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神と貴方と巡る綾
05
しおりを挟む「志摩宮と旅行行ってくる」
俺がそう言っても、徹さんはこちらを見もしなかった。そうか、とか小さく呟いただけで、書類から視線を上げてもくれなかった。
行き先も、何日かも、何で行くのかも、何も聞かれなかった。
だから何も教えない。俺を欲しがってくれないなら、何もやらない。
崖のような登山道をなんとか登り、山頂に着いて一息吐くと、すぐにテントを張った。
今夜の仕事は山に現れるという物の怪の討伐だ。テント張りに慣れた俺と蛍吾がそれぞれ一つずつ担当し、その間に志摩宮と洲月さんが山小屋の水道に水を汲みに行ってくれている。
「……まさか、本当についてくるとはね」
「なんだよ、お前が誘ったんだろ?」
俺の呟きを聞きつけて蛍吾が唇を尖らせて、「なんで俺が見ず知らず男と一緒のテントなんだよ」とぶつくさ言っている。文句を言っているようで、しかしその口元が緩みまくっているのを俺は見逃さない。
ここは泊まっている宿からほど近い山の山頂で、何度か顔を合わせた際に洲月さんに頂上にテントは張れそうかと聞いたら、子供だけでは心配だからと案内役を買って出てくれた。理由が蛍吾にあるのは明確なのだけれど、どうも見ている限り奥手な人らしく、蛍吾との仲が深まっている様子は無い。
登ってくる道中も蛍吾より俺と話す方が多く、けれどしんがりの彼の視線は常に蛍吾に向いていた。
蛍吾も蛍吾で、話すのは楽しいらしいのにそれ以上迫るわけでもなく、見守る側としてはかなりもどかしい。
志摩宮は「ケツの緩め方教えましょうか?」なんて蛍吾に言って殴られそうになって軽々と避けていた。
二つのテントに分かれるのは最初から決まっていた事だけれど、予定では蛍吾と志摩宮がペアになって、俺は単独のつもりだった。一人で平気な俺と志摩宮がペアになるのは効率が悪い気がするが、志摩宮もこれには文句を言わなかった。
「日没の前にご飯にした方がいい。小屋に電気ポットがあったから、お湯を入れてくるよ」
「こっち、もうそろそろ終わるんで。蛍吾、洲月さん手伝ってきて。志摩宮は俺を手伝って」
飲み水を水筒に汲んできた二人のうち、志摩宮だけを呼んで蛍吾を差し出す。
軽く俺を睨んだ蛍吾は、しかし何も言わず洲月さんとカップ麺を抱えて山小屋へ向かっていった。
志摩宮とテントを固定してから背負ってきたリュックを中に仕舞うと、テントの中で早速紋を描く。テントの四方数メートルだけを壁で囲い、その中に不浄なものが入れば即浄化が発動するように。
物の怪が出れば、討伐はテントから離れた場所に誘導して行う。ここに描くのは、待機する洲月さんと蛍吾に被害が出ないようにする為だ。
紋は、元は俺と蛍吾、そして徹さんが所属していた組織内だけに伝わる術式だった。指先に霊力を集めて紋様を描くと効果が発動する術で、簡単で汎用性の高いものとしては、『破邪』──邪気を祓う──、『浄化』──生き物や元は清浄な物体に邪気が篭ってしまったものから邪気だけを追い払う──、という二つがメインだ。
種類が豊富で、蛍吾は複数の紋を行使するのが得意だったから壊滅前の組織では高校生の若さで幹部だった。
徹さんはそこから更に踏み込んで、紋同士を繋げて術の効果を高めたり、自分の思う通りに作用する新しい紋を作ったり出来る。徹さんに師事した俺も、スパルタでシバかれて今ではそこそこ使えるようになった。徹さんからは、まだまだツメが甘いだの判断が遅いだの低評価だけれど。
それでもコツコツやってきた日頃の練習の甲斐あって、即興で作るにしては、イメージする通りに描けた。紋に霊力を籠めると、形を成して宙に固定される。
「よし」
「あの、素朴な疑問なんスけど」
「ん?」
黙って見ていた志摩宮が手を伸ばしてきたと思ったら、今作ったばかりの紋に触れて、それを掻き消した。
「おわ、何すんだよ志摩宮」
「あ、やっぱ消えるんですね。て事は、ここに描いても気付かないうちに俺が消しちゃう可能性ありますよね。見えないし」
「……あ。そっか」
紋を描く所を洲月さんに見られたら不審がられるかと思ってテントの中にしたのだけれど、志摩宮のツッコミのおかげで肝心な時に消えてなくなっている、という事態は回避された。
慌てて外に出て、二人が戻ってこないうちにとテントの陰に隠れて砂利の上に手早く描く。
「静汰、戻ってきましたよ」
「ん。もう終わった、平気」
小声で教えてくれた志摩宮に礼を言って、戻ってきた蛍吾に目で『準備出来た』と合図を送った。
砂利の上に折り畳みの小さい椅子を開いてその上にお湯の入ったカップ麺を置いた蛍吾が、こちらへ寄ってきてそれとなく俺の体の影に隠れるようにして紋の前で掌を振ってから、「うげ」と声を漏らした。
「……なんだよ。なんか追加するか?」
「いや、すげーよ。すげーんだけど……汚ぇ。もっと整理出来ねぇのか」
「うっせ、イメージ通りに描くだけでも難しいんだぞ」
「分かってるよ。俺出来る気しねーし」
蛍吾は文句を言いつつ、紋をなぞって眉間に皺を寄せる。
他人の描いた紋を視ることが出来ること自体が稀なのだそうだけど、何故だか俺の周りには視える奴ばかりが集まっている。「これが、こっちと繋がって……、あ? なんでこことここがコレで繋がるんだ?」と、紋をなぞりながら蛍吾がボソボソ呟くのを見て、こいつも割と勉強熱心なんだよな、と妙なところでシンパシーを感じた。
どうせ旅の間は暇だし、蛍吾に紋の繋げ方を教えてみるのもいいかもしれない。蛍吾は俺より霊力量があるから単体の紋を重ねるのは得意だけれど、繋げるのはまだ出来ないらしいし。
「蛍吾くん、静汰くん、ラーメン伸びちゃうよー?」
呑気な声に呼ばれてそちらを見ると、志摩宮は早々にカップ麺を開けて食べ始めていた。
洲月さんも小さなランタンの電源を点けてテントの周囲に配置してから、椅子に座って食べ始める。
「ここは砂利だらけだから、火起こし禁止なんだ。焚き火出来なくて残念かな?」
「うーん、少し? 火があった方が、動物も寄ってこないし」
寄ってこないのは動物だけではないけれど、今夜は寄ってきてもらった方が都合がいい。現れてくれなければ討伐しようが無い。
全員がカップ麺を食べ終えた頃には、辺りが薄暗くなっていた。電気ランタンの白い光が、ぼんやりと光源になって四人の影をいくつも浮かび上がらせる。
「ちょっと俺小便」
「ん、気を付けろよ」
「俺も行きます、静汰」
「山小屋の裏手は崖になってるから、そっちの方には行かないようにね」
少し周囲の地形を確認してこよう、と腰を上げて、ランタンを一つ拝借して志摩宮とテントから離れた。
砂より大きめの砂利が多く、足場が悪い。暗くなったら注意しないとうっかり転落しそうだ。咄嗟に壁の紋で足場を作るにも、地形が頭に入っていないと意味がない。陽の落ちた空は分刻みで明度を下げていて、ぐるりと見回ってテントの近くまで戻ってきた頃には、すっかり真っ暗になっていた。
「志摩宮、今日は俺じゃなくて蛍吾と洲月さんについててくれな」
「……一緒に行きたいっスけど、まあ、今回はそうします」
「頼む」
志摩宮はすごく分かりやすい。
初対面で自分の容姿について弄らなかった洲月さんは、彼にとって当然のように庇護下に置くものだと思っている。
出会った当初の狂犬のような彼はすっかりなりを潜めていて、今はただ、大人しく情に厚い番犬だ。おそらくこれからもずっと。……俺が彼を裏切らなければ。
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