしくて」
「は?」
「死んだ後に神様になって、俺に取り憑いたんだって」
「死後? え、でも志摩宮はまだ……」
「なんか、神様に時間は関係ないって、前に寛容の神様が……」

 そこまで言って、沙美の事を思い出した。沙美の無事が確認できていない今、沙美を拐かして一人だけ連れ出した寛容の神の事を口にするのは躊躇われた。
 が、蛍吾はシマミヤの方が気になるのかそれには触れず、俺に向けて紋を描いた。よく俺に向けられるその紋は、確か俺に掛かった加護を見る時のものだったの、だが。

「……あ?」
「ん?」

 一度描いた紋を消し、もう一度描いて俺を視た蛍吾は、数秒止まってから、

「このクソ馬鹿ッ!!」

 と思いきり俺の頭を引っ叩いた。

「いってぇ! なに、なんで俺叩かれたの!?」
「お前志摩宮とヤッたろ!?」
「な、なん……っ」

 急に暴露されて顔を赤くする俺をもう何度か殴り、蛍吾は頭を掻き毟る。

「この状況で戦力低下は痛手過ぎんだろ……あーもう……っ」
「え、えっと、あの」
「もしかして、だから連絡つかなかったの静汰くん?」
「熱中しすぎだろガキ共」
「……うぅ」

 染井川さんと森さんにまで言われて、恥ずかしさに頭を抱えた。なにもこんな所で言わなくても。

「あー、本当に綺麗さっぱり消えてやがるな、加護」
「えっ、なんで!?」
「ヤッたからだろ」

 煙草を出して吸い始めた染井川さんは、俺を視て深い溜め息を吐く。パン、と染井川さんに尻を叩かれ、あらぬ所に走った痛みにその場に崩れ落ちた。

「なんだ、あのボウズのはそんなにデカかったか?」

 カラカラと笑われて、心の中でだけその通りだよ! と文句を返す。口に出せば蛍吾に「んな事どーだっていいんだよ」と蹴られるのを分かっているから、ギリギリと奥歯を噛んでそっぽを向いた。

「…………染井川さんなんて嫌いだ」
「……」
「染井川さん、今のは染井川さんが悪いですよ」

 揶揄ってきたくせに唇の端を歪ませて固まる程度にはショックを受けたらしい染井川さんに、森さんが追い打ちをかけている。
 よろよろと立ち上がった俺を見て、蛍吾がまた溜め息を落とした。

「なんでこのタイミングなんだよ……」
「だって、志摩宮が神様なんだから、本人と……して、加護が消えるとか思わないじゃん」

 神様が嫉妬深いって言っても、自分だぞ? と俺が言うと、蛍吾は沖さんが持ってきたコーヒーのカップをお盆から取ってそれを一口飲んだ。

「本当に本人だったか?」

 何かが化けていた可能性は、と問われ、少し考えてから首を横に振って否定する。

「俺の前に現れた時点で、昨日の文化祭でするコスプレ姿だったんだ。未来が分かってるとしか思えない」
「でも、寛容の神は、神に時間は関係無い、と言ってたんだろ? だったら、お前から愛される為に未来の志摩宮の姿をとってたって可能性はあるだろ」
「う……」

 そう言われてしまうと、自信が無くなってきた。でも、あれは志摩宮だったと思う。そんな気がする。
 確証のある反論が出来ずにいる俺に、しかし助け舟を出してくれたのは染井川さんだった。

「ま、そこは神子サマの言葉を信じて、アレがあの坊主だったってことにしとこう。……となると、だ。問題は」

 すー、と深く煙草を吸い込んだ染井川さんが、森さんに睨まれて肩を竦めて俺たちに背中を向けて煙を吐いた。携帯灰皿でまだ吸い始めだったそれを擦り消すと、もう一度向き直って言葉を続ける。

「大容量バッテリー候補の身柄が、今ガラ空きだって事だ」
「候補?」
「……志摩宮か!」

 急に大声を上げた蛍吾が、慌ててスマホで電話を掛け始めた。「早く出ろ早く出ろ」と呪文のように繰り返す蛍吾を横目に、訳の分かっていない俺と沖さんが染井川さんを見つめる。

「お前ら、ゲームはやるよな? MPって概念は理解してるな?」
「魔法使う時の、あの青いゲージのことなら」

 俺が言うと、隣の沖さんも頷いた。志摩宮に付き合ってスマホゲーしてたから、なんとなくは分かる。そう答えると、染井川さんは続きを話しだした。

「あれと同じように、人の持てる霊力量ってのは限度が決まってる。ただ、最大MPも回復速度も人による。んで、あの坊主はそれらが桁違いにでかい。おそらく一般人千人くらいに値する霊力量と、その数倍の回復速度を持ってる」
「へ!?」
「だが」

 驚いて、それならなんであいつ零感だったんだよ、と言おうとした俺に先手を打つように染井川さんが首を振る。

「あいつはおそらく、霊力の全てを自分の身を守る事に使用し続けてる。産まれた瞬間からなのか、それとも何かきっかけがあったのかは分からねぇが……。それも、保有する全てを常に全力で、だ。だからあの坊主が自分の意思で霊力を使うのはほぼ無理だ。使える分が残ってねぇんだから」

 蛍吾が掛けた電話に志摩宮はまだ出ないらしく、蛍吾の靴が床を叩くのを染井川さんが横目で見て森さんに目配せする。無言のそれだけで何を指示されたのか分かったのか、森さんはすぐに部屋を出て行った。

「回復速度が速いだけでもバッテリーとしちゃ適任だが、大容量なら文句無しだ。今回の狙いは全て、あの坊主を一人にさせて神にして箱に封じる事だったんだろうよ」
「封じる……」
「目的と手段が分かれば間は埋まる。おそらく箱の所有者たちは霊力量か回復速度のどちらかが優れてたんだ。そして、『無心で祈り続ければ願いが叶う箱だ』と言って箱を渡された。時間経過か、はたまた箱に注がれた霊力量かはわからんが……いや、たぶん霊力量だな。必要量が溜まるとトリガーになって箱の所有者の命を代償に箱は掛けられた呪を発動させる。そして箱の所有者が無心で祈っていれば無心の神に、私欲まみれなら呪物に成った。箱が年に数個しか出て来なかったのは、一般人が箱に貯められる霊力量には限度があるからだろう。箱自体はもっと大量にバラ撒かれてる可能性がある」

 染井川さんは早口で捲し立てて、自分の机から色々取り出しては鞄の中に詰め込み始めた。理解が追い付いていない俺は、困惑したまま「でも」と首を傾げてしまう。

「箱を渡されても、すぐには発動しないんだろ?」
「お前、話聞いてたか? 箱が発動するトリガーが霊力量なら、坊主が持って何か祈った時点で自衛に使ってた分が箱に注ぎ込まれて即発動だ。俺らが着くまで生きてる事を祈るんだな」

 来い、と襟首を引っ掴まれ、建物から出て玄関前に停められたワンボックスカーに押し込まれた。運転席には森さんが座っていて、「目的地は?」と振り向いてくる。

「ああクソ出ねぇ! なんだ、今度は他の女とでもヤッてんのか!?」

 何度も電話を掛け続けていた蛍吾が、スマホに向かって怒鳴りつけながら助手席のドアを開けて座った。

「静汰、あいつの家は!?」
「家? 家じゃない、あいつ今学校に行ってる」
「はぁ!? なんで、今日休みだろ?」
「文化祭の後片付けがあるからって、令慈に呼び出されたって……」

 森さんはもう車を発進させていて、蛍吾が横から学校をナビに入力してぶつくさ文句を言う。

「そんなもん月曜にやれよなぁ。つーか静汰、令慈って? お前が名前覚えてる奴の中にそんな奴いたっけ?」

 ひどい言われようだが仕方ない。俺の交友関係は広く浅くで、俺が名前を覚えている奴を蛍吾が知らないのは、確かに初めてかもしれない。

「同じ学年の奴だよ。文化祭の実行委員長。ほら、文化祭本部で忘れ物として箱を処理しようとしてた」
「んー……?」

 どんなやつだったっけ、と珍しく蛍吾は思い出せないようで、俺も覚えている限りを口に出す。

「苗字なんて言ったかな。骨川じゃなくて、なんか川のつく苗字。去年同じクラスだったって言ってたぞ。しかも俺の後ろの席」

 令慈と話した内容を思い出しながら言うのに、蛍吾が「は?」と振り向いた。

「お前の後ろの席、ずっと俺だったろ」
「え……」

 そう言われれば、そうだ。霞のような記憶の中、だから後ろを気にした事が無かったんだと思い出した。後ろには蛍吾がいるから、気にしなくて良かったのだ。

「じゃあ……あれ、誰だよ……」

 茫然と呟く。どうして令慈がそんな嘘を吐いたのか。

「どんな奴だった。顔は? 同世代だったのか?」
「えと、……あれ?」

 思い出せない。顔を青くさせる俺を蛍吾が叱るかと思えば、どうやら彼も昨日会ったばかりの令慈の顔が思い出せないらしく。黙ってしまった俺達の顔を交互に見て、染井川さんが眉間の皺を深くした。

「蛍吾は?」
「俺も駄目だ。確かに昨日、話した。箱を拾って持ってきた人がどんなだったか聞いて、若い男だって言ってた。それは思い出せんのに、そいつの顔が思い出せない……」

 蛍吾はそう言って口惜しげに唇を噛む。
 染井川さんが俺の手を掴み、なにかの紋を描きながら「そいつだな」と嘆息した。
 ぐん、と体に負荷がかかって、車の速度が上がったのを感じる。窓の外を見たら、どうやら高速道路に乗ったようだった。

「そいつと最初に会ったのはいつ頃だ」
「夏休みの終わり頃、実行委員が足りないから手伝ってくれって言われて……」
「一ヶ月近くは準備してたって事か……厄介だな」
「そういえば、学校に住み着いてる猫又が、校舎に邪気が溜まって居辛いって」
「次から次へと……! 蛍吾、テメェなんっっっにも気付かなかったのか!?」
「っ、そんだけ手強い奴って事だろ!? 十数年尻尾も掴めなかったくせに、俺に当たるんじゃねぇよ!!」
「はいはい、うるさいと運転に集中出来ないから静かに喧嘩して下さーい」

 染井川さんと蛍吾が言い争うのに、森さんは笑いながらそれを止めているようで止めていない。
 舌打ちした染井川さんは、ぶつぶつ文句を言いながらも俺にわんさか紋を追加してくる。かなり色々掛けられてるけど、指の動きが速すぎて全く読めない。

「森、あいつらは?」
「ちゃんとついてきてますよ。沖さん入れて良かった、事故らず現場に着けそうなの初めてじゃないですか?」
「これが一段落したらあいつら教習所からやり直させろ」

 バックミラーで後ろを確認した森さんが朗らかに答え、染井川さんは俺に掛けた紋を確認しながらまだ足りないのか「あとは……」と考え込んでいる。

「染井川さん、ちょっとやり過ぎじゃないですか」
「ほっとけ」
「使い切らないで下さいよ」
「どうせ残量ほとんど無ぇよ。最後くらい好きに使わせろ」

 一瞬、バックミラーでこちらを見た森さんが笑顔を崩した。俺とミラー越しに目が合って、すぐに視線を戻して前を見る。
 その表情に不安になって染井川さんを見たら、俺を見下ろしていた彼は急にこめかみあたりに唇を寄せてきた。

「な、染井川さん、何を」
「少し黙っとけって」

 慌てる俺が離れようにも、車内に逃げ場なんて無い。頭を抱え込まれて髪を撫でられ、つむじあたりに何度も口付けられて訳も分からず狼狽した。

「染井川さーん? 犯罪ですよー?」
「頭にキスすんのくらい良いだろうが! 親愛だ親愛!」
「静汰くん、口にされそうになったらグーでいっていいからね!」
「へ」
「しねぇよ!」

 しばらく優しく撫でていた癖に、急に乱暴に体を離した染井川さんは、胸ポケットから出した物を俺の掌に握らせた。
 ガーゼのような布に包まれた、掌にすっぽり収まる小さな何か。

「いいか。必要になるまで絶対に強く握るな。握ると折れる」
「折ったらどうなる?」
「俺の持つ中で一番強い呪物だ。タイミングを間違えたら全員死ぬと思え」

 なんでそんな物を俺に、と両手を被せて怯える俺に、染井川さんは続ける。

「あの坊主が呪物になってたら、その時は即、引き上げる。間違いなく、俺ら程度でどうにかなる代物じゃねぇ。それこそ、他の組織巻き込んで対策練らねぇと……。神に成ってたらどうにかしてお前が回収しろ。使用者が決まってたとしても、お前ならなんとか出来るかもしれねぇ。それから、まだ坊主が生きてたら、箱の作成者──令慈とか呼んでたか。隙を見てそいつを折って、投げつけろ。お前に掛けた紋で、数秒なら持ってても耐えられるようにしてある。お前が投げたのを見たら、俺は俺らに全力で結界張る。いいな、森、蛍吾。死にたくなけりゃお前らも全力で張れよ」

 染井川さんが前列の二人に向かって言うと、二人は黙って頷いた。

「その呪物でも、おそらく坊主とお前は平気だろう。だから俺らから見えない所では絶対投げんな。死んだら怨むからな」
「……了解」

 掌の中の布袋を、そっとズボンの前ポケットに入れた。ここなら転けたりしても膝を着けば折れないだろう。

「そろそろ着きますよ」

 高速を降りた車は、街中を走る。車と車の間を縫うように走るのが怖くて思わずシートを掴むと、隣の染井川さんが笑った。

「この車、認識阻害が掛けてあるから事故っても救急車すら来ねぇぞ。事故らないように祈れよ」
「いやいやいや! 安全運転して森さん!」
「ん? 志摩宮くんとどっちが大事?」
「……志摩宮です……」
「だよね~」

 そろっと後ろを確認したら、ガラスの向こうで沖さんの運転するワンボックスカーも同じような運転をしながらついてきていた。教習所からやり直すべきは、森さんと沖さんだと思う。

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