神は絶対に手放さない

wannai

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神と貴方と巡る綾

06

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 テントの周囲だけがランタンで照らされて、暗い中で蛍吾と洲月さんが楽しげに喋っているのが見える。
 彼らから少し離れた位置に切り株を見つけてそこに腰を下ろすと、隣に志摩宮も座ってきた。

「星、やべーっすね」
「やばいな」

 空を見上げた志摩宮につられて俺も見ると、雲の無い夜空には細い下弦の月と星が瞬いていた。
 仕事をするからいつも通りジャージだけれど、下に何枚も着込んできたから寒くはない。けれど、なんとなく横の志摩宮に身を寄せて、ぼんやりと空を見つめた。

「……なんか連絡きましたか」

 誰から、なんて言わないのが志摩宮らしい。主語が無くても、俺が連絡を待つ相手なんて一人しか居ないから。

「怪我すんなよ、ってさ」
「それだけですか」
「それだけだな」

 あのヘタレ、と志摩宮が呟く。
 ヘタレ、ねぇ。
 いいや。徹さんが臆病なんじゃない。臆病なのは俺だ。「もう俺とはしたくないのか」と聞けない俺の方だ。聞いてしまえば一番話が早い。こんな風に周りくどく気を引くような真似をしなくても、たったそれだけを聞けばいいだけなのに。

「あ~……クソ、悩むの嫌いなのに」
「ナントカの考え休むに似たり、ですからね」
「おい、知らない熟語だとしても、ナントカに入るのが『馬鹿』だってのは分かるぞ」
「えー、静汰、あったまいーい」
「お前このっ」
「あはは」

 肘鉄を喰らわすけれど、志摩宮はわざと避けないでくれる。俺を好きだと言いつつも、ただ神のように崇めないでくれる志摩宮の性格が正直有難い。

「志摩宮はさぁ、俺に挿入れたい?」
「静汰が入れて♡ って言うならしますけど、別にどうしてもって感じじゃないですねぇ。手と口で十分満足してます」
「じゃあ手も口も無しって言ったらどうする?」
「毎分ごとに愛してるって言わせますかね。ヤらせてくれないなら、せめてその分の愛情は示してもらわないと」

 ふーん、と聞いたのは俺なのに興味無さげに生返事をしても、志摩宮は怒りもせずただ俺に寄り添っている。触れた腕や胴が温かい。信頼する人の体温は、それだけで安心する。
 志摩宮のように欲しがってくれれば、いくらだってあげられる。欲しがってない人にあげて、要らないと言われたらへこむ。……ああ、やっぱり臆病なのは俺だ。

「らしくねーよな」
「ないですね、最近は特に」
「どうすりゃいいと思う?」
「言ったでしょ、ベッドに潜りこんで抱いてもらえばいいって」
「する気無いって言われたら?」
「そしたら俺が慰めてあげますから、あいつ捨てましょ」
「即捨てか」
「即捨てです」

 静汰を要らないって言う人なんかに触れさせたくないです、と。志摩宮は小さく言って、俺の肩に頭を乗せてくる。独占欲は無さそうだけど、こいつの愛情だけは疑う余地が無い。

「そろそろ戻ってもいーかな」
「いいんじゃないですか」

 小一時間ほどそうして志摩宮と二人で夜空を見上げてから、テントの前で談笑を続ける蛍吾と洲月さんの所へ戻った。

「おかえり。もうデートはいいの?」
「寒くなってきたから続きは布団の中ですんの♡」

 えへ、と笑ったら、洲月さんが顔を真っ赤にして狼狽たので、慌てて冗談だと訂正した。

「な、なんだ冗談かぁ。最近の子はあけすけだなってびっくりしたよ」
「さすがにわざわざこんな山の中でしないですよ」
「俺はしてもいいですけど」
「しーまーみーやー」
「冗談でーす」

 やること無いしゴロゴロするわ、と俺と志摩宮は早々にテントに入った。蛍吾と洲月さんは俺達を「おやすみ」と見送って、まだ話し足りないようで微かに話し声が聞こえてくる。
 蛍吾はこのところ、仕事と沙美ちゃん達の行方探しで根を詰め続けていた。洲月さんと話すことで、少しでも癒されてくれればいいのだけど。内容までは聞こえてこないけれど、時折蛍吾が楽しそうに笑うのを、横になって志摩宮とくっつきながら聞いていた。
 瞼を閉じて軽く身体を休ませながら、朝のうちに蛍吾から見せられた依頼書の内容を思い返す。
 現れる物の怪は、一見すると熊のような見た目をしているらしい。しかし、鳴き声はまるで猫のようで、油断して近付いてきた人間を拐うんだとか。ここ二、三年で急に何十人も登山客で行方不明者が出たのだけれど、丸呑みにしているのか巣の外では喰らわないのか、血や体の一部すら見つからないから、警察では対処出来ないらしい。
 土着の物の怪でないとすれば、異界の門を通じて最近やってきたのか、もしくは他の地から移動して来たか。蛍吾が他の土地からの依頼書を漁った限りでは同じような見た目の物の怪は居なかったそうだから、異界の門が近いのかもしれない。
 門があると、邪気が溜まりやすい。
 神子の頃だったら門自体を閉じてしまえたけれど、今は近付くのすら遠慮したい。邪気にあてられると野生動物が凶暴化しやすいから、物の怪を斃してからゆっくり門を探して、志摩宮に触れてもらって崩壊させるつもりだ。
 登る前に山全体を霊視した時点で何かが居るのは分かったけれど、神子だった頃のように無尽蔵に霊力を使える訳じゃないから、登りながら結界を狭めつつここまで来た。まだ昼間から動けるほど力をつけていないのは幸いで、相当知恵のある奴でなければ今晩のうちに俺達を食べに来るだろう。

「……そろそろ寝ましょうか」

 うとうとと微睡んでいる最中、蛍吾の声がやけにハッキリ聞こえて、その後に「にゃあん」と小さな猫の鳴き声が聞こえてきた。

「静汰、起きてますか」
「ん。行ってくる」

 横に添い寝して俺の頭を撫でていたらしい志摩宮が、揺り起こしてくれたので身を起こす。靴を履いたまま寝ていたからか足首が少し痛いけれど、のそのそとテントの外に出ると蛍吾が俺に目配せしてきた。

「んー、何、二人ともまだ起きてたの?」
「いや、もう寝るとこ」
「明日は日の出見るんだからちゃんと寝ろよー?」
「分かってるよ」

 ランタンを一つ抱えて、「小便行ってくる」と砂利を踏むと、また猫の鳴き声がする。

「こんな所に猫なんて、珍しいなぁ。寒いのかな」

 洲月さんが真っ暗な辺りを見回して、探しに行きそうに腰を上げたのを、蛍吾が横から腕を掴んで止めた。

「蛍吾くん?」
「もう寝ましょう、洲月さん」

 微かに動揺しているらしい洲月さんを、蛍吾が強引にテントに引っ張り込んでいく。二人がテントに入ると、今度は隣のテントから志摩宮がこっそり出てきて折り畳み椅子に腰を下ろした。

「ここで見張ってます。邪魔させませんから、行ってらっしゃい」
「おう。よろしく」

 小声で応答して、志摩宮に手を振ってその場を離れた。
 にゃぁん、という猫の声は遠くから聞こえるようでいて、近くにも感じられる。
 気を抜いている素振りで歩き、誘われているかのように鳴き声の方向へ進んでみると、どうやら山道から逸れた林の中から聞こえてくるようだった。

「出ておいで、猫ちゃん」

 小さく呼び掛けると、「にゃーん」と応えるかのように鳴いたそれが、ガサガサと藪を掻き分けてこちらへ向かってくる。
 神経を尖らせ、ランタンを掲げて雑木林の中を覗き込む。熊のような大型の物の怪なら、あと数歩近付いてきて姿を目視出来たら破邪の紋を飛ばそう、と覚悟していた俺の前に現れたのは、しかし小さなトラ柄の仔猫だった。

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