67 / 86
神と貴方と巡る綾
03
しおりを挟む「おおー! 見事に木ばっか!」
電車から下車して無人駅の周りを見渡して俺が歓声をあげると、志摩宮は噴き出し、蛍吾は呆れたように頭を押さえて溜め息を吐いた。
「お前、その貧弱な語彙どうにかなんねぇのか」
「え、今さらじゃん?」
「今更ですよ」
「今さらだけどな」
新幹線を降りた駅で昼飯を摂って、そこから鈍行に揺られて一時間ほどだったろうか。
初日の今日にも蛍吾は仕事を入れていて、さっさと片付けてしまわないと宿の夕食に遅れるぞ、と急かされながら駅を出て農道を歩く。
右手に田んぼ、左にはずっと林が続いている。
六月も半ば、最近は雨が続いていたが、今日は降っておらずラッキーだ。雨だと地面がぬかるんで、これから入るような林の中は移動が特に面倒になる。太陽は薄い雲の向こうに隠れていて、長袖長ズボンのジャージ姿がちょうどいい気温だ。
嵩張る荷物着替えなどの荷物は宿に送ってあるから、俺と志摩宮はスマホと財布だけ持った軽装。蛍吾だけは依頼の完了報告の為に写真やら報告書が必要らしく、リュックにカメラやタブレット、それから仕事で使う色々な道具を入れてきている。
「志摩宮、蛍吾よろしくな」
「分かってます」
「いや、俺自分の身は自分で守れっけど」
俺に言われて志摩宮が蛍吾と手を繋いで、けれど蛍吾はその手を払った。志摩宮は目で俺を窺い、蛍吾がいいと言うなら、と頷く。
志摩宮は潜在的な霊力量はこの三人の中で一番多いし、回復も超速い。その霊力は全て自分の身を守る事に使われているとかで、霊的にも物理的にも無敵で、彼に触れていればそのバリアを分けてもらえる。代わりに、志摩宮自身は全くの零感だ。
安全マージンを取るなら志摩宮とくっついていてくれた方が安心なのだけれど、蛍吾も術師なのでプライドが許さないのだろう。
「この辺だっけ?」
事前に地図で確認した感じではこの辺だったかと、途中で林の中に分け入っていく。膝くらいまで伸びた雑草は、柔らかい草ばかりで脚に刺さってこず安心した。
「んー、依頼書では確かにこの辺に小さいお社が……」
「アレじゃないっスか」
志摩宮が指差した先を見ると、雑草の中に埋もれて、腐り落ちかけた木の先端だけが見えていた。慎重に歩を進めてそれに寄って、草を掻き分けて確認すると、屋根だった部分が腐って中の本体が露わになっている。
「ひでー有様」
依頼書によると、元は田んぼの豊作を願って建てられた社だったらしい。けれど、土地の所有者が亡くなってからは国の所有地になって、御神体を祀るようなものでもないからと放置されてきたとか。
依頼者は周辺の田んぼを持っている農家で、最近米の実りが芳しくないのは社の保全を蔑ろにしているからではないかと不安に思ったそうだ。
「失礼します」
社の木に触れ、そこに神やそれに類する存在の気配が無いか確認してから、ゆっくりと本体に触れる。
茶色く煤けた陶器は、しかし指で拭うと白い地色が出てきた。霊力を通わせると、微かに抵抗がある。
「蛍吾、水くれ」
「ん」
予め蛍吾が清めておいてくれた水をペットボトルに入れて持ってきていて、それを本体に掛けて洗った。生成り色の滑らかな陶器を撫でると、少しだけ喜んだような気配が伝わってきた。
「どうよ」
「ん~……まだ付喪神のなりかけ、って感じだなぁ。田んぼの出来には関連しなそうだぞ」
「おっけ。じゃあ、予定通り持ってきた器と交換して田んぼの方に社建てるか」
綺麗にした陶器を清めた布で包んで蛍吾のリュックに仕舞い、林を抜けて田んぼの間の空き地に新しい社を置いた。リュックに入るサイズのかなり小さな物だけれど、素人が『なんとなく不安だから』と崇めるだけなら申し分ないものだ。
古い本体は持ち帰って付喪神になる前に浄化してからただの皿に戻す。長年のうちにどんな念が籠められているか分からないから、自我を持つ前に処理してしまうのが安牌だろう。
「じゃあ、宿に戻るか」
「まだ電車ありますよね?」
「……あるだろ、たぶん」
「え? 調べてねーの?」
「……」
「……」
「急ぐぞ!」
社の固定を終えて大急ぎで駅まで走って時刻表を確認すると、なんとか最終に間に合いそうだった。まさか十九時が終電だなんてと、三人で息を切らしながら駅のベンチにへたり込んだ。
ホームには他に人が数人居て、どうやら近くの工場で働く人達らしく揃って紺色のツナギを着ていた。
「依頼者に完了報告しとくわ」
早速スマホでメールを打ち出した蛍吾を横目に、志摩宮と今日の宿について話す。
「こっから電車でどれくらいかかるんだっけ」
「えーと、三駅乗ってから、そこからは電車が走ってないんでタクシーで行くらしいです」
「まさか宿の周りも木だらけか……?」
「まぁ大体木ですね」
「やべぇ都会が恋しい」
「はっや」
俺を笑った志摩宮だったが、おもむろに出したスマホでデイリークエストを消化しようとして電波がブチブチ途切れるのを見て真顔になった。おお、志摩宮が怒ってる、レアだ。
「帰りたい」
「はは……、ん? 蛍吾?」
志摩宮と談笑していたら、不意に蛍吾が立ち上がって、前に向かって歩き出した。目はスマホを見ているが、足取りはしっかりと、まっすぐ線路の方へ。
「おい蛍吾」
「なんだよ、お前らも早くしろ」
「……は?」
ベンチに座ったままの俺と志摩宮を首だけで振り返って、蛍吾はまだ進んでいく。
蛍吾が右から強い光に照らされて、それで電車が来るのを知った。けれど、まだホームに入ってきてはいない。なのに蛍吾は、まだ歩いていく。
「っけ、」
「……っ」
あと数歩で、電車の滑り込んでくる線路に蛍吾が落ちる。
それを止めてくれたのは、俺でも志摩宮でもなく、紺色のツナギ姿の男だった。
「……へ? あ、れ……電車、もうドア開いて……」
急に腕を掴まれた蛍吾が男を不審そうに見て、しかし直後に自分の後ろを電車がゆっくりと通過して停まるのに目を見開いた。
「あぁ、やっぱり? たまにいるんだよ、幽霊電車見ちゃうヤツ」
「幽霊電車……」
「何人か死んでるから気をつけろよ、兄ちゃん」
へら、と笑ったツナギの男は蛍吾の腕を離すと、同僚らしい人たちの方へ戻って停まった電車へ乗り込んでいく。
「あ、ありがとうございます!」
呆然とする蛍吾の代わりにお礼を叫ぶと、男は手だけひらひらと振って応えてくれた。
「俺、もしかして今死ぬとこだった?」
「たぶん」
「びっくりした……」
蛍吾を捕まえて電車に乗り込むと、志摩宮が胸を押さえながらもう片手で蛍吾の二の腕をぎゅっと掴んだ。だいぶ志摩宮も驚いていたらしい。
「お礼言ってきた方がいいかな」
「どうだろ。同僚と話してるっぽいし、降りる時に軽く挨拶する?」
「そうするか」
ガラガラの電車で蛍吾を真ん中に三人固まって座り、早鐘を打つ心臓を整えながらボソボソ会話する。
ほぼ無敵の志摩宮と、元神子で徹さんに扱かれた俺に比べて、蛍吾が少し紋を使えるだけの普通の人間なのを忘れていた。ずっと蛍吾に頼りきりだったから不思議な気分だけれど、守ってやらねば、と志摩宮と目だけで頷き合う。
「次で降りるんだったな。ちょっと行ってくる」
蛍吾が一人で行こうとするので志摩宮がついて行こうとしたけれど、蛍吾は「いいから」とまた拒否して、早足で隣の車両へ移動してしまった。
「……死にかけた直後なんスけどね」
「まあ、あとは降りるだけだし」
小窓から二人で様子を窺っていると、声を掛けた蛍吾と男は話をし始め、駅で停車してそのままそちらの車両から二人で降りるようだったので慌てて俺と志摩宮も降りた。
「蛍吾っ」
「あ、静汰。この人、これから泊まる宿の近くに住んでるから、送っていってくれるって」
「マジか」
善意の塊か、と頭を下げると、男はニコッと笑ってから俺達三人を順繰りに見て「……兄弟?」と言った。
「いや、違います」
「どう考えても違う」
「というか俺を見てよくそんな台詞が出てきましたね」
全員に突っ込まれて、しかし男は楽しそうにコロコロ笑いながら歩き始めた。
「いやー、なんかすごい仲良さそうだったから。友達っていうには距離感近いし」
「俺とこの人は恋人なので」
「ちょ」
並んで歩くと、身長は志摩宮と同じくらいみたいだった。
年の頃は徹さんより少し下に見える。……いや、あの人結構老け顔だから、同じくらいかもしれない。短い茶髪はもみあげが刈り込まれているけれど、柔らかい笑顔の人なので危険な雰囲気はない。
一応志摩宮を窺ってみるけれど、身の危険を感じれば即座に反応するだろう彼が気を抜いているようなので安全だろう。
「ん、じゃあ君は? 余り? 俺とくっつく?」
「へ……」
「あはは、冗談冗談」
だいぶ天然っぽい人らしく、蛍吾にそんな冗談を言って自分でまた笑った。
駅の改札を抜けると少し離れた駐車場まで歩き、そして「乗って」と言われたのは、軽トラックだった。
10
あなたにおすすめの小説
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる