もっと僕を見て

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「あー、白田じゃん!」
「鏡田じゃん、こっち来て一緒に飲もーよ!」

 約束した居酒屋で鏡田と白田が白々しい演技をした後、白田達が合コンしていた横のテーブルに通してもらった。
 八人掛けの長テーブルが二つ置かれた畳敷きの空間だけが他の席からは壁で区切られていて、上がり框は開かれているがその前には衝立が置かれており、よっぽど覗き込まないと中に誰がいるか見えないようだった。おそらくは白田が居るからだろう。
 もう既に顔見知りばかりだとかで、あまりガチガチに合コンという雰囲気でも無かったようで、男ばかりの僕らが合流しても男性陣は嫌な顔をしなかった。──潮島以外は。

「功賀くん具合悪いの? 今日暗いね」
「え? いや……」

 僕を睨んでいた潮島が隣に座った女子から心配されているのを横目に、彼の座るテーブルと反対の、一番遠い方の空席を探す。
 大山が無言でついてきたので、大山を外側にしてテーブルの端の方に座る。当てが外れた。二人で静かに飲んでいようと思ったが、この空間に逃げ場は無さそうだ。
 せめて大山がパリピから嫌味を言われないようにガードしようと思っていたが、流石は白田の知り合いと言うべきか、一人黙々と料理をつつく大山に誰も何も言ってこなかった。

「君名前は? カナメくんと同じ大学なんだよね?」
「カナメ……? えっと、白田と潮島と同じですよ」
「えっウケる。白田 要だよ名前。知らなかったの?」
「知らないっていうか、気にしたことが無かったというか」
「やーだ、やっぱこの子も天然じゃん! ねー!? 天然は天然呼ぶんだって絶対!」
「天然では……無いと思うんですが」
「天然はみんなそう言うよね~」

 ……その分、僕に皺寄せがきたが。
 入れ替わり立ち代わり僕の隣に座りに来る女の子たちは、明るい金髪にピアスがじゃらじゃら付いていて、肌の露出が多い。だけど体の線や肌が綺麗だからか、変な色気は感じさせない。健康的なエロというか、股間に響かないので寄ってこられても不愉快では無かった。普段僕に寄ってくる女子は真逆で、大人しい外見なのに艶っぽいというか、下品な色気が滲んでいるタイプが多い。
 勝手が違って少したじろいだが、悪意の無い人たちばかりだったので、嫌な気分にはならなかった。

「ん、そっちもう皿空いてる? まだ食べるなら取るよー?」
「では揚げ出し豆腐を……」
「あいよっ。お酒は?」
「まだ大丈夫です。ありがとう……」

 どころか、テーブルの隅で飲み食いしながら読書を始めた大山にまで気を回してくれて、危うく惚れてしまいそうだった。
 潮島なんかを好きじゃなかったら、きっと連絡先を聞いていたかもしれない。

「真広の目が優しい……」
「は?」

 急に背後から声が聞こえて、驚いて振り返ろうとする前に飛び掛かってきた鏡田に抱き着かれた。

「やだあああ真広ー! 真広は俺だけに笑っててぇぇぇぇ」
「いつ僕が君に笑いかけた。夢は寝てから見ろ」

 痛いくらい抱き締められて、少し体がざわつく。
 潮島じゃないのに、人肌が触れると少し動揺してしまって、耳に掛かる鏡田の吐息に奥歯を噛んだ。

「真広ー真広ー」
「酒が入ると更にうるさいな。迷惑だから少し黙ってくれないか」
「俺にもー、俺にも笑ってくれたら黙るぅー」

 ものの三十分程度でくてくてに酔ったらしい鏡田は、僕を抱き締めたまま肩に頭を預けてきて駄々っ子のように左右に揺れる。隣の大山に僕の肩が当たって、顔をあげた大山にも「鏡田うるさい」と言われてしまう。

「まひろ~……」
「あーはいはい。ほら」

 耳元で騒がれるのが煩くて、少し腰を反らして鏡田から上半身を離してから、彼の方を振り返って笑い掛けてやった。これでいいか、と表情を戻すと、鏡田はびっくりした顔のまま固まってくれて、静かになった。よし。

「うわ~、やっぱ高久田くん天然じゃん」
「え?」
「というか小悪魔じゃない?」
「……はい?」
「女じゃなくて良かったぁ。これさっさと結婚させないと無意識に周りのカップル壊して回る子になってたよ」
「男でも駄目になってるみたいだけどね」

 僕と鏡田のやり取りを見ていた女の子たちにそんな事を言われ、どうやら僕の行いが鏡田に対して悪手だったと悟る。でもこいつを大人しくさせるのは至難の業だ。他にどうにかしようがあるなら教えて欲しい。

「あの、参考までにお聞きしたいんですが。告白はしてこないんだけどどう考えても自分に気がある相手に諦めてもらう方法ってありますかね」

 僕を抱き締めて静かにしている鏡田があからさまにビクッと震える。だから分かり易過ぎるんだって。
 僕たちの様子を見ていてこの唐突な質問に、女の子たちは察してニヤニヤしはじめた。そして二人でなにかごにょごにょと小声で相談して、僕の質問に答えてくれる。

「一回付き合ってから振るかな!」
「……」

 悪い方に察してくれた。違う、僕は全く、まっっっっっっったく脈無しなんだ。

「その一回も無理な時は」
「えー? 別に付き合ったからってなんもデメリット無くない?」
「付き合う事がもうデメリットというか」
「そこまで嫌ってんのー!? かわいそーっ」
「やだこれ絶対無理っしょ! あっちでアタシらと飲も~!?」

 酒の力か爆笑し始めた彼女たちはうな垂れて僕を抱き締める力を弱めた鏡田の背を叩いて、二人がかりで連れて行ってしまった。あれ以上飲ませて、一人で家に帰れるだろうか。振った相手の介抱するなんて嫌だぞ僕は。
 内心ハラハラしながら彼らの背を見送っていたら、横から肘をつつかれた。大山が、本から顔を上げて首を傾げている。

「どうした?」
「……満更でもないのかと思ってた」
「え」

 それは、鏡田の事を、か?
 ブンブンと頭を横に振りまくると、大山は眉間に皺を寄せて難しい顔をした。

「無抵抗に触らせてたから、告白されるのを待っているのかと」
「いや、抵抗しても煩いだけだから」
「それはつまり、嫌では無かったって事じゃないのかい」
「嫌……うーん、そりゃあ、気持ち悪いとは思わなかったけど。嬉しいものでも無かったよ?」
「難しいな。あれだけ気を許してくれても好きではないのか。俺に恋は縁遠い」

 大山は理解出来ないみたいに肩を竦めて、また本の方に目を落とした。
 隣のテーブルに連れて行かれた鏡田を見る。美女二人に挟まれて、慰めるついでに酒を注がれて一気させられている。遊ばれているんじゃないだろうなと心配になってしまう。
 僕と鏡田のやり取りを見ていたからか女の子が僕に話しかける事は無くなって、やっと落ち着いて酒を飲めるようになった。
 家系的に酒に強くて『酔う』というのがよく分からないが、酒は好きだ。舌が痺れて喉が熱くなる感じがいい。
 そういえば、潮島との行為も似たような感覚になる。熱く痺れて、平常時は冷めている体が火照って苦しくなる。考えるとしたくなってしまいそうで、ビールをぐっと飲んだ。
 意図的にそちらを見ないようにしているが、気を抜くとどうしても潮島の方を見てしまいそうになる。穏やかに笑って同じ女の子と話し続けている彼を。優しそうな笑顔で、時々隣の女の子が肩に触れてくる指に指を絡ませていたりして。ああ、きっと今夜はあの子とホテルに行くんだろう。
 喉が熱くて、酒のせいにしないと涙が出てきそうだ。僕の事なんて居ないものみたいに、女の子を口説く潮島なんて見たくない。
 近場にあった食べ物をつまみながら飲んで、ふと視線を鏡田の方に向けた時だった。こちらを見ていた彼と目が合って、何やら真面目な顔をした彼は急に立ち上がってこちらへ戻ってきた。

「俺と飲み比べして、勝ったら付き合って」

 僕の正面に座っていた女の子にどいてもらって、鏡田はそんな事を言い出した。

「……は?」
「だってやだもん。諦めらんないよ俺」
「やだもんって、君ね」

 はぁ~、と僕が長い溜息を吐くのに、何故か周りの女の子たちは嬉しそうに騒ぎ出した。

「いーじゃんそれ! 男の勝負! 的な!?」
「いや、飲み比べで付き合うとかどうとか意味分からないよ」
「お酒弱いの?」
「別に弱くは……」
「だったらよくない? 高久田くんだってキッパリ諦めてほしいんでしょ? だったら勝負くらいしてあげたらいいじゃん」

 何故だか彼女らは鏡田の肩を持つ。
 負ける気はしないが、わざわざそんな勝負をするのも、と思っていたら、僕の酒の進みを見ていたらしい一人がグラスを見て言い出した。

「えーでも弱くないとか言っといて高久田くん全然飲んでなくない? それでこれから飲み比べとか不公平じゃん?」

 カチンときたのはやはり、酒豪の血が流れているからだろうか。二十歳の誕生日に家族に『まずは限界を知っておけ』としこたま飲まされてもケロッとしていたから、家族公認のザルだというのは分かっている。だからこそ、他人様を自分のペースに巻き込むなと口を酸っぱくして言われたのだが。

「分かった。いいよ、じゃあどれでもいいから焼酎ストレートでビールグラスに入れてもらってきて」
「え、なに短期決戦で勝負って事?」
「僕が飲む用だよ。同じだけ酔ってないと不公平なんだろう?」
 
 僕が言ったら、周りが固まった。鏡田が目を丸くしている。

「僕が飲み終わってから始めよう。出来れば度数の高いので頼む。薄いのを何杯も飲むのは好きじゃない」
「へ……」

 我ながら痛い煽り文句だと思う。けど、これくらい自信を見せておかないと、急性アルコール中毒で倒れられたら事だ。

「真広、そんなに酒強いの……?」
「ザル家系の中でも枠だって言われる程度にはね」

 にこ、と笑ってみせると、鏡田があからさまに項垂れた。

「やめとく?」
「……やめない……」
「そう。なら、倒れる前に自分でギブアップしてくれよ?」

 僕が頼んだ焼酎inビールジョッキを持ってきてくれた女の子が、興味津々でそのまま横に座った。

「そんなに強いの?」
「一気してみせようか?」
「え……いや、そこまでは」

 周囲の視線を一身に集めた僕は、受け取ったままグラスの底をテーブルに置く事なく、ストレートの焼酎を一気飲みして女の子に渡した。渡された女の子は若干引き気味で、次の僕らの勝負の酒を頼みに席を離れていった。
 喉を焼く痺れを通り越した痛みにぶるりと震える。流石にやり過ぎだったかもしれないが、これで鏡田が諦めてくれないかというパフォーマンスでもあった。少しは効果があったのか、正面に座る鏡田の顔は絶望にも似ている。

「ちょっと、高久田」
「白田、どうした」
「どうしたじゃないよ。急に変な事始めて」
「仕掛けてきたのは鏡田だ」

 僕の横まで来て、白田は僕に小声で耳打ちしてきた。

「それは分かるけど、……途中で負けてやるのか?」
「は? そんな訳ないだろう」
「たぶん、倒れるまで呑むぞ」

 いやいやまさか、そんな。これだけ酒に強いと見せ付けた後なんだぞ? と僕が半笑いで首を振るが、白田は至極真面目な顔で見つめてくる。

「鏡田はお前が思ってるより本気だ。どうしても嫌だってんじゃないなら……負けてやれば?」
「えぇ……?」

 白田にまで鏡田を推されて困惑する。
 正面の鏡田はじっと黙って俯いて、酒がくるのを待っている。別に、彼がすごく嫌いだとかいうんじゃない。だけど僕にはもう好きな相手がいて──。
 迷った視線が潮島の方に向いてしまって、遠くのテーブルでまだあの女の子と笑っている彼が見えた。こちらの騒ぎなんてどうでもいいみたいだ。みたいじゃないか。どうでもいいんだ。

「……分かった」

 鏡田と付き合えば、潮島を忘れられるだろうか。
 そんな事を考えてしまった。それほど僕が好きなら、潮島の事を忘れさせてくれるかもしれない。もっとも、潮島に慣らされた僕の淫乱さにドン引きされて別れを告げられる可能性がかなり高い気がするが。一度付き合えば満足して離れてくれるかもしれない。折角良い友人になれるかもと思っていたが、残念だ。

「勝負ついたら先に帰っていいから、鏡田の具合悪そうならすぐ病院行けよ。会費は後で徴収するから」
「ああ。頼む」

 ウイスキーのショットグラスをお盆に大量に乗せた店員がやって来て、女の子が受け取って僕と鏡田の前に置かれる。

「一杯ずつ飲んで、飲めなくなった方が負け。いい?」
「……おう」

 鏡田の顔が真剣過ぎて不安になる。こいつ、白田の言う通り倒れるまで飲む気かもしれない。

「乾杯」

 なんとなくグラスを合わせてやると、鏡田は決心したようにぐっとそれを飲み切った。お願いだから無理に飲むな。心臓に悪い。
 僕も飲む。とろっと甘くて飲みやすいのに、喉を焼く熱さはかなりのものだ。割と良い酒らしく、嬉しくなって一瞬勝負だというのを忘れそうになった。
 二杯、三杯と飲む度、鏡田の頭が不自然にフラついていく。彼が四杯目をゆっくりと飲み切ったのを見て、そろそろ潮時だと感じた。焦点が定まっていないし、耳まで真っ赤だ。

「……ギブアップ」

 僕が言うと、周りから「え?」という声が上がった。そりゃそうだ。少し体が温まった感じはするけれど、僕はまだまだ素面に近い。まっすぐ歩けるしなんなら残りの酒全部飲んでもたぶん目の前の鏡田より酔ったりしないだろう。

「は? 俺はまだ……」
「僕がギブアップなんだよ」

 俺はまだ飲める、とフラつく頭を左右に振る鏡田に、僕が両手を上げてみせる。

「付き合うから、ほら、もう帰ろう。飲み過ぎだ」
「真広……まひろおおおおお」

 僕の名前を呼びながら急に泣き出した鏡田に、何故か周りから拍手が上がった。なんだその粘り勝ちみたいな空気は。人命優先した僕にこそその拍手が欲しいくらいだ。
 鏡田を回収して帰ろうと僕が腰を上げると、大山も本を閉じてバッグに仕舞って立ち上がった。一緒に帰るらしい。

「一度吐かせた方が良いだろう」
「だよな」
「真広ぉ……嬉しい……」

 ぐでぐでに酔った鏡田は、大山と二人で肩を貸してやっと歩ける有様だった。いや、歩けてないなこれ。僕たちが移動させてるだけだ。

「白田、じゃあ後よろしく」
「気をつけてな」

 白田に声を掛けて席を後にして、一度トイレに酔った。
 個室に三人は入れないので、「俺がやるよ」と言い出した大山に鏡田を預けて個室の外で待つ事にした。

「真広、真広」
「鏡田、一度吐こう。飲み過ぎだ。そのままだと死んでしまうよ」
「あれ……真広は……?」
「高久田は外で待ってる。待たせたくないだろう。ほら、吐きなさい」
「う……ちょ、待って、なんでこんな気持ち悪く……」

 どうやら鏡田は意識も朦朧としているらしい。
 大山に促されて吐く音がして、その音に思わず記憶が蘇った。喉を撫でる指の感触を思い出して、口を掌で押さえる。駄目だ、思い出すな。
 目を閉じてやり過ごそうとしていたら、不意にトイレのドアが開く音がした。出入り口の前に立っていたら邪魔かと退こうとして、入ってきた人物を見て固まった。
 背を向けて知らないフリをしようとしたのに、彼は僕の背後から両肩に手を乗せてきて、耳に囁きかけてくる。

「ダメだよ、モルちゃん」
「……ッ」

 潮島の手を振り払おうとしたのに、そちらへ向いた顔に唇がぶつかってきた。噛みつくみたいに唇を噛んでから、彼の舌が挿入ってくる。擦り付けられて唾液が垂らし込まれて、拒絶しなきゃいけないのに手に力が入らない。

「……っ、……」

 個室の中には鏡田と大山が居て、鍵の掛かっていないトイレの出入り口からはいつ誰が来るか分からない。そんな状況で、拒まなければいけないのに。そうと分かっているのに、デニム越しの尻の狭間に潮島の膨らみを擦り付けられて、必死で声を噛み殺した。

「ゃ、やめ……ろっ……!」

 僕が声を上げないのが不満みたいに、潮島は尚もその硬く勃起した肉をぐいぐいと押し付けてくる。彼に割り開かれることを思い出した狭間が欲しがるみたいに疼いて震えてしまう。

「入ってるの想像して」

 耳の後ろで小さく囁かれて、肩を掴んでいた潮島の手が腰に落ちていくのにさえ煽られた。
 腰骨を掴まれて、まるで挿入されているみたいに腰を動かされて、危うく出しそうになった声を指を噛んで我慢する。

「ん? 我慢? できるの?」
「やめ……」
「ほら、こんなトコでえっちして、誰かに見られたらどうしようね?」
「ふ……っ、ぅ」
「高久田、どうかしたか? なんか叩く音がしてるけど。蚊でもいたかい?」

 ぱん、ぱん、とデニム同士が当たる音を不審に思った大山が、個室の中から声を掛けてくる。
 ハッとして正気に返りそうになった僕を、しかし潮島は許してくれない。一度腰の動きを止めたかと思ったら、今度は奥の僕の良い所をゴリゴリ潰してくる時みたいに押し付けたまま小刻みに揺すぶってきて、窄まりが切なくて泣きそうになった。

「あ、ああ。ちょっと……っ、蚊が」
「そうか」

 鏡田はまだ細かく吐いてるみたいで、二人は出てこない。それをいい事に、潮島は今度はTシャツ越しの僕の乳首まで掴みとって弄ってくる。
 声もあげられず震えて段々膝の力が抜けていく僕を見下ろして、潮島は一層彼の肉茎を押し付けて囁く。

「俺だけのモルちゃんでいてくれないなら、もう抱かないからね」
「そん……っ」

 そんな、と言おうとした自分に絶望した。鏡田と付き合うという事は、他の誰かとセックスなんてしないって事に他ならないのに。それが『付き合う』上での基本的な約束なのは常識である筈なのに。僕は心のどこかで、潮島は別だと思っていたのだ。潮島との関係は『ご主人様と奴隷』だから。だから別に、付き合うのとは別で保持していていい筈だ、と。
 だって、潮島もそうしているから。

「わ、かっ、た」

 僕がいても合コンやらで女漁りに精を出す潮島に怒っていたくせに、逆となれば都合良くそれを利用しようとしていた。そんな僕に、潮島を責める権利は無い。

「うん。じゃあまず、あそこで吐いてる奴タクシー乗せて、そしたら近場のホテル……」
「僕、もう、潮島とは……しない」
「…………うん?」
 
 約束は約束だ。僕は鏡田との勝負でギブアップして負けて、だからもう鏡田と付き合ってる体な訳だ。それなのに潮島に流されてホテルに行ったりしたら、それは浮気って事になる。
 そんなのは嫌だ。僕は浮気する人間になりたくない。されて傷ついているからこそ、絶対にしてはならない。
 潮島の手を振り払って、彼から距離をとった。鼓動の早い胸を深呼吸で落ち着かせて、彼の方へ向き直る。決意をもう一度言葉にしなければと思ったのに、顔を上げて視線を合わせた潮島は、酷く顔色が悪く、躊躇させられた。

「あの……」

 大丈夫か、と声を掛けようとして、個室のドアが開いた音に弾かれるようにそちらを見た。鏡田を肩で支えながら出てきた大山が、潮島を見て眉を顰めながらもそちらに話しかけようとはしない。

「やっと全部吐いたと思ったら寝てしまったよ。タクシーを呼ぼう。彼の家は分かるかい?」
「いや、知らないな」
「そうか……。なら、俺か高久田の家のどちらかで引き取るしかないだろうな」

 君でいいかい? と問われ、狼狽えてしまう。だって、潮島はまだ目の前にいる。黙って僕たちのやり取りを見ている。鏡田を家に入れるって事は、そういう事があってもおかしくないのを、容認したって事で。

「いや、今夜は……」

 迷った末に、それは選べなかった。まだその覚悟は無い。潮島の指の感触が残るこの体で、他の誰かに抱かれたくはない。

「じゃあ俺が引き取ろう。嬉しい事に、彼は寝ている間は静かなようだから、ご近所迷惑にもならないだろう」
「ごめん、ありがとう」
「構わない。……なんなら、勝負の事は夢だったとでも思わせておこうか?」
「えっ」

 そんなのアリか!? と目を剥く僕に、大山は至極当然とばかりに頷く。

「白田もそのつもりで八百長しろと言ったのだろう。一度は恋が実ったと幸せな夢が見れたんだ。嫌々付き合われるよりよほど良いと思うが?」

 これだけ酔っていれば、大山の言葉にも素直に納得するだろう。飲み会の最中に告白して玉砕して寝てしまったのだと思わせておく、と言われて、一も二もなく頷いた。

「そうしてくれると、有難い」
「ああ」

 大山たちがタクシーを捕まえて乗り込むまでを見届けて、やっと安堵した。
 ああ、良かった。色んな意味で。
 遠のくタクシーを見送っていたら、後ろから肩を掴まれた。意識の外に出していたが、潮島はずっと僕の傍で待っていた。幽鬼のような不気味な佇まいに、思わず喉を鳴らした。

「っ、僕は、もう……!」
「いいから来い」

 鏡田との交際が無かった事になったからと言って、前言撤回する気は無かった。そんな都合の良いことを言うつもりは無い。
 なのに、潮島は僕の考え全てがどうでもいいみたいに、僕を店の近くの公園に引き摺りこんだ。腰高に揃えられた街路樹の裏に押し倒されて、まさかと目を剥く。

「ちょ……なん、やだっ」
「声出すと見つかるぞ」

 潮島は手早く僕を追い上げようというのか、シャツ越しに正確に乳首を指で掴み取り、デニムの股間を寛げて中の陰茎を引っ張り出して擦り立ててきた。

「やっ……い、やぁ……」

 シャツからはみ出た素肌の腰に芝生が刺さって痛い。ただでさえ夜は肌寒いのに、地面は酒で少しだけ上がった体温を奪っていくみたいな冷たさだ。
 潮島の体をめちゃくちゃに動かした手足で蹴りやって、離れた一瞬で体を反転させて逃げようとしたのに、腰にタックルするみたいに抱き着かれてうつ伏せに芝生に倒れ込んだ。倒れた拍子に顎を打って頭がクラクラした。
 それでも、逃げなきゃ、と手をついて身体を起こそうとする。何故だか今は抵抗出来る。逃げられそうな気がする。
 そう思っていたのは、僕だけじゃなかったらしい。潮島が舌打ちして、無理やりデニムと下着をずり下ろしにかかる。まさかこんな所でと思っていたが、どうやら彼は本気のようだ。必死でジッパーの辺りを掴んで、下させまいと抵抗する。
 僕がこんなに長く抵抗出来たのは初めてで、もしかしたら逃げられるかもしれない、彼との関係を清算できるかもしれないと喜びかけたのは束の間だった。

「……大人しく、しよう?」
「っ!」

 息荒く、しかし優しげな声音に耳を撫ぜられた途端、身体から力が抜けていくのが分かる。動揺する僕に追い打ちをかけるみたいに、潮島はそのまま背後から耳を優しく噛んで、やっと抵抗を止めた僕を押さえ込むようにのし掛かってくる。

「ああ、そっか。モルちゃん、優しくされるの好きなんだね?」

 呼吸を整えた彼に甘い声で囁かれると、全身が歓喜に震えるみたいでたまらない。嫌々するように首を振っても、潮島からは形ばかりの最後の抵抗にしか見えないだろう。

「ごめんね、怖かったね。大丈夫だよ、気持ちいいだけだからね」

 中身の無い言葉で安心するように強制されて、なのに僕の身体は勝手に弛緩していく。いつの間にか下肢は剥かれて、ピリッという破いた音の後に、窄まりに冷たいものが垂らされた。ローションだというのは、その感触に慣れすぎていてすぐに察した。
 ぬるりと潮島の先端で窄まりを撫でられると、期待で勝手に腰が揺れる。
 繁華街からすぐ横に逸れただけの場所だというのも忘れて、もう頭はソレを入れてもらう事しか考えられなくなっていた。

「優しくされたいのに酷い事もされたいなんて、モルちゃんは本当に欲張りさんだね」

 酷い事なんてされたくない。潮島がするから受け入れるしかないだけだ。そう言いたいのに、口を開いたらもう喘ぎしか出せない気がして、唇を噛む。
 ぬるっ、ぬるっ、と窄まりの上で陰茎を行き来されて、焦らされたソコが疼く。早く、と強請るみたいに腰を揺らしても、潮島は微かに笑うだけでまだ入れようとしてくれない。
 さっきまであれだけ性急だったくせに、僕が抵抗を止めるとこれだ。つくづく悪い男だと思う。なんでこんな性悪を好きになんかなってしまったのか。

「ご主人様……も、……入れて……」
「どこに?」

 乞う言葉を待っているのかと言ってみるのに、潮島はまだ意地悪く僕を苛めるつもりのようだ。分かりきった答えをニヤついて待つ表情が脳裏に思い浮かんで、どれだけ彼としてきたのか恥ずかしくなった。

「お尻……に……」
「お尻に? 何を入れて欲しいの?」
「ご主人様の、これ……」
「入れてどうするの? 入れるだけでいいの?」
「……入れて、から、動いて」
「動いてどうするの? 俺が飽きたら終わりでいい?」
「やっ……ちゃんと、最後まで……」

 後ろに手を回して潮島の陰茎を撫でながら乞うのに、今日の潮島はやけにしつこい。彼らしくない下手な言葉責めをされているみたいで、身体の熱が引きかけていた頃、唐突にソレが挿入された。

「あっ」

 ぐ、ぐ、と具合を確かめるみたいに腰を揺らされて、でもなんとなくいつもと感触が違う。芝生に手をついて体を支えながら、違和感の正体を探っていたら、急に中で弾けた。僕に締め付けられてビクビクと震える肉は、しかしやはりいつもと違う。
 なんなのかと思っていたら、潮島が一度抜いて更に驚いた。いつも一度イくくらいじゃ抜いてくれないのに。まさかこれで終わりなのかと恐る恐る背後を振り向くと、暗闇の中で潮島が陰茎からゴムを外している所だった。

「あ……」

 そうか、今日はゴムをしているのか。だから感触が違ったのかと納得して、そして不思議に思う。何故今日に限って。
 見つめていたら、顔を上げた潮島が緩く笑った。

「……見過ぎ。あのね、生でしたら垂れてきて帰れないでしょ」

 そうか、僕を気遣っての事か。そう納得しかけて、いやいやおかしいと思い直す。

「ここで、しなくても……」
「ん? ここじゃないとこに連れ込ませてくれる? 逃げない?」

 だったらそっち行って続きしようか、と抱き寄せられて、重い溜め息を吐いた。
 だって、この熱の籠もる身体を抱えて帰るなんて出来ない。潮島に慣らされた身体は、彼の良いように抱かれる為にあるらしい。抵抗しても結局無駄だと知れた。

「ホテルで……僕の中に、欲しいです」

 だから、諦めた。
 珍しく潮島が僕の頭を撫でてきて、額にキスまでされる。

「それでこそ、俺のモルちゃん」

 髪を撫でる手が僕だけの物ではないと知っているのに。今この時だけ占有していればいいかと、思ってしまったのだ。
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