神は絶対に手放さない

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神を裏切り貴方と繋ぐ

Sー29、執心より強いもの

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 夕飯を食べ終え、いつも通り二人で風呂に入って、同じ寝床で寝る。「エッチしなくていいの?」と聞いたら、やっぱり拳骨が降ってきた。あんまり殴らないで欲しい。もっと馬鹿になりそうだ。

「っ、痛、って」

 夜中に目が覚めて、トイレに行こうと布団から出ようと起き上がったら、骨が折れそうな強さで腕を掴まれてビックリした。隣を見たら、染井川さんが目を爛々と光らせて俺を睨んでいて二度驚く。

「ちょ、染井川さん、トイレだって」

 どうしたんだよ、と染井川さんの手の甲を撫でたら、少し驚いたみたいな顔をしてから、手を離してくれる。もしかして、寝てる間に逃げるかと思って不安で寝られなかったんだろうか。
 可愛い、と染井川さんの唇にキスして、彼の手を引っ張った。

「心配なら一緒に行く?」
「……寒いからいい」

 割と寒がりらしい染井川さんは掛け布団に顔を埋めて俺の手を追い払う。一瞬可愛いと思ったのに、本当に強情だなこの人。逃げないでって素直に言ってくれれば、逃げないよって約束してあげるのに。
 トイレに行って戻ってきて、掛け布団だけ自分のを引き寄せて染井川さんのと重なるように掛けて染井川さんの方の布団に入った。寝入りは抱えて寝る癖に、意識が落ちると俺を布団から蹴り出しやがる。だから二つ布団が必要なのだ。

「まだ起きてんだったら、寒いからぎゅってして」

 甘えて染井川さんに擦り寄ったら、すぐに腕が伸びてきて俺を抱き締めた。胸の中に隠そうとするみたいな仕草にきゅんとしてしまう。やっぱり可愛い、と俺も染井川さんの背中に腕を回した。

「……夏の、浄霊会」

 うつらうつらし始めた頃に染井川さんの声がした気がして、目を擦って顔を上げる。薄闇の中、染井川さんは薄ら笑って俺の頭を撫でた。ゆっくり、何度も。優しい手の感触に目を閉じ、染井川さんの胸に額をつけた。

「一日目か、二日目か……、あのボウズにキスされて、動じてねぇお前を見て、ああコイツ男もイけんのか、って思って」
「……?」

 ボウズ、って、志摩宮の事かな。志摩宮にキス? されたっけ……。
 うーんと思い返してみて、そういえば寝呆けた志摩宮に口移しでお茶を飲まされた事があったような、と思い出す。これってもしかして、いつから俺を好きだったのかを聞いた、その答えなんだろうか。

「その日の夜から、お前ばっか夢に見んだよ。偉そうなクソガキの癖にやたら色っぽくて、たまーに可愛いくて……」
「夢」
「犯して泣かせて首輪で繋いで……夢だからやり放題だったな」
「ひぃっ」

 そうだった、この人めちゃくちゃ変態なんだった。ドン引きして震える俺を笑いながら撫でて、染井川さんは俺の体を引き剥がした。

「結果的に、我慢が効かなくて現実にしちまったけどな。……まあ、その分、俺の最後の弟子として全部教えてやるよ。トナリグミじゃなくても、何処ででもやっていけるように、みっちりシゴいてやるからな」

 楽しそうに笑う染井川さんは、すごく怖い。というか、弟子?
 俺が引き攣りながら笑みを返すと、「だからもう寝ろ」と俺を隣の布団に押し戻そうとしてくる。染井川さんの寝巻きを掴んで抵抗するのに、その指を剥がされて口付けられてから軽く噛まれた。

「明日から、仕事に連れて行く」
「え……」
「ちゃんと出来たら海鮮丼でもなんでも食わせてやるから、しっかり働けよ」

 指を舐められて微かな性感を刺激されたのに、染井川さんはそれ以上をする気は無いみたいで。俺の掛け布団を直して、目を閉じてしまった。整った寝顔が、じきに深く穏やかに呼吸し始めるのを聞いて、染井川さんが寝られるのなら、と俺も目を閉じた。










 ハッ、ハッ、ハッ、と犬みたいに荒い自分の息がうるさい。
 山の中を走り回り始めて、もう何時間経ったのか。夕陽が沈むタイムリミットまで、あと何分残っているだろう。一番星が光り始めた空を見上げて必死で呼吸を整える。
 朝ここに連れて来られた時には、既に山の周りには円形に結界の呪札を張り巡らせてあった。染井川さんがわざわざここまで追い込んでおいたという、いわば猛獣の待つ檻の中に蹴り入れられてから、仕事の内容を聞かされた。
 ツチノコ約五百匹。それを、夕暮れまでに完全討伐。
 完了出来れば夕飯は漁港まで出て新鮮な海鮮丼。失敗すれば家でカップ麺だと言われ、慌てて駆け出してから、やっと四百九十匹を数えたばかりだ。

「……あっちに、三匹……っ」

 一瞬だけ霊視を入れて、すぐ切って走る。異界の門が近いせいなのか、視界を変えたままだとツチノコ以外も視え過ぎてかえって邪魔だから、霊視はほとんど切っていた。
 ただの動物の変異種だと思っていたツチノコは、染井川さん曰く物の怪なんだそうだ。細長い体で、しかし鱗は無い。神の化身としても名高いほど神性の強い生き物である蛇に姿こそ似ているが、実際は邪気の塊だ。横に長く伸びた口と鋭い牙で人や動物の頭だけを噛みちぎって丸呑みするのが好きで、捕食後の姿を見た人間がツチノコの形状を言い伝えた結果、頭が大きく尻尾がある、あの形として広まったらしい。
 斜面を駆け下りながら、「標高的には丘だ」なんて言っていた染井川さんに恨み言が湧く。
 外側から見た時は確かに森に毛が生えた程度の高さしか無さそうだったのに、いざ中に入ってみれば、中央がすり鉢状に凹んだ奇妙な山で、移動するとなると降りるか登るかの二択になる。
 来る途中の量販店で買い与えられた新しいジャージは切っ先の鋭い雑草で既にボロボロで、土泥の汚れだけでなくあちこち穴が開いていた。

「うぉっ」

 土の柔らかい所を踏んでしまってズル、と足を滑らせ、竹の葉で脹脛を切った。鋭い痛みが走って呻くが、止まっている暇は無いので走り続ける。治癒の紋を使えばすぐ治るだろうが、霊力が残り少ないから節約しないと怖い。家の紋を破る練習で、自分の霊力量を把握出来るようになっておいて良かった。
 一緒に買ったスニーカーも泥だらけで、メッシュ部分は破れ始めている。染井川さんが「底の厚いのを選べ」と言った意味が分かる。折れた木やら謎の金属ゴミやら、不注意に踏んだら歩けなくなりそうな物が大量だ。
 最初はいちいち治癒していたが、少ない霊力を治癒に回すくらいなら、身体強化で足の速さを上げた方がいいと判断して治癒は切っている。終わったら染井川さんがなんとかしてくれるだろう。次の仕事の前に治癒系の呪札をたくさん用意しておこうと心に決めた。
 走る途中で結界の紋を飛ばして染井川さんの呪札と繋ぎ、移動しながらツチノコの逃げ場を狭めるのも忘れない。
 最初は数が居たからやみくもに追い掛け回しても余裕だと思っていたが、残り少なくなってきた頃から急に姿を見せなくなってしまった。腰丈もある雑草の中や木の上に巧妙に隠れ、俺をやり過ごそうとする個体が多くなってきたのだ。物の怪は霊と違って昼間も存在出来るが、闇の中でこそその本領を発揮する。あと数分逃げ切られたら、陽が落ちて俺の負けだ。結界で外に出る事は叶わなくとも、一気に襲われたら疲労困憊の俺を殺す事くらいは出来るだろう。
 あちこち噛まれて、止血はしてあるが酷く痛む。もしかしたら毒も持っているのかもしれない。

「そこかっ」

 木の枝の上から俺を噛もうと降ってきたツチノコに壁の紋を投げた後、破邪の紋で焼く。重力のまま落ちてきた、一見して蛇にしか見えないその亡骸を掴んで半分に折った。
 あと九匹。
 神子だったらこんなの、経唱えて範囲浄化で一発だったんだけどな。頭にチラッと考えても意味のない事が過ぎって、頭を振って消した。
 浄化を使いたいのはやまやまだが、できればまだ温存したい。破邪と浄化は似ているようで違う。破邪は邪気を持ったものを全て焼く。消費する霊力は少ないが、紋一個につき一匹しか掛けられないし、息の根を止めるまでに若干時間がかかる。浄化はもともと邪気を持っていないものが邪気で穢れてしまった時、それを生かしたまま祓う為に使うので、消費する霊力が馬鹿でかい。代わりに紋で指定した範囲内を一瞬で浄化してくれる。
 霊視にチャンネルを合わせ、近くにいるはずのツチノコを探す。さっき視た所に四匹集まっているのを見て、霊力を籠めて大きめに六方の壁の紋を飛ばした。捕られられた事に気付いたツチノコ達が壁に向かって突進して、俺の紋にヒビを入れるのを見て焦る。急いで破邪の紋を四つ飛ばし、箱の中のツチノコが動かなくなったのを確認して、もう一度霊視を入れた。
 夕陽はもう落ちかけている。鬱蒼と繁る木々で、もうまともな視界は確保出来ていない。
 この中で、あと数分を待って逃げ続ける三十センチ程の茶色のツチノコをあと五匹。いや、無理。絶対無理。
 足を止め、呼吸を整える。足で追うのはもう無理だ。霊力が足りるかは分からないが、一か八かに懸ける事にした。
 今まで張ってきた結界の残りの範囲にだけ、壁の紋を重ね掛け。そして、そこに残りの霊力全て注ぎ込んで浄化の紋を付与していく。
 無くなるギリギリまで使った事はあっても、霊力を完全に枯渇させた事は無い。普通の人間は霊力が全く無くても死なないらしいから大丈夫だろうとは思うのだけれど、全て注ぎ込むと酷い目眩がした。
 ギィ、ギャア、とツチノコの断末魔の悲鳴を数え、それがキッチリ五匹聞こえて、その場にへたり込んだ。
 陽が落ちる。太陽の端が地平線に沈んだのか、木々の隙間から見えていたオレンジ色を追うように薄青の闇が落ちていく。

「海鮮丼……」

 俺の頭にあったのはそれだけだ。新鮮な海鮮丼が食える。
 染井川さんへの文句は大量にあったけれど、とにかく海鮮丼がお腹いっぱい食べられるなら許そう。それだけでいい。
 座り込んで動けなくなった俺の背後から、ガサガサと雑木林を掻き分けて足音が聞こえる。やってやったぞ、と睨み上げるのに、スーツの足に葉っぱを付けた染井川さんの手には、まだ生きたツチノコ。

「……あれ?」
「失格な」
「うえええええーっ!?」

 手の中のツチノコを握り込んで絶命させた染井川さんは呆れたように大きな溜め息を吐き、ダン、と足を踏み鳴らした。結界の中一帯に浄化の光が溢れ、暗くなった筈の辺りが眩くなって目を細めたが、それも一瞬で終わった。
 え、ちょっと待って、今の足で浄化出したの、どうやったの。聞きたいけれど、今聞いても覚えていられるか自信が無い。後で聞いて、やり方をまた紙に書いてもらおう。
 闇が戻ってきて落差に目を瞬かせる俺の腕を掴んで、染井川さんが助け起こしてくれた。

「プラス三匹」
「へっ。五百匹じゃなかったの?」
「ちょうどだなんて言ってねぇぞ」

 数え間違ってたのかと思ったら、どうやら最初から思い違いをしていたらしい。口を開けたまま放心する俺に面倒くさそうに肩を貸して、染井川さんは歩き始めてしまう。身長差のせいで爪先しかつかなくて足が縺れた。染井川さんに寄り掛かってシャツの胸あたりを掴むと、俺を見下ろした彼の目が細められる。

「判断が遅い。十数匹まで追い詰めた時点で範囲浄化に切り替えるべきだった」
「う……」
「残ってた三匹は結界と結界の隙間に残ってたぞ。詰めが甘い」
「……うー」
「うーじゃねぇ、返事はハイだろ」

 はい……と渋々返事すると、額あたりを前髪ごと雑に撫でられた。

「最初から範囲浄化に頼らずに霊力を節約して足使ったのは褒めてやる。俺の結界利用して呪札に結界紋絡めたのもなかなか良い」

 わ、褒められた。嬉しくて顔が熱くなる。にへ、と緩んだ頰を、しかし撫でてくれた指に抓られた。

「いだだ」
「だ、が、な。いくら終われば俺がカバーしに来るって分かってたからって、霊力全部消費すんのはやり過ぎだ。他の物の怪が狙ってたらどうする? 現に残ってたツチノコはお前食おうと近寄ってきてたからな?」
「ハイ……」

 疲れ過ぎて、抓られて痛む頬を撫でる力すら残っていない。海鮮丼が食べられない事が確定してテンションもだだ下がりだ。染井川さんに引き摺られるままに山を出ると、車の助手席に押し込まれた。勝手にシートベルトを締められて、染井川さんは少し車を移動させて近くの寺の駐車場に停まる。

「報酬受け取ってくるから、お前は待ってろ」

 はぁい、とシートに凭れたまま染井川さんを見送った。石段を登っていく後ろ姿を眺めながら、鍵掛けていかないんだなぁと無用心さを笑う。
 窓の外はもう暗い。寺の隣には数軒の民家が建っており、窓から光が漏れていた。少し離れた場所にも、ぽつりぽつりと家の灯りが見える。
 今なら逃げられるんだよなぁ。
 染井川さんの家に帰ってからもう一度脱走するとなると、あの山の中を降りなければならないけれど。今なら、この車のドアを開けて民家まで走って、警察を呼ぶなり、蛍吾に連絡してもらうなりして貰えばいいだけだ。
 入れっぱなしだった霊視で、車に余計な紋が掛かっていないのを確認した。ドアのノブに手を掛けてみる。これを開けて、走るだけ。出来るだろうか。逃げるなら、染井川さんが行ったばかりの今が良い。悩めば悩むだけ、染井川さんが戻ってきて見つかる可能性が高くなる。
 どうする、俺。
 なんて、考えてみて、ふふっと笑ってしまった。するわけがない。だってあの人、俺が居ないの見たらきっと泣くし。黙って泣いて、探しにも来ずに家に帰っていくに決まっている。あの、山の中の、一人きりの家に。

「やだなぁ」

 嫌だよなぁ。目が熱いと思ったら、目頭から涙が伝ってきた。
 こうして外に出て、逃げられる状況に置かれて、俺の心にあった、考えないようにしていたものが涙になって溢れてきていた。
 近い将来、染井川さんは死ぬ。二年以内には、と染井川さんは言っていた。まるで早ければ早い方がいい、みたいな言い方をした彼を思い出して、ぶわ、と視界が歪んだ。そんなの嫌だ。一人にしたくない。一人残されたくなんてない。
 手の中に掴んでいる時は逃がさないと言う癖に、離した隙に逃げても追ってはくれないだろう。外に出したくないと言った癖に、こうしてほんの数ヶ月で出してしまっているように。強い言葉で俺を縛ろうとする癖に、それが叶わなくても怒る事さえしてくれない。
 染井川さんは、諦める事に慣れている。達観じゃない。諦念だ。箱の霊力が無くなればそれが俺の寿命だと、自分に言い聞かせて諦めるのに慣れすぎて、他人にすら期待出来ないでいる。
 生きている間だけ自分の傍に置いて、死んだら放逐なんて、なんて身勝手な人だろう。けれど、俺にはどうしようも出来ない。染井川さんだって何年も探したに違いないのだ。今の俺では何をするべきかも分からない。
 徹頭徹尾、強姦魔でいてくれたら良かった。優しくしないで、俺を犯すだけの変態で居てくれたら、こんな思いをしなくて良かったのに。好きになんてならず、染井川さんの前でだけ彼を好きなフリをする、染井川さんの求めている俺でいられたのに。
 涙を拭う気も起きず、流れるままに涙が落ちていくのを見る。
 外に出たら、もしかしたら逃げる気が起こるかもと思っていた。保身を考えて染井川さんを好きだと錯覚しているだけで、安全に逃げられそうな瞬間がくれば、俺は染井川さんを裏切ってすたこらさっさと逃げ出してしまうのでは、と。
 打算的な俺はどこにいったのだろう。逃げるどころか、早く染井川さんが帰ってきて欲しいなんて思っている。
 なかなか涙が止まらなくてそろそろ重い腕を上げて服の袖で拭おうかと思っていたら、運転席のドアの前までいつのまにか染井川さんが戻ってきていた。顔を上げてドアを開けた染井川さんと目が合って、彼が驚いたように目を剥く。

「……お前、そんなに海鮮丼食いたかったか」
「は?」

 急に何を言うのかと思ったら、どうやら染井川さんは俺が泣いているのを、海鮮丼を逃したからだと思ったらしい。大きな掌に涙を拭われて、触れられた事で肌がぞくりと粟立つ。

「ばか」
「あ?」
「染井川さん、ここでして」

 は? と眉を上げる染井川さんの腕を引いて、車の中に引き摺り込んだ。乗り込もうとしていた染井川さんの後ろ手がなんとかドアを閉めて、ベルトを外して運転席まで身を乗り出した俺は彼に強引に口付ける。染井川さんの肩をシートに押し付けて彼の上から唇を吸うと、皺の寄った眉間がぴくぴく震えた。あ、俺が上なの、新鮮。

「何言ってんだ、おい」
「今さぁ、すっごいシタい気分なんだよ」
「馬鹿、お前まだ怪我も直してねぇ……」

 まだ何か言おうとした染井川さんの舌を噛んで、唾液を垂らしたらビクリと震えた。ちろちろと舌を合わせながら唾液を飲ませると、薄闇の中で染井川さんが酔ったような顔で吐息を漏らす。これ、好きか。可愛い、と唇を押し付けてもっと唾液を移した。喉に触れると、染井川さんが俺の唾液を飲み込んで喉仏が上下して興奮した。
 もっと、とセンターコンソールを跨いで染井川さんの上に跨がろうとしたら、急に身を剥がされた。顔を赤くした染井川さんが、俺の頭にチョップする。

「こ……んの、ガキッ! この車は認識阻害もなんも掛けてねぇんだぞ! 人が通ったら丸見えだろ馬鹿が!」
「にんしきそがい?」
「掛かってると思ってしてる訳でもねぇのかよ!」

 二発目のチョップの手を掴んで、その指を舐めた。ちゅる、と音を立てて咥えたら、染井川さんがぶるっと震えて信じられないみたいに手を振り払われてしまった。

「……俺を好きなのは、家の中だけ?」
「ちが、お前、……お前なぁっ」

 染井川さんはかなり動揺してるみたいで、申し訳ないけれど笑ってしまった。ふはは、と気の抜けた笑い声を上げる俺を見て、頭痛がするみたいにこめかみを押さえている。

「そんな食いてぇなら明日連れてってやるから、悪質な悪戯するんじゃねぇよ」
「イタズラじゃないよ? したいのは本当だし、でも海鮮丼も食べたい」
「お前、食欲と性欲が連動してるとかじゃねぇよな?」
「じゃあすれば食欲収まるかもね。試してみよっか」
「マジでやめろこのクソガキッ……収まりつかなくなんだろうが!」

 ね、と性懲りなく染井川さんの上に乗り上げようとした俺を腕で突っぱねて、染井川さんが怒鳴る。暗い中でも真っ赤だと分かる彼の顔から視線を下に向ければ、しっかり主張した股間が目に入った。

「なんだよ、染井川さんだってしたいんじゃん」
「お前が! キスしてくるからだろうが!」
「そうだよ。俺がしたいからキスしてんの。染井川さんもしたくて勃ったんでしょ。だったらしよーよ」

 染井川さんのしっかり硬くなった股間をスラックス越しに揉みながら首を傾げて可愛こぶってみせると、染井川さんは天を仰ぐみたいに上を向いて呻いた。

「お願いだから、家に帰ってからにしてくれ……」

 怒りとか焦りを通り越して虚ろになってしまった様子に、なんだか可哀想になってしまった。そんなに車でするのは嫌なんだろうか。変態の癖に、謎な所で潔癖だ。
 分かったよ、と助手席に体を戻してシートベルトを装着すると、染井川さんもノロノロとベルトをして車を出した。


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