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神と貴方と巡る綾
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しおりを挟む「大丈夫です、嘘は言ってません」
「なんで言い切れるんだ」
「この人も飲み食いしてるんで」
「……は?」
「いや、志摩宮くん、さすがに俺は……」
「俺にはこの人がどうやって自白剤的なものを料理とか飲み物に混ぜたのか分かりませんが、どれが『アウト』なのかは分かります。この人、自白剤入りのやつ自分でも飲んでるし食べてます」
「「「えっ」」」
それは流石に、と苦笑するのだけれど、洲月さんは顔を強張らせて慌てだし、「コレとコレは大丈夫なやつだよね?」と志摩宮に聞いて、片方はアウトの判定をくらっていた。
それを見て、蛍吾が毒気を抜かれたような表情で洲月さんを見て、そして笑い出す。
「ちょ……、マジですか。洲月さん、あんた天然すぎ」
「嘘でしょ、すごい恥ずかしい。笑わないで蛍吾くん、俺、ちゃんと覚えてた筈で……! ちょっと志摩宮くん、ほんとに? 嘘吐いてない?」
「洲月さん、あんた蛍先輩のこと好きですか?」
「うん、一目見た時からすごい好み~って思っ……、うわ、やめて志摩宮くん! 今の無し!」
「食べてますね」
「食べてるな」
自分で仕込んだ自白剤入りのものを飲食するなんて、大ボケかましてくれた人が悪人とは思えない。遠慮なくゲラゲラ笑うと洲月さんはとうとう頭を抱えてちゃぶ台に突っ伏してしまった。
「う~……、また師匠に怒られる……絶対怒られる……」
師匠、の言葉に、どうやら洲月さんも誰かに師事する霊能者らしいと目星をつけて首を傾げると、突っ伏したまま目だけこちらを見た彼は大きく溜め息を吐いた。
「静汰くんは師匠に会ったことありますよ。十一年に一度の儀式の話、聞いたでしょう? うちの師匠は、貴方のところの染井川さんと同じ、現時点での座の継承者です」
十一年に一度の儀式。座。徹さんと同じ。キーワードだけで、ぞくりとしたものが走って記憶と結びついた。数年前に出会った、四人の術師の男たち。
その中で、洲月さんの師匠っぽいといえば──。
「砌輪さ」
「そう、ヤモリさん」
「えっ」
「へ? あ、そっか、うん、ごめん確かに砌輪さんの方が師匠っぽいかも」
「あ、いや、なんかすいません」
思いきり間違ってフォローされて、お互いに謝る俺と洲月さんを見て志摩宮が呆れたように笑ってから、立ち上がってテーブルの上に沢山置かれたジュースの紙コップの中から一個だけを持って戻ってくる。
「志摩宮、それ、『セーフ』なやつ?」
「そっす。近くに他のがあるのに遠くの取ったら不自然かと思ってたんスけど」
もういいですよね、と洲月さんに了解を取る志摩宮は、一口飲んでからスマホを見て口元を緩ませた。
「お弟子さんたち、覚悟した方がいいですよ」
「は?」
「やっと着いたみたいなんで」
志摩宮の言葉に、彼以外が首を傾げると、チーン、という古い呼び鈴の音が家に響いた。
「……? 客なんて、……え、弟子、あ、嘘」
俺たち以外の来客なんていない筈だけど、と不思議そうにした洲月さんが、志摩宮の言葉を反芻して一瞬言葉を失って、そしてやおら立ち上がって逃げ出そうとした。
が、彼が出て行こうとした部屋の襖は反対側から開かれて、勝手に入ってきた二人の男たちによって塞がれてしまった。
「おや、洲月。どこ行くの」
「あっ、いえ、別に逃げ出そうなんて」
「……お前、自分でも使ったの?」
「ひっ」
「ああもう、この天然ボケ男。どうせまた、毒じゃないからって気を抜いたんでしょ。ほんっとにアホなんだから」
「うぅ……すみません……」
久々に見るヤモリさんは、今日も上から下まで黒ずくめの服装だった。その場に崩れ落ちるように正座した洲月さんの頭にゲンコツを落としてから、部屋の中の俺たちを見回してニコッと笑顔を向けてくる。
「久しぶり、静汰くん。二年ぶりくらいかな?」
「あ、はい。お久しぶりです」
ヤモリさんに頭を下げて、それから彼の隣に立つ男に視線を移した。スーツ姿の彼は、俺の前の空の皿を見て目を細めたのに、何も言わない。
「蛍吾くんと志摩宮くんは、僕の師匠とは初めましてだよね?」
洲月さんの声にハッとしてそちらを向くと、蛍吾たちは見知った徹さんよりもヤモリさんが気になるようで、洲月さんはヤモリさんを連れてちゃぶ台の方へ戻ってきてそこに座った。
「ヤモリです。君らの話はここに来る途中で染井川から聞いたよ」
よろしく、とヤモリさんが差し出した手を、蛍吾は握って挨拶したが、志摩宮は彼をじっと見つめてから拒否した。志摩宮が嫌がるってことは敵意を感じたのかと俺が身構えると、染井川さんが俺の横に座ってきて抑えるように肩に手を置いた。
「志摩宮は騙されねぇだけだ。お前と違ってな」
「は?」
顔を合わせて早々に喧嘩を売ってくる徹さんを睨むけれど、彼は「だよな?」と志摩宮に目配せして、志摩宮もそれに頷いた。
「敵意じゃないです。ただ、なんか……、揶揄われそうな感じがするっていうか」
あんま好きなタイプじゃないっスね、と志摩宮が言うと、ヤモリさんは苦笑しながらもそれについて反論は無いようだった。
「それにしても、残念だなぁ。全然成長してないね」
「俺が生きてんだから、座に関して問題は無ぇだろ」
「今回はそれで良いとして、次は? そうやって甘やかして、万一お前が死んだら誰が穴埋めするんだ」
「こいつは割とやりゃあ出来るタイプだ、いけるいける」
「キミ、ほんと静汰くんに関して馬鹿になるよね」
座った二人は挨拶もそこそこに飲み食いを始め、洲月さんはヤモリさんの小間使いのように酒を注いだり料理を温め直したりと甲斐甲斐しく働き始めた。
「お前もたまには弟子っぽく、師匠に酒でも注いでくれよ」
「……」
洲月さんを見て羨ましくなったのか、徹さんがそんな事を言ってグラスを差し出してきたのを黙殺する。「つれねぇの」と肩を竦めた徹さんに、反対側から志摩宮が酒の瓶を掴んで傾けた。とぽとぽ、とビールらしい透明な黄色の液体が注がれて、俺と徹さんは目を丸くして志摩宮を見る。
「あ? ……なんだ、珍しいな、志摩宮」
「なんか可哀想なんで」
「勝者の施しかよ」
くく、と笑った染井川さんはそれをぐっと飲んで、ごく、と飲み下してからまじまじとコップを見つめて舌打ちした。
反対側に座ったヤモリさんが、ふふ、と笑う。
「染井川、キミもまだまだみたいだ」
「クソ。やりやがったな、志摩宮」
なんだ? と困惑する俺を差し置いて徹さんが志摩宮を睨んだけれど、志摩宮はそれを余裕の表情で受けている。しばらく二人で見合っていたが、先に視線を逸らしたのは徹さんだった。
ギリ、と歯噛みしながら立ち上がって、そのままドスドスと足音荒く部屋の外へ出て行ってしまう。
「静汰、追って下さい」
「へ?」
「『アウト』のやつ飲ませたんで、今なら何でも聞き放題ですよ」
何をしたのかと思っていたら、と目を丸くした。
それをしたのが俺の為なのは明白だ。頷いて立ち上がって志摩宮の腕を引っ張るのだけれど、彼が立ち上がろうとしないので「お前も」と急かす。
「俺は少し食べてから行きますから」
「さっきまで食べなかったくせに」
「……いいから」
志摩宮が俺を睨むなんて珍しい。一瞬気押されて彼から手を引っ込めたけれど、俺に視線を向けてこない頭をぐりぐりと撫でた。気遣いやがって、こいつほんと可愛いな。
「食ったらすぐ来いよ」
「言われなくても行きますよ」
徹さんと俺を二人きりにするなんて、したいわけがない。少しだけでも時間をくれた志摩宮の気持ちを無駄にしないように、足早に徹さんを追い掛けた。
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