隣り合うように瞬く

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 うちの親は、表向きは『ゲームセンターの店長』と『その店の事務員』だ。
 そう、表向き。くるりと裏返してみれば、それはもう真っ黒。
 パパはここいらのヤクザの頭目の孫で、若頭の右腕だとかなんとか。ゲーセンは組の資金調達する為のフロント企業・兼・組員のオンナや子供、下っ端構成員の働き口になっているらしい。
 詳しい事情は父さんがストップを掛けているらしくてハッキリ聞けないのだけど、たまにうちに遊びに来るパパの親戚のお兄さんがこっそり教えてくれている。「お前らがいるからあいついまだに堅気カタギのままがいいって駄々こねてんだぞ」なんて言われて、幼稚園生だった俺は「カタギってなぁに?」とパパに訊ねて、そしたら父さんが笑顔でお兄さんを家から蹴り出したんだっけ。
 盆暮れ正月にある親戚の集まりは決まってパパのおばあちゃんの実家で行われる。瓦屋根の付いた塀がぐるりと敷地を囲っていて、内外には監視カメラもいくつか設置されている日本家屋。宴会場横の長い縁側からは大きな鯉のいる池まである整えられた広い庭が見え、料亭か何かを貸し切っているんだと思っていたくらい広いあの家が、パパの祖父──俺からみて曾祖父──つまり、ヤクザの頭、その人の住む家だと知ったのは、俺達の小学校の入学祝いの場でだった。

「うちの家系は、代々ヤクザだ。お前らにはどんなに好きでも番えねぇ奴もいるって覚悟しておけ」

 パパの用意したご馳走を前にそわそわする俺と虹に、パパは真剣な顔で話し始めた。
 ヤクザがなんなのかよく分からなかったし、『ツガエネエ』という言葉の意味も分からなかった。けど、父さんも虹も真面目に聞いていたから、俺も黙っていた。

「ツガウってなに?」
「結婚する、ってことだ」

 虹の疑問に答えた父さんの言葉に、ぱっと頭に浮かんだのは澄晴の顔だった。
 結婚。ずっと一緒にいること。仲良くして、一緒に住んで、大好きって言い合ってぎゅってすること。
 両親の仲睦まじさを見ていれば結婚に対してそんなポジティブなイメージしか持っておらず、だからそれをするなら一番仲が良い人、と思った。同じ保育園から同じ小学校に通う、一番仲の良いお友達。それが澄晴だ。
 結婚するなら澄晴がいいな、と単純にそう思った俺は、しかしパパの次の言葉にその気持ちをしおれさせた。

「警察官、弁護士、税理士、銀行家……それから、公務員系もやめといた方がいいな。相手の迷惑になる。時柴のとこの坊主も無理だ。あいつの家は代々議員だ」
「ギイン?」
「あいつの親は市長だし、親父さんは県議で曾爺さんも市長だったろ。そんな血筋にヤクザと繋がりがあったら不味い。だからあいつは無理なんだ。……おい、分かってるか、星」
「……わかった」

 『シチョウ』は分かった。保育園の頃、運動会とか発表会で澄晴のお父さんはいつも『えらいひとのせき』に座っていて、先生たちからもそう呼ばれていたから。
 それ以外の言葉はちんぷんかんぷんで、でも『ヤクザ』と『シチョウ』は結婚できない、俺と澄晴は結婚できない、というのだけは頭に残った。
 パパの言った意味は年を重ねるごとにゆっくり理解して、そして納得もした。
 議員家系とヤクザ家系が番になったら、そりゃ大問題だろう。裏金だの献金だの、週刊誌のいいネタになるに違いない。
 表向きはゲームセンターの店長なんてやっているし、パパの営業用の外面は別人かと思うほど穏やかだから、同級生の親世代まではうちがヤクザ家系だなんて知らない人の方が多かった。けど、その上の年代はまだまだ知っている人も多く、裏で「ヤクザの子なんか通わせないで」と学校に苦情が入ったりもしたらしい。その度にパパは学校へ出向いて、「うちは実家と関係ありませんから」と説明していた。
 ……まぁ、嘘なんだけど。ゴリゴリにヤクザ関係者と癒着してるんだけど、パパの店。
 そんな訳で、俺と虹は澄晴と番えないのだ。
 どんなに好きでも、好きだからこそ、澄晴のことを考えたら番えない。










 日曜日、いつもより早めに起きて準備をしていた。
 開けてないカーテンの外からはもう既にジーワジーワと蝉の声が聞こえてきていて、今日も暑くなるぞと警告しているみたいだった。肌に刺さる直射日光を想像するだけでげんなりする。
 ゴツい首輪の錠を嵌めてから鍵を机の引き出しに仕舞い、鏡を見た。
 ビッグサイズの白Tにグレーチェックのだぼっとした膝下丈ハーフパンツ。昨日の夜に虹に相談したら「これが一番星らしい」って太鼓判を押してくれたコーデだ。動きやすいし涼しいし、文句無し。……まぁ、お見合いパーティに行く格好かと言われれば、若干場違いになりそうな気もするのだけど。
 あとはいつもより少し効き目を弱く処方してもらった抑制剤を飲むだけ、と思っていたら、机の上で充電したままだったスマホが鳴り出した。
 表示を見れば、電話の主はどうやら澄晴だ。

「はーい。おはよ、どした?」
『……悪い。ちょっと遅れそう』

 まさか当日ドタキャンなんて言わないよな、と笑って出ると、電話の向こうの澄晴はやけに硬い声音だった。

「なに、もしかして親父さんとかにパーティ参加反対された?」
『いや……そういう訳じゃねーんだけど……。電車の時間に間に合いそうにないから、車出してもらう事にした。だからお前、今から俺んち来れる?』
「えー……」
『……つか、来て。じゃあ』
「いや、お前んちに俺が上がるのは、……って、切れてるし」

 澄晴の話し方はらしくなくもごもごと歯切れ悪く、なのに俺の返事を待たず切れてしまった。
 何があったのかは不明だが、家に呼びつけるのも勝手に決めてしまうのも、いつもの澄晴にはあり得ないことだ。よほどの事態で焦っているか、もしくはのっぴきならない事情があるか。どちらにしろ、澄晴の家に行ってやらないといけないだろう。気乗りはしないが。
 階下へ降り、キッチンで薬を飲んでいるとリビングのソファで雑誌を読んでいたパパが声を掛けてきた。

「お前の人生だ。よく考えて決めろよ」
「? うん」

 一度の見合いで気に入る相手が見つかるとは思っていないし、俺は澄晴と違って焦ってもいないのだけど。俺を見つめるパパの目が真剣だったから、素直に頷いた。
 薬を飲んで五分してからフェロモン測定器を出して、3.07と表示されているのを確認してポケットに戻した。
 大体1~5が抑制剤服用中のΩの平均値だ。薬を飲んでも8を超えるときは出来る限り外出しないよう言われているし、10を超えた状態で外をうろついていると犯罪教唆で警察に捕まる。
 平均値内ならよほどフェロモンに弱いαじゃなければ微かに匂いを感じる程度らしく、パーティの説明欄では5まで上げてくる事を推奨していたが、どうにも俺は薬の効きが良すぎて効果を弱めてもそこまで上がらなかったようだ。
 ちなみに薬を飲まずに発情期に入ると300を超えたりするらしい。怖い。
 行ってきます、とパパに声を掛けて家を出て、澄晴の家を目指す。
 うちから五分くらいしか離れていないのに、行くのは何年ぶりだろう。小学校の頃、澄晴が風邪で休んだ日にプリントを渡しに行ったら、彼の母親にあからさまに冷たくされて凹んだ覚えがある。それ以来なんとなく避けているから、数年ぶりなのは確かだ。
 澄晴の家は曾祖父の家ほどではないが、周りに並ぶ家に比べれば格段に大きく広い。周囲を囲む塀はあるものの、アイアンの細い棒が蔦模様を描く洒落た柵で、外から庭が眺められる。
 『見られたくない』ヤクザと逆に、議員さんはクリーンさを『見せたい』のかな、なんて勘ぐってしまう。
 インターホンを鳴らすと、返事が聞こえる前に門扉から少し遠くにある家屋のドアが開いて澄晴が出てきた。

「おはよ。まだ着替えてねーじゃん、もしかして寝坊した?」
「ちげーよ。さっさと入れ。母さんに見つかると面倒だから」

 スニーカーを引っかけてフェンスの内鍵を開けに来た澄晴はTシャツにジャージパンツの出で立ちで、部屋着としか思えない。
 そのうえ家主の許可無く家に上がれと言われ、慌てて数歩後退った。

「いや、俺ここで待ってるからさっさと着替えてこいよ」
「……いいから」
「良くねーって。親の許可無く家に上がり込んだりしたらまた「これだからヤクザの子は」って言われんじゃん」

 俺の勝手な行動でうちの評判を落とすかもしれないなんて嫌だ。パパは気にしないかもしれないが、父さんはきっと気に病む。
 首を振って拒否を示すと、澄晴は苛立ったように無言で俺の腕を掴んで引っ張った。

「おい、澄晴っ」
「見つかりたくねーなら騒ぐなよ」

 足を踏ん張って全力で抵抗しているのに、澄晴は軽々と俺を引きずっていく。やめろって、と何度言っても無駄で、玄関まで引っ張り込まれて諦めて靴を脱いだ。

「なぁ、どうしたんだ? なんかあったのか?」

 何かしら理由があっての行動だろうと訊いてみるのに、澄晴は黙したまま家の中を進んで、二階へ上がるとその中の一室へ入った。
 重そうな遮光カーテンは閉められたままで、両脇から漏れ入ってくる僅かな日光だけが光源で思わず目を凝らしたほどだ。
 薄暗い部屋を見回すと、広いフローリング張りの部屋にはベッドと勉強机、それからテレビとソファまで置いてあった。
 俺にも一応自分の部屋はあるが、ベッドと小さい机を置いたらぎゅうぎゅう詰めだから、ここが澄晴の自室というなら正直羨ましい。
 羨ましいのだけど、……まるでモデルルームみたいに、物が無い。
 勉強机の横に吊り下げられた通学鞄とベッドのヘッドボードに置かれたボックスティッシュ、小さなゴミ箱が一応の生活感を醸し出しているが、それすら周囲の雰囲気に合わせてセット的にあつらえたように思えてくるから不思議だ。

「え、お前、実はすげー綺麗好き?」
「……」

 意外、と言おうとした唇に、何かが押し当てられて硬直した。
 柔らかい。表面が冷たくて、けど薄い皮膚の向こうに確かに体温を感じる。
 ゆっくり瞬きして、間近に澄晴の閉じた瞼と頬が見えて、ああこれキスだ、と気付いた。

「……っ!?」

 気付いてから慌てて離れようと澄晴を突き飛ばそうとした腕が、予測していたみたいに素早く掴まれる。澄晴は俺の下唇を軽く噛んでから、そこを舐めてきた。湿った舌に唇を濡らされていく感覚に思わず腰が引けるのに、澄晴は俺の腕を引いてより身体が密着するように寄ってくる。
 ぶつかった腰に硬い感触を押し付けられて思わず息を呑んだ。

「す、すばっ」
「なぁ、何この匂い」
「は?」
「お前、発情期まだなんじゃなかったのかよ。なんでこんな匂いしてんだよ」

 至近距離で呟く澄晴の声は苛立ちに低く、それで彼が俺のフェロモンに惑わされてしまったのだと気付いた。

「え、あ、ごめん。今日お見合いだから、薬減らしてて」

 参加要項にもフェロモンの推奨数値あったじゃん? と言い訳しつつ、それとなく澄晴の腕を振り解こうとするが彼の指は全く緩まない。

「きてんのかよ、発情期。なんで隠してた?」
「隠してたっていうか、友達に言うことじゃないし。ってか、澄晴ちょっとフェロモンに弱すぎね? さっき家出る前確認したけど3しかなかったぞ? そんな低い数値でαが発情ラットするとか聞いたことない……」
「ごちゃごちゃうるせぇ」

 揶揄いつついつも通りに振る舞えば澄晴も正気に戻ってくれるかと思ったのに、彼はまた唇を合わせてきた。
 唇の合わせ目の隙間を吸われて、ちゅる、と音がして身体が跳ねる。硬直したままの俺の唇を舐めた澄晴の舌が遠慮なく口の中に入ってきて、心の中で悲鳴を上げた。
 こういう事はまだまだ自分とは関係ないものだとわざと遠ざけてきたから全く免疫がない。
 発情期は薬で抑え込めるし、自慰もしない。だって、そんな事をしたらどうしたって想像してしまう。澄晴の手を、身体を、声や吐息を。
 結ばれない相手との情事を想像するより不毛な事はなく、なのにそんなことを知らない澄晴は本能に任せて俺の唾液を啜ってくる。
 舌同士を擦り合わせるように絡められ、ぞくぞくした感覚に膝の力が抜けそうになる。
 身を捩って逃げようとするのに、掴まれた腕は微動だにしない。
 ギリギリと締め付けられる手首の痛みには覚えがあった。そう、これは、虹に向けられたもの。俺じゃない。俺のフェロモンで発情していても、澄晴が求めているのは虹と同じ顔だけだ。

「……っう」

 痛みに呻いた澄晴が反射的に顔を離して、それから俺を睨み下ろす。
 加減して噛んだから、千切れてはいないだろう。微かに錆た味のする唾液を飲み込み、「アホ」と肩を竦めてみせた。

「マジで正気に戻れって。アイアム星。ユーアー澄晴。分かる?」
「……ふざけてんのか」
「ふざけてなけりゃやってらんねーよ。番入り前のΩに何してくれてんの? せっかく番になる人に取っといたのに、返せよ俺のファーストキス」

 澄晴の目は据わっていて、息も荒いし普段は抑えているフェロモンも漏れ出してきている。完全に『当てられている』状態だ。
 どうにか逃げられないかと部屋のドアに視線を向ける。暗くてよく見えないが、ドアノブに鍵はないだろう。とりあえず澄晴の手が離れれば部屋の外に出られる。さっき母親に見つかると……と言っていたから、家の中にはいる筈だ。広い家だからこの部屋で叫んだとしても届かない可能性があるから、出来れば叫ぶのは人の居そうな一階に降りてからがいい。助けを求めるのを警戒して口を塞がれないよう、まだ大声は出さないでいるのが賢明か。
 冷静に状況を判断して、出来る限り澄晴に不利にならないよう動く方法を思案する。
 澄晴がこんなにフェロモンに弱いのは想定外だった。平均値以内のフェロモンでこんな風になるのに、よく今まで平然と学校に通えていたものだ。

「お前の番になんのは俺なんだから問題ねーだろ」
「はぁ? おま、冗談にしても笑えね……」
「もういい、もう喋んな。うんざりだ。ずっと我慢してきたのに、嘘ばっか吐きやがって。俺の知らねぇうちに他の奴に掠め取られる可能性あったとか、マジでなんも洒落になんねーんだよクソが」

 低い声で俺を罵倒した澄晴は腕を掴んだまま身体で押してきて、ベッドへ背中から倒れ込んだ。
 硬いスプリングで跳ねた俺の腰の上に、澄晴が乗り上げてくる。爛々と光る目でまるで俺を憎むみたいに睨み付け、乱暴に俺の首輪の隙間に指を捻じ込んできた。
 いやいや、虹が他の奴に取られたのは俺の所為じゃないでしょ。っていうか、この期に及んで『可能性』扱いなの、往生際が悪いぞ。あのデートの後から毎日のように連絡してるらしいし、校内でたまに一緒にいるのも見てるだろ。
 虹にフラれたのは多分そういう所だぞ、と呆れながら、ずしりと重みのある体重に背中に冷や汗が湧く。腕が自由になっても、胴体にこれだけの重石が乗っていたら逃げられない。
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