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神と貴方と巡る綾
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しおりを挟む「徹さん」
「来んな」
家の外に出ると、洲月さんの軽トラックの隣に見慣れた徹さんのSUVが停まっていた。
そこに乗り込もうとしていた徹さんに声を掛けると、こちらを振り向きもせず拒絶されて足が止まった。
それが徹さんの本心か、と拳を握る。嘘を吐けない今その台詞が出てくるということは、徹さんは本当に俺に追ってきてほしくないんだろう。
もう、聞かなくても分かる。来るなと言われて追えるほど図太くない。黙って肩を落とし、踵を返した。
そのまま屋内に戻ろうとした俺に、徹さんの「なんでだよ」という小さな声が掛かる。
「……?」
なんで? なにが?
掛けられた声が自分に対してのものだと信じて、そろりと徹さんの方へ顔だけ振り返った。
車の後部座席のドアに手を掛けた徹さんは、しかし口を掌で覆って俺に向けて首を横に振る。俺に聞かせたくない言葉だったんだろうか。
「なんで、って、どういう意味」
聞きたくないのに、俺の口から勝手に言葉が出ていく。聞いたけれど、答えないで欲しい。
徹さんは口を覆ったまま小さく何か答えたようだったけれど、俺のところまでそれは届かない。
「……もういいよ。好きにしろよ」
無理して俺に縛られることなんて無い。紛れもなく本心だから、それはすんなりと口にできた。依代になってしまったからには死後にはまた志摩宮の傍で会うことになるけれど、生きている間くらいは自由を満喫すればいい。
「なんで、……なんで俺には、そんな冷たい」
放逐するつもりで投げやりに言ったのに、返ってきたのは低くか細い声だった。
「……は?」
「なんで俺にだけ冷たくする」
「……」
「あいつが拗ねたら一日中でも機嫌とってるくせに、なんで俺は放置なんだ。少しでもあいつの傍離れたら謝るくせに、なんで俺には謝らない。俺だって、……俺のことも、好きなんじゃねぇのかよ」
吐き捨てた徹さんは、まるで口から出た言葉に自分で呆れているみたいに昏い目をして笑って、そして車の中に入っていった。運転席じゃなく後ろに乗ったってことは、車を動かして何処かへ行く気は無いらしい。一口だけでも酒を呑んでしまったから、少し時間を置いて抜けてから動くつもりだろうか。
車へ近付いて、コンコンと窓を叩く。反応は無い。
外はすっかり暗く、車内で徹さんがどうしているのかは見えない。
「徹さん」
呼び掛けてみるけれど、無音。
ざわざわと周りの木々がざわめくのと、たまに遠くからフクロウの鳴き声が聞こえてくる。
追ってきてくれたんだろうか。いや、そうでなければこんなタイミングで現れたりしないだろう。
……冷たかっただろうか。自分の態度を思い返してみるが、志摩宮の前でベタベタするのもなぁ、と考えてから、気付いた。「志摩宮には」という言葉が出たばかりだ。確かに、徹さんの前でも志摩宮とは遠慮なくひっついていた気がする。
気にしていたんだろうか。一度もそんな事を言ったことも、態度に表したことも無かったけれど。
「ごめん」
徹さんが拗ねても、確かに機嫌をとるようなことはしなかった。俺たちより大人なんだからと思っていたし、放置してもいつもそのうち機嫌が直っていた。
「徹さん。車、乗っていい?」
大人なんだから当たり前だと思っていたけれど、徹さんに無理な我慢を強要していただろうか。
車の前で話し掛けるけれど、何も返事は返ってこない。いつもだったらとっくに、もう放っておこう、と志摩宮のところへ戻っているだろう。……いや、戻っているどころじゃない。さっき、もう好きにしろ、なんて相手にすること自体投げてしまった。
「ごめん、徹さん」
何と謝ったら機嫌を直してくれるだろう。少なくとも三年近くは一緒に住んでいたはずなのに、それすら俺は分からない。
「好きだよ、徹さん。俺が一番好きなのはあんただ」
好きだからこそ、拒絶されるのが怖かった、なんてのは言い訳にしか過ぎない。
徹さんは大人だから分かってくれるだろう、と勝手に思い込んで、機嫌を損ねるのを見れば大人のくせに、と勝手に呆れて。ずっと、一方的に甘えていただけだ。どれだけ子供っぽいか知っていたのに、俺の為に大人を演じてくれていると理解していなかった。
「……」
ガチャ、と内側から車のドアが少し開いた。けれど、掛け金が外されただけで半ドア状態で、そこから開いてくる様子は無い。
開けていいんだろうか。
取っ手を掴んでそっとドアを開けて、中を覗き込んだ。暗い後部座席に座って、徹さんが煙草をふかしている。吸い込む時だけ光る赤い先端を、懐かしい気持ちで見つめた。
「禁煙してたんじゃなかったっけ」
「……してねぇよ」
「でも、最近全然臭いしなかったよ」
「神子んなってから霊視の重要度が下がったから本数減らしただけで、禁煙はしてねぇ」
そんなことすら気付かなかった、と自分を責めたが、徹さんは自分の方の窓を開けて換気してから、自分の腕のあたりを嗅ぐような仕草をした。
「そこまで臭いしなかったか?」
「……最近、あんまりくっついてないから……」
元から、仕事の時だけヘビースモーカーで日常生活ではほとんど吸わない人だった。そこからさらに減らしたのなら、吸っても一日に数本程度だろう。臭いに敏感ならともかく、俺にはよく分からない。
隣に乗り込んでドアを閉めると、思い切って徹さんの体に腕を回して抱き着いてみた。
「っと」
煙草が俺に当たらないよう避けた徹さんは、それ以上は特に何も言わずまだそれを吸い続けた。スーツのワイシャツの胸元を握っても、「皺になるだろ」と叱られることもない。
「さっきの、本音、だよな?」
「違う」
「え」
「……馬鹿か。あんな呪い、いつまでも掛かっててやるわけねぇだろ」
洲月さん仕込みのビールで本音が漏れ出てしまう状態の筈なのに、と困惑する俺に、徹さんは厳格な師の顔で煙を俺の顔に吹きかけてきた。ゲホゲホと咽せると、咳と共に喉が軽くなった心地がして喉元を撫でる。
「なんの為の煙草だと思ってんだ」
「……」
つまり、もう徹さんに効き目は残ってないって事か。せっかく出た本音は、しかし徹さん本人によって否定されてしまった。もう俺には、どちらが本音なのか判別がつかない。
「塩対応しねぇってんなら、少しくらいは話聞いてやってもいいがな」
ひっついていても、離れろと言われることはない。けれどこれからどうしよう、と悩んでいたら、そんな言葉が掛けられて徹さんを仰いだ。
暗闇の中、開いた窓からの月明かりで見える徹さんの表情は硬い。
なんで俺だけに冷たくするのか、というさっきの言葉が嘘だと、それこそが嘘だと思ってもいいのだろうか。──いいや。嘘だと思いたい。
「徹さん、したい」
「……」
玄関で爪先だけ引っ掛けてきた靴を脱いで、徹さんの膝の上に跨がった。
シャツの一番上のボタンは外れていたから、二番目に指をかける。中ほどまでシャツを寛げて、下着の丸襟からのぞく鎖骨に唇を寄せると、そこで急に「待て」と声が掛かった。
「ヤりゃあ機嫌直すとでも思ってんのか」
見上げてくる目と視線を合わせると、徹さんが煙草を持っていない方の手で俺の尻を揉んだ。
「とお……」
「媚びる気あんならまず自分が脱げや」
触れるのを拒まれたわけではなく、まずはホッとした。
徹さんの冷めた目は、ただ上に乗ってエッチするだけじゃ許してくれないと言っている。優しく、優しく。……難しいな。徹さんに優しくするって、具体的にどうすればいいんだろう。そもそも、意識して他人に『優しく』なんてした事がない。
とりあえず脱げと言われたし脱ごうか、とTシャツの裾を掴んで脱ごうとして、布の間から覗いた素肌に徹さんの視線が誘われるように寄ってきたのに気付いた。
どう脱いだら、徹さんは興奮するだろう。いつも通り下からガバッと裏返しに脱ぐのは、あまり色気が無いだろうか。
この人、ド変態のくせに確か車でエッチするの苦手なんだっけ。人目が気にならないのか、とか前に呆れられた気がする。けど、ヤモリさん達に見られながらするのは興奮してたし、志摩宮交えてするのも抵抗無いみたいだったし、謎だ。
「……何恥ずかしがってんだ」
ただ考え込んでいたから手が止まっていただけなんだけど、俺が脱ぐのに抵抗感があると思ったらしい徹さんは唇の端を若干上げて俺の手の甲をつついてきた。
「さっさと脱げ」
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