上 下
53 / 91
3ー2章 落ち人たちの罪と罰

十二話 感動の再会となりました。

しおりを挟む
 予想よりも早い帰還に、国軍兵舎では迎え入れの準備で慌ただしいようです。上空で旋回し、狭い広場へと順次舞い降りるグリフォンたち。
 騎乗する兵士と荷を下ろしグリフォンが厩舎へと引き込まれ、それを追い立てるようにして次のグリフォンが、翼を上手に羽ばたかせながら下降してきます。一頭ずつしか降りられないのは、広場の先にある厩舎までの道のりが狭いためで、山間のローウィンならではです。
 危ないから近づかないようにと言い渡され、私と結衣さんは兵舎の入り口で邪魔にならないように待っていると、知らせを聞きつけたのかサミュエルさんが来ました。私が挨拶をしていると、結衣さんがすっと下がって視線をそらします。サミュエルさんもそっとしておけば良いものを、面白がって結衣さんに突っかかります。

「そう嫌うな、お前の身柄はこちら預かりとなっているのだから」
『……頼んだ覚えはありませんし、了承もしておりません』

 淡々とした彼女の言葉中にも、棘を感じます。

「嫌われましたね、サミュエルさん。もう少し女性の扱いを考えないと、お嫁さんが来ないってセリアさんが心配してましたよ」
「いらん世話だ」
「それは直接セリアさんにどうぞ?」
「…………うるさい」

 ぼっちゃんは、セリアさんには頭が上がらないのです。つまりセリアさんはサミュエルさんにとって、いわゆる、幼い頃の初恋の相手だからです。男の子によくある、幼稚園の先生が初恋ってやつと同列かもしれませんね。それを知って以来、私はサミュエルさんとの毒舌対決には稀に勝利を収めることができるようになりました。時に卑怯者と罵られようとも、私は気にしません。

「ところで、あの中にアルベリックさんがいたような気がするんですが……」
「気のせいではないが……知らせがあったのか?」
「いいえ、ありません。ですがどうもアレ、ハデュロイのように見えるんですよね」

 ひときわ大きな個体を指さし、遠目に騎乗の人物に目を細めます。昨年と同様に、帰りの二人乗りを考えてハデュロイを貸出してもらうことになっていました。そのハデュロイが、どうやら二人の人間を乗せてここローウィンにいる。もしかしたら、そう思うと未だ混雑している広場に駆け出したい衝動にかられるのは、仕方ないのです。

「奴が今日、到着予定だとは定期便の手紙が届いている。お前は知らなかったのか?」
「え……でも、元々の予定ではアルベリックさんがここに到着するのは明日ですよ」
「心配だったのだろう。事実、護衛につけた兵士が一人置き去りになる事態になったんだ。奴の判断は正しかったということだ」

 サミュエルさんにそう言われ、私は憤慨します。
 きっとアルベリックさんは私が心配で、仕事の都合を無理やり──それこそ寝食を忘れるように仕事をこなして──ここに今日来ることが出来たのでしょう。
 そもそもサミュエルさんに言われた事は紛れもない事実。ソランさんが居なかったら、私たちに駅馬車は、無事にローウィンに到着していたかどうかも怪しいのです。だからアルベリックさんの心配は的を得ていると言われれば、反論する余地がないわけなのですが、それとこれ……私を過保護にするために、アルベリックさんが仕事で無理をするのは、話は別ですけれどね。
 もちろん、彼がそばに居てくれるのは、嬉しいに違いないのですが……。
 悶々とする私に、サミュエルさんはこの兵舎に残るよう言い渡し、広場に到着する兵隊さんたちの元へと行ってしまいました。置いてきぼりだなんて酷いとは思いましたが、勝手知ったるノエリアの警備隊とは違います。私もさすがに大人しく待っているしかありませんでした。
 近くにあった椅子に腰を下ろし深呼吸を一つしたところで、ようやく事態をのみこめない結衣さんに説明します。ローウィンを目指す道のりで起きた魔獣からの逃走劇、そしてソランさんを助けに行って下さっている人達の帰りを待っていたことなど。そして関係のない結衣さんを連れ回してしまったことを詫びます。

『事情は分かったわ、大変な目にあったのね。こんな物騒で交通手段もない世界だもの、ほんと同情するわ。けれどあなたは口の悪いあの人と、ずいぶん馴染みなのね』
「サミュエルさんは、私の住んでいるノエリアの領事様のご子息様なんですよ。あの毒舌というか、辛辣な物言いは彼の従弟のリュファスさんで慣れてるので……あ、リュファスさんというのはノエリア警備隊副隊長さんです。リュファスさんには色々とこちらの事を教授してもらってるんですが、黙ってれば超絶美形なのに、これが結構なスパルタでして」
『そう……じゃあ、あなたは警備隊にずっと保護されていたのね』
「はい、こちらに出たところがなんと空中で、ちょうど遠征帰りの警備隊長、アルベリックさんにナイスキャッチされましたので、その流れと言いますか」
『ちょっと待ってよ、空中って……それ本当なの?』
「ええ、飛行中のグリフォンの上にドサッと……あはは。結衣さんはどこに出たんですか?」
『あははって……私は気づいたら、見知らぬ農家の納屋だったわ、けど……』
「へえ! 出るとこは違うものなんですね、初めて知りました」

 これは本当に驚きです。ですが良く考えてみれば全ての人が、私と同じように空に放り出されていたら、ほぼスプラッタな結果しか生まれず、こうしてご対面できることもなく終わっていたでしょうね。

『……そう、和葉さんは苦労されたのね。だから訳も分からないうちに、結婚だなんて酷い扱いを受けてしまったのね……』
「え? 結衣さん、何て……」

 聞き返したちょうどその時、私たちのいたエントランスへと人がなだれ込んで来ました。
 先ほど消えたサミュエルさんを先頭に、黒服の国軍兵士と警備隊兵。その赤い制服を着た中に、ひときわ背の高い、見覚えのある顔が続きます。
 アルベリックさんです。でもその顔には、勤務中の厳しい表情が残ったまま。

「カズハ」

 彼は私をすぐに見つけ、名を呼ぶ。そして彼が自分の後ろを気にしたように振り向くので、そちらに視線を移せば、そこには……。

「ソランさん!」

 国軍の軍医さんでしょうか、白い白衣を着た方に付き添われて歩いてきたのは、休憩所で別れたままの姿の下っぱさんです。腕と頭に白い包帯を巻いています。きっとそれだけではない、ほんの少しだけど足を引きずっているようにも見えます。
 だけどそんな姿でも、こうして再会できた。
 私はソランさんのもとに駆け寄ります。

「や、ま、待てマテまて! こら!」
「うわあああん、ソランさん、無事で良かった!」
「いっで……痛いっつうの、止めろ」

 私が彼の両腕を掴んで揺らすと、悲鳴のような声が。すみません、本当にホッとして嬉しくて、つい。

「生きてて良かったね、下っぱさん」
「下っぱは止めろっての!」

 こんなときにも、素早い突っ込み。無事な証拠ですね。
 下っぱさんが私にガクガク揺らされていつもの不満を口にするのを聞いて、思わず目頭に熱いものが込み上げてきます。嬉しさで抱きしめたいですが、それは止めときましょう。全身くたびれ汚れた姿に、ちょっと異臭が漂いますから。いえ、辱めるつもりは毛頭ありません。今の季節、ちょっと訓練続きのノエリア宿舎でも、そこはかとなく香る臭い。

「顔をしかめるなよな」
「いいえ、臭うだなんてちっとも思ってませんから!」
「思ってるんじゃねえか!」
「大丈夫です、気持ちだけですが、感動の再会に力一杯抱きついて抱擁してますから!」

 頭を掻きながら浮かべる苦笑いは、いつものソランさんです。それがどんなに安心したことか。
 しかしソランさんはハッとしたような顔で、ひっつきそうな私を剥がしにかかります。

「お、おい、あのな、カズハ。そろそろ危機を感じるんで、悪いんだが離せ、そして後ろを見ろ」
「危機?」

 私が振り向くと、そこに居るのはアルベリックさんだけですが、それがどうしたというのでしょう。彼は旅の疲れも見せず、私とソランさんの再会を見守っていて下さってますよ。

「アルベリックさんがソランさんを助けて下さったんですか?」
「御者が上げた狼煙を警備中の隊員が見つけた。応援を呼びに来たそれと合流して、魔獣には適切に対処した」
「じゃあ、それまで時間がけっこうあたんですよね。ソランさんはよく耐えましたね……」

 狼煙を見て応援を呼んだとしても、いくらグリフォンとはいえノエリアからすぐに来られる距離ではなかったはずです。ローウィンまでの旅程の半分を超えていたのですから。

「カズハは知らねえかもしれないが、休憩所はそういう事も想定して、多少の攻撃にも耐えられるよう頑丈にできてるんだ。中に籠れさえすれば、何とかなると思った。だから残ったんだよ」
「……そう、なんですか。良かった」

 無事とはいえ無傷ではないソランさん。疲労もかなりのものだそうなので、警備隊宿舎の方へ身を寄せて休まれるそうです。彼とはそこで一旦お別れすることに。休暇で来たことに変わりはありませんが、今回のことで特別休暇を追加してもらえるそうです。ローウィンに娘さんが会いに来ると言っていたので、予定よりものんびりできるのではないのでしょうか。タダで転ばずに済んで良かったですね、ソランさん。

 ソランさんを見送って、アルベリックさんに結衣さんを紹介せねばなりません。暫く一人で待たせてしまい、私は慌てて結衣さんの元へ戻ります。

「すみません、お待たせしてしまって。結衣さん、先ほど話していた方が無事に戻られたので、つい嬉しくって。それと、ご紹介したい人がいるんですよ」

 人の輪から離れ、一人座って眺めていた結衣さんの手を取って立たせます。少し強引かと思ったのですが、一人の結衣さんの元へアルベリックさんを連れてくるよりも、人の輪の中へ彼女を連れて行く方が良いような気がしたから。
 アルベリックさんはというと、一緒に戻った国軍の方と何かお話をした後、引き払う人たちを見送っています。そこにはアルベリックさんとサミュエルさんが。

「アルベリックさん、紹介します。彼女が本田結衣さんです」
 
 アルベリックさんの正面に立たせた結衣さんの肩が、少しぴくりと震えたような気がして彼女を見る。
 驚いたように、私より淡いその瞳をこぼれそうなほど見せています。視線の先はアルベリックさん。

「……結衣さん? あの、彼はアルベリックさんです。ノエリアの警備隊隊長で……」
『…………』

 小さな呟きは、声になったのかすら分かりません。かすかに動いた唇が見えただけです。
 黙ったままの結衣さんが見ているのは、どうやらアルベリックさんの吸い込まれそうな碧い瞳です。私もまた一目で魅了されたその色に、結衣さんもまた囚われたのでしょうか。
 アルベリックさんが少しだけ困った表情で自己紹介をする。

「辺境警備隊ノエリア支部隊長、アルベリック・レヴィナスだ」

 低いその声に、結衣さんがハッとして頭を下げた。
 ぼうっとしていたのを照れているのでしょうか、ほんのりと頬が桜色です。

『本田結衣です、初めまして』
「……妻が迷惑をかけてはいまいか」
『妻?』

 結衣さんが眉を寄せつつ驚く声を上げたと思ったら、アルベリックさんが私の腕を突然掴み、自分のそばに引き寄せらたのです。
 アルベリックさんらしからぬ、予想外なしぐさ。加えて強引な力加減に驚きながら見上げると、アルベリックさんから無言の圧力を感じました。なぜいきなり不機嫌モードなのでしょうか、アルベリックさん。
 そして向かい合う形になった結衣さんからも、問うような眼差し。

『まさか、その人があなたの?』
「……ええと、そうなんです。この人が私の旦那様です、よろしくお願いします」
『あなたが……』

 結衣さんは息をのんで、私とアルベリックさん、そして胸元のグリフォンのブローチに目を落としてから、短く「そう」とだけ返しました。その間も、アルベリックさんは私の腕に手を回したまま、私のぴったりそばに立ちます。滅多にその様なことをしない人なので、なんだか私は恥ずかしくてソワソワしてしまいます。
 だけど浮かれたような私とは違い、アルベリックさんは不機嫌とまではいきませんが、仕事の時のような淡々とした視線と態度。対して結衣さんは、幾分か困惑したかのような表情が浮かんでいます。

「あの、やっぱり私と同じ日本人だったんですよ、なつかしい日本語をまだ話されてるんです」
「そうか」
「えっと、アルベリックさんたちはとても親切にこの世界のことを教えてくれたんですよ、結衣さんも安心して何でも聞いてくださいね」
「……ええ」

 ……ええと、何なのでしょうこの空気は。
 なんて続かない会話でしょう。いえ、アルベリックさんはいつも通りといえば、そうなのかもしれないですが……それでももう少し街の人たちには言葉をかけるのに。結衣さんに気になるところがあるのでしょうか。
 こんなはずではなく、同じ落ち人として彼女を励ますためにもアルベリックさんと協力して、この世界の人々の良さをアピールしてって……私は思っただけなのに。
 この微妙な空気の理由って何ですか。誰か教えてください。
 私たちの後ろで、愉快そうにその成り行きを見守るサミュエルさんに視線で助けを乞うのですが、彼はニヤニヤするばかり。
 空気壊すのが毒舌家の本懐でしょうが。ええい、この役立たずめ。
しおりを挟む

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。