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白鷺雨月

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第七十三話 ハングドマンコレクション⑨

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 細井瞳は豊かな膨らみをもつ胸元のポケットから煙草を取りだして、くわえる。
 煙草に勝手に火がつく。
 細井瞳は美味そうに煙を吐く。
 
 細井は僕に近づく。
 糸のような目を見開く。
 その赤い瞳で僕を見た。
 白い手で僕の頬を撫でた。
 その手は氷でできているのではないかと思わせるほど冷たかったが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

「どうだい、あんた過去をやりなおしたくはないかい?」
 細井瞳は僕に訊いた。

「そ、それはどういう意味ですか」
 彼女の提案はどういう意味だろうか。
 まさか過去に戻れるとでもいうのだろうか。

「はからずもアルカナを手にいれたからね。まあ、そのお礼と思ってもらっていいよ。あのアルカナは怪異がよだれをたらして欲しがるものだからね」
 ふふっと妖艶な笑みを浮かべて細井瞳は言った。

 もし彼女の言う通り、過去に戻れるのなら、あの妹を失った悲惨な事件を回避できるかもしれない。
 そうすれば母は気を狂わせることなく、父は事故でこの世を去ることもなかった。
 そして妹は殺されずにすむ。

「ほ、本当にそんなことは可能なのですか」
 僕は訊いた。

「ああ、可能さ。私の月のアルカナを使えばおまえの意識を一時的に過去に飛ばすことができる。どうだい、やってみるかい?」
 と細井瞳は言った。

 彼女の言うことが本当なら何を迷う必要があるだろうか。
「ええ、お願いします」
 僕は言った。

 もし過去をやり直せるなら。
 それは今までどんなに思い描いた妄想であっただろうか。
 妹を助け出して、不幸な未来を回避したい。

「わかったよ。ただし、条件がある。車を走らせるのにガソリンというものが必要なようにおまえの意識を過去に戻すのに必要なものがある」
 細井瞳は言った。

「それは何ですか」
 僕は訊いた。
 あの過去をやり直せるのなら、どんな代償でも支払おう。

「そうだね。それはその瓶詰めの指だよ。そいつにはあの吊られた男ハングドマンの執念がつまっているからね。いい触媒になるだろうよ」
 細井瞳は言った。

 その彼女が使用すると言ったものは妹の体の一部だ。
 自分のものならどんなものでも支払うが、今は亡き妹のものとなると判断がつかない。

 僕は迷った。

 そうすると白猫のヨウコが僕の頬をなめた。
 その行為は許諾のように思えた。
 幻聴かもしれないが、お兄ちゃんいいよ、と言っているように思えた。

「なるほどね。この仔はおまえの妹の魂の欠片を受け継いでいるようだね」
 と細井瞳は言った。
 彼女の説明なら白猫のヨウコは妹の葉子の生まれ変わりと言えるだろう。
 その白猫のヨウコが良いというのなら、妹が言っていると考えていいだろう。

「わかりました、お願いします」
 僕は言った。

 白猫のヨウコは僕の腕から飛び、夢食みジャックの肩に乗った。
 ペロリとヨウコは細井瞳の白い頬を舐めた。
「いいだろう。この仔は夢魔のようだね。私の使い魔にしてやろう。そうすれば他の夢魔に食われずにすむからね。さて、決まりだ。おまえを過去に戻そう」
 細井瞳はそう言うと僕をその黒いマントで包んだ。
 力強く僕を抱きしめる。
 ボリュームたっぷりの胸が顔に当たり、柔らかく心地よかったが同時に息苦しかった。

「さあ、目をつむりな。私がいいって言ったら目を開けな。そうだこの戦車のタロットカードを貸してやろう」
 細井瞳は僕に戦車のタロットカードを握らせる。

 僕は瞼を閉じる。
 そうすると女の子の声が聞こえてきた。


 もういいかい。
 もういいかい。
 もういいかい。
 それは妹の葉子の声だった。

「もういいよ」
 次に細井瞳の甲高い声が聞こえた。

 
 僕はゆっくりとまぶたを開ける。
 そこはあの児童公園だった。
 僕はきょろきょろと周囲を見渡す。
 遠くの道路に二人の人影が見えた。
 それは見たこともない背広姿の男に手をひかれる妹の葉子のちいさな背中であった。
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