もっと僕を見て

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 シャワーを浴びに家に帰って、それからすぐ携帯ショップに行って元のスマホを解約した。スマホを失くしたと言ったら、電話番号移行サービスを使えば同じ電話番号を使えると言われたが、それでは意味が無いので拒否した。
 新しいスマホを受け取って、その足で配達会社の事務所に行って連絡先を変更した。
 寺島さん──アシスタントをしているプロの方──の事務所にも寄って、そこでも同じように連絡先を変更しようかと思ったのだけれど。

「寺島さん。お久しぶりです」
「ああ、うん」

 挨拶をしたのにこちらを見もしない彼を見て、ああ僕程度では興味も持って貰えないんだと思ったら、す、と醒めてしまって。気が付いたら契約終了を申し出ていて、書類を記入して事務所を出ていた。
 帰りの電車に乗る頃にはもう辺りは真っ暗で、頭上には月が昇り始めていた。上着を着ているから寒くはないけれど、衝動的にアシスタントを辞めてきてしまった事に早くも後悔し始めていた。これからどうしよう、という漠然とした不安に手の甲を撫でる。配送のバイトを続けながら、どこか正社員の求人でも探して就職するのが良いだろうか。写真家の夢を諦めるなんて考えた事も無かったから、普通はどうするのかが分からない。
 電車を降りて、駅からアパートまでは十五分ほど歩く。バイトだけでも、今のアパートの家賃は払っていけるだろう。どうせ減るのは二、三万だ。その分配送の方のシフトを増やせば賄える。だけれど、そうなると自由時間が少なくなる。合間を縫ってハローワークとかに行けばいいのだろうか。
 つらつら考えながら下を向いて歩いていたからか、自分の部屋の前に着くまで、そのドアの前に人が立っている事に気付かなかった。
 ポケットから鍵を取り出そうとして、靴がある、と気付いて視線を上げた。

「え……」
「おかえり」

 平然と片手を上げた潮島に、自分が見ているものが信じられなくて一度視線を外してからもう一度そちらを見る。まだ居る。
 何故、よりにもよって僕の部屋の前に居るのか。住所を教えた覚えはないし、呼んだ事も勿論無い。
 予想不可能の出来事に固まってしまった僕に、潮島がデニムのポケットからスマホを取り出した。昼間投げつけた、僕のスマホだ。

「ダメだよ、連絡先に自分の住所まで全部入れといたら」
「……」
「最初は家族の人に連絡とって住所教えてもらおうと思ったんだけどね。手間が省けたよ」

 潮島はスマホを振りながら苦笑して、それを僕に渡してこようとする。首を振ってそれを拒否して、彼に背を向けて鍵を開けた。

「真広、スマホ無いと不便でしょ」
「……それ、解約したから。もう要らない」

 ドアを開けて中に入り、そのまま後ろ手に閉じようとした。ガン、とドアがつっかかる感じがして振り向けば、閉じられずに隙間が開いている。そこから、潮島がこちらを見つめて薄っすら微笑んでいた。

「っ、」

 それに気味悪さを感じて閉じようとしたのに、ドアの隙間に靴を挟んできた潮島は、ドアを掴んで無理やり開いて中に押し入ってきた。

「な、やめ……出ろっ」
「ごめんね。俺ね、真広が好き」

 乱暴にドアを閉めた潮島は、唐突にそんな事を言って僕を壁に押し付けて唇を奪ってきた。
 舌が入ってきて、逃げようとしたのに両手に顔を掴まれて叶わない。上顎を舐められて、舌の根まで吸われて腔内に余さず彼の唾液が塗り込まれていく。唇が離れてくれないから、鼻から呼吸するしかなくて荒くなっていく潮島の鼻息が当たるのがたまらない。
 膝が震えて立っていられなくなって、潮島の腕を掴んだ。
 今、なんて言った? 潮島が、僕を……好き、って?

「痛ッぅ」

 思いきり噛むつもりで、だけど勇気が出なくて舌先を軽く噛んだ。それでも十分痛かったのか、潮島は顔を離して口元を押さえた。血の味はしないから、傷にはなっていないだろう。

「嘘を、つくな。出て行け」

 手の甲で口元を拭い、ドアから潮島を蹴り出すつもりだったのに、彼の手が先に鍵を閉めてしまった。睨み上げると、ここまでされて尚、潮島はまだ微笑んでいる。

「何を笑って……!」
「ごめん。真広が怒ってくれるのが嬉しくて」
「はぁ!? 馬鹿にしているのか!」
「違うよ。馬鹿なのは俺だ。ごめん真広、本当に今まで……ごめん」
「……っ?」

 ぎゅう、と抱き締められて、意味が分からなくて脳内がパンクしそうだ。
 なんで潮島は謝っている? なにが嬉しいって? 僕のご主人様でいるのは嫌だと言った口で、何故僕を好きだなんて大嘘を吐ける?
 離れて欲しくて潮島の胸を押そうとするのに、体の間に手を挟める隙間すら作れないほど強く抱き締められていて、仕方なく背中を叩く。

「意味が分からない。離してくれ」
「嫌だ。好きだ真広。ずっとずっと、好きだった」

 聞きたくなくて耳を塞ごうにも、腕ごと拘束されているので身を捩って抵抗した。何度も頭を横に振って、拒絶する。

「うるさい。やめろ。聞きたくない」
「お願い、聞いて真広。俺はずっと、真広のご主人様になりたかったんだ。モルフォじゃなくて、真広の……。お前が俺を嫌ってると思ってたから言えなかったけど、ずっと」

 潮島の言葉に、抵抗の力が抜けていく。

「……いつまでご主人様でいれば、って」
「そういう意味で言ったんだけど、ごめん、俺の言い方が悪かった。真広が怒ると思わなくて。でも嬉しかった。俺がご主人様じゃなくなるの、嫌だって思って貰えるんだって。……で、もう呼ぶなって言われたから来ちゃった」

 来ちゃった、って。恐る恐る至近距離の潮島の顔を見上げると、視線を合わせてから目を細めて、額に口付けが落ちてきた。

「真広、いつも俺の方見ないだろ。でも、モルちゃんの時は俺の方見て甘えてくれるから、きっと俺の事なんてエッチの相手としか見てないんだって思ってた」

 切なげな表情の潮島に困惑する。だって、そんなの。

「し、潮島が、睨むから……」
「睨む?」
「そうだ。いつだって君は、僕を睨むじゃないか。それに、ほとんど喋ってもくれない。だから、僕だって、君に嫌われてるんだと……」

 言いながら、目の奥が熱くなって涙ぐむ。すん、と鼻を啜ると、潮島が眉間に皺を寄せて僕を睨み下ろしてくる。

「……それ。その顔」
「ん。……あー……、だってお前、いつも誰か隣に置いてるから。大山はともかく、鏡田とかずっと死ねって思ってた」
「……そんな」
「お前だって嫌がってなかっただろ。気が無いならもっとちゃんと拒絶しろ」

 抱き締めたまましつこいくらい何度も額にキスされて、でもまだ信じきれずに唇を噤んだ。急にそんな事を言われても信じられない。
 腕の力が緩んだから胸を押して離れようとするのに、「だーめ」と優しく囁かれると拒めなくなってしまう。

「真広。俺、真広のご主人様になりたい」

 頰を包まれて、ちゅっと唇にキスされた。
 嬉しいけど、心の準備が出来ていなくてどう答えていいか迷う。だって、僕はずっと悩んでいたのに、そんな簡単に。

「な……七年」
「ん?」
「七年も……片想いしてたんだ、僕は」

 嫌われていると思っていたから必死で隠していたのに。これ潮島に嫌われまいと、必要以上に近寄らないようにしてきたのに。それが全て無駄な努力だったなんて、そんなのあんまりだ。

「七年って、えっと、今俺ら二十七だから……大学の時から?」

 八つ当たりみたいに唇を尖らせる僕に、しかし潮島は頰から首にその手を下ろしてきて、喉笛の辺りに親指を乗せてくる。

「誰……?」
「へ」
「誰に片想いしてるの」

 僕の両目の前に、潮島の両目が寄ってくる。こ、ここここここ怖いっ!!
 ヒュッと息を飲む僕の首を絞める指に力が篭められて、気圧された僕が震える唇で「いや、だから」というのを瞳孔の開きかけた瞳に睨まれる。

「俺じゃ駄目だってことか……?」
「だっ、だから、君だ! 潮島を好きだったんだよ、ずっと!!」

 ヤケクソに叫んだ僕に、潮島は一度瞬きして、目を細めて笑い出した。

「ほんと? ほんとにほんと?」
「……」
「嬉しい。真広、俺すごく嬉しい」

 さっきまでの表情が嘘みたいに、大輪の花が咲き誇るみたいな満面の笑みで、潮島がまた何度もキスしてくる。何だか覚えがあると思ったら、実家の近所の犬だ。寄ってきて顔中舐め回してくる犬に似てるんだ。
 潮島の頭を掴んで止めると、なんで? と心底不思議そうな表情をされた。

「その、だって……君にはずっと嫌われてると思ってたんだ。七年だぞ、七年。それを急に好きだと言われても、信じられると思うかい?」

 無理に決まってるだろう、と僕が顰めっ面で言うのに、潮島は少し考えてから、やはりにっこりと笑った。

「なら、俺も七年待つよ。七年後にもう一回告白するから、そしたら付き合ってくれる?」

 事もなげに言われて奥歯をギリギリと噛み締めた。こいつ、何も分かっていない。

「まだ僕に待てって言うのか……?」
「え、だって」
「十四年も僕に片想いさせるつもりか君は! 馬鹿か、馬鹿なのか!? 君にそれだけの価値があると!? ふざけるな! これから七年分多く愛す、くらい言えないのかこの臆病者が!」

 今度こそ突き飛ばして蹴り出してやろうと思うのに、潮島の力は呆れるほど強くて歯噛みする。体の大きさだとか力の強さだとかそういうのじゃなく、潮島は僕がどう動くか分かっていて、先にそれを潰すように制圧されている感じが無性に頭にくる。

「まひ……」
「だったら待てばいい。だが僕は連絡なんてしないぞ。七年間、嫌われていないか、他に相手が出来たんじゃないかとずっと不安でいればいい!! 少しは僕の気持ちを……!!」

 僕の気持ちを理解すればいい。そうして少しでも辛さを知ってもらえなければ、心のやりどころがない。
 吠える僕を抱き締めて、潮島は口付けてくる。ずるい。唇を舌で割られて中を舐められたら、抵抗する気なんて失せていく。

「ぁ……っ」

 すぐに離れた唇が、差し出された舌から唾液を垂らしてくる。僕の口の中にそれが溜まるのを見て満足げに笑った潮島が、唇を撫でて囁きかけてきた。

「ね、それ、口の中でぐちゅぐちゅしてからごっくんして?」
「……!?」
 
 何を言い出すのか、と目を剥くのに、期待して待たれてしまうと無碍にもできない。
 熱烈に見つめられたままなのが恥ずかしいけれど、歯磨きの時みたいに口の中に行き渡らせてから嚥下すると、首を撫でていた潮島が我慢出来ないみたいにキスしてきた。

「かわいい、かわいい、かわいい」
「潮島っ……いい加減に……!」
「真広」

 やっと唇を離してくれたかと思ったら、急に真面目な顔をされて調子が狂う。目力に押されて黙ったら、視線を合わせたまま潮島は言った。

「好きだ、真広。俺と付き合って」

 ああくそ、本当にずるい。真剣そのものの目から耐えられずに視線を逸らすのに、頰どころか耳まで熱い。なんなんだよ。七年も待たせたくせに。

「……しょうがないな」

 素直になれない僕も僕だとは思うけど。それでも、潮島は嬉しそうに笑ってくれたから良いだろう。伝わるならいい。嫌われていないなら、真広ぼくだってそのうちモルフォみたいになれる。……たぶん。

「真広、真広もちょーだい」

 あー、と口を開けて待機されて、それが僕の唾液を待っているのだと気付いて赤面した。少し唾を溜めて、垂らすのは恥ずかしいから唇を合わせて送り込む。潮島の手が僕の手を掴んで、首に持っていくのでそこに触れた。ニコニコ笑う潮島が、ぐちゅぐちゅと頰を動かしてからゴクンと喉を鳴らして飲み干す。喉笛が動くのを指の下で感じて、ぞくりと背筋に震えが走った。

「……ね? 嬉しいでしょ?」

 知らず上がっていた口角を撫でられて、自分でも確認するみたいにそこに触れた。頰が上がって、ああきっと僕はすごく嬉しそうな表情をしている。

「真広」
「や……、あの、中で」
「やだ。ここがいい」

 Tシャツを捲り上げて僕の乳首を弄り出した潮島に、玄関じゃなく部屋のベッドでと誘うのに、彼は首を横に振って僕の背後を指で叩いた。後ろに何があったっけ、と振り返ろうとしたのを手伝うようにくるりと回転されて、壁の方へ向かされた僕が見たのは、鏡。
 壁を何度か叩いた潮島が玄関灯のスイッチを入れて、真っ暗だった玄関が明るく照らされた。玄関の姿見の前で、潮島の腕に抱かれて頰を染めている僕の耳に唇を寄せて、彼は低く囁いてくる。

「ね。ここがいいよね?」
「……っ」

 否定しようにも、鏡の中の僕はもう馬鹿みたいに嬉しそうに笑ってしまっている。自分が抱かれる姿を自分で見たいなんて、どれだけ変態趣味なのか。
 せめてもの抵抗みたいに目を閉じて俯いたら、耳を齧られた。胸を弄っていた指が下に降りて、デニムのジッパーを下げて下着ごとずり下ろされた。しゃがんだ潮島が足首の辺りに引っ掛かったズボンを引くので、脱げということかと素直に足を抜く。
 立ち上がる潮島はついでに僕の膝裏を持って持ち上げて、片足立ちさせられた僕は潮島のもう片方の手がすでに窄まりを撫でているのに気が付いて息を飲んだ。

「し、しお」
「息吐いて」

 ローションで濡らしてもいないソコに、潮島の指が沈んでいく。目を開けて見た鏡の中で、僕の窄まりが彼の指で拡げられていくのがよく見える。

「あ、やぁ……っ」
「俺の涎つけたから、痛くないよね?」
「ない、けどっ」

 膝を持ち上げられて露わになった窄まりに、潮島の指が根本までささった。く、く、と中で動かされて、奥の一点まであと少しで届かないのが切なくて腰が揺れた。

「潮、島ぁ」

 二本目を挿入れてくる背後の彼に、いやいやと首を振る。穴に埋まる指が出たり入ったりするのから視線を逸せないくせに、僕はそれが嫌だと駄々をこねた。

「お尻に指入れられておっきくして、……それで? なにか言うことは?」
「あぅっ、は、ぁ……めん、なさい」
「聞こえないよ。お尻弄るのやめちゃうよ?」
「やっ、ごめんなさい、ごめんなさい……っ。お尻、気持ちいいの、やめないでぇ」

 壁に手をついて、崩れ落ちそうな体を支えて尻を潮島に突き出して。堪え切れず、強請る。

「お願っ、い、も、挿入れて……」

 数ヶ月ぶりの身体はもう潮島の肉が欲しくてどうにかなりそうだ。早く貫いてくれないと爆発してしまうんじゃないかというくらい熱が篭っていて、助けてくれと泣いて縋る。

「だから、ギャップがエロすぎんだって」

 舌打ちした潮島に乱暴に指を抜かれて、勢いよく擦られた内壁のへの刺激に達しそうになった。想定内みたいに根本を掴まれて阻まれ、窄まりに熱い肉を押し付けながら潮島が僕の肩に噛み付いた。

「ナカだけでイッてみろ、淫乱」

 嘲るような言い方に、それがもう慣れた彼の悪癖だと知っていても目尻に涙が溜まる。
 窄まりを割って挿入されてくる陰茎の物量に必死で息を吐いて力を抜くのに、乳首を指先で捏ね回されて入ったばかりのソレをぎゅうぎゅうと締め付けてしまう。

「あっ、ごめんなさいっ、やだぁ、乳首ダメ、入ってからっ、入ってから弄ってぇ」

 早く潮島のを根本まで受け入れたいのに、邪魔されてるみたいで彼の指を掴んで止めようとした。急かすように腰を後ろに押し付けて、もっと挿入れてと強請る、その足元に、パサリと紙が落ちてきた。

「……?」

 不意の事に一瞬正気に返ってそれを見つめる。目隠しだけが付けられた、ドアの郵便受けからその紙は落ちてきた。それは、つまり。

「ッ!!」

 慌てて口元を掌で覆っても、もう遅い。声を聞かれたのかと泣きそうになる僕に、紙を靴で蹴りやって文字を読んだ潮島が追い打ちをかけてくる。

「『外まで聞こえてます』だって。綺麗な丸文字、女の人かな」
「…………うぅ……」
「隣の人かな? 後で二人で謝りに行こっか」
「馬鹿っ!」

 もうやだ、と抜こうとするのに、潮島は何故か興が乗ったみたいに強引に奥まで叩きつけてきた。これ以上迷惑になってはいけないと唇を噛んだのに、解すみたいに潮島の指が唇を割って僕の口の中に入ってくる。

「や、ら」
「やだ? じゃあ、覆っておけばいい?」

 それこそを望んでいたみたいに、彼は僕の口をその大きな掌で覆って腰を使い出した。ばちゅ、ばちゅ、と僕の尻と潮島の腰が当たる音が響いて、これじゃ声を我慢しても続けているのがバレバレじゃないかと怒りが湧いてくる。
 口から呼吸出来なくなって必死で鼻から吸うけれど、肉茎に挿し貫かれて揺さぶられる身体には酸素が足りない。ただでさえ息苦しいのに、奥の良い所を潮島の先端でゴリゴリされて頭が真っ白になった。

「……ぁ、……ぅ、ぁっ」

 前を絞られたまま、僕の中で気持ちいいのが弾けた。痙攣した僕の窄まりに搾られて、潮島が釣られたみたいに中で吐いた心地がする。もっと奥に吐き出したいみたいに腰を押し付けられて、それにすら刺激されて続けて僕の中が何度も痙攣する。

「ひ、……は」

 壊れた、と思った。お尻の中を一擦りされるだけで、前が一回イくより気持ち良い。目を開けている筈なのに真っ白で、それなのに目の前の鏡がハッキリ見える。僕の口を覆った潮島の指の間から、涎が滴り落ちていた。朦朧とした意識の中、それでも自分の意思で止められずに勝手に腰を振っている僕がいた。
 なんて酷い有様だ。微かに残る意識でせめて玄関から移動しなきゃと思うのに、鏡越しに視線の合った潮島は目を細めて笑うのだ。

「聞いてもらえて、嬉しいねぇ?」
「……っ」

 違うと首を振っても、そんなのこの状況でイき狂っている時点で信用度ゼロだ。誰かが僕と潮島のセックスを聞いているというだけで、嬉しくてたまらないのを潮島は理解している。
 僕の中で一際大きくなった潮島が、鏡に縋っていた僕の両手を後ろに引っ張っていって、手首を掴んで手綱みたいにして腰を振り出した。

「っ、は、ぁ、あ、あ、あ」
「声、我慢出来てないよ?」

 覆う手も無くなって我慢出来る筈も無いのに、何度も激しく奥に叩き付けられて一瞬気を失った。それでも、次の突き上げで起こされて、高い声で鳴く。

「ひゃぅ、あ、あ、も、むりぃ、やだぁぁ、ごめんなさいぃ」
「あーあー、ひっどい顔して……。もうここ住むの無理じゃない? ね、俺の家おいで? 俺ん家住もう、ね、真広」
「ああ、あ、ごめ、なさ」
「今は頭バカになってるから無理か。あー、かわいい。そろそろもっかい、真広の大好きな中出ししてあげるからねー」

 潮島が何か言っているけれど、言葉が言葉として入ってこない。身体の中を挿し貫かれて揺さぶられる衝撃と快感だけで脳内がオーバーフローしてぼろぼろと涙が溢れた。
 一際動きを早くした潮島が、僕の中で果てる。びくびくと震えた陰茎が、僕の中に精を吐いたのを感じて、愛しくてぎゅっと締め付けた。

「もう真広、まだされたいの……って、真広? おい、大丈夫か?」

 やけに慌てた潮島の声を聞きながら、僕は意識を手放した。
 ほんと、限界。










 目が覚めた時、何故かそこは僕の部屋じゃなかった。
 見慣れた天井は無くて、ざらついた麻のベッドシーツが不愉快だ。起き上がった僕は白シャツにジャージという謎の格好だった。

「なんなんだ……?」

 というか、ここは何処だ。
 六畳くらいのフローリングの部屋に、ベッドと本棚と、靴が大量に並ぶスチールラック。壁には額に入った写真が飾ってある。ベッドから降りてその写真に近付いた。妙に既視感がある。というか、これ──……。

「あれ、真広起きてたの?」

 静かだからまだ寝てるかと思った、と言いながら、コンビニの袋をその手に下げて部屋のドアから入ってきた潮島は、僕が壁の写真の前に居るのを見てやおら慌て出した。

「あ、の、それは」
「僕が、一番最初に賞を撮った写真だ」

 すごく嬉しかったから、今でも鮮明に覚えている。シロツメクサの花畑の中で撮った、黄色いアゲハ蝶の写真。
 何故これが飾ってあるのかと目線で問うと、潮島は顔を顰めてそっぽを向いてしまった。そこまで気分を害するなら別に答えなくてもいいけれど、とベッドに戻ろうとした僕の背に、潮島の溜め息が落ちる。

「俺が、写真を好きになったきっかけだから……」

 ……僕の写真についての話、だろうか。

「きっかけ?」
「夏休みの自由研究だったろ、それ。全国広報誌に載ってたそれが小学校でも配られて、同じ小学生が撮った写真だって書いてあって……。それで、俺も、こんな写真が撮りたいと思って」

 照れ隠しみたいに潮島は乱暴にコンビニ袋をその辺に落として、僕を追い越してベッドの端に腰掛けた。挑むように見上げられて、嬉しくて上がりそうになる口角を掌で覆い隠す。

「君は、人を撮るのが好きなんだとばかり」
「大学入った頃にはもう、自分に才能が無いのは分かってたからな。人撮ってる方が誤魔化しが効くから続けてただけだ。……なのにお前、俺の渾身の誤魔化し写真をボロクソに言いやがって」
「誤魔化し、って」
「あれでも地下アイドルだのコスプレイヤーだのの写真集撮ってるだけなら俺はマシな方だったんだぞ。ほんと頭きたわ」
「……すまない」

 謝るな、と怒られて、腰辺りを掴んで引き寄せられた。座ったまま抱き着いてきた潮島の頭を撫でる。髭は柔らかいのに、髪の方が硬い。太くて剛毛なそれを指で梳いて、あれだけ寝たのにこんな事すら知らなかったんだと胸が締め付けられた。

「まあ、おかげでキッパリ諦めついて、さっさと方向転換出来たんだけどな。お前が人だけにフォーカスした写真ならマシだって言ってくれたから、それをどう仕事に生かすか考えていって行き着いたのが今の会社だし」
「……それは、初耳だな」
「言ってねぇもん」

 ぐりぐりと腹に顔を擦りつけられて、くすぐったくて頭を押さえた。目だけこちらを見た潮島が、悪戯っぽく笑う。

「俺の会社名、知らないでしょ」
「会社名?」
「『服のモルフォ』」
「はっ!?」

 素っ頓狂な声を上げた僕に、潮島はくくくとさも愉しげに肩を揺らした。

「美しい服、美しくなれる服をお探しなら、是非『服のモルフォ』へアクセスを。……これ、俺のサイトの煽り文句ね」
「き、君ってやつは……」

 僕の偽名を入れたかったのは分かるが、微妙にダサいのが悔しい。これは笑うところか? 笑っていいんだよな?
 僕に抱き着く潮島の頭をくしゃくしゃに掻き混ぜると、彼は心底楽しそうに笑い声をあげた。

「しかし……あれだな」
「アレ?」
「『俺のモルフォ』にしないあたり、君の小心さが表れているな」
「……」

 ぴた、と笑うのをやめた潮島が、こめかみをピクピクさせながら僕から離れていく。あ、やばい、これは悪手だった。

「いいよ? もう絶対、俺にしか抱けないくらい俺だけのモルちゃんにしてあげようね?」
「ち、違う、潮島、今のはちょっと口が滑って」
「黙って」

 シャツの喉元を掴まれて引っ張られて、噛み付くみたいに口付けられた。
 対面のまま膝の上に座らされて、「自分で脱いで」と責められる。

「……脱ぐから、ちゃんと見ててくれよ」
「そりゃ見るよ。穴が開くくらい」

 くす、と笑ったら、潮島が触れるだけのキスをして、呟いた。

「俺の事も、ちゃんと見て」
「もちろん」

 だからもっと、もっともっと、僕だけを見てて。







 Fin.
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