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「お前さ、番とか置いといて、単純に好きなやつとか出来たことあんの?」
二時間ほど歌って、いったん飯でも食うかということになった。好きなバンドのMVを流しながらタコ焼きを食べていたら、急に澄晴がそんな話題を振ってきた。
そうですね、初恋の自覚と失恋が同時にやってきた経験ならありますね。
馬鹿正直にそう答える気はなく、とぼけたように首を傾げてみせた。
「ん~、まだそういうのわかんね」
「……だよなぁ」
呆れたようにため息を吐いてフォークに巻いたナポリタンを口に入れる澄晴は、もしかして俺と恋バナでもしたいんだろうか。
「でも、好きかも~、くらいならあるよ、普通に」
「は? マジで?」
適当に話を合わせてやった方が弱音を吐きやすいだろう、とどうとでも逃げられるよう曖昧に答えると、澄晴は目を丸くして信じられないみたいに何度も瞬きした。
「誰?」
「いや言わんわ」
「いいじゃん言えよ」
「俺の話とかどーでもいいじゃん。そういう澄晴は?」
「俺のこそどうでもいいだろ。教えろって」
何故だかしつこく相手を聞き出そうとしてくる澄晴に、お前の話をしろよと振ってみるのだけど、それでも尚食い下がってきた。
「……好きかも、って思ったけど、βだったんだよ。だから、かも、で終わりにした」
失恋の話をすれば糸口になるかと思って適当に嘘を吐いてみる。さりげなく目線を下げ、切なそうな表情を作るのも忘れない。
実は、こういう演技は得意だ。普段は嘘なんてありませーん馬鹿正直に生きてまーすという言動が功を奏し、かなりの高確率で騙せるというのも経験上知っている。
問題は相手が澄晴ということだが、と彼の反応を見ようと視線を戻すと、あからさまに信じていない顔をしていた。
「お前さぁ、俺と何年つるんでっと思ってんの?」
「……小1の時からだから、九年くらい?」
「嘘吐くならそのわざとらしい演技やめろよ。何回騙されたと思ってんだ」
「おっ、やっと見破れるようになったんだ?」
「悪質過ぎるからな、それ」
ケラケラ笑うと澄晴はうんざりしたように肩を落とし、「一瞬信じそうになったじゃねぇか」とぶつぶつ文句を言いながらまたナポリタンを食べ始めた。
「んで? んで? お前は? 俺は言ったんだから、澄晴も言えよ~」
「いやお前嘘こいたじゃん」
「うまく嘘吐くコツ知ってる? 嘘の中に小さいホントを混ぜること~」
「……お前、ほんとに厄介」
ギロ、と睨まれ、これ以上は本気で怒らせるかな、と判断してタコ焼きを箸で摘まんで口に運ぶ。ザ・冷凍、って味だけど、好きなんだよな、カラオケのタコ焼き。
もぐもぐと無言で咀嚼していると澄晴がナポリタンの皿をこちらに差し出しながら「こっち少しやるからタコ焼き一個くれ」と言ってきた。
「ほいよ」
食べようと箸で摘まんだばかりだったタコ焼きを、ちょうどいいとばかりに澄晴の口に押し込む。がぶ、と大口開けて食らいついてきた澄晴の唇の中に箸先が入っているのを見て、これも一種の間接チューか? と遅れて心臓が跳ねた。
「うま」
「正直ソースとマヨネーズかかってれば何でも大体美味いよな」
「タルタルソースもな」
「俺あれも好き、オーロラソース」
「オーロラ?」
「マヨネーズとケチャップ混ぜたやつ」
「何それ、ポテトにつけたら絶対美味いじゃん」
内心の動揺を押し隠し、なんでもない顔で俺もタコ焼きを食べる。そんな訳ないのに、箸を口に付けるのを澄晴に見つめられている気がして変に緊張した。
「俺のもさっさと食って皿返せ」
「うい」
俺の前に寄せられていたナポリタンの皿からフォークを掴み、麺を巻き付けて一口分だけ持ち上げる。……これ、箸よりキツくね?
麺を口に入れる為にはどうやったってフォークを唇で挟まなきゃならない。澄晴だってそうして食べた筈で、…………ええい、考えるな! 無心だ!
ばくっと食べて澄晴の方へ皿を返すと、彼は何も気にしていないようにそれで続きを食べ始めた。
いや、それが普通なんだ。友達同士で間接キスだのなんだの、気にする方が細かすぎるんだ。
「お前さ、俺と番えば?」
「は? …………はっ?」
一瞬言われた意味が頭を素通りして、それから聞き違いかと眉を顰めた。何言ってんだ? と呆れて澄晴を見ると、彼は揶揄うみたいに半笑いでフォークを回して麺を巻き付けている。
「いっつまでも発情期はこねーし、まともに恋もしたことねーし、普段アホのくせにさらっと人騙せるし。お前みたいの扱いきれんの、俺しかいなくね?」
「言い草よ」
「顔に騙されてくれる見る目の無いαを見つけるような奇跡を待つより現実的だろ」
「もう少しオブラート厚めでお願いできません?」
単純な内容だけなら求婚なのに、含まれた辛辣さが刺さって痛い。
流していたMVが終わって宣伝動画に変わったテレビ画面を観ながら、食べ終わったら次は何歌おうかな、と電子目録の端末を指でつついた。遡って歌唱履歴を流し見すると、どうやら俺たちの前の利用者はヒップホップが好きだったらしく、俺でも知っている有名なユニット名が並んでいた。
「なぁ、澄晴この曲好きだって前に」
「いや返事は?」
「え、なんの?」
性質の悪い冗談だとばかり思っていたから、答えを聞かせろと睨まれてポカンとしてしまう。
虹にフラれたのがそんなにショックだったんだろうか。
「いやお前、自分で言ってんじゃん。俺なんて顔くらいしか取り柄ねーよ?」
「別にそれでいいから俺がもらってやるって言ってんだよ」
決まりでいいよな? と訊かれ、想像以上に傷が深いのだと顔が引き攣る。
やばいって。顔だけでも同じ顔の奴がいい、なんて病むにも程がある。それに、俺と澄晴の家は結婚出来ないって、彼だって十分理解している筈のことがどうやら頭からすっぽ抜けているらしい。
重症だ、と頭痛のしてくるこめかみを押さえながら澄晴の手元に視線をやると、フォークの先に巻かれた麺が小玉の林檎くらいの大きさになっていた。
「落ち着け澄晴。俺らは無理だろ。あとそれ、巻き過ぎ」
いくらなんでもそれは一口で食べられないだろう。おそらく無意識なんだろう、くるくるとフォークを回し続けていた澄晴は俺にそう言われてやっと指を止めた。
「……無理とか、知らね」
忌々しげに吐き捨て、澄晴はフォークを皿の端に置くとソファーに深く背中を預けた。天井を向いて深いため息を吐く様子に、じくじくと胸が膿みだす。
家のことさえ無ければ、きっと俺から澄晴にアタックしていた。けれど、家のことが無ければ、澄晴と虹はとっくに番っていただろう。
どっちにしろ俺に希望なんて無かったんだから、家のせいで、って理由付けが出来る分、俺にとっては幸運かもしれない。
「あー、あれだな。お見合いパーティでも行くか!」
「は?」
「虹が上手くいきそうだからなんとなく焦ってんだろ? 大丈夫だって、お前いい奴だし、出会いの場さえあればすぐ見つかるって。俺に求婚するくらい血迷うとかちょっと深刻に考え過ぎだよ」
な! と笑ってみせると澄晴は眉間に深い深い皺を寄せ、それから首を横に振った。
「行かねーよそんなん」
「え、じゃあ俺一人で行こうっと。んー……、あ、これいいな。二十歳以下の学生限定」
スマホで『番探し 学生』と検索すると結構な数が出てきて、近場に絞ってもまだ二十件近くあった。
それだけ相性の良い番を探すのは大変なことなんだろう。うちの両親も確か、結婚したのは父さんが二十六歳、パパが二十八歳の頃だって聞いた気がする。αとΩで番うにしては晩婚だったって親戚のおじさんが言っていた。Ωはともかく、αは早々に番を娶らないとΩのフェロモンでハニートラップに掛けられる心配があるからだとかなんとか。
「やめとけ。まだお前には早いだろ」
「いーじゃん、何事も経験。もしかしたら俺の顔に騙されてくれる運命のαに会えるかもしれないしー」
「……星」
スマホからウェブ上で参加申し込みが出来るらしく、氏名や年齢、家族構成を入力して会員登録を進めているとそれを邪魔するみたいに澄晴の掌が画面を覆ってきた。
「なに? 一緒に行く気になった?」
「なんねーよ。行くなっつってんだろ」
わざわざ立ち上がってテーブル越しに腕を伸ばしてきた澄晴は呆れているというより怒っているみたいで、対応に困って首を掻く。室内は冷房がよく効いているけれど、少し汗ばんで痒くなってきた。
「この邪魔くさい首輪とさっさとオサラバしたいんだよ、俺は」
「だから俺と……」
「ハイハイ、じゃあ来世な? 今生は無理だから、来世は予約させてやんよ」
澄晴の手の甲をぽんぽんと叩いてから、手首を持ってどけて続きの項目を記入する。
引っ込めた掌を見つめて「来世……」と低く呟いた澄晴に、何故だかぞっとして身震いした。まさか来世で虹と結ばれるのを願ってワンチャン、なんて流石にしないだろうが……しないよな?
「……お前の分も予約しといたからな」
彼の執着が予想よりずっと根深そうなのを感じ取って勝手に俺の友人として澄晴の情報も登録して参加申し込みボタンを押した。ヴヴ、と澄晴のスマホが震える。おそらく参加予約の確認メッセージだろう。
「それ『確定』のボタン押して」
「……マジで行くのか?」
「行くって。思い立ったが吉日」
「…………」
ふー、と長い長いため息を吐いた澄晴は、けれどノロノロと手を動かすと俺の指示通り参加申し込みを確定させてくれた。
「そんな訳で、今度の日曜、お見合いパーティ行ってくる」
家族四人でちゃぶ台を囲んで夕飯の最中、俺がそう言うとパパと虹が思いきり米を噴き出した。
「うわっ、え、何、行儀悪っ」
「いやお前がいきなりそんなん言うからだろ!」
「え? お見合いパーティって、恥ずかしい感じの話題?」
オロオロしながら近くにあったティッシュ箱を二人の方に差し出すと、口元と飛んだ米粒を片付けながら彼らが意味深に顔を見合わせる。
面立ちは父さんの遺伝子多めなのに、細かいパーツと表情の作り方がパパ似だからか、パパと虹が並ぶとザ・親子! って感じだ。俺とパパが並ぶと、ああ親子ね、くらい。逆に、俺は父さんに似てるってよく言われる。性格は絶対虹が父さん似で俺がパパ似なのに。不思議だ。
「お見合い自体は珍しいことじゃねーよ。面白ぇのは時柴の坊主と一緒、って方」
「そう?」
澄晴は小学校どころか保育園の頃からの友人で、互いの両親もそれを知っている。
あくまで『友人』としての付き合いならこれまで通り干渉しない、と言い含められたのは小学校入学時で、それから同じ高校に進学した今まで、毎日のように家に遊びに来るほど親密な付き合いをしていても反対された事はない。
だけど、何年経ってもパパが澄晴の名前を呼ぶことはない。澄晴を示す時はいつも『時柴の坊主』。どこの家の子か忘れるな、という意味に他ならない。
「どーなってんだよ、虹」
「分かんないよ……。俺、結構煽ったつもりだったんだけど」
煽る? ああ、もしかして虹は澄晴をフる時に『他のΩを見つけなよ』とでも言ったんだろうか。だからあんなに焦っていたんだとしたら納得だ。それで手っ取り早く俺、なんて選択肢が浮かんだ澄晴のアホさには呆れてしまうけれど。
いや、考えてみれば、あれって結構おいしいシチュエーションだったんじゃないか? 好きな人に求婚されてたんだぞ、俺。うわー、もう少し堪能しておけば良かったかも。
辛みより痺れの方が強い麻婆豆腐に舌がビリビリして水を一口飲むと、黙々と食べていた父さんが何か言いたげに俺を見ていた。
「あの、星」
「余計な事言うなよ、謙二」
「でもこのままじゃ変に拗れて……」
普段の父さんはパパの忠実なイエスマンだ。言い返す所なんて滅多に見た事がない。パパが白と言えば黒も金も虹色だって笑顔で「白ですね」と言うに違いない。
そんな父さんが食い下がるのは、決まって俺か虹への態度や扱いに不満がある時だけ。そして、普段は王様みたいなパパも、そういう時だけは父さんの言葉を聞き入れる。
……の、だけど。
「黙ってろ。本人が決める事だ。口出すな」
「……」
珍しくパパは父さんの言葉を冷たく遮り、父さんを睨みつけた。
一瞬にして空気が凍りつき、ごくんと唾を飲むのさえ躊躇する。怒っている時のパパは、本気で怖い。この歳になってもまだ、睨まれたら視線だけで殺されてしまうんじゃないかって泣きそうになる。
少しはαの威圧フェロモンも混じっているんだろうけど、大部分はパパ自体から立ち昇る殺気だ。この人に逆らっちゃいけない、少しでも機嫌を損ねたら殺される。まともな神経をしていれば身を守る為にそんな防御反応が働くような、心臓を芯から冷やすような気迫。
なのに、父さんはその視線をまっすぐ見返して、それから小さく「あっそ」と言って立ち上がった。
「謙二」
「……」
「謙二、おい」
「……」
「なぁ、おい。待てって」
呼びかけるパパを無視して、食べかけの食器をそのままに父さんはリビングを出て行ってしまう。それを焦ったようなパパが追い掛けていって、二人の足音は階段を上がって二階に上っていった。
残された虹と顔を見合わせ、ふー、と長い息を吐く。
「パパちょーこわ……」
「あの威圧フェロモン浴びてまともに反抗出来るって、父さん強すぎ……」
「やっぱあれくらい根性座ってないとヤクザの番になんかなれないんだろうな」
「俺ムリ」
「俺も無理」
もそもそと飯の続きを口に入れるが、浴びせられた殺気の所為かまともに味がしなかった。
二時間ほど歌って、いったん飯でも食うかということになった。好きなバンドのMVを流しながらタコ焼きを食べていたら、急に澄晴がそんな話題を振ってきた。
そうですね、初恋の自覚と失恋が同時にやってきた経験ならありますね。
馬鹿正直にそう答える気はなく、とぼけたように首を傾げてみせた。
「ん~、まだそういうのわかんね」
「……だよなぁ」
呆れたようにため息を吐いてフォークに巻いたナポリタンを口に入れる澄晴は、もしかして俺と恋バナでもしたいんだろうか。
「でも、好きかも~、くらいならあるよ、普通に」
「は? マジで?」
適当に話を合わせてやった方が弱音を吐きやすいだろう、とどうとでも逃げられるよう曖昧に答えると、澄晴は目を丸くして信じられないみたいに何度も瞬きした。
「誰?」
「いや言わんわ」
「いいじゃん言えよ」
「俺の話とかどーでもいいじゃん。そういう澄晴は?」
「俺のこそどうでもいいだろ。教えろって」
何故だかしつこく相手を聞き出そうとしてくる澄晴に、お前の話をしろよと振ってみるのだけど、それでも尚食い下がってきた。
「……好きかも、って思ったけど、βだったんだよ。だから、かも、で終わりにした」
失恋の話をすれば糸口になるかと思って適当に嘘を吐いてみる。さりげなく目線を下げ、切なそうな表情を作るのも忘れない。
実は、こういう演技は得意だ。普段は嘘なんてありませーん馬鹿正直に生きてまーすという言動が功を奏し、かなりの高確率で騙せるというのも経験上知っている。
問題は相手が澄晴ということだが、と彼の反応を見ようと視線を戻すと、あからさまに信じていない顔をしていた。
「お前さぁ、俺と何年つるんでっと思ってんの?」
「……小1の時からだから、九年くらい?」
「嘘吐くならそのわざとらしい演技やめろよ。何回騙されたと思ってんだ」
「おっ、やっと見破れるようになったんだ?」
「悪質過ぎるからな、それ」
ケラケラ笑うと澄晴はうんざりしたように肩を落とし、「一瞬信じそうになったじゃねぇか」とぶつぶつ文句を言いながらまたナポリタンを食べ始めた。
「んで? んで? お前は? 俺は言ったんだから、澄晴も言えよ~」
「いやお前嘘こいたじゃん」
「うまく嘘吐くコツ知ってる? 嘘の中に小さいホントを混ぜること~」
「……お前、ほんとに厄介」
ギロ、と睨まれ、これ以上は本気で怒らせるかな、と判断してタコ焼きを箸で摘まんで口に運ぶ。ザ・冷凍、って味だけど、好きなんだよな、カラオケのタコ焼き。
もぐもぐと無言で咀嚼していると澄晴がナポリタンの皿をこちらに差し出しながら「こっち少しやるからタコ焼き一個くれ」と言ってきた。
「ほいよ」
食べようと箸で摘まんだばかりだったタコ焼きを、ちょうどいいとばかりに澄晴の口に押し込む。がぶ、と大口開けて食らいついてきた澄晴の唇の中に箸先が入っているのを見て、これも一種の間接チューか? と遅れて心臓が跳ねた。
「うま」
「正直ソースとマヨネーズかかってれば何でも大体美味いよな」
「タルタルソースもな」
「俺あれも好き、オーロラソース」
「オーロラ?」
「マヨネーズとケチャップ混ぜたやつ」
「何それ、ポテトにつけたら絶対美味いじゃん」
内心の動揺を押し隠し、なんでもない顔で俺もタコ焼きを食べる。そんな訳ないのに、箸を口に付けるのを澄晴に見つめられている気がして変に緊張した。
「俺のもさっさと食って皿返せ」
「うい」
俺の前に寄せられていたナポリタンの皿からフォークを掴み、麺を巻き付けて一口分だけ持ち上げる。……これ、箸よりキツくね?
麺を口に入れる為にはどうやったってフォークを唇で挟まなきゃならない。澄晴だってそうして食べた筈で、…………ええい、考えるな! 無心だ!
ばくっと食べて澄晴の方へ皿を返すと、彼は何も気にしていないようにそれで続きを食べ始めた。
いや、それが普通なんだ。友達同士で間接キスだのなんだの、気にする方が細かすぎるんだ。
「お前さ、俺と番えば?」
「は? …………はっ?」
一瞬言われた意味が頭を素通りして、それから聞き違いかと眉を顰めた。何言ってんだ? と呆れて澄晴を見ると、彼は揶揄うみたいに半笑いでフォークを回して麺を巻き付けている。
「いっつまでも発情期はこねーし、まともに恋もしたことねーし、普段アホのくせにさらっと人騙せるし。お前みたいの扱いきれんの、俺しかいなくね?」
「言い草よ」
「顔に騙されてくれる見る目の無いαを見つけるような奇跡を待つより現実的だろ」
「もう少しオブラート厚めでお願いできません?」
単純な内容だけなら求婚なのに、含まれた辛辣さが刺さって痛い。
流していたMVが終わって宣伝動画に変わったテレビ画面を観ながら、食べ終わったら次は何歌おうかな、と電子目録の端末を指でつついた。遡って歌唱履歴を流し見すると、どうやら俺たちの前の利用者はヒップホップが好きだったらしく、俺でも知っている有名なユニット名が並んでいた。
「なぁ、澄晴この曲好きだって前に」
「いや返事は?」
「え、なんの?」
性質の悪い冗談だとばかり思っていたから、答えを聞かせろと睨まれてポカンとしてしまう。
虹にフラれたのがそんなにショックだったんだろうか。
「いやお前、自分で言ってんじゃん。俺なんて顔くらいしか取り柄ねーよ?」
「別にそれでいいから俺がもらってやるって言ってんだよ」
決まりでいいよな? と訊かれ、想像以上に傷が深いのだと顔が引き攣る。
やばいって。顔だけでも同じ顔の奴がいい、なんて病むにも程がある。それに、俺と澄晴の家は結婚出来ないって、彼だって十分理解している筈のことがどうやら頭からすっぽ抜けているらしい。
重症だ、と頭痛のしてくるこめかみを押さえながら澄晴の手元に視線をやると、フォークの先に巻かれた麺が小玉の林檎くらいの大きさになっていた。
「落ち着け澄晴。俺らは無理だろ。あとそれ、巻き過ぎ」
いくらなんでもそれは一口で食べられないだろう。おそらく無意識なんだろう、くるくるとフォークを回し続けていた澄晴は俺にそう言われてやっと指を止めた。
「……無理とか、知らね」
忌々しげに吐き捨て、澄晴はフォークを皿の端に置くとソファーに深く背中を預けた。天井を向いて深いため息を吐く様子に、じくじくと胸が膿みだす。
家のことさえ無ければ、きっと俺から澄晴にアタックしていた。けれど、家のことが無ければ、澄晴と虹はとっくに番っていただろう。
どっちにしろ俺に希望なんて無かったんだから、家のせいで、って理由付けが出来る分、俺にとっては幸運かもしれない。
「あー、あれだな。お見合いパーティでも行くか!」
「は?」
「虹が上手くいきそうだからなんとなく焦ってんだろ? 大丈夫だって、お前いい奴だし、出会いの場さえあればすぐ見つかるって。俺に求婚するくらい血迷うとかちょっと深刻に考え過ぎだよ」
な! と笑ってみせると澄晴は眉間に深い深い皺を寄せ、それから首を横に振った。
「行かねーよそんなん」
「え、じゃあ俺一人で行こうっと。んー……、あ、これいいな。二十歳以下の学生限定」
スマホで『番探し 学生』と検索すると結構な数が出てきて、近場に絞ってもまだ二十件近くあった。
それだけ相性の良い番を探すのは大変なことなんだろう。うちの両親も確か、結婚したのは父さんが二十六歳、パパが二十八歳の頃だって聞いた気がする。αとΩで番うにしては晩婚だったって親戚のおじさんが言っていた。Ωはともかく、αは早々に番を娶らないとΩのフェロモンでハニートラップに掛けられる心配があるからだとかなんとか。
「やめとけ。まだお前には早いだろ」
「いーじゃん、何事も経験。もしかしたら俺の顔に騙されてくれる運命のαに会えるかもしれないしー」
「……星」
スマホからウェブ上で参加申し込みが出来るらしく、氏名や年齢、家族構成を入力して会員登録を進めているとそれを邪魔するみたいに澄晴の掌が画面を覆ってきた。
「なに? 一緒に行く気になった?」
「なんねーよ。行くなっつってんだろ」
わざわざ立ち上がってテーブル越しに腕を伸ばしてきた澄晴は呆れているというより怒っているみたいで、対応に困って首を掻く。室内は冷房がよく効いているけれど、少し汗ばんで痒くなってきた。
「この邪魔くさい首輪とさっさとオサラバしたいんだよ、俺は」
「だから俺と……」
「ハイハイ、じゃあ来世な? 今生は無理だから、来世は予約させてやんよ」
澄晴の手の甲をぽんぽんと叩いてから、手首を持ってどけて続きの項目を記入する。
引っ込めた掌を見つめて「来世……」と低く呟いた澄晴に、何故だかぞっとして身震いした。まさか来世で虹と結ばれるのを願ってワンチャン、なんて流石にしないだろうが……しないよな?
「……お前の分も予約しといたからな」
彼の執着が予想よりずっと根深そうなのを感じ取って勝手に俺の友人として澄晴の情報も登録して参加申し込みボタンを押した。ヴヴ、と澄晴のスマホが震える。おそらく参加予約の確認メッセージだろう。
「それ『確定』のボタン押して」
「……マジで行くのか?」
「行くって。思い立ったが吉日」
「…………」
ふー、と長い長いため息を吐いた澄晴は、けれどノロノロと手を動かすと俺の指示通り参加申し込みを確定させてくれた。
「そんな訳で、今度の日曜、お見合いパーティ行ってくる」
家族四人でちゃぶ台を囲んで夕飯の最中、俺がそう言うとパパと虹が思いきり米を噴き出した。
「うわっ、え、何、行儀悪っ」
「いやお前がいきなりそんなん言うからだろ!」
「え? お見合いパーティって、恥ずかしい感じの話題?」
オロオロしながら近くにあったティッシュ箱を二人の方に差し出すと、口元と飛んだ米粒を片付けながら彼らが意味深に顔を見合わせる。
面立ちは父さんの遺伝子多めなのに、細かいパーツと表情の作り方がパパ似だからか、パパと虹が並ぶとザ・親子! って感じだ。俺とパパが並ぶと、ああ親子ね、くらい。逆に、俺は父さんに似てるってよく言われる。性格は絶対虹が父さん似で俺がパパ似なのに。不思議だ。
「お見合い自体は珍しいことじゃねーよ。面白ぇのは時柴の坊主と一緒、って方」
「そう?」
澄晴は小学校どころか保育園の頃からの友人で、互いの両親もそれを知っている。
あくまで『友人』としての付き合いならこれまで通り干渉しない、と言い含められたのは小学校入学時で、それから同じ高校に進学した今まで、毎日のように家に遊びに来るほど親密な付き合いをしていても反対された事はない。
だけど、何年経ってもパパが澄晴の名前を呼ぶことはない。澄晴を示す時はいつも『時柴の坊主』。どこの家の子か忘れるな、という意味に他ならない。
「どーなってんだよ、虹」
「分かんないよ……。俺、結構煽ったつもりだったんだけど」
煽る? ああ、もしかして虹は澄晴をフる時に『他のΩを見つけなよ』とでも言ったんだろうか。だからあんなに焦っていたんだとしたら納得だ。それで手っ取り早く俺、なんて選択肢が浮かんだ澄晴のアホさには呆れてしまうけれど。
いや、考えてみれば、あれって結構おいしいシチュエーションだったんじゃないか? 好きな人に求婚されてたんだぞ、俺。うわー、もう少し堪能しておけば良かったかも。
辛みより痺れの方が強い麻婆豆腐に舌がビリビリして水を一口飲むと、黙々と食べていた父さんが何か言いたげに俺を見ていた。
「あの、星」
「余計な事言うなよ、謙二」
「でもこのままじゃ変に拗れて……」
普段の父さんはパパの忠実なイエスマンだ。言い返す所なんて滅多に見た事がない。パパが白と言えば黒も金も虹色だって笑顔で「白ですね」と言うに違いない。
そんな父さんが食い下がるのは、決まって俺か虹への態度や扱いに不満がある時だけ。そして、普段は王様みたいなパパも、そういう時だけは父さんの言葉を聞き入れる。
……の、だけど。
「黙ってろ。本人が決める事だ。口出すな」
「……」
珍しくパパは父さんの言葉を冷たく遮り、父さんを睨みつけた。
一瞬にして空気が凍りつき、ごくんと唾を飲むのさえ躊躇する。怒っている時のパパは、本気で怖い。この歳になってもまだ、睨まれたら視線だけで殺されてしまうんじゃないかって泣きそうになる。
少しはαの威圧フェロモンも混じっているんだろうけど、大部分はパパ自体から立ち昇る殺気だ。この人に逆らっちゃいけない、少しでも機嫌を損ねたら殺される。まともな神経をしていれば身を守る為にそんな防御反応が働くような、心臓を芯から冷やすような気迫。
なのに、父さんはその視線をまっすぐ見返して、それから小さく「あっそ」と言って立ち上がった。
「謙二」
「……」
「謙二、おい」
「……」
「なぁ、おい。待てって」
呼びかけるパパを無視して、食べかけの食器をそのままに父さんはリビングを出て行ってしまう。それを焦ったようなパパが追い掛けていって、二人の足音は階段を上がって二階に上っていった。
残された虹と顔を見合わせ、ふー、と長い息を吐く。
「パパちょーこわ……」
「あの威圧フェロモン浴びてまともに反抗出来るって、父さん強すぎ……」
「やっぱあれくらい根性座ってないとヤクザの番になんかなれないんだろうな」
「俺ムリ」
「俺も無理」
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夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。
◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。
◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。
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