神は絶対に手放さない

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神を裏切り貴方と繋ぐ

Sー37、想うからこそ

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 何日経ったのか、記憶が曖昧で正確に分からない。
 徹さんのところに居た頃の癖で朝日の回数を数えていた筈なのだけど、志摩宮が昼夜無く抱き潰すせいで夜が明けない事が数回あった。四回目に目を覚ました時にやっと、日を跨いで次の夜なのかと気付いたのだけれど、どこからどこまでが同じ日の出来事なのか判断出来ず、結局数えるのを諦めてしまった。

「静汰、何か食べたい物ありますか」
「……徹さんの作った炒飯」
「炒飯ですね。買ってきます」

 じゃあ行ってきます、と部屋を出て行く志摩宮の背を見送って、幾分か細くなった腕を見下ろす。徹さんと住んでた時は食べ過ぎなくらいだったから、今くらいがちょうどいいかもしれない。学校に通えていた頃の体型に戻りつつあって、しかし体力も減っているのか体を起こすのすら怠い。

「シマミヤ、これ外して」

《 嫌だよ 》

 俺を監視するみたいに常に傍にふわふわと浮いている神様は、痩せていく俺を心配しているのか透ける腕で俺の身体をまさぐって何か確認しているようだ。
 やっと二つの感情が同時に在ることに慣れてきたので、混ぜ返すような真似はやめてほしい。志摩宮には悪いが、俺の徹さんへの想いは自分で思っていたより強かったらしく、現状では志摩宮への好感度より徹さんへの恋の方が勝っている。それでも、志摩宮を好きなのも事実なので、触れられれば志摩宮の事しか考えられなくなってしまう。
 今さらまた混乱させられるのは嫌だと睨んだが、シマミヤは俺の心を混ぜる事はせず、ただ体の健康チェックをしたようだった。

《 静汰、もっと食べて。いざって時に動けないよ 》

「いざ、ってどんな時さ」

《 ここから出る時とか 》

「出してくれんの?」

《 まだ無理だね 》

 志摩宮は食事の時以外はずっと俺と繋がっていたいらしく、酷使された俺の体はとっくに限界を越えて横になっているのがやっとだ。俺を心配するならあいつを止めて欲しいのに、シマミヤは寂しげに笑うだけでそれはしてくれない。
 まともに会話出来る度でいったらシマミヤの方がマシで、だから志摩宮が不在のうちにシマミヤを丸め込んでしまえないかと喋るのも怠い舌を動かしてなんとか言葉を繋ぐ。

「まだ、ってことは、なんか条件があんの?」

 俺が訊くと、シマミヤは目を眇めて俺を見た。心配そうだった顔が薄い微笑みに変わり、俺の傍まで寄ってくる。

《 願いを叶えるには、相応の対価が必要だよ 》

 見定めるような表情に、ああこいつ本当に神様なんだ、と背筋に怖気が走った。
 待っていたのだ、俺が言い出すのを。俺の願いを叶える代わりに、俺に何かを差し出させるのを。

「何をすれば、ここから出してくれる?」

《 静汰。静汰の願いは、それじゃないだろ 》

「え……」

 目下の願いといえばそれくらいなんだけど、と呆けてから、改めて考えた。
 俺の願い。神様に願うくらいしか、解決できないこと。
 すぐに心当たりに辿り着いて、ハッとして飛び起きてシマミヤの肩を掴もうとして、手が空を切る。

「徹さん、救えるのか」

 俺の言葉に、シマミヤは黙ったままだ。出来るとも出来ないとも言わない。という事は、大事なのはそれに払う対価だ。何を差し出せば徹さんを救えるのか。
 徹さんはたぶん、生まれてすぐに今生分の魂を使い果たしている。本当なら次の輪廻へ巡っているのを徹さんの父の魂を使うことでどうにか繋いできただけで。だとしたら、差し出す対価は。

「俺の、残りの寿命……とか?」

 呟いたら、シマミヤはガク、とあからさまに肩を落として、それから大きく首を振った。

《 あのねぇ。そんなの俺が欲しがるわけないでしょ。っていうか、静汰の寿命じゃあの人を生かすのに全然足らないからね 》

 生きてるだけで消費量馬鹿デカいんだから、とシマミヤは呆れたみたいにため息を吐いて、指でぐるりと円を描いた。

《 俺が欲しいのは、静汰の魂そのもの。俺の依代になって、これから輪廻を廻る筈だった残り全てを俺にちょうだい。そうしたら、あの人を俺の神子にして体の寿命がくるまでは生かしてあげる 》

「依代……。そっか、その手があったか」

 ポン、と手を打つと、シマミヤは調子狂うなぁ、と苦笑いした。

《 あのね。分かってる? 依代ってのは 》

「知ってる知ってる。神様に魂捧げて、死んでも一生神様の奴隷になるんだろ」

 でも、そうすれば神様の力を自分の力として使い放題だ。勝手にこちらから依代にさせろと強要は出来ないし、神が強要することも出来ないらしいから、前例といっても伝記の中に数人残っているくらいだ。彼らは依代になることで飢饉や災害から土地を守ったとされている。昔は依代になるイコール人身御供として死ぬ、だったから生きた依代の言い伝えは少ないのだけれど。俺もすぐ死ななければならないのだろうか。

《 いや、予約だけでいいよ。静汰が死んだら依代にして魂をもらう。そうじゃないと、静汰の魂だけ手に入れて俺が約束破る可能性もあるでしょ? 》

「え、神様って嘘吐くの?」

《 さあね 》

 そりゃ狡い、と俺が睨むと、シマミヤは腕を組んで首を傾げた。

《 さて、どうする?  あ、ちなみにまだあの人は生きてるよ。静汰との約束通り、復讐なんかせず静かに家で一人で死を待ってる。保って数ヶ月だけど 》

 数ヶ月。シマミヤの言葉に、神様って便利な存在だなぁと笑いがこみ上げてきた。

「なるよ。俺の魂で徹さんが救えるんなら安いくらいだ」

《 ……一生俺と居ることになるよ。好きでもない俺と 》

「好きじゃなくはない。一番じゃないだけで」

 ごめんな、と言ったら、シマミヤは両手で包むように頬に触れてきた。ひんやりと冷たく、温度があるのかと驚く。

《 謝るのは本当は俺の方なんだ。絶対に謝らないけど 》

「シマミヤ?」

 泣きそうなシマミヤの表情に、思わず手を伸ばしてその頬に触れようとする。しかし、俺の手は生身で存在する訳ではない彼を通り過ぎて彼の中に埋まってしまって。瞬間、シマミヤの中身が俺に流れ込む。

「……っ」

 苦しい。憎らしい。俺の方が想っているのに。なんで俺じゃない。どうして俺だけ。俺の静汰だ。俺の静汰にしたい。俺だけの。出来ない。どうして。どれだけ繰り返しても、あの人だけは。あの人にだけは。
 触れた所から鳩尾の下が苦しくなるような感覚が流れ込んできて、反射的に手を引いた。
 なんだ今のは。ドクドクと鳴る心臓を押さえてシマミヤを見上げると、彼はやはり、泣きそうな表情のまま見つめてくる。

《 俺は『嫉妬の神』。嫉妬こそが俺の力の源。……俺が神に成ったのは、静汰があの人を愛したからだ 》

 俺が……なんだって? 言われた言葉を反芻して、シマミヤが何を言いたいのか考えた。
 シマミヤは嫉妬の神。志摩宮が神になったのは、俺が徹さんを愛したから。
 シマミヤの力の源は嫉妬。俺が徹さんを愛したから。

「……俺は最初から、志摩宮とは結ばれない運命だったのか」

 呟くと、視界の範囲外だったところからトサ、と音がした。そちらを見ると、コンビニ袋を床に落とした志摩宮が立っている。

「志摩宮、おかえ……」
「嘘だろ」

 大股で俺の方へ来た志摩宮は、しかし俺ではなくシマミヤに詰め寄った。

「嘘だろ!? だってお前、言っただろうが。静汰を手に入れる為には待つしかない、待ってれば絶対に帰ってくるから、って。もう俺のなんだろ!? 俺の静汰になったんじゃないのかよ!」

 掴みかかろうとする志摩宮の手は空を切り、シマミヤは無表情で志摩宮を見ている。

《 この静汰の心は変えられない。この静汰だけは消せない。他の静汰全てを俺の物にする為には、俺が神に成らないといけないからだ 》

「何を言って……」

《 『お前』は死ぬまで静汰の心を自分だけの物には出来ない 》

 最後通告みたいにシマミヤは断じ、志摩宮から俺に視線を移してきた。

《 静汰。あの人を救いたいか 》

 脱力して床に座り込んだ志摩宮は、俯いてしまってどんな表情か見えない。志摩宮を嫌っているわけではないのだ。傷つけたくはないのに、俺はシマミヤの問いに答えないわけにもいかない。

「救いたい」

 志摩宮を心配しながらも、シマミヤを見上げて答えると、彼は無表情のまま項垂れる志摩宮に手を翳した。

《 では、志摩宮から神子の加護を剥奪し、染井川徹へ与えよう。あの人が死ぬまで、俺は彼が生きる為に必要な霊力を供給し続けると約束する 》

「……っ、待っ」

 顔を上げた志摩宮が声を上げたのに、シマミヤは腕を振って、そして掻き消えた。
 カチ、と首元で音がして、勝手に外れたナスカンから紐が床に落ちる。シマミヤの力で封じられていた感覚が戻ってきて、軽く指に霊力を集めるとポウ、と光が灯った。
 本当にこれで、徹さんが救えたのだろうか。
 シマミヤが嘘を吐く事は無さそうだけれど、確かめる方法は……、と考えて、ふと思い出したものがあった。あの、謎の紋。異界へ行く電車に乗る前、徹さんは片方の謎の紋と紐の紋とを重ねて俺に掛けた。そして俺がもう片方の紋を異界で描いたら、徹さんへと繋いでくれた。あれはきっと、徹さんと俺を表す紋なのだ。
 点ばかりで描くのが面倒な紋の方を描くと、一瞬光って俺の指先で消えた。これだけ煩雑な造りでも描き易いと感じたのはきっと、俺自身だからだ。
 だとしたら、もう一つはやはり。描こうと指を動かすと抵抗する紋を、捻じ伏せるように描ききる。ふわりと浮いた紋は淡く光って、そして一瞬何処かを指し示してから、指先の上でゆっくりと消えた。

「……」

 ちゃんと生きている。
 確信出来たことで、ほうと息を吐いた。良かった。これでもう、徹さんは霊力切れで死ぬことはない。
 目を閉じて、それから開いて志摩宮に視線を戻した。呆然と座り込んだままの彼は、嗚咽も漏らさず涙を流している。

「志摩宮」
「……」

 俺が呼ぶと、志摩宮の目だけが俺の方を向いて、その緑が澱んで濁っているのにとても悲しくなった。この綺麗な緑を濁らせたのは俺なのだ。責任を取らないと。

「また、何も出来なくなった」
「……志摩宮?」
「また捨てられるんですか、俺は。何も出来ないから、何も見えないから、静汰の傍に居られないんですか」

 彼が瞬きをする度、こぼれ落ちる涙が床を濡らす。これだけ想ってくれている志摩宮を捨てる? ありえない。

「捨てないよ、志摩宮」
「だって、あの人のところに行くんでしょ」
「行かない」
「なんで」
「救えたならそれでいい。……ほら俺、捨てられちゃったからさ」

 戻れないでしょ、と笑ったら、がば、と抱き着かれた。腹に顔を擦り付けてくる志摩宮の涙は熱くて、よしよしと彼の頭を撫でた。

「絶対ですよ。絶対、俺の傍から消えないで下さい。もう、絶対」
「絶対だよ」

 約束な、と笑いかけてやると、やっと志摩宮は泣き止んで、それから体を起こして俺の唇にキスしてきた。

「二番目でいいです。静汰がどれだけあの人を好きかはもう分かってます。でも、絶対に俺を捨てないで下さい」
「捨てないって」

 あんまりしつこいと怒るぞ、と眉を寄せると、志摩宮は眉尻を下げてションボリとした顔でもう一度キスしてくる。だからその表情に弱いんだって、俺。
 志摩宮の癖毛をわしゃわしゃと撫で、彼の頬に俺も口付けた。まだ、自分から口にしてやる気は無いけれど、頬にしてやりたいくらいは好きだから。
 『君たちにはやり直す時間がある』と言った森さんの声が蘇る。そうだ、やり直せばいい。例え徹さんが俺の中から消えてくれなくても、彼が傍に居ないなら、志摩宮を実質一番にしてやれる。散々俺とシマミヤに振り回された志摩宮に、それくらいの恩返しはしてやりたい。

「静汰。お願いがあるんです」

 ちゅ、ちゅ、と俺の色んな所にキスしてくる志摩宮に、また抱かれるんだろうかと脱力していたら、不意に話しかけられて薄目を開けた。

「俺に名前を下さい」
「……?」

 名前を?
 意味が分からなくて返事が出来ない俺を、志摩宮は真剣な瞳で見つめて話す。

「俺の下の名前、ショウって言うんです」

 意外と普通の名前だな、と思った俺はしかし、続く言葉に唇を噛んだ。

「消える、って漢字で、ショウです。俺の母親が浮気して作った子供で、さっさと消えろ、早く死ね、って意味なんだって父らしき人から言われたのを覚えてます」

 息を呑んで志摩宮の言葉を聞くだけしか出来ない俺に、志摩宮は甘えるみたいに抱き付いて頬に頬を擦り付けてきた。滑らかな肌に髭が引っかかって少し痛い。そういえば、俺もここ数日髭を剃らせてもらっていない。

「まあそういうクソな名前なんで隠して生きた方が良いって俺の保護者の代理人が色々手ぇ回してくれてたんですけど、そろそろ就職見据えて名前を変える手続きに移ろうって連絡がきまして」
「名前って変えられるのか」
「結構面倒な手続きが必要らしいんですけど、そこらへんは全部やってくれるって。だから静汰に、名前の読みと漢字を考えて欲しいんです」
「責任重大だな」

 そんなの俺に任せていいのか、と聞いたら、目を細めて笑顔で頷かれた。

「静汰に貰える名前なら、なんでもいいです」
「……時間貰ってもいいか」
「半年くらいなら」
「結構少ないな!?」

 半年で、志摩宮の今後一生使う名前を考えるのか。
 唸る俺の頬にまた志摩宮は口付けてきて、それから少し笑って「風呂入りましょうか」と言ってきた。

「え、待って。忘れないうちに考えたいんだけど」
「入りながら考えましょう」
「なんか入れたい漢字とか無いの?」
「特に何も」

 めちゃくちゃ難しいじゃん、と呻く俺を見て志摩宮は嬉しそうに笑った。
 ああ、志摩宮の笑う顔、すごくいいな。笑っていて欲しいな。
 徹さんも、俺が居なくても笑って生きてくれるといいな。

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