王立辺境警備隊にがお絵屋へようこそ!

小津カヲル

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3ー2章 落ち人たちの罪と罰

十九話 歩く嵐と称されました。

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 結衣さんとの待ち合わせの前に、サミュエルさんから諸々の事情を説明してもらえる事になりました。
 サミュエルさんの執務室には、私とアルベリックさんを加えて三人のみ。普段はサミュエルさんのお仕事の都合上、いつもなら人の出入りが多いその部屋には、鍵がかけられています。
 こうして人払いして話すのは、秘密のアレに関してです。他人の夫婦の事情について話すとか、そもそもちょっとどうかと思いますが!

「時間がない、単刀直入にいくぞ。宰相閣下にはいくらか政敵がいることは、承知しているな?」

 私はサミュエルさんに唐突に聞かれ、頷きはするものの、具体的には何も知識がないことに気づきました。

「誰がどうとか、詳しくはさっぱりです」
「知らないで済む問題ではないと思うが」
「カズハには関わらせたくない」

 サミュエルさんの非難めいた言い方を、アルベリックさんが何度目かになるその言葉で、簡単にはねのけます。

「それは自分の父親に直接言え」
「お前がそそのかしたのだろうが」

 険悪になってくる二人のやり取りに、私は慌てて仲裁に入ります。本当にいつもこうなるのはなぜなのでしょう。士官学校時代から変わらないと、リュファスさんがあきれ顔で言っていたのを思い出しました。

「二人とも落ち着いてください、とにかく、その政敵の方が私と何の関係があるのか、ちゃんと教えてくださいよ」

 腰を上げかけていた二人が、揃って「そうだな」と言いながら、ドサリと椅子に戻ります。だからハモらないでくださいってば。仲が良いんだか悪いんだか、本当に……。

「……カロン・グロヴレという男がいる」

 サミュエルさんが話して聞かせてくれます。

「元々は伯爵という地位の貴族だった。この一族が根っからの階級主義者で、貴族制度改革を行うに至った経緯として、元侯爵家であったレヴィナス家が推し進めたことにより、カロンはそれを阻止することができなかった。元々勢力図を二分していた相手でもある、それだけに遺恨が残るのだろうな。先代のこととはいえ」
「……格上のレヴィナス家の方に、他の方々が賛同したということですか?」
「それだけではいがな。元々グロヴレ家はそういった貴族たちに対して強い支持を受けてはいたが、今の当主カロンは優秀な人間だ。領地経営は他を抜きん出ていたし、交渉術にも長けていて、陛下の覚えも良い。ただ一点、その気位の高さが問題なのか宰相閣下とはあまりな……まあ宰相閣下もそれなりに腹黒いから相容れないのも当然だろうが」

 なるほど、そういった軋轢がまだまだ残っているということなのですね。じゃあ落ち人である私が偶然とはいえ、真っ先にレヴィナス家に保護されたことが、問題視されているのでしょうか。
 そう思って聞けば、サミュエルさんに否定されました。

「それだけなら苦労はない。先のベルクムントとの和平協定に、お前の加護が役立った事を知り、その力がただ失せるのを待つことに対して、色々と理由をつけて文句を言っている。拐って身内に引き入れるのには、加護が理由だろうと」
「理由?」
「ああ、グロヴレ家が代々支配してきた領地は、王都より南東にある。そちらはそちらで隣国と接していて、ジルベルドにとっては重要な土地だ。交易も今のところ上手くいっていて一見友好的ではあるが、水面下では頭の痛い問題も、ないわけではない。こちらにいったんカズハを寄越せと言ってきたらしい。そしてなぜか陛下が了承したらしい」
「もしかして、ベルクムントで上手くいったからって、政治的に利用したいとか、そういう事ですか」
「わからん。だが陛下はカロンが代替わりしたときにかなり面倒を見たと聞いている。カロンを排除することはないだろう」

 断言するサミュエルさん。
 黙って私の隣に座すアルベリックさんを見れば、強面度が上がっています。サミュエルさんとて、判断のしようのないことだってあるのですね。

「たかが異世界の小娘に政治を左右されるなどくだらないと、断りは入れてある。だがカロンは、抜かりない蛇のような男だ。閣下も向こうの出方を見極めているところだろう」
「それなら、もう加護はすっかり無くなっちゃいました! とかいうのは、ダメですか?」
「そんなことは無駄に決まっている。相手は優秀な男だと言ったろう、お前の加護について詳細は調べつくしている筈だ。お前が不必要にばらまいた絵もあるし、こちらの嘘などすぐにばれる。ならば、向こうに恩を着せる形で、一度だけ協力するふりをして終わらせる」
「カズハの意志を確かめずになぜ動き始める?」

 アルベリックさんが語気を強めるのですが、サミュエルさんもここは引きません。

「マナドゥの裏にいたのはカロンの野郎だ、やり方を間違えれば、危険なのはお前の嫁だろう。そもそもがお前が最初にこいつを隠すから、ややこしい事になったんだろうが。自分で招いた事だ、いい加減にしろ」
「だからこそ、カズハは私が護る」
「護りきれる保証は? 一度は救えたが二度目はどうだ、そもそもこの女が大人しくしてられるのか? 二度と手を出させないための方策を用意しているんだ、些細な事で台無しにするな!」
「どんな方策だ、ただ利用されたふりか。そしてその後はどうする、カズハに絵を描くなと言うつもりか」
「しばらくの間だ、それこそ加護が消えるまで」
「お前の言う安全の代償に、カズハにとっての唯一……筆を奪うのなら、私は了承できない」

 アルベリックさんの言葉に、微かにですが動じたように見えたサミュエルさん。

「石頭め……」

 吐き捨てるサミュエルさん。
 私、絵が……描けなくなるの? でも加護を利用したいんじゃなかったのですか?
 問いただそうと混乱した言葉を集めているところへ、控えめにノックが聞こえました。苛立ちを隠すことなくそれにサミュエルさんがそれに対応すると。

「立て込んでると言ったはずだ、何の要件だ?」
「それが……」

 扉の外の秘書官さんと、なにやらひそひそと話すサミュエルさん。
 突然の中断ですが、考えてみれば丁度いい中断だったかもしれません。アルベリックさんとサミュエルさんはいつも険悪そうではありますが、それはどこか予定調和なような気さえしていたのです。
 ですが今日は全く違っていて。それは私もだけど……。

「アルベリックさん……私」
「カズハは心配するな」
「アルベリックさん?」

 遮るように、私に次の言葉を言わせないアルベリックさん。
 いつだって「描けばいい」と言ってくれました。それが今までどんなに私を助けてくれたか分かりません。でも……

「描きたくなったら描けばいい。幸運をもたらすのが加護だろう、カズハは描きたいという己の心に正直であればいい」
「でも……アルベリックさんは? それにお義父さんにもです。アルベリックさんたちにも幸運をもたらすものじゃなければ、加護なんていらないです。もし私が我儘を言うことでアルベリックさんを苦しめるのなら、にがお絵屋を続ける意味なんてありません。なぜそうまでして描けって言えるんですか?」

 いつの間にか張りつめていた緊張を解き、アルベリックさんはなぜか首をかしげます。

「なぜ理由が必要なんだ?」
「え? だって」

 そうきますか? 不思議に思うに決まってるじゃないですか。困るアルベリックさんを見たくなんてないのに。

「誰が何を言おうと、私はカズハの味方だ。カズハを助けることに、理由など必要ない」

 それが夫婦であり家族だろう。
 付け加えられたその言葉に感激し、私は勢いよくアルベリックさんに抱きつきます。

「陛下も、加護がカズハにとって不幸を与えることはないと思ってのことだろう。私もそう思う」
「……でもサミュエルさんが」
「いい、あれは気にするな」

 そんな物言いに、私は気が楽になってつい吹き出してしまいます。
 ああ、やっぱりうちの旦那様は世界一です。そんな風に思いながらアルベリックさんをギュウギュウ締め上げていると、大きな咳払いで現実に引き戻されます。

「そういうのは他所でやれ、阿呆」

 お話が終わったサミュエルさんが戻ってきました。ひどい、舌打ちまでして。
 とはいえ恥ずかしさもないわけではありませんので……姿勢を正して気持ちを入れ替えます。

「少し目を離しただけで、お前という奴は……」

 眉間を押さえながら、私に向かって言うサミュエルさん。

「ちょっと抱きついただけじゃないですか、ここには他に誰もいないんですから、多めに見てください。恋人いないからってヤキモチはどうかと……」
「そのことじゃない、この歩く嵐が!」

 嵐! 私のことですか!
 サミュエルさんは罵倒しながら、私とアルベリックさんの前に一通の、綺麗な封筒を叩きつけました。
 それはとても綺麗な封筒です。封蝋がしてあり、家紋は見たことがないものでした。

「……これは?」
「お前宛だ、アルベリック」

 アルベリックさんはその手紙を開けて目を通します。
 なにが書かれているのか、文字を追っていた視線が一点で止まったかと思えば、急に私にそれを向けてきます。
 あれ、何かしました私?

「カズハ、手紙の送り主はオディロン・ルネル。お前に肖像画を依頼してきた。どこで接触してきた?」
「え? ああ、ルネルさんは街のお店で出会ったんです、ほら昨日結衣さんと最初に訪れた宝飾店ですよ」
「サミュエル、このルネルという者は知っているか?」
「よく覚えてはいないが、元々下位の貴族で小さな街の領主だった家だな。確か、領事に収まることはなく、商いでそれなりに財を成していたと思ったが……詳細は今、部下に確認させている」
「……そうか」
「すごく紳士的で良い人でしたよ?」

 私の言葉に、二人揃って振り向きます。いえ、正確には睨まれました。

「不治の病のお父さんの姿を、いまのうちに留めておきたいからってお願いされたんです。で、でも私はちゃんとお返事は保留にしましたよ? 滞在予定もあるし、アルベリックさんに聞かなきゃ返答はできませんって! それに結衣さんもルネルさんには気を許すくらい穏やかな方ですよ、彼女にとっても良い機会だと思うんです!」

 自分へのフォローなのか、それともルネルさんへのフォローなのか分からなくなりましたが、とりあえずようやく話題にできたので、ひたすらプッシュです。
 なのにサミュエルさんてば胡散臭いものを見るような目です。

「ほらみろアルベリック、お前の嫁は嵐の目だ。放っておけば、なにもかも引き寄せて巻き込んでくる。迷惑だ、どこかにしまっておけ!」

 人を危険人物かのように言わないでください、サミュエルさん!

「ど、どうしましょう?」

 私の問いに、二人揃って腕を組み、考え込んでいます。似た者同士ですね、だから喧嘩になるのでしょうか。

「もう一日返事は保留とする。部下が背後を調べて、問題がなければ許可を出そう」
「……え、いいのですか? サミュエルさんは私が絵を描くことに反対しないんですか?」
「そんな事は言っていない。むしろ……いいように利用して……」

 言葉を止めるのは、アルベリックさんの睨みのせいです。

「安全が確認されればいいだろう。ただし、護衛は増やすことが条件だ」

 それがアルベリックさんの今現在出せる最大の譲歩らしく。私もまたそれに同意し、後のことはお二人に任せることにしました。

 そして今、スケッチブックを抱えて街を見おろせる高台にて、そのようなルネルさんへ対応を決めた経緯を、結衣さんに話して聞かせたところです。
 誰かに譲渡しない約束で、風景画なら描いても大丈夫だと許可を取り付けた私は、監視役の黒い制服の兵隊さんたちにリサーチしつつ、この場所を選びました。さすが地元の方々ですね、目前に広がる街の景色は最高です。

「ルネルさんのこと……こちらで決めてしまって、気を悪くしました?」

 黙って景色を眺める結衣さんにそう問いかけてみれば。

「そんなことないわ。なんだか懐かしいような景色だと思って」
「そうですよね、湯煙があちこちで上がっていると、不思議な感じですよね」

 ピクニック気分で道端の石に腰を下ろし、私は画材道具を、そして結衣さんは水筒を取り出します。

「描いててもいいですか?」
「ええ、見ててもいい?」

 もちろん。二人でそう言いあって、笑います。
 私が鉛筆を走らせる間にも、私たちの後ろの道には少し離れた場所に三人の兵隊さん。もう少し坂を上った先に、公共浴場のような施設があるのだそうです。時おりですが人も行き来していきます。

「美大生だったって、言ってたわよね」

 結衣さんがポツリと話し始めました。

「ここに落ちて来なければ、きっと今頃は就職活動してたのね。せっかく勉強してたのに残念ね」
「そうですね……留年してなければですけど。最後に描いた課題、徹夜して仕上げたんですよね、すごく上手くいかなくて何度も描きなおして。これ点数大丈夫かなとか、本気で思いながらでしたし……」
「じゃあこちらに来て後悔はしてないの?」
「帰れない哀しさはありますよ、もちろん。でもまあ就職したようなものですよ、にがお絵屋ですから」

 結衣さんに、鞄から古いスケッチブックを出して渡します。

「これ、向こうから私が持ってきたものなんです」
「……見てもいいの?」

 どうぞと言って頷けば、慣れない手つきでスケッチブックを開く結衣さん。一枚一枚めくっていって、ふと手を止めるのはやはり最初に動いたあの絵です。
 あれから一年。くたびれてきたページに、手あかの跡が薄く出てきたことに月日を感じ、最近は郷愁を募らせることもあります。
 ……あ、これはアルベリックさんには内緒です、心配させてしまいますからね。

「私のお母さんです。落ちてくる前、最後に描いたお母さん。そしてその絵が、私に最初の加護の現象をもたらしてくれた絵です」
「加護……絵が動くって言っていたあれのこと? でもどうやって」

 興味がある様子の結衣さん。

「最初は、パラパラとめくれるように。でも途切れがちでしたが、声も聞こえました」
「声?!」
「そう、あちらの世界のお母さんの声です。帰らない私を心配して怒っていました」
「うそ、本当? 前に話してくれたのはこちらの世界の人だったわよね」

 あまりの驚きにこぼれそうな眼の結衣さん。あの時の私同様、きっと帰る宛になるのではないかと、希望のように感じているかもしれません。
 ですが次の言葉に、絶望するのは目に見えているのです。

「本当です。でも一方通行で、私の呼び掛ける声はあちらに繋がってはいませんでした。絵が動き出すのも一定条件が必要で、とても不安定なものでした」
「……そうなの」

 肩を落とす結衣さんに、少しだけ申し訳なく思うのです。

「でも可能性はゼロではないです。どうでしょう、試してみませんか結衣さん?」
「試すって……何を?」
「帰るための手立てにはなりませんが、せめて結衣さんの大切なものを探すのに、加護の力を使えないかなって」

 きょとんとした結衣さんに、私は実験を申し出たのです。警備隊の皆さんが大事な失せ物を捜索してくれていますが、ダメ元で試してみてもいいんじゃないかと思って。
 
「写真の方の特徴を聞いて、私がスケッチしてみるんです。上手くいけば写真を誰が持っているのか分かるかもしれませんよ。それかもしかして、あちらの世界の本物にだって……」

 我ながらナイスアイデアだと思いました。
 だから、まさか青ざめた結衣さんがこう叫ぶなんて思いもしなくて……

「駄目よ……彼をあなたが描くなんて、絶対駄目!」
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