高尚とサプリ

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 玲とメッセージをやり取りして、待ち合わせの十一時より少し前に着くよう家を出た。   
 錘のドアをくぐると今日は店員として働いているのかボンテージ姿の紫さんが「いらっしゃいませ~」と可愛い声で迎えてくれて、自然とそちらへ向いた視線の先には満杯のボックス席があった。
 俺が見る限りでは大抵三人か四人しか座っているのを見た事の無かったそこに、六人がぎゅうぎゅう詰めになっていた。片側に三人の女の人が、そしてもう反対側に女の人が二人と、男が一人。
 男を真ん中に挟んだ女の人たちはそれぞれ両側からべったりとしなだれかかって男の肩に頭を乗せている。
 女の人達は全員が一人の男に熱い視線を送っていて、媚びるように可愛い顔で笑顔を振りまいて愛らしい高い声で小さく笑っている。
 黒髪で、大人しそうで、だけど胸が大きい。似通った女の人ばかり揃えているのを見るにつけ、男は──壱衣はそういうのが好みなんだろう。

「あれ、今日は棗くんも?」

 もう座るとこ無いよ、と焦ったような紫さんの体の向こうで、壱衣がチラリと俺を見て、けれど手元の日本酒のグラスに視線を落としてそれを飲んだ。
 今日は水曜日。
 俺との約束がある日ではない。
 今日は、と紫さんが言うって事は、壱衣がこうして錘でハーレムを作っているのは珍しいことではないんだろう。
 他のMとどんな付き合いがあろうと文句を言える立場ではないけれど、好みの女を侍らせてお楽しみの最中の壱衣を目の当たりにしたくは無かった。

「……今日は他の人と約束があるので」

 大丈夫です、といつものようにカウンターへ座ろうとすると、ボックス席の一番奥からヒラヒラと手招きする腕を見つけた。

「なっちゃーん、こっちこっち」

 一番奥のそこだけ、席と席の間にある衝立が高くなっていて入り口から見ると完全に死角になっている。
 顔を出して呼んでくれなかったらずっと気付かず待ちぼうけのつもりでいただろう。
 俺を呼ぶ玲は相変わらずヤクザじみた風体で、しかも今日は中途半端に着崩したようなスーツ姿だから前に会った時より一層ヤバそうな匂いがした。

「え、玲兄の待ち合わせ相手ってナツメくん?」

 顔を引き攣らせる紫さんに頷いて、壱衣の座るボックス席の前を通り過ぎる。視線は感じたけれど特に何か言われる事もない。
 ……一瞬だけ引き留めてくれることを期待したけれど、女に囲まれて楽しんでいる彼が男の俺なんかに興味を持つ訳が無いと打ち消した。
 明日も平日だからか、店にはいつもより客が少ない。そのうちの女性客ほとんどを自分の周りに侍らせて、さぞいい気分だろう。
 ──俺には他のSとプレイするなと言ったくせに、自分は他のMと遊ぶんだな。
 湧き上がる仄かな怒りはしかし、自分の中から浮かんだ『他のMとしないなんてそもそも一言も言ってないし』という言葉で打ち消される。
 モテるのは最初から分かっていたことだ。少し考えれば俺だけが彼を独占出来てるなんて思う方がおかしい。

「すみません、遅くなりました」
「んー? まだ時間前でしょ? 俺が勝手に先に来ただけだから気にしないで」

 ビール片手にスマホを弄っていたらしい玲はよいしょ、と身体を席の奥へ移動させて、隣を叩いてくる。そっちに座れという事かと腰を下ろすと、玲は一度目をパチクリとさせてからくっくと笑い出した。

「……あの?」
「いや、素直だなーと思ってさ。男二人で隣に座んのって変だなーとか思わなかったの?」
「別に俺はどっちでもいいんですけど」

 ただの冗談だったのか、と反対側に移動しようとする腕を掴まれて首を傾げると、玲は笑いながら「こっちでいいよ」と言った。

「とりあえず、先に酒頼んで。素面しらふでしたい話じゃないでしょ?」

 昼間交わしたメッセージでは具体的に何の話をするかまでは言っていなかったけれど、彼との間に他にする話がある訳でもない。
 俺が頷くとちょうど紫さんがやって来て、テーブルに伏せられたバインダーを持ち上げた。

「えっと……、じゃあ、俺もビールで」
「あれ? ナツメくん未成年じゃなかった?」
「先日二十歳になったので大丈夫です」

 大丈夫、といいつつ飲んだ事が無いので分からないけれど。
 結局壱衣と食事に行く事はなくて、だから解禁された酒もまだ未経験だ。
 ビールならみんな普通に飲んでいるし、それほどアルコール度数も高くなく飲み易いものなんだろうと見当を付けて注文すると、紫さんはサラサラとバインダーにメモをしてから席を離れていった。

「なに、なっちゃんこないだまで未成年だったの? 若いとは思ってたけど、図体デカいから子供っぽく見えないよねー」
「はぁ」

 大人っぽいと褒められてるのかけなされてるのか微妙なラインで、返事も曖昧なものになってしまう。
 ニコニコと笑う玲の視線は好意的なものしか感じられなくて、そのいかつい外見とは裏腹に話していると警戒心が抱き辛い。もし彼が本当は悪い人だとしたら、相当やり手の詐欺師だと思う。

「お酒はどう? 美味しいと思った?」
「……まだ飲んだ事なくて」
「そうなの? じゃあ今日が初めて?」
「はい」
「マジか。おーいユカー!」

 俺が頷くと玲は大きな声で紫さんを呼び付けて、ビールジョッキを持って戻ってきた紫さんは嫌そうな顔で玲を睨み付けた。

「玲兄、うるさい」
「だってここ遠いんだもん。なっちゃん、とりあえず一口飲んでみ?」

 紫さんから受け取ったジョッキを玲に口元に持ってこられて、ほぼ初対面なのに勝手に愛称で呼んできたりと色々強引な人だな、と呆れてしまう。
 勧められるままにごく、と一口飲むと、爽やかそうな琥珀色の見た目と裏腹に強烈な苦味が舌を痺れさせて思わず顔を顰めた。

「あ、やっぱり。なっちゃん甘党だから、絶対ビール無理っしょ。ユカ、なんか甘いの作ってやってよ。ケンちゃんよりは濃くしても大丈夫」

 ケンちゃんって誰だ。
 俺が首を傾げるのに、紫さんはそれだけで理解したみたいに頷いた。
 比較対象の人も甘党でビールがダメなタイプなんだろうか。
 というか、俺が甘党だってなんで知ってるんだろう。玲と会ったのは前回一度きりで、あの時は酒もジュースも一口も飲んでいなかった筈だ。
 俺が不審に思って玲を見つめるのに、彼は面白がるみたいに目を細めてビールを飲んだ。

「……玲兄、何企んでんの。僕やだよ、イツキさんと揉めるの」
「揉めるも何も、あのオッサン関係ねーじゃん」
「ナツメくんのご主人様なんだってば。……ナツメくんも、何の用だか知らないけどこんな人に関わらない方が良いよ?」
「こんな人」

 玲は紫さんの言葉にくくっと笑うと、「いいから早く酒作ってこい」と追い払うみたいに手を振った。
 紫さんはまだ何か言いたそうにしていたけれどカウンターの方へ戻っていって、また二人きりになると玲は急に俺の肩に腕を回して抱き寄せるみたいにしてきた。

「っ、あの」
「うんうん、あいつの言う通り。俺みたいな類のニンゲンにはあんまり関わらないのがいいね~。だから、話はサクッと手短にいこうね。今夜には色々ケリつけたいから」

 ね、と間近で微笑みながら声を低くした玲は、俺の肩を叩くと腕を離し、それからスーツの内ポケットから小さく畳まれた紙切れとボールペンを取り出した。
 紙切れは広げるとB5ノートくらいの大きさになって、それを縦に半分に折った玲はボールペンでそこに書き込んでいく。

『ここからは筆談で』

 書かれた紙を見つめて首を傾げて、「なんで」と訊こうとした俺の唇に冷たいボールペンが押し付けられる。

『どうしてですか』

 受け取ったそれで書き込むと玲が俺の手からペンを取り上げて、そしてまた書く。

『誰かに聞かれたくないし、スマホのメッセージだとデータがサーバ側に残るから。紙だったら終わったら燃やせばいいだけでしょ』

 玲は速筆の割に読み易い字を書く。比較すると俺の字が子供っぽく見えて少し恥ずかしい。

「おまたせー」

 小さな丸いコップにコーヒー牛乳みたいな色の酒を作って持ってきた紫さんが戻ってくると、玲は即座に腕の下に紙とペンを隠した。
 その素早さに目を瞠り、そして彼がこれからしようとしている話が実弟にすら慎重に隠さなければいけないレベルに不味いものなのだと察した。
 ──おそらくは藍沢の失踪に関わる、非合法的な、犯罪じみた。

「ナツメくん、イツキさんが一席開けたけど来るかい? って」
「え?」

 紫さんの作ってくれたお酒に口をつけると、冷たくて甘く、見た目通りにほぼコーヒー牛乳だった。後味が少し苦いかな? くらいで、酒と言われなければ絶対に気付かない。
 これなら飲める、とゴクゴク飲んでいると、紫さんが言い辛そうにしながら壱衣の方を掌で示した。

「開けた?」
「そう。一人追い出して、君の席を作ったの。……行くよね?」

 まさか断らないよね、とばかりに訊かれて、けれど俺は首を横に振った。
 あの輪の中に──壱衣好みの女の人の中に混じるなんて、冗談じゃない。俺だけが異質だと浮き上がらされるみたいなアウェーの空間にわざわざ入る勇気は無い。

「今日は玲と話があるので」

 俺がそう答えると玲は微かに眉を顰め、「呼び捨て?」と呟いた。

「駄目でしたか? 玲……さんだって、勝手に俺をあだ名で呼んでるので」

 あまりそういうのを気にしない人なのかと思いました、と言うと玲さんはうーんと上を向いて唸ってから、俺の頭をヨシヨシと撫でた。

「理由が完全にお子様だから許す。けど、とりあえず他人には『さん』付けしとけって、ジョーシキとして教えといてあげようかな」
「はぁ」
「……部下の前だったらガチ泣きしてオシッコ漏らしちゃうまでお仕置きしてたからね?」

 急に低くなった声にゾクッとして、顔を硬らせた俺を見て玲さんは満足そうにニッコリと笑む。
 部下が居るってことは、従えるの立場に居るってこと? まさかガチのヤバい人?
 窺うように紫さんに視線を送ると、彼は今更怯える俺を呆れたような表情で見て肩を竦めた。

「行かない、って伝えていいんだね?」
「え、……はい」

 てっきり玲さんについて何か言ってくるのかと思いきや、紫さんはそこには触れず伝言の返事について確認してきた。それで構わない、と俺が頷くと、紫さんはあからさまなため息を吐いてから離れていった。

「ご主人様に今日の事言ってないの?」

 紫さんが見えなくなると玲さんはまた紙とペンを取り出し、そこに何か書き込みながら訊いてくる。

「? 言う必要無いですよね?」

 紫さんもそんな事を言っていたけれど、『ご主人様』ってのはそんなに『犬』について把握しておくものなんだろうか。
 結局ちょっと変わったセフレみたいな関係性でしか無いんだから、俺の個人的な事情には全く関係無いと思うのだけど。
 俺が首を傾げると、玲さんは苦笑を浮かべながら紙とペンをこっちへ押してきた。

「他のオトコに会うんなら一言あってもいいんじゃない? って思うけどね、俺は」
「後ろめたい事をする訳でもないですし」

『なっちゃんの元彼は藍沢 拓也で間違い無いね?』

 答えながら紙に目を落とすと、そこに藍沢の文字を見つけて、やはり彼の失踪の原因が玲さんと関係しているのだと掌に嫌な汗をかいた。

『そうです』

 短く書くと玲さんがペンを取って、それからまたサラサラと文字を書く。

『犯されたっていうから男だと思って探してて時間かかっちゃったよ。連絡してって言ったのに全然メッセくれないし』
『すみません。どうやって調べたんですか?』
『部下になっちゃん尾行けさせて周辺探ってたの。大学は紛れ易いから普通ならもっと簡単なんだけどね。まさか完全に女の子に混じってると思わなかったわ』

 俺を尾行けた、の文字にぞっとするのに、玲さんはニコニコしながら俺が一口飲んでギブアップしたビールを持っていって美味そうに飲んだ。

「なっちゃんはあんまりあのオッサンに興味無いんだ?」

『こっちで調べた限り、いい感じにクズだったからちょうど良い商品なんだよね。あとはあのクズのやった事の証拠が欲しい』

「え? えっと……」

 メモを呼んでいる最中に別の話題で話し掛けられて混乱する俺に、玲さんは続けて『ゆっくりでいいよ』と書いてくる。
 
『商品ってどういう意味ですか? 証拠って何が必要ですか?』

「俺がどう思ってようとどうでもいいでしょ」

『簡単に言うと、『クズを買いたい』って人が世の中には居るの。人間に酷いことをしてやりたい、だけど普通に暮らしてる『良い子』を使うのは可哀想、だから酷い事をしても良心が咎めないようなクズが欲しい、って人がね。
 俺の仕事はそういう人にこんなクズが居ますよ?って斡旋すること。そこから先は俺は無関係。
 証拠っていうのは、あいつの持ってたなっちゃんを犯してる最中の動画の証拠。具体的に言うなら、なっちゃんの家の中の写真と、出来ればお尻の傷の写真を撮りたい。それを合わせてお客さんにあの動画がフェイクでも合意の上のレイプ風ハメ撮りでもないって証拠として提供すんの』

「え、強気~ぃ。なっちゃんさぁ、俺がヤバげって分かっててもそういう事言ってくるから面白いよね。度胸のある子、好きよ」
「だって玲さん、悪い人っぽくないんですもん」

『尻の写真は出来れば遠慮したいんですが』
『顔は映さないから。もちろん動画の方も顔にモザ入れたし』
『俺の動画も『商品』にされるんですか?』
『確認の為に俺も見たけど、かなりえげつなかったから高値がついたよ。なっちゃんにも情報提供料として取り分あるから、写真撮らせてくれたら渡すね』

「……」
「悪い人っぽくないか?。あんまり言われないから照れる」

 目を細めた玲さんは微かに俺を馬鹿にする色を滲ませた声音で笑って、けれどまた頭を撫でてきた。

『俺がして欲しかったのは、動画を消すことだけだったんですが』

 『酷いこと』をしたい人に人間クズを斡旋する仕事って、それってつまり人身売買ってやつだよな。普通の人にすると良心が咎めるような『酷いこと』って、一体どんな事をするのか。クズだなんだと言ったって、俺がされた事を差し引いたって、それをされて当然とまでは思えない。
 想定以上の事態に動揺して震える指で書いた俺の文字を指で撫でて、玲さんがクッと喉を鳴らして笑った。

『だったらもっと早めに連絡するべきだったね』

「……俺の所為ってことですか?」
「なっちゃん」

 声に出して呟いた俺に、玲さんが人差し指を口に押し当ててシー、という仕草で黙らせてくる。

「なっちゃんは人を見る目が無いね。だから変な男にばっかり捕まるんだよ」

『男の被害者はなっちゃんだけだったけど、藍沢の中高の同級生に探り入れたら女の子が数十人被害に遭ってたよ。昔から『性同一性障害』の『女生徒』として扱われてたから、被害者の子たち皆、どうせ誰にも信じて貰えないよ、って脅されてたみたい』

 どうせ誰にも信じてもらえない。俺と同じ脅し文句で黙るしかなかった被害者がもっと居たと知って、それも中高生の女の子だというのに顔を顰めた。
 俺がそれほど傷付かずに済んだのは、男だからだ。犯されたといったって男がケツの純潔を求められる事なんて滅多に無く、貞操固くあれなんて教育もされてこないし、妊娠の危険性も恐怖も無かった。
 そもそものリスクが違うから、犬に噛まれたとでも思うしかない、と早々に諦めがついたのに。

『罪悪感薄れたでしょ』

 俺の心を読んだみたいに書かれて、ペンを受け取らずにただ頷いた。

「変じゃない男が捕まえてくれたらいいんですけどね」
「ん? 今更だけど、なっちゃんてゲイ?」
「ですね」
「んじゃ立候補していい?」
「捕まっちゃいけない男筆頭みたいな人でしょ玲さん」
「正解~! よく分かったね」

 ビールを飲んだ玲さんはわははと大きな口を開けて笑うと、これまで書き込んだ紙をくしゃりと握り込んで灰皿の中に置いた。ライターで火を点けると紙は小さく赤い炎を上げて燃え上がり、端から黒く煤けた灰になっていく。
 紙が燃え尽きたのを見届けると玲さんは煙草に火を点け、一息深く吸い込んでから白煙を吐いた。

「これ吸い終わったらなっちゃんの家に行こうか」

 すぅ、と一回吸う毎に二センチ近く灰になっていく煙草を見て、肺活量すごいな、なんて場違いに間抜けな感想が湧く。
 半分ほど残っていた酒を急いで飲みきって、グラスを置くとくらりと視界が傾いだ。

「なっちゃん大丈夫? なんか頭揺れてっけど」
「大丈夫です。ちょっとクラッとしただけです」
「カルーア一杯で酔っちゃうかー。かわいー、ほら、肩貸してあげっから、頭のせて少し目ぇ閉じな? 寝ちゃってもいいよ、俺なっちゃんの家知ってるし」
「……えぇー……」

 家まで知られていると知って引くのに、腕を回してきた玲さんの肩に載せるように大きな掌で押さえ付けられると耐え難い眠気が襲ってくる。
 頭を撫でられるのは久しぶりだ。
 欲しいのはこの人の手じゃないけれど、他人の体温は落ち着く。自分が他人に受け入れてもらえてるって実感するみたいで、ひどく心地良い。

「……誰でもいいのかな、俺」
「うん?」
「壱衣じゃなくても……こうやって撫でてくれたら、男だったら誰でもいいのかな」

 自分でも意外なくらい嘲笑するみたいな嫌な声が出て、重い瞼を上げて玲さんの手をやんわり剥がした。
 馬鹿だな、俺。誰でもいいんだったら、抱いてもくれない壱衣にいつまでも執着するわけがない。壱衣を好きだから、壱衣じゃないと嫌だから、頭を撫でることすらしてくれなくなっても彼の犬なんかにみっともなくしがみついてるんだろうが。

「誰でも良いタイプの子はそんな事考えないよ」

 ぽんぽんと慰めるみたいに優しく俺の頭を叩いた玲さんは最後の一吸いしてフィルターギリギリまで吸い切ると、灰皿に押し付けて擦り消した。
 注文票を閉じたバインダーを掴んだ玲さんに肘で脇をつつかれてボックス席から立ち上がると、ちょうどこちらに歩いてきた壱衣と目が合ってしまう。

「……」
「棗。来なさい」

 今は何も話したくなくて目を逸らしたのに、壱衣は冷めた声で命令してきた。

「遠慮します」
「遠慮? ご主人様の僕が呼んでるんだよ。来なさい」

 手首を掴もうとしてきた壱衣の手から避けるように数歩後退ると、彼は目を見開いて睨んでくる。

「捨てられたいの? 他のSとプレイするのは許さないって言ったはずだよ」
「しないです。俺は壱……イツキ様とは違うので」
「は?」
「行きましょう、玲さん」

 身体の大きな玲さんを盾にするみたいに壱衣の横を通り過ぎようとしたのに、壱衣は玲さんを肩で押すようにして腕を伸ばして俺の二の腕を掴んできた。

「痛……っ、痛いんですけど、イツキ様」
「なんなの、その呼び方。馬鹿にしてるの?」
「してないですよ。犬は犬らしく、ちゃんと敬称付きでご主人様を呼んでるんじゃないですか。離して下さい」
「棗。許さないよ」
「許さない? だったらどうするんですか。捨てますか? ……いいですよ、もう。捨てればいいじゃないですか」

 壱衣の指が食い込む二の腕が痛くて、思い切り振り払おうとするのに更に強く爪が刺さってきた。
 なんなんだ、この人は。普段は俺のことなんか週イチで練習相手にするだけの癖に、他のSに取られそうになった時だけ怒るような素振りを見せて。
 もう振り回されるのにはうんざりだ。捨てるならキッパリこの場で捨ててくれ。
 俺が吐き捨てるように言うと、壱衣は唇をぶるぶると震わせてから歯列を噛み締めた。

「……君が、言ったんだろうが。僕の犬になるって、君がっ……! 誰が捨てるか! 乗り換えるなんて許さない! 君は僕の物だ!」

 壱衣の怒声は思わず硬直するほど大きく、店に居る全ての人間が何事かとこちらを見た。身体がビリビリ痺れるような声で怒鳴る彼に腕を引っ張られて、肩が外れそうな勢いに息を呑む。

「イッ……!」
「ちょっ、イツキさん!?」
「もう限界だ。閉じ込めて首輪をして飼ってやる。僕みたいな男を誘惑するって事がどういう事か、一生かけて教え込んであげるよ。本気にさせておいて今さらポイなんていい度胸だ。軽い気持ちで人の気持ちを踏みにじったことを後悔するんだね」

 慌てて止めに寄ってきた紫さんを無視して壱衣は俺の腕を掴んで引き摺るように店の外へ出て行こうとして、ぶつぶつと呟く物騒な言葉の破片に青褪める。
 足を踏ん張って抵抗するのに、細い身体のどこにそんな力を隠していたのか壱衣は片手一本で俺を引っ張っていく。

「待てってコラ。オッサン、なっちゃん怖がってんよ?」
「退け」
「イツキさん! 玲兄! 警察沙汰だけはやめてよねっ!」

 俺と壱衣のやり取りを黙って見ていた玲さんは俺達が店の外の廊下に出てやっと、壱衣の前に立ちはだかって声を掛けてきた。
 けれど、壱衣は低く唸るような一言を発しただけで彼の横を通り過ぎようとして、それに気分を害した様子の玲さんが壱衣の胸倉を掴んだ所で後ろから追ってきた紫さんが店のドアを閉めながら咎めるように叫んだ。

「僕から手を出すはずないでしょ。この人どうにかして、紫」
「だーからぁ、話聞けよオッサン。とりあえずなっちゃん離せって」
「……気安く棗に触るな。これは僕のだ」

 狭い廊下で男二人が睨み合う間に挟まれて何がなんだか分からず涙目になるしかない。
 壱衣が怒鳴るなんて初めてで、穏やかな彼がガチギレするほどの事を言ったのかと自分の発言を思い返してみるけれど混乱している上に酒に酔った頭は上手く働いてくれない。

「も~~、なんでそんな修羅場るのー! ナツメくんもフリーズしてないで止めて!」
「え、あの、でも俺、なんで怒られてるのか」
「はあー!?」

 紫さんに高い声で叫ばれて耳が痛い。
 思わず顔を顰めたのは俺だけではなく、壱衣と玲さんまでも耳を塞いで「うるせぇよユカ」とぼやいた。

「だってナツメくんがっ」
「あーうん、だから待てって言ってんだよ。なっちゃんなっちゃん、良かったね?」
「へ?」
「今なっちゃん、このオッサンに告られたよ?」
「は……」

 何を言ってるのか、とポカンとするのに、玲さんは紫さんを見て「な?」と同意を求めるみたいに首を傾げた。
 こくられた。
 告白された? 俺が壱衣に?
 壱衣を見つめると彼は顔を引き攣らせて握ったままの俺の二の腕をまた強く握り込んで、

「僕が何て言ったか、聞いてなかったの……?」

 と唇を震わせた。

「え、いや、聞いてました。ちゃんと聞いてました」
「じゃあなんで驚いてるの」
「だって、……え? 告白?」

 告白って、好きって? 言われてないよな。
 必死で思い返してみるけれどそんな単語が出た覚えはやっぱり無くて、口元に拳を当てて考え込むと壱衣は俺の腕から手を離して顔を覆って俯いた。

「ちゃんと人の話を聞きなさいって、何度も何度も言ったよね……?」
「ちょ、待って、今思い出すから」
「……なんで僕……よりによってこんな子を……」

 怒ったと思ったら今度は今にも泣き出しそうな雰囲気の壱衣に慌てて必死でさっきの壱衣の怒鳴り声を反芻して、それでなんとなく壱衣も俺に執着してくれているようなのだけは察した。

「えっと……あの、確かに俺から犬になるって言ったのに今度は捨てろとか我儘言ってすみません。でも俺、本当に玲さんとはプレイしないので、乗り換える心配とかはしなくて大丈夫です」
「……」
「……」
「……」

 壱衣が怒った原因はそこだろうと謝罪するのに、三人とも無表情に俺を見つめて黙ってしまって困惑する。
 まだ何か謝り足りないところがあるのか、と焦りながら必死で考えて、とにかく全部心当たりを謝りまくることにした。

「さっき席に呼んでくれたのは嬉しかったですけど、女の人の中に俺が混じるのは正直キツいっていうか、身の程知れみたいに思われるの気まずいのでそういうの無理です。玲さんと用事があるっていうのも嘘じゃないし、えっと……あ、あと、イツキ様って呼んだのはお店の中では偽名の方で呼んだ方がいいと思ったからで。えーっと……あと……、誘惑? 誘惑、誘惑……。そりゃされますよ、壱衣の色気半端無いですもん。あ、あと、壱衣のだ、って言われるのは嬉しいけど俺は壱衣の事好きだから勘違いしそうになって結構凹むからあんまりそういう事言わないでほしいです。あと、他にも犬がいるなら先に言って欲しかった。さっき店に来た時かなりびっくりしたしショックだった」

 謝罪というより言い訳三昧、しかも最後には俺が文句を言ってしまっていて、墓穴を掘るってまさに今の俺の状況だな、と自分で自分に呆れ返る。
 ずらずらと並べ立てたけれど壱衣は無表情から変わらなくて、すぅと唇が開いて息を吸うのを聞いてまた怒鳴られるのかと肩を竦めたのだが。

「僕も棗が好きだよ」
「……え?」

 聞き間違いか、と呆気に取られる俺に、壱衣がもう一度無表情のまま「君が好き」と言う。
 俺が目を丸くして固まるのに、玲さんと紫さんは耐え切れなくなったみたいに噴き出してコロコロと笑い出した。

「っくくく、そうだな、それが正解だよな、このお子様相手なら」
「ここまで嫉妬丸出しなのに自分に気が無いと思ってるの、逆にすごいよね。イツキさんがいつまでも余裕ぶってんのも悪かったとは思うけど」

 笑う二人には目もくれず、壱衣はじっと俺を見る。やっぱり、彼の視線は落ち着かない。どうにもソワソワして、長く目を合わせていると俺の中の物を全部持っていかれてしまいそうな気分になる。

「棗。好きだよ」
「あ、う……えっと……、俺も、です」

 それ以外に一体何と言えばいいのか分からなくて応じる言葉を返すと、やっと壱衣がふわっと柔らかく笑ってくれた。

「……で?」
「え?」
「僕を好きな君は、その僕を放ってその人とどこに行こうとしてたのかな?」

 いつもの微笑みが戻ってきたから油断しそうになって、でもよくよく見れば壱衣の目の奥は全く笑っていなかった。
 思わず後退ろうとするのに、壱衣の手が腰に回ってきてグイと引き寄せられて急な至近距離に心臓が大きく跳ねる。

「あ……っの、ただ、俺の家に行くだけでっ」
「君の家に? 二人で? ……僕も誘ったことが無いくせに?」

 壱衣の声は叱るような色を滲ませているのにかき口説くみたいに甘ったるく、俺が顔を赤くすると更に顔を近付けて耳元で囁いてくる。

「こんな時間に二人で君の家に行ってどうするのかな。どんな用事があるのかな。教えてよ、棗」
「まあまあ、ちょっと事情があんだよ。俺も仕事だから、どうせならさっさと一緒に行こうや」

 疑問形で詰問されてオロオロしていると玲さんが宥めるように壱衣の肩を叩いて、それでいいよな? と俺に視線で訊いてきた。

「でも俺、あの事、壱衣には……」

 強姦されたなんて知られたくない、と俺が必死に首を振ると玲さんは「ん~」と唸って壱衣に視線を移した。

「うん、まあ、知られたくないっていうなっちゃんの気持ちも分かる。て訳でゴシュジンサマ、悪いんだけど今日はなっちゃんの意思を尊重して遠慮してくれない?」
「嫌だよ」

 壱衣は笑顔のまま玲の提案を即却下して、俺の耳元に寄せていた唇をこめかみに当てて寂しそうな声を出した。

「ねぇ、棗。この男に言えて僕には言えないの? 僕はそんなに頼り無さそう?」
「え……」
「何を知っても僕は君を好きだよ。むしろ、知ってる事が増えれば増えるほど君を好きになるよ。棗、ね、もっと君を教えてくれないかな」
「ちょ、い、壱衣っ」

 目の前に玲さんと紫さんが居るのに、彼らの存在が見えないみたいに壱衣は臆面もなく俺を口説くように頬を撫でてくる。キスされる寸前で慌てて壱衣の口を手で押さえてストップをかけると、彼は眉をハの字にして切なげに見つめてきた。
 え、なに、急に色気がヤバい。フェロモンみたいなものがダダ漏れになってるんじゃないかと思うくらい壱衣の雰囲気が変わって、いつもと違う意味で目を合わせられない。
 片手で腰骨を捕まえて抱き込むようにされた上で、もう片手に頬を包むように掌で撫でられて熱い視線に見つめられる。
 どんなバカップルだって人前でここまで密着しているのなんて見たことないぞ、と恥ずかしくて逃げ出したいのに、俺が壱衣の鎖骨辺りを押して遠ざけようとしてもビクともしない。

「うーわ、両想いだって分かった途端に強気ぃ」

 紫さんが揶揄うように口にすると、壱衣は目を細めて彼を睨んで「うるさいよ」と舌打ちした。

「……どうする、なっちゃん」
「い、嫌です」
「棗。お願いだよ。僕のこと信用して? どんな事だって誰にも口外しないし、棗が嫌なら今後その話もしないから。今夜その男を家に入れるなら、僕も一緒に連れて行って。それだけでいいから」

 ね、と縋るような目で見られているのが視界の隅に入るだけで心が揺らぐ。俯いて唸る俺があと一押しで陥落するのが分かっているみたいに壱衣は頭を優しく撫でて、「棗」と甘い声で名前を呼んだ。

「壱衣、ずるい……」
「うん、ごめんね。僕は狡い大人だから、君が僕を好きだっていうなら遠慮なく本気で口説くよ」
「う……う~~……」

 いやそれ、本当にズルじゃん。相手が自分に惚れてるって確信してから口説くとか、完全に舐めプじゃん。
 両想いは嬉しいけれどあの夜の事に関しては出来れば知られたくない。
 なのに、間近の壱衣の顔はその傲慢な台詞と裏腹に不安げなのが厄介だ。俺に受け入れて貰えるか自信の無さそうな表情は「やっぱりダメ」なんて言ったら泣き出してしまうんじゃないかとすら思わせる。

「はい、棗くんの負け~。話ついたんだったもう行った行った。いつまでも店前でたむろされると邪魔だからどっか行ってね~」
「え、あ」

 返答に迷っていたら俺の背中を紫さんがバンと叩いて、よろけたのを壱衣が腰に回した手で支えてくれた。ぐ、と腰骨に壱衣の指が食い込んで、ズボンの布越しだっていうのにドカドカと心臓がうるさく跳ねる。

「……どうしても話を聞かれたくないなら、僕だけ玄関の前で待ってるから」

 そこまで言われて拒否出来る筈もなく、俺が小さく頷くのを見ると「んじゃ行くか」と玲さんが先頭になって歩き出した。

「今日の会計はイツキさんにツケとくからね!」
「ああ。騒がせてごめんって店長に謝っておいて」
「はいよー。次は二人で来るの待ってるね~」

 じゃあね~、と紫さんはひらひら可愛らしく手を振って店へ戻っていった。
 細い階段を降りてビルの外へ出ると、待っていたかのようにスーツの男が玲さんへ一礼してくる。

「お疲れ様です」
「ん、待たせたな。悪ぃんだけど、三人になっちまったからお前タクシーで店まで帰って?」

 背広の内ポケットからクリップで留めた札束を取り出した玲さんは一枚剥がすと丸めてスーツの男へ渡して、それから路肩に駐車されていた黒いセダンの後部ドアを開くと「どーぞ」と微笑んでくる。

「いや、その……その人に悪いんで、俺は電車で……」
「いいから。乗って」

 フロントのガラス三面は透明だけど、後部座席三面は対称的に真っ黒で車内が全く見えない。パッと見は普通の車だけれど、運転席に座る男とお迎えに上がった男の風体からしてそれが『ヤクザの車』だというのは明白だ。
 怯える俺が横の壱衣に視線を向けると彼は安心させるように微笑んでくれて、そして俺を伴って車へ寄った。

「大丈夫だよ。僕らに何かあったら紫が怒るだろうからね」
「そー、俺の可愛い弟ちゃんは客に手ぇ出すとデキンデキン喚くから面倒くせーのよ。俺だってのんびり飲める店減らしたくねーし、なっちゃんは仕事相手みたいなもんだから安心して」

 玲さんは俺と壱衣が後部座席に座ったのを確認すると助手席へ座った。
 シートベルトを掛ける玲さんに、運転席の男が顔を顰めて後ろの俺たちへ鋭い視線を向けてくる。

「矢吹さん、どっちか前にして後ろに座ってもらえませんか」
「だーいじょーぶだって。たまたま前に座った時に撃ち殺されるほど恨み買ってねーから」

 ……撃ち殺される?
 物騒な言葉に顔が引き攣るのに、玲さんはヘラヘラといつも通り俺へ笑い掛けた。
 玲さんが後ろへ行く気が無いのを感じ取ったらしい運転手の男は不満げにしつつもギアレバーを動かして、ゆっくりと発車させる。玲さんすら行き先が何処だとも言っていないのに、外を見れば車が俺の住むアパートへ向かっていくのが分かる。

「心配しないでねぇ、この車は全面防弾だから」

 狙撃の恐れがあるって時点で一般人の俺からしたら不安要素しか無いんだけど。
 ずっと窓の外を見ている俺に玲さんが声を掛けてきて、だけどそれに更に不安を煽られて隣に座る壱衣の手を掴んだ。彼は重なった掌に視線を落としてから、目を細めて唇の両端を上げる。

「……嬉しいな。棗が自分から僕に触れてくれるなんて初めてだ」
「へ? ……えっと、そうでしたっけ」

 ヤクザの車に乗っているっていうのに、壱衣は全く動じていないみたいにそんな事を言う。
 熱い視線に見つめられていつも通り逸らすのに、顔を寄せてきた壱衣はそのまま頬に口付けてきた。

「っちょ、壱衣!」
「お客さーん、ヤクザの車でイチャイチャしないで下さーい」

 焦って壱衣の身体を押して遠ざけようとする俺をバックミラー越しに見ている玲さんが揶揄ってきて、とうとうヤクザってハッキリ言ったぞ、と頭痛がしてくる。
 明言されなければそれっぽいだけでそうじゃない可能性もあると思えたのに、もう無理だ。やっぱヤクザだ。俺、ヤクザに頼み事しちゃったんだ。
 あとはもう悪いヤクザじゃない事を祈るしかない、とため息を吐きながら、アパートに着くまで横の壱衣がしなだれかかってくるのを肘で押し返し続けた。

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