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神と貴方と巡る綾
04
しおりを挟む「これに……?」
車に疎い俺でも見れば分かる。軽トラックは二人乗りの筈だ。
質の悪い冗談かと男を見るのだけれど、男は不思議そうな顔をしている。
「え、嫌? 恥ずかしい?」
「恥ずかしいっていうか、一人ずつ送ってくれるってことですか……?」
良い人だとしても、それは避けたい。顔を見合わせる俺達に、男はまたふわっと笑ってから、荷台を指し示した。
「そっか、荷台か」
「わー、ありがとうございます! やばっ、ちょーテンション上がる!」
「最高」
「あはは、素直な子たちだなぁ」
わっと歓声を上げて早速荷台に乗り込む俺達を見て、男は笑顔のまま運転席のドアを開けた。
「あ、そうだ。俺、洲(す)月(づき)。洲月 寿浪(としろう)。シャンシャン鳴る鈴に木じゃなくて、河口の洲にお月様の月ね。発音はタヌキ、でスヅキ。二十六歳、恋人募集中ー」
やっぱり天然だ。
苦笑する俺の横で、蛍吾にしては珍しく自分から洲月さんに話し掛けた。
「洲月さん、さっきの電車見えてたんですか」
「うん、軽く。たまに俺も騙されそうになるから」
「ほんとありがとうございました。洲月さんが助けてくれなかったら死んでました」
「あんまり気にしなくていいよ。卒業旅行だっけ? 楽しい思い出にしてほしいからね」
俺達を乗せているからかトロトロ進む軽トラックからは、やはり木、木、木。木しか見えない。
道は舗装されているけれど凹凸でかなり揺れ、俺と志摩宮は舌を噛まないように必死なのに、蛍吾は窓を開けた運転席の後ろから、これから行く宿についてや、地理について楽しそうに話し続けていた。
「着いたよ」
軽トラックが停まって、ジンジンと痺れた足で地面に降りると転げそうになった。それを志摩宮が支えてくれて、けれど彼も渋面で足が辛そうだ。楽しかったけれど、荷台はもういいかな。
洲月さんにお礼を言って、宿へ入った。
無事に夕飯にも間に合い、山の幸を堪能してから温泉に浸かった。
三人して露天風呂で星空を見上げ、そしてふと「洲月さんさ」と口に出したら、露骨に蛍吾が顔色を変えた。
「……」
「おい、なんだその表情」
ニヤニヤしていたらバシャッと水を掛けられて、笑いを噛み殺しながら濡れた顔を拭う。
「別に?」
「お前、絶対勘違いしてるからな」
「なんも言ってないけど」
一人でヒートアップして顔を真っ赤にする蛍吾を見て、志摩宮が呆れて組んだ手から水鉄砲を撃つ。
「バレバレ過ぎて清々しいです」
「俺はただ、助けてくれたから……」
「助けてもらって一目惚れした?」
「バッ……! お前らと一緒にすんな! 俺は性別を気にするタイプなんだよ!」
「面倒なタイプっすね。素直に一夏の恋を楽しんだらどうですか」
「恋じゃねーし夏でもねーし!」
他の客が居ないのをいいことに三人で湯の掛け合いをしてはしゃいで、上がる頃には馬鹿みたいに三人でのぼせて、布団に転がるとすぐに眠ってしまった。
「あれ」
「あ、洲月さんだ」
翌日は仕事を入れていなかったので、志摩宮と二人で宿の周りを探検……じゃなかった、散歩していた。
川沿いに古い温泉宿が並ぶ様は眺めるだけで楽しく、写真を撮って回っていたら、バッタリと昨日の洲月さんと出会った。彼は休日なのかツナギ姿ではなく、シャツにカーディガンと黒いデニムの私服だ。
「アマリくんは?」
「余り……いや、蛍吾は余りじゃないです」
天然なのは分かるけど、少し言葉選びが悪い人だな、と思いつつも、真っ先に聞いてくるのが蛍吾の事で、悪戯心が湧いてくる。
「余ってたらくっついてくれるんでしたっけ?」
「え? ……ああ、いや、俺は未成年には……」
一瞬真顔になった洲月さんは、しかし次の瞬間にはまた柔和な笑みを浮かべて言葉を濁した。
未成年には、か。つまり、性別を気にしてはいないし、蛍吾の事も気になっている、と。
ふむふむと頷きつつも、それ以上何かする訳でもない。洲月さんが行動するなら邪魔はしないけれど、あの蛍吾が素直に受け入れるとは考え辛い。余計な事はしないに限る。
「あ、ちなみに俺は十九歳で、志摩宮は十八です」
「そっか。志摩宮くんの卒業に合わせて旅行に来たんだね」
洲月さんはそう答えつつ、なんとなくもどかしそうに口元を動かしている。おそらく、蛍吾の年齢が気になるんだろう。
「蛍先輩、何月生まれでしたっけ」
「ん? 五月だけど?」
なんだ急に、と不思議がるフリをしつつ、ナイスアシスト、と志摩宮を見る。
よっぽど鈍くなければ、今の会話で蛍吾が二十歳を過ぎているのは伝わっただろう。
「そっか。……そっか」
洲月さんは一人で頷いて、それから「この先にある神社、とても綺麗だから行ってみるといいよ」と勧めてくれて、俺達と別れた。
「神社か~……」
チラ、と志摩宮に視線を向ける。
シマミヤより神格が低いところなら大丈夫だろうけど、同格かそれ以上だった場合、面倒な事になりかねない。わざわざ争い事を起こす気もなく、方角だけ覚えてそっちには近寄らないことにした。
「乳頭温泉の方はここから遠いんだっけ」
「日程的にそっちまでは足を運べないって、蛍先輩言ってましたよ。ここより山奥だそうで」
「マジか」
とうとう電波が一個も入らなくなったここよりも奥まっていると聞くと、さすがに気後れする。なんとなくポケットからスマホを出してみるけれど、そこに着信履歴は無い。実際ゼロなのか、電波が無いせいで見えないだけなのかは分からないけれど。
「静汰」
咎めるようにスマホを掌で隠した志摩宮が、寄ってきて頬にキスしていく。
「ちょ、馬鹿、外だぞ」
「旅の恥はかき捨てって言うでしょ」
「お前の方が語彙豊富なの結構凹むんだけど」
「それ、年下だからですか? それとも見た目?」
「どっちも。……あー、いつもながらお前の瞳ぇ超綺麗」
周りに人影も無いしまあいっか、と唇へのキスを受けて、それからまた温泉街を歩いた。
ソフトクリーム、焼きたての煎餅、温泉饅頭と、食べ歩いて宿に帰る頃には志摩宮は満腹になっていて、彼の分の夕飯は俺が食べた。
寝る前に一応充電しようとスマホを取り出したら、徹さんから一通だけ『怪我すんなよ』とメッセージが入っていた。
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