神は絶対に手放さない

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神は絶対に手放さない

38、振り向けば骨

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「はい、はい。……もう少し待ってもらっていいですか、まだ静汰寝てるんで」
『ーー! ーーーーー!!!』
「昨日無理させちゃったんでまだ起こしたくないんですけど……」
『ーーーー、ーー!』
「だって、急いだってどうしようもないでしょうその状況じゃ」

 志摩宮の声が苛立ってる。珍しい。
 うっすら目を開けると、視界の中に志摩宮はいなかった。
 部屋のカーテンはまだ閉まっていて、しかし外光の明るさからして早朝ではないようだ。
 体を起こして部屋を見回すと、声はサニタリールームの方から聞こえていた。ドアが薄く、彼らの話す声は丸聞こえだ。志摩宮に怒鳴っている声からして、電話の相手は蛍吾だろう。

「う……っ、いってぇ」

 立ちあがって志摩宮の方へ行こうと床に足裏をついたら、足に力が入らずベッドの端に尻餅をついた。その拍子に、飛び上がるほどの痛みが尻の真ん中に走って奥歯を噛む。
 手をついたベッドシーツにべたついた感触がしてそちらに視線を向けると、黄色く質量のあるカピカピと赤黒い染みが散っていた。壮絶な様相に瞬時に昨夜の交合を思い出す。尻の窄まりに手をやると、それだけでビリっと強く痛んだ。
 完全に切れてる。慢性化したらどうしよう、これ。
 ソコに入っていた瞬間の感覚まで思い出してしまって、ぞわっと怖気に鳥肌が立った。怖かった。壊されてしまうかと思った。尻が切れたくらいで済んで本当に良かった。
 でも、本当に怖いのは、トラウマになりそうなほど痛かった筈なのに、それを上回る強烈な快感で何度も気絶させられた事だ。あんなセックス経験して、今後志摩宮に捨てられたらと考えると恐ろしい。あまりしない方が俺の身体の為かもしれない。巨根中毒なんて御免だ。

「おーい、志摩宮~」

 歩いて行くのは諦めて、志摩宮の方を呼びつける事にした。最初からそうしていた方が早かったに違いない。

「静汰、起きたんですか」
「いや、声がしたから」

 呼んだら志摩宮はすぐさまドアを開けて、こちらへ顔を出した。「起こしちゃいましたか」と申し訳なさそうにされて、首を横に振りながら掌を上に向けて彼の方に伸ばす。

「?」
「スマホ。電話、蛍吾だろ?」
「……はい」

 志摩宮は一瞬嫌そうな表情をして、でも素直に俺にスマホを渡してくる。あ、これ俺のスマホじゃん。
 受け取ったスマホを耳に翳すと、蛍吾に怒鳴られた。

『こんな時間まで寝てるやつがあるかっ! 夜中から何度電話したと思ってんだ!!』

 思わず肩を竦める程の声量に閉口すると、志摩宮が不愉快そうに俺からスマホを奪おうとするので目を眇めて注意した。眉をハの字に垂れさせて、志摩宮はすごすごと引き下がる。

「……で、なんか急用?」

 急用なら、怒る間に用件を説明してほしい。
 しょんぼりしながら浴室に消えた志摩宮の背中を見送り、俺も彼の後に入ろうと考えながら蛍吾の返事を待つ。
 今度はどんな幽霊か妖怪か、と意気込むのに、蛍吾は数秒黙ってから、低い声で絞り出すように言った。

『本部が壊滅した。神子はほぼ全滅、本部に居たボス以下構成員もだ』
「──は?」

 壊滅、全滅?
 なんだそれ。
 昨日本部に行った時に本部に居た神子達の数を思い出す。十数人の神子が全滅? いや、蛍吾は『ほぼ』と言った。

「俺以外に何人残ってんの」
『生存が確認出来た神子はお前だけだ。寛容の神子は……沙美は、行方不明だ。他全員、死た……遺体で見つかってる』
「……」

 言葉が出なかった。
 全滅といっても、せいぜい大怪我だとかそういう程度だと思っていたら、死亡。しかも、話を聞く限りでは神子と構成員を合わせたら相当数になる。

「事件じゃん……」

 捻り出した返事がすごく馬鹿っぽいが、それ以外になんと言ったらいいのか。
 俺はともかく、本部の神子達は俺よりよほど神の加護の扱いには長けていた筈だ。そうでなければ、本部に大量に所蔵されている呪物の管理が出来る筈が──。

「……! そうだ、呪物!! ヤバいの大量にあるじゃん!?」
『全部盗まれた。箱と一緒に』
「箱……」

 そうか、箱。昨日持って行った箱。

「もしかして、箱の所為で全滅したのか……?」

 恐る恐る聞くと、蛍吾は返事をしてくれなかった。代わりに、重く長い溜め息が聞こえてくる。

「そんな」

 そんなの、じゃあ、俺の所為じゃんか。
 俺が箱を見つけたから。本部に持ち込んだから。だから、死人が──。
 口を押さえ、急激な吐き気をやり過ごす。人が死んだ。俺のせいで、大勢。胃がひっくり返りそうな痛みと悪寒。体が崩れそうな目眩を瞼を閉じて必死に耐え、拳を握った。

「……沙美ちゃんが行方不明っていうのは?」
『俺が昨日、本部の救護室で応急処置受けた後、大事をとって普通の病院に回されたんだ。沙美はオヤジに無理言ってそれに付いてきて、……その後、誰も姿を見てないらしい』

 沙美だけが行方不明と聞いて、頭に何かが掠った。昨日の本部での、寛容の神とシマミヤのやり取りを思い出す。もしかしたら、彼らはあの時点で何らかの予測が出来ていたんじゃないのか。



「私は、私の愛する子と共にここに居られればそれでいい。それ以上の事を望むつもりは無いんだ」

《 ……ここにいる連中は皆そうだろ 》

「そうだ。だからここに居る。だから、……分かっているだろう」

《 分かっててもどうしようもない。俺にはどうしようもない 》

「いいや。お前にはできる」

《 出来るとしても、選ばない。だから俺はここにいる 》



 彼らの会話を必死に思い出す。
 寛容の神は、シマミヤにならどうにか出来ると頼みに来ていた。が、それをシマミヤはつっぱねた。
 だから、寛容の神は沙美だけを助ける為に外に連れ出したのだろう。

「シマミヤ!!」

 たまらず叫ぶが、あいつは姿を現さない。
 代わりに志摩宮が、当然自分が呼ばれたと思って浴室から水滴を垂らしながら慌てて駆けてきた。

「なんです? なにかありましたか?」
「違う……お前じゃないんだ、志摩宮」

 スマホを放り出し、両の掌に顔を埋めた。
 あの時、しっかり会話の内容について聞いていれば、防げたかもしれない。神の言う事は訳分からんと投げず、ちゃんと聞いていれば。
 蛍吾は、全員が遺体で見つかっていると言った。それはつまり、大量の遺体を目の当たりに──そして、組織のボスである、自分の父親の遺体も目にした筈だ。
 父親が死亡、妹が行方不明。茫然自失でもおかしくない状況で、それでも俺の安否を心配して昨夜から電話をくれていたのに、俺は、俺は。

「静汰……」

 気遣って俺の肩を撫でようとしてくれた手を乱暴に振り払った。

「せ……」
「ごめん。今は、ちょっと放っといてくれ」

 志摩宮は何も悪くない。なのに、彼にシマミヤを重ねて苛立ってしまった。
 スマホを掴み、まだ通話中になっているのを確認して、蛍吾に「今から本部に向かう」と伝えた。

『本部は駄目だ。さすがに遺体が多過ぎて警察が入って、立ち入り禁止になってる。今俺は染井川班と合流して、染井川班の事務所で箱の作り主について調べてる』
「じゃあ俺もそっち行く」

 染井川班の事務所の住所を聞いて、蛍吾との通話を切ると早速向かう為にタクシーを呼んだ。十分程で着くというので、それまでに準備をしようと立ち上がった。
 身体が軋むが、その痛みさえ頭にくる。俺が悠長にあんな事をしていなければ。もっと早く連絡を受けていれば、蛍吾達を手伝うのだってもっと早く。

「静汰!」

 ふらついて転けそうになった俺の腕を掴み、志摩宮が後ろから抱き締めてきた。

「志摩宮、邪魔。俺急いで準備しなきゃならんからどいて」
「絶対に行かなきゃいけませんか? 静汰じゃなきゃ駄目なんですか?」
「は?」

 どういう意味だ、と志摩宮の腕を払って睨み付けると、彼も俺を睨みつけていた。目をカッと開きながら眼光鋭く見つめられ、気圧されて一歩後ろに退がる。

「神子が全員死んでるって事は、神子程度じゃ敵わないって事でしょう。そんな相手に挑みに行くのが、どうしてあんたじゃなきゃいけないんです」
「どうして、って……。だって、あの箱を持ち込んだのは俺で」
「つまり、狙われたんでしょ、静汰が。静汰なら本部に持ち込む、それが分かっててわざと見つけさせて持ち込ませて壊滅させた。分かりやすいトロイの木馬じゃないですか」

 志摩宮の言い分に言葉を失った。最初から仕組まれていた? 本部に持ち込ませる為に、あの箱は学校に置かれていたっていうのか。

「あの箱が静汰にも蛍先輩にも対処出来ないって分かってたんでしょう、相手方は。その上、あんたみたいなチート能力持ちの神子様たちが束になっても返り討ちに遭ってる。そんな相手に、何が出来るんですか」
「何がって……、でも、何かしないと」
「何かって何ですか。相手の方が何枚も上手で、しかも人殺すのに躊躇無いんですよ。殺されるって分かってて、行かせると思いますか」

 言い争ってる暇なんてないのに。早く準備しないとタクシーが来る。せめて一度シャワーを浴びてから、新しい服に着替えもしないと。
 なのに、志摩宮はそれを阻むように俺を捕まえようとしてくる。

「うるさい!!」

 咄嗟に、頭に浮かんだ紋を描いて志摩宮に飛ばした。

「っ!!」

 俺に掴みかかろうとした志摩宮が、見えない何かにぶつかって驚愕に目を見張る。

「せ……静汰っ!」

 カッとなって適当に描いた紋が攻撃紋でなくて良かったとホッとする反面、その紋が何だったか思い出そうと手を翳して紋を読み取って、思い出した。夏休みの仕事中に、染井川さんが志摩宮に飛ばした『見えない壁の紋』だ。どうやら、指の動きが頭の片隅に残っていたらしい。
 確か染井川さんは、この完成した紋に付加価値を付けていた。見様見真似で、壁に時間制限を追加してみた。飛ばした紋が壁の紋とぶつかって、三十分の時間制限が付加される。
 よし、これでいい。
 見えない壁を殴りつける志摩宮に、「ごめん」と謝ってから、シャワーを浴びて着替えを借りた。

「じゃあ、行ってくるから。ちゃんと逐一連絡するから志摩宮は待ってて」
「静汰! ふざけんなよ、この……ッ!!」
「死なないから」

 ごめん、とまた謝って、志摩宮の部屋を出て到着していたタクシーに乗り込んだ。











 染井川班の事務所の住所を伝えると、高速のインターを降りてすぐだというので高速を使ってもらった。スマートインターを降りると、高速道路を挟んだ両側が田んぼの、いわゆる郊外という立地だった。住宅街とは反対の、山の方に少し進んだ、林の中で「ここがその住所ですね」と降ろされた。
 鉄骨二階建ての、おそらくは廃病院。若者が住む街なら、格好の心霊スポットになっているだろう。外壁のコンクリートはそこかしこがヒビ割れているが、窓は割れていないようだ。磨りガラスになっていて中は見えないが、中から物音がするからここで間違いないはずだ。

「蛍吾ー」

 表札は掛かったままだが、文字は掠れて読めない。玄関らしきドアを控えめにノックして呼ぶと、暫くして中からドアが開かれた。

「どこも怪我は無ぇんだな」
「染井川さん……蛍吾は?」

 てっきり蛍吾が出てくるかと思ったのに、出迎えてくれたのは染井川さんだった。俺を見て安心したように肩を落として、俺の背を押して急かすように中に招き入れる。

「少し寝させた。沙美どころかお前にも連絡つかねぇから、一睡もしねぇで電話掛けたり書類漁ったりしてたからな」
「電話出られなくてごめん。まさか、……あの箱が原因でこんな事になるなんて」
「お前が責任感じる必要は無ぇ。アレを本部で迎えるって判断をしたのは蘭童だ」

 染井川さんは俺を建物の中に入れると、足早に奥の部屋へと引っ張っていく。押し込まれた部屋の中は、ドラマで見る会社の一室のような、デスクの並んだ場所だった。
 デスクの数は九つ。そこにそれぞれ一人ずつ座り、書類の山に目を通している。昨日会った、染井川さんの部下たちだ。

「迎えに出れなくて悪かったな。ここに来るまで何も無かったか?」
「特に何も無かったよ。志摩宮の家から高速乗ってタクシーで来たけど、追われてるとかも無かったはずだし……」
「そうか。時間無くて、まだこの部屋にしか気配完全遮断の紋は掛けてねぇんだ。今のところ、全国に散ってる構成員には何の被害も無いが、お前は神子だ。出来るだけこの部屋から出るな」

 机が無いから、と部屋の隅に座布団を置かれ、そこに座ると俺も紙束を渡された。パラパラと捲ると、見知った顔があって手が止まった。最初に箱に関わった依頼の、箱の持ち主だった奥さんの調書だ。

「お前も目ぇ通して、何か気付いた事があれば言ってくれ。今のところ、敵の正体どころか目的もハッキリしてねぇんだ」
「本部の呪物を盗むのが目的じゃないの?」
「本部にあるのは神子が浄化し続けてほとんど無力化してるのばかりだ。数百年くらい外にほったらかしときゃまた呪物になるかもしれないが、今すぐはどうもならん。かといって、神子の抹殺が目的ならお前と沙美様だけ逃す訳がねぇ」

 神子の抹殺、呪物の強奪、組織の壊滅。そのどれもが、主目的にはなり得ない。主目的というには手落ちが過ぎるのだ。だとすれば、それら複数目的が数多く達成出来れば良かったか、もしくはそのどれもが他の主目的の『ついで』だったか。
 目的が分からなければ、敵も見えてこない。だから昨晩から皆で調査書類に目を通しているのだが、未だ決定打になるような目的は見えてこないのだ、と。染井川さんは自分の机に座り、うんざりした表情で紙の束を叩いた。

「蛍吾が起きてきたら、昨日箱を見つけた状況を聞くから説明出来るようにしといてくれ」
「分かった」

 分厚い座布団に座り、壁に背を凭れさせて書類を見つめた。上から二、三枚に軽く目を通すと、書類の並びは適当なのか日付が前後していたので、まずは時系列順に並び直す所から始めることにした。
 俺が知っている三つの箱以外にも、箱は確認されていたようだ。書類一枚に一箱記載されているとすれば、その数、三十個あまり。そのどれも、持ち主死亡の後、正体不明の呪物として組織に回収されているようだ。
 書類を並び替え、一番古いものに目を落とす。
 箱の所有者の名前は、『染井川 等』。

「これ……」
「俺の父親だ」

 俺が書類を並べ替えた辺りから早々に勘付かれるのを悟っていたのか、俺が呟くと同時に染井川さんが答えた。視線だけ上げて染井川さんの方を見るが、コーヒー片手に書類を読んでいて、それ以上は何も言ってくれない。
 染井川さんの父親が、最初の箱の被害者。読むのに若干の躊躇いを感じたが、往々にして一番最初にこそ何らかの意図が強く隠れているものだ。読まない訳にはいかない、と自分を叱咤し、調査書類の文字を追った。
 日付は十七年前。染井川 等、宗教団体『未来の息吹』の教祖。遺体発見後、現場で箱に触れた警察官が次々大怪我に見舞われ、組織に箱が持ち込まれる。箱自体はよくあるコトリバコを模した物と思われ、本部にて神子が浄化の後、廃棄。
 ここまでは相当古いものだったのか、手書きの書類をコピーしたように文字がガリガリに削れていた。その下に、後から書き足されたのか、筆跡の違う字で『同一作成者と思われる箱が複数発見される。案件名『木箱』として要ファイリング』と記載されていた。
 おそらく染井川さんの父親は呪物に触れてしまったのだろう。しかし、他に箱に触れた警察官達に死亡者は居ないようだ。何故彼だけが死亡したのか。
 書類の二枚目を捲る。一個目の箱発見から一ヶ月後。箱の所有者は四十代女性、首吊りによる自殺。警察に怪我人数名。
 三個目の箱、所有者は十八歳男性。投身自殺。箱に触れた警察官一名のみ軽傷。
 四個目、所有者は八十代男性、線路に飛び降り自殺。箱に触れていない警察官と現場近くに住む一般人含め十数名が意識喪失等の急病で搬送。死者無し。
 五個目、所有者は五十代男性、首吊り自殺。箱に触れた警察官数名が頭痛等の体調不良。
 六個目、所有者は二十代女性、手首を切って自殺。箱に触れた警察官及び所有者の親類に心神喪失者が発生。現在も病院に入院中。
 二個目から六個目の箱の発見まで、二週間以内。発見の日付に規則性は無く、それぞれの箱の所有者達の共通点といえば、死亡した事と、関東在住という事だけ。箱による被害状況もまちまちだ。
 七個目の箱は、六個目から半年後だった。今度は急に間が開いた。所有者は六十代男性、服毒自殺。県議会議員、と太字の上アンダーラインまで引かれている。木箱の前例を覚えていた警察官が触れる前に組織に連絡を寄越した為、警察官に被害は出なかったらしい。
 次の八個目はまた一年後。そこから年に一個か二個のペースで見つかり、そのどれもが所有者死亡後に発見されていた。その数、去年までに二十八個。
 所有者が生きているうちに発見出来たのは、俺と蛍吾が見つけた箱が初めてだったようだ。
 それに、この調査書を見る限り、所有者以外の死亡例はゼロ。あの現場で箱を先に見つけていただろう染井川さんが俺たちに箱と対決させようとしたのも、この大量の前例があったからだと気付いた。死なないと分かっていたからこそだったのだろうが、俺たちの見つけた箱だけは違っていた。
 アレは、殺せるなら俺たちを殺していた。志摩宮が居なければ、あの現場にいた全員を全て、情け容赦無く。あの白い手を思い出す。あれは神になるはずだった。神の成る寸前の何かを、志摩宮が箱ごと壊したのだ。
 それから、時系列はあの箱より少し前に作られていただろう、俺に憑いた女の霊が持っていた箱。彼女も自殺だった。彼女は呪っていた。箱に呪いを掛けるように手首を切った血を箱に注いでいた。しかし、その箱は警察に採取もされず自宅に放置されていた。回収した組織の人間も特に怪我など無かったらしい。
 そして、昨日の箱。アレには、完全に居た。何が居たのかは分からない。だが、アレは成っていた。神かどうかは分からないが、明確な意思を持った何かだったのは確かだ。
 今まで見つかった箱の中で、俺達が関わった二つだけが異様なのだ。
 呪殺を生業としている術師だとしたら、箱を渡した人間を殺すだけなら死亡後には回収するだろう。呪物の回収を考えないなら、同一人物が作成したと分からないよう全く違う形にするべきだ。
 連続殺人犯なら、もっと被害者や殺し方に共通点がある。
 呪物の作成難度を鑑みて、大量殺人も行える筈なのにそれもしない。箱の発見期間もまちまちで規則性も無さそうだ。
 箱については、素材は十七年前の一個目からほとんど変わっていないらしい。杉の端材を組んだ箱に、『燃焼防止』と『硬度強化』の紋。
 組織の紋が掛かっていることから、当初は組織内部で犯人探しが行われ、自白効果のある香を焚いた本部で全員を聴取したが犯人らしき構成員は居なかったと書いてある。
 ガワに対して、箱の中身は爪や髪の毛から胎盤、臍の緒、指や動物の死骸まで、多岐に渡っている。中身が人体の外部に行くほど箱の被害が小さく済んでいるくらいしか分からない。
 作成者の意図が読めない、と染井川さん達が頭を悩ますのも納得出来た。
 大人が雁首そろえて唸ってんのに、俺なんかが分かる訳ないって。
 書類を膝に置いて、目を閉じて伸びをした。染井川さんは、気付いた事があったら言えと言っていた。考えるのは染井川さんがやってくれる。染井川さんの方が頭良さそうだし。なんでもいい、俺は何か変な所を探せばいい。
 変といえば、最初の年だ。一個目はまあ、試作品だろう。そこから一気に五個。一個目を作った後に一ヶ月で五個作って、バラ撒いた。一個目に比べたら、被害者数は格段に増えていて、呪物としてはレベルアップしているように思う。
 なのに、その五個の後は、半年後。それも一個だけ。そこからは数を増やさず、年に一、二個だけ。一ヶ月で五個作れるなら、量産出来ないという訳でもないだろうに。
 何故少なくしたのか。量より質というなら、中身や掛ける紋が変化していてもいい筈だ。作るのに時間が掛かるのではないとしたら、何の為の時間なのか。

「あ……」

 一つ気付いて、書類を捲った。あの、神の成り損ないが出た箱。アレを所有していたあの奥さんは死んでいないと書いてあった。ただ、本部で聴取中に心神喪失状態になって入院中と書いてあった。その聴取の内容が、俺に渡された書類の中には無い。

「染井川さん、この人の聴取の内容が見たいんだけど」
「どれだ」

 俺が染井川さんのデスクまで行って書類を見せると、机の上をごそごそと漁ってすぐに一枚手渡してくれた。乱雑なようで、置き場所は把握しているというタイプらしい。

「何が気になった?」
「いや、あの神様が出た箱、アレ、いつから持ってたのかと思って」
「いつから?」
「あの箱が吸おうとしてた邪気を奥さんの守護霊が横取りして、守護霊婆さんが相当強くなってたから。少なくとも一年以上は持ってたんじゃないかと思って」

 聴取の内容を俺と染井川さんで肩を並べて読んでいくと、『箱の入手は友人の少女殺害前』と記載されていた。
 つまり、十数年前に作成されたという事になる。しかし、彼女は自殺せず箱を所有し続けていた。

「箱に触ったら自殺する、ってわけでもない……のかな」
「触れた最初の一人が自殺、って呪物では無ぇってことだな」

 触れてもすぐに自殺する訳ではない。所持していても死なない、というのが引っ掛かって、もう一つ思い出した。

「志摩宮の幼馴染の……」

 書類を捲って取り出し、染井川さんのデスクに置いた。『小野谷 悠眞』。彼が所持していた箱を志摩宮が盗んで、本人は染井川さんが身柄を拘束したと書いてある。

「こいつの調書は? 何か喋らなかったの?」
「本部に連れて来た途端に呆けちまって、何も喋らなくなった。こいつ自身に本部に入ると頭がイかれちまう紋が掛けられてた」
「死んではないけど心神喪失、か……」

 術師について聞けないなら死んだも同然だ。
 頭を振って、また違う方向から考えてみることにした。
 作成日が古い箱といえば、俺に憑いた女の霊の箱は、どうだったのだろう。それも聞いてみると、書類を探すまでもなく、頭に入っているのか染井川さんは口頭で答えてくれた。

「あれは、器としては完成してた。が、神になるものが何も入らなかったからなのか、空っぽだったな」
「ウツワ?」
「前にも言ったろ、神様ってのはバカでかい霊力の塊みたいなもんだって。神様を顕現させるには、それなりの大きさの器が必要なんだ。言うなりゃ、お前ら神子なんかは器の成り損ないだな」
「器の……成り損ない」
「こっちに出てきてんのは、神様のほんの一部でしか無ぇんだ。全部こっちに顕現なんてさせようとしても、人間じゃ到底足りねぇ。神様が手加減して、神子に見て貰えるように自分の少しだけをこっちに現してる状態なんだ」

 うーんと悩んでみるが、やはり何も考えつかない。

「神様の器を作りたかった?」
「なら何で『出来てる』昨日の箱を本部に寄越したんだ。完成してるんだから自分で持ってりゃいいだろう」
「他の器を壊して、自分だけで神様を独占しようとしたとか」
「だったらお前も殺さないと駄目だろ」
「俺の神様はレベル低いから見逃してくれたとか」
「そもそも神は死なん。神子は死んだが、神らはこっちに顕現出来なくなっただけで死んだ訳じゃない。だから他に神子を見繕えばまた顕現してくるぞ」
「えー……、あ、じゃあやっぱり組織の壊滅が目的だったとか。組織から追い出された人が恨んでて、野良の神様投げ込んで組織をぶっ壊したかった」
「だったら地方の組織にも何個か箱を投げ込む筈だろ。被害があったのは本部だけだ」
「じゃあもうシンプルに、神様を作りたかっただけ。作ったら手に負えなかったから組織に丸投げしたら組織でも駄目でしたー、みたいな」
「作りたいだけなら呪物にする必要無いだろ。それに、箱を配ってどうする」
「色んな人に配って、色んな神様を見たかった?」
「そんなん本部でいくらでも見れるだろうが」
「組織にいた時は下っ端で見られなくて……」
「そんな奴にあの箱は作れねぇよ」

 俺の回らない頭じゃ悩んでも無駄とばかりに、気になった事を矢継ぎ早に口に出した。染井川さんがそれにツッコミのごとく指摘を入れてくれる。
 結局何を言ってもピンとこなくて、頭を掻き毟って「あ~~もうっ」と唸った。
 俺と染井川さんのやり取りを斜向かいのデスクから盗み見ていた構成員の男の人が、恐る恐るといった体で片手を挙げて、

「あの、コーヒー淹れますが、飲みますか……?」

 と、声を掛けてきた。
 俺たちの喧嘩腰みたいな応酬に気を遣ってくれたのだろう。有り難く頷くと、その人は隣の部屋に小走りで駆けていった。なんか見たことのある顔のような……。

「お前、本当に人に興味無ぇんだな」

 誰だっけ、と首を捻ったら、染井川さんが軽蔑するみたいな顔をするので肩を竦めた。

「よく言われる」
「あれ、沖だぞ」
「オキ、オキ……ん? あの箱の時の新人運転手さん?」

 どおりで見覚えある筈だ、と手を叩くと、森さんが噴き出した。

「ああ、いえ……。染井川さんが静汰くんにキツく当たってたの、静汰くんの記憶に残るって点では有効だったのかなって思いまして」
「あー、確かに。組織の人で俺が覚えてるの、蛍吾といつもの運転手さんと染井川さんだけだもん」
「その、いつもの運転手さん、のお名前は?」
「……」
「染井川さん、有効でしたよ。良かったですね」
「頭痛くなってきた。煙草吸ってくる……」

 沖さんがコーヒーを淹れに席を立った事で休憩時間のような雰囲気になり、染井川さんと他の部下の喫煙者の人たちはゾロゾロと部屋から出て行った。森さんも一度ぐっと身体を伸ばすと、「そろそろ蛍吾くん起こしてきますね」と部屋を出て行った。
 時計を見れば、部屋に来てからもう二時間ほど経っていた。集中して書類を読んでいたから、ほんの三十分くらいの感覚だったのだが。
 ズボンのポケットからスマホを取り出すと、メッセージアプリに志摩宮からの連絡が溜まっていた。
 置いていった怒りから始まり、心配、そして心配。返事をしておくかと一番下までスクロールすると、『文化祭の片付けで令慈に呼ばれたので学校へ行ってきます』というのが最後だった。
 片付けなんて週明けでもいいだろうに。俺を心配しつつも呼ばれたら行くというのが根が律儀な志摩宮らしい。あいつ、不良ぶってるけど常識覚えたら普通に良い奴だろうな。
 学校という単語で猫又の事を思い出し、俺の身の安全が確保出来そうなら話を聞きに行きたいと思う。箱を持ち込んだ人物についても、何か知っているかもしれない。


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