鬼の鳴き声

白鷺雨月

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第十三話 出立

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 司たちがマダムの経営するバー夜汽車に到着する数時間前のことだ。
 全裸だったホムンクルスの少女のために衣服を用意すると言い、二人ののもとを離れた後、明智はまったく違う姿で戻ってきた。
 気障で粋な探偵はどこかに消え、お釜帽にヨレヨレの着物姿になっていた。
「き、金田一と言います」
その痩せたお釜帽子の青年は吃り声で言った。
 また、人格が変わってしまった。小野寺は頭痛を覚えた。
 人格が変わると姿形、声音、はては性別も変わることがある。
 小野寺はこの奇怪な人物が平井太郎という書生の姿をしていた時に聞いたことがある。その人格はすへてで二十はあるということを。
 ホムンクルスの少女は、金田一の手を握っている。風貌はすっかり変わってしまったが、彼女にも同一人物だというのはわかっているようだ。
「さあ、いきましょうか、コバヤシくん」
 二十人格者は少女にコバヤシという名をつけていた。
 それは彼のなかにいる少年の人格と同じ名だとういう。小野寺は記憶の本棚を探る。
 こくり、と少女は頷いた。
 まあ勝手にしてくれ、小野寺は思った。
 渡辺中尉が待ち合わせにと指定したバーのドアを開ける。
 髪に白色のものがまじっているが、驚くほど美しい人物が彼らを出迎えてくれた。
 世の中には年を重ねることが美貌につながる人間もいるのだと、武骨な小野寺は思った。
 平井夢子が金田一のことをかつての名で呼ぼうとしたのを二十人格者が指で黙らせていた。

「お久しぶりですね」
 司は言い、敬礼した。
「どうもお待たせしました」
 小野寺信も敬礼で答える。 
 ちらりとと司は金田一と少女を見た。
 司は知っている。
 金田一がかつて帝都を騒がした怪人であるということを。
 たしか、その時は怪盗黒蜥蜴と呼ばれていた。
 現在は司法取引の結果、特務機関黒桜に協力しているいう話だ。
「その子は?」
 司は小野寺にそう尋ねる。
「あの教会の地下室に閉じ込められていた。いや、守られていたといったほうがいいのか」
 と小野寺は簡潔に答えた。

 情報交換が行われた。
 司と夢子は史乃を救出し、奇怪な敵を倒しこの場にいるということ。
 圧倒的な霊力を持つ存在と自動人形の敵。
 史乃の背中にびっしりと刻まれた召還陣。
 召還陣の内容を解読するため、夢子の師匠のもとを訪ねなければいけないということ。
 小野寺と金田一は破壊された教会から、ホムンクルスの少女を発見した。
 彼女の背中にも史乃とおなような六芒星の召還陣が刻まれていた。
「そ、その着物男たちは、鬼三郎といったのですよね」
 頭をバリバリとかきながら、金田一は言った。
「ああ、そうだ」
 司は答える。
「こ、こ、これはやっかいなことになるかもしれませぬ。白蓮教救世会がからんでるかもしれませんよ」
 金田一は言った。
「白蓮教救世会か……たしか、破滅の未来から現世をすくうための新興宗教組織にそんなのがあったな」
 小野寺が言った。
「そ、そうです。その組織の開祖の名が白蓮直と言います。その夫が白蓮鬼三郎です。なんでも彼らは未来予知ができるとかで、彼らの見える未来では日本中が焼け野はらになってしまうので、そうならないように未来をかえなくてはいけないと……」
 金田一は吃りながら言う。
「たしかに帝都の地震はかなりの被害でしたけど日本中ってのはどういうことですかね」
 ちいさな顎を撫でながら、夢子は言った。
「そ、それはわかりませんが、白蓮教救世会の連中は未来を変えるためなら武力革命もやむなしという危険な連中なのですよ」
 金田一は言った。
 バリバリと頭をかく。
 ふけが飛び散るのを見て、史乃は顔をしかめる。
「あの人形とは、関係あるのですかねぇ」
 と夢子が司に訊く。
「それはまだよくわからないな。ただ、敵はひとつではないということだろう。そのホムンクルスの少女も京都に同行させよう」
 司は言った。
 
 もう、夜も遅いということなので、出発は翌日ということになった。
「皆さんお腹がすいているでしょう」
 そう、マダムが言い、手料理がふるまわれた。
 西洋的な外見とは裏腹に和食が並んだ。
 煮物に焼き魚、だし巻き玉子、おにぎり、漬物、おはぎなどが並んだ。
 バーではあるが、酒は出されなかった。
 司の身に宿った鬼はかつて泥酔していたところを討ち取られたことがあるので、司自身も酒は飲まないようにしていた。
 料理をつくるのに史乃も手伝いをした。
 その手際のよさに、
「あら、あなた内で働きなさいよ」
 とマダムは言って誉めた。

 夢子はというとからっきしであった。
 邪魔だから座ってなさいとマダムに言われて、金田一の本当か嘘かわからない冒険譚を聞かされるはめになった。

 料理はどれも美味しく、疲れた皆の身体を癒した。 夢子はおはぎをコバヤシ少女と競うように食べた。
 一夜開けて、早朝に出発することになった。

「マダム、お世話になりました」
 司はマダムに言った。
「いいえ、久しぶりに大勢で食事ができてたのしかったわ」
 そう言い、マダムは司の強靭で大きな身体を抱き締めた。
 頬にそっと口づけする。
「ご武運を……」
 とマダムは言った。
「必ず、戻ってきてください」
 マダムは目を潤ませて、司に告げる。
「ええ、必ず」
 司は約束した。
 何故か、その様子を史乃は膨れっ面で見ていた。
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