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第六十三話 インビジブルの異邦人④
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僕が並行異世界から戻って、三日が過ぎた。
あの並行異世界での出来事が頭から離れない。だってあそこでは僕は普通の人間でいられたのだ。こっちに戻ってから、僕の認識されなさは加速したような気がする。
授業にでているのに欠席扱いされた。家に帰っても両親は僕が最初からいなかったような生活を送っている。認識どころではなく、記憶からも消えていこうとしている。アルバムの写真を見たら、驚いたことに僕だけが消えていた。
孤独が心を支配する。
試しに母親の顔の前で手を振ってみたが、彼女は気づかない。
これではまるで透明人間ではないか。
もちろん、こんな状態では買い物もままならない。レジに商品を持って行っても店員は気づかないので会計ができない。仕方がないので、商品を棚にもどして店を出た。
学校に行っても、元からいないことになっているのでここでも透明人間だ。
そこで僕はクラスメイトの女子たちから、陽菜子についての噂を聞いた。
彼女らは僕がすぐ近くで聞き耳を立てているのに、まったく気づかない。
「C組の日向っているじゃん」
キラキラネイルの女子が眼鏡女子に話しかける。僕の記憶が正しければクラスでもゴシップ好きで有名な二人だ。
「ああっあの陸上部のね。何だか知らないけど、推薦けってうちに来た子だよね」
眼鏡女子は眼鏡をハンカチでふきふきしている。
「なんでけったかしってる」
ネイル女子は自分の爪をうっとり見ている。
「えーと確かバスケ部の山本がいるからだっけ」
眼鏡女子は眼鏡をかけなおす。
なんだその歴史改変は。ここまで僕という存在が消えているのにさらなるショックを受ける。
「私の仕入れた情報では山本はふられて、今では生徒会の佐々木といい仲らしいよ」
自慢げにネイル女子は眼鏡っ娘に語る。
「おおっ佐々木って成績学年一位のあの佐々木だよね」
「そう、天才佐々木君。しかもイケメンで身長百八十五センチ、読書好きの好青年」
ネイル女子は我がごとのように自慢気だ。
いやいや、あんたは無関係だろう。
「佐々木ってもっと上の高校に行けたけど、家が近いってだけでうちにきてるんだよね」
眼鏡っ娘は思い出す仕草をする。
「そうそう、しかも弁護士目指してる超優良物件」
「ええーうらやましい。私もそんなのとつきあいたい」
「むりむり、シンデレラバストのあんたじゃね」
ネイル女子は眼鏡っ娘の控えめな胸を見て、くすくすと笑う。
「何よ、あんたはただデブってるだけじゃない」
二人は笑いながら、言い合いをはじめた。
じゃれあう二人を背に僕は教室を出た。
カバンから細井瞳さんにもらったタブレットを取り出す。
細井瞳さんの連絡先をタップする。
すぐに通話がつながる。
「やあ、決心がついたかね」
タブレット越しに細井瞳さんの声がする。久しぶりに人と会話した気がする。
そうだ。
僕がいなくても、陽菜子は生きていける。むしろ、僕がいないほうが彼女の人生は華やかになる。山本も佐々木もこの高校では有名人で全女子の憧れの的だ。陽菜子とつりあうのは透明人間の僕じゃなくて、彼らではないか。誰にも気づかれない僕ではないことは確実だ。
細井瞳さんは最初に出会ったあの駅前のベンチを待ち合わせ場所に指定した。
すでに改札すら僕に反応しないので交通カードをかざすことなく、またいで入る。電車に乗り、待ち合わせの駅に向かう。駅を出て、ベンチに向かうと細井瞳さんはコーラを飲みながら、待っていた。
「この世界の唯一の良いところはコーラがあるところだね」
細井瞳さんは缶のコーラをごみ箱に投げ入れた。
「あっちにはないのですか?」
僕は訊いた。
「ああ、そうなんだよ」
細井瞳さんは少しだけ残念そうだ。
あっちに行ったらコーラは飲めないのか。
それは少しばかり残念だ。
ただ、こちらで透明人間として生きていくことに比べたら、それはささいなデメリットだ。
それよりも鈴本さんたちと暮らしたら、人間らしい暮らしができると思えば、一刻も早くあちらに行きたいと思った。
「ちょっと待ってよ」
息を切らしながら、切りそろえられた前髪を揺らして、一人の女子高校生が駆け寄ってきた。
「灰都、灰都……」
はあっはあっと荒い息を吐きながら、陽菜子は僕を呼ぶ。彼女は額の汗を手の甲で拭う。
「あんたどこに行くのよ」
陽菜子は僕の瞳をじっと見つめる。誰かに顔を見られているということを意識するのも久しぶりだ。
僕は今までのいきさつを陽菜子に簡単にではあるが、説明した。
「僕はね、本当の居場所に行くんだよ。今までありがとう。君と一緒にいられたことは一生忘れないよ」
陽菜子と一緒にいた時だけがこちらの世界に色がついていたと思う。彼女がいなければこっちの世界は灰色の世界で僕の居場所はない。
「お別れはすんだかね。さあ、皆が君を待っているよ。影山君が通う高校も手配してある。本当のクラスメイトたちが君を待っているんだ」
細井瞳さんは言った。
鈴村さんたちやまだ見ぬクラスメイトたちとの普通の高校生活を考えると胸が弾む気がする。
「いや、行かないで」
短くいうと陽菜子は僕の腕をとり、力任せに抱きよせた。陽菜子は僕の顔をその豊かな胸に押しつける。
「だめ、いっちゃだめ。灰都がいなくなるなんて嫌なの」
あまりにも強く顔を押しつけられるので息苦しい。
でも温かくて、嫌じゃない。
ぽとりと陽菜子の涙が僕の頬に流れ落ちる。
「陽菜子、こっちの世界で僕を認識できるのは君だけなんだ。君がいなくなったら僕は独りぼっちになる」
陽菜子の胸におさえつけられたまま、僕は彼女に言った。
「なんだ、そんなことで悩んでたの。なら、ずっとずっと一緒に私がいてあげる。ずっとずっと灰都のことを私が見てあげる。だから別の世界になんて行かないで」
見上げると陽菜子は泣きながら、微笑むという不思議な顔をしていた。
陽菜子だけしかいない世界か、陽菜子だけがいない世界のどちらがいいのか?
そんなのは決まっている。
「すみません、細井瞳さん。僕はこっちに残ります」
僕は陽菜子の温かくて、柔らかな体を抱きしめた。
「そうか、君が決めたことなら仕方あるまい。君にはこの塔のタロットカードをあげよう。万が一気が変わったら、このタロットカードを使いなさい」
細井瞳さんは僕の制服のポケットに綺麗な塔が描かれたタロットカードを入れた。
細井瞳さんはあの鍵を使い、並行異世界に消えていった。
「責任とってよ、陽菜子」
「もちろんよ、灰都」
陽菜子は僕の唇にキスをした。
初めてのキスは涙でしょっぱかった。
あの並行異世界での出来事が頭から離れない。だってあそこでは僕は普通の人間でいられたのだ。こっちに戻ってから、僕の認識されなさは加速したような気がする。
授業にでているのに欠席扱いされた。家に帰っても両親は僕が最初からいなかったような生活を送っている。認識どころではなく、記憶からも消えていこうとしている。アルバムの写真を見たら、驚いたことに僕だけが消えていた。
孤独が心を支配する。
試しに母親の顔の前で手を振ってみたが、彼女は気づかない。
これではまるで透明人間ではないか。
もちろん、こんな状態では買い物もままならない。レジに商品を持って行っても店員は気づかないので会計ができない。仕方がないので、商品を棚にもどして店を出た。
学校に行っても、元からいないことになっているのでここでも透明人間だ。
そこで僕はクラスメイトの女子たちから、陽菜子についての噂を聞いた。
彼女らは僕がすぐ近くで聞き耳を立てているのに、まったく気づかない。
「C組の日向っているじゃん」
キラキラネイルの女子が眼鏡女子に話しかける。僕の記憶が正しければクラスでもゴシップ好きで有名な二人だ。
「ああっあの陸上部のね。何だか知らないけど、推薦けってうちに来た子だよね」
眼鏡女子は眼鏡をハンカチでふきふきしている。
「なんでけったかしってる」
ネイル女子は自分の爪をうっとり見ている。
「えーと確かバスケ部の山本がいるからだっけ」
眼鏡女子は眼鏡をかけなおす。
なんだその歴史改変は。ここまで僕という存在が消えているのにさらなるショックを受ける。
「私の仕入れた情報では山本はふられて、今では生徒会の佐々木といい仲らしいよ」
自慢げにネイル女子は眼鏡っ娘に語る。
「おおっ佐々木って成績学年一位のあの佐々木だよね」
「そう、天才佐々木君。しかもイケメンで身長百八十五センチ、読書好きの好青年」
ネイル女子は我がごとのように自慢気だ。
いやいや、あんたは無関係だろう。
「佐々木ってもっと上の高校に行けたけど、家が近いってだけでうちにきてるんだよね」
眼鏡っ娘は思い出す仕草をする。
「そうそう、しかも弁護士目指してる超優良物件」
「ええーうらやましい。私もそんなのとつきあいたい」
「むりむり、シンデレラバストのあんたじゃね」
ネイル女子は眼鏡っ娘の控えめな胸を見て、くすくすと笑う。
「何よ、あんたはただデブってるだけじゃない」
二人は笑いながら、言い合いをはじめた。
じゃれあう二人を背に僕は教室を出た。
カバンから細井瞳さんにもらったタブレットを取り出す。
細井瞳さんの連絡先をタップする。
すぐに通話がつながる。
「やあ、決心がついたかね」
タブレット越しに細井瞳さんの声がする。久しぶりに人と会話した気がする。
そうだ。
僕がいなくても、陽菜子は生きていける。むしろ、僕がいないほうが彼女の人生は華やかになる。山本も佐々木もこの高校では有名人で全女子の憧れの的だ。陽菜子とつりあうのは透明人間の僕じゃなくて、彼らではないか。誰にも気づかれない僕ではないことは確実だ。
細井瞳さんは最初に出会ったあの駅前のベンチを待ち合わせ場所に指定した。
すでに改札すら僕に反応しないので交通カードをかざすことなく、またいで入る。電車に乗り、待ち合わせの駅に向かう。駅を出て、ベンチに向かうと細井瞳さんはコーラを飲みながら、待っていた。
「この世界の唯一の良いところはコーラがあるところだね」
細井瞳さんは缶のコーラをごみ箱に投げ入れた。
「あっちにはないのですか?」
僕は訊いた。
「ああ、そうなんだよ」
細井瞳さんは少しだけ残念そうだ。
あっちに行ったらコーラは飲めないのか。
それは少しばかり残念だ。
ただ、こちらで透明人間として生きていくことに比べたら、それはささいなデメリットだ。
それよりも鈴本さんたちと暮らしたら、人間らしい暮らしができると思えば、一刻も早くあちらに行きたいと思った。
「ちょっと待ってよ」
息を切らしながら、切りそろえられた前髪を揺らして、一人の女子高校生が駆け寄ってきた。
「灰都、灰都……」
はあっはあっと荒い息を吐きながら、陽菜子は僕を呼ぶ。彼女は額の汗を手の甲で拭う。
「あんたどこに行くのよ」
陽菜子は僕の瞳をじっと見つめる。誰かに顔を見られているということを意識するのも久しぶりだ。
僕は今までのいきさつを陽菜子に簡単にではあるが、説明した。
「僕はね、本当の居場所に行くんだよ。今までありがとう。君と一緒にいられたことは一生忘れないよ」
陽菜子と一緒にいた時だけがこちらの世界に色がついていたと思う。彼女がいなければこっちの世界は灰色の世界で僕の居場所はない。
「お別れはすんだかね。さあ、皆が君を待っているよ。影山君が通う高校も手配してある。本当のクラスメイトたちが君を待っているんだ」
細井瞳さんは言った。
鈴村さんたちやまだ見ぬクラスメイトたちとの普通の高校生活を考えると胸が弾む気がする。
「いや、行かないで」
短くいうと陽菜子は僕の腕をとり、力任せに抱きよせた。陽菜子は僕の顔をその豊かな胸に押しつける。
「だめ、いっちゃだめ。灰都がいなくなるなんて嫌なの」
あまりにも強く顔を押しつけられるので息苦しい。
でも温かくて、嫌じゃない。
ぽとりと陽菜子の涙が僕の頬に流れ落ちる。
「陽菜子、こっちの世界で僕を認識できるのは君だけなんだ。君がいなくなったら僕は独りぼっちになる」
陽菜子の胸におさえつけられたまま、僕は彼女に言った。
「なんだ、そんなことで悩んでたの。なら、ずっとずっと一緒に私がいてあげる。ずっとずっと灰都のことを私が見てあげる。だから別の世界になんて行かないで」
見上げると陽菜子は泣きながら、微笑むという不思議な顔をしていた。
陽菜子だけしかいない世界か、陽菜子だけがいない世界のどちらがいいのか?
そんなのは決まっている。
「すみません、細井瞳さん。僕はこっちに残ります」
僕は陽菜子の温かくて、柔らかな体を抱きしめた。
「そうか、君が決めたことなら仕方あるまい。君にはこの塔のタロットカードをあげよう。万が一気が変わったら、このタロットカードを使いなさい」
細井瞳さんは僕の制服のポケットに綺麗な塔が描かれたタロットカードを入れた。
細井瞳さんはあの鍵を使い、並行異世界に消えていった。
「責任とってよ、陽菜子」
「もちろんよ、灰都」
陽菜子は僕の唇にキスをした。
初めてのキスは涙でしょっぱかった。
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