王立辺境警備隊にがお絵屋へようこそ!

小津カヲル

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3ー2章 落ち人たちの罪と罰

三十四話 ゴンドラに乗りました。

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 歌を歌った方がいいのでしょうか。
 私はいま、美しい運河の上、ゴンドラに揺られながら、街を見上げています。石造りの橋をくぐるときなどは、どこかで見たような景色。
 空は青く、白い雲の間をこれまた白い海鳥が飛んでいきます。
 最初は穏やかだった運河の水面も、しばらく行くと波立ってきて、ときおり私たちのゴンドラを揺らします。
 私とソランさん、結衣さんとオーベールさんを乗せて、船頭さんが船尾で舵をとります。それくらいのサイズの船が、二艘も行き来すれば充分なほどの幅の水路。そこからいくつもの橋をくぐれば、だんだんと幅も広くなり、両岸に立ち並ぶ建物も、密集していきます。見上げる橋梁の影にはかわいいフナムシ。水はとても澄んでいて、水路の底にたまる砂の間から顔を出す生き物たち。
 似ているようで、でもよく見ればどこも違う。
 通りすぎるそんな景色を、私は手早くスケッチブックに書き留めます。
 目に留まった一瞬一瞬、全てが美しいセレスフィアの街。ノエリアとは全く違うその魅力には、すっかり心を奪われていたのです。
 そうして私が何枚か描き終わるころ、ゴンドラは岸に近づいていきます。そこには水路から続く石段があり、木材を組んで大きな葉を積み重ねた軒がつくられています。その下では見たことがない魚や果物が、篭に並べて置かれていて、売り子のおばさんが笑みを振り撒いていました。
 
「いらっしゃいませ、オーベール様。お帰りになってたんですね」
「ああ、調子はどうだ?」
「ええ、ここのところ嵐も少ないんで、水揚げもいいし、物の入りもよくて、値が下がってきて喜んでますよ、カロン様のおかげです」
「そうですか、それは良かった。困ったことがあれば何でも言うように」

 普段見たこともないような穏やかな表情を浮かべたオーベールさんを、私たちは驚きながら眺めていました。その後オーベールさんにお礼を言うと、私たちに視線を移すおばさん。

「美味しいジュースは、どうだいお嬢さん方?」
「……どんなのがあるんですか?」
「これなんかおすすめだよ」

 おばさんがいくつか勧めてくれたのは、南国の甘い果物と、やしの実のようなジュースをあわせたものだった。私は柑橘類に似た味のもの、それから結衣さんはあっさりとレモンのような酸味を少し加えただけのものを選びます。
 そうして飲み物を手にすると、再び動き出すゴンドラ。お店のおばさんは、私たちに笑顔で手を振ってくれました。
 それはなにもお店のおばさんだけではありません。通り抜ける橋の上、見上げる住居の窓から、道行く街人たちが、ゴンドラに向かってにこやかに手を振ってくるのです。
 こんなに大きな街なのに、なんて穏やかで、平和なところなのでしょうか。
 どことなく南国を思わせる日差しと海、そんな環境のせい?

「しばらく行った先に、港があります。大勢の人々が荷下ろしなどをしていて、市場もありにぎやかです。私は片付けねばならない用事があって案内できませんが、あなたたちだけでも見ていきますか?」
「ぜひ、見たいです!」

 真っ先に答えたのはもちろん私です。
 真新しいスケッチブックは、今ようやく水路の景色が加わったところです。これまでろくに描いていなかったので、カロンさんの依頼をこなす前に、少し手慣らしをしておいた方が良いかな……なんて、言い訳をしつつ、要は描く口実を探していただけですが。
 港の景色は、きっと水路以上に、私の創作意欲を刺激してくれるに違いありません。
 しばらくすると、船頭さんが岸に寄せて、私たちを下ろしてくれます。
 そこに待ち構えていたのは、たっぷりと長い裾をした服の商人の男性です。どうやら彼らが港の責任者のようでした。どうやらオーベールさんの用事が、彼らに会うことのようです。
 私たちはオーベールさんと離れ、港の市場周辺を見てしばらく時間を潰すことに。
 ゴンドラを降りた建物のそばの路地をまわると、高い建物のせいで見えなかった海が、視界に飛び込んできます。

「わあああ! すごい、海ですよ、海!」

 開けた港には帆船が接岸できるよう、石畳で綺麗に整備されていて、その先に広がる水平線が、日の光を反射していて眩しいのです。
 大きな船が並び、騒がしく人々が荷物を下ろしているようです。その合間に飛び交う海鳥。とりわけ鳥たちがたかる小さめの船は、きっと漁帰りなのでしょうね。
 そんな景色を見ながら、私は立ち尽くします。
 人々の営みの先にある、透き通ったあおの海の色に魅せられて──
 締め付けられた胸に、無意識に掴むはずっだったブローチはそこに無くて。そういえば、結衣さんの目に入れるのはなんだか申し訳なくて、外してきたのでした。

「ねえ、どうしたの?」
「え? あ……すみません。海の色が素敵で……つい」

 あんまり黙りこんだままの私に、結衣さんがしびれをきらしたようです。

「海の色? ああ、汚れてなくて綺麗ね。そんなことより、市場ならあっちみたい、行きたいのでしょう?」
「…………はい、何を食べますか?」

 私の返事に、結衣さんは目を丸くして驚いています。

「食べるのが目的だったの?」
「あはは……もちろん絵も描きたいですけど、まずは美味しいものを探しましょう」
「……いつも通りだな」
「ソランさん!」

 私は気を取り直し、二人を引きずるようにして市場へ向かいます。
 だけどどこか海の碧に心を残したまま……。

「うそー、これってまるきり牡蠣じゃありません? ねえねえ結衣さん!」
「……分からないわよ、まるきり別物で似てるだけかも」

 しり込みする結衣さんの手を引いて、露店のひとつの前で私たちは大はしゃぎです。だってですね、ここで緑色やら紫の魚、それとイガイガの海草やどろっとした貝の間に、見慣れたものを発見してしまったからです。

「ソランさん、これって牡蠣ですよね、食べたことありますか?」
「ああ、それ。美味いぞ……っておい!」

 ケロちゃん財布を取り出した私を、ソランさんが慌てて止めます。

「なんですか?」
「ここで買ってどうするんだよ、生で食うわけにはいかんだろうが」
「……え、食べられないんですか?」
「……はあ?」

 ソランさんが顔を歪めて何言ってんだこいつ、という顔で固まっています。
 あれ?
 するとお店のおじさんが私たちに笑います。

「お嬢さんは見かけない顔だが、この街の子かい? 他所じゃ生で食べないんだよ、この貝は」
「おお、じゃあやっぱり生でもいけるんですね」
「本当か、オヤジ?」
「ああ、この港の漁師は、捕れたばかりのものは船で食べるそうだ。だが街ではあまりやらないよ、ほらこの先にテント張ってる店が見えるだろう?」
「……あの赤いお店?」
「そう、そこで焼いたのを出してくれるから、今すぐ食べたきゃそこ行ってみな」
「ありがとう、おじさん!」

 私は再び二人を引っ張るようにして、おじさんの教えてくれたお店に入り、焼き牡蠣にありついたのです。
 そこは露店の軒先で、お食事を出してくれるお店です。漁師さんや地元の市場の関係者が使うお店だそうです。だから牡蠣だけでなく、ちょっとグロテスクなお魚の煮物も注文しちゃいました。

「うっまーい!」

 熱々の貝からつるりと牡蠣をほおばり、もう、叫び声しか出ません。
 ああ、よく来たね牡蠣。落ちてきた同胞よ! 大歓迎です、食べちゃうけど。
 あまりの美味しさに身悶えていると、結衣さんが大きなため息をもらしました。

「どうしました? 結衣さんは嫌いですか?」

 少しも手をつけようとしない結衣さん。牡蠣ならば見慣れた食材でしたし、彼女でもイケると思ったのですが。

「よく、躊躇せずに食べるわね。本当に感心するわ」
「そうですか? これ味も見た目も牡蠣そのものですし、むしろ生でいけなかったのが残念なくらいです」
「生はやめとけ、これは美味いけど要人は絶対生は食べない」
「こっちでもお腹壊しますか?」

 ソランさんいわくそれはもう苦しいそうで、こちらの世界でも色々と持ってるみたいですね、牡蠣……。
 それはさておき、一緒に出された紫色の鱗をもつお魚も、よく油がのっていて美味しかったです。それらのほとんどを私とソランさんでたいらげ、結衣さんは眺めているだけでした。

「そんなんじゃ、ナニ食って生きてくんだよ」
「……わかってるけど、どうしようもないんだもの。でも言わせてもらえば、和葉さんがちょっと馴染みすぎだと思う。比較されたくないわ、正直」
「私? ……そうですか?」

 第三者に意見を求めてみれば、どうやら結衣さんの味方らしいソランさん。

「……まあ、そうかもな。色々と驚いてる姿は見てるが、大抵は目を輝かせてるからな、おまえ。とはいえユイはもっと努力したほうがいい。偏食は体によくない」

 お父さんですか、とツッコミ入れたくなる小言ですよソランさん。
 私だってこれでも、ミートパイの材料には、慣れるのは時間がかかったんですけどね。
 でもソランさんの言い分ももっともです。この先、この世界で生きていくには、慣れは必要ですから。
 私たちはお店を出て、近くのベーカリーで結衣さんのための手頃なクッキーを買い、港へ戻ります。帆船の停留しているところから西へいくと、狭いですが砂浜が見えます。その入り口に木陰があり、私たちはそこで休憩をすることに。
 ちょうどいいから、スケッチブックを広げます。
 打ち寄せる波の音と、大きな葉が揺れる音。それらを聞きながら、まったりとした時間が流れていきました。
 退屈なのか、ソランさんが砂浜の方をぐるりと回ってくることにしたようです。
 どうぞどうぞ、なんて言って鉛筆を持っていない方で手を振れば、勝手に動くなよと一言残して行ってしまいました。ときおりこちらを振り返るようにしながら歩くソランさん。どうやら離れてはいるけれど、見える範囲を散歩してくるだけのようです。本当、あの上司にしてこの部下あり……過保護です。
 一方、木の根に座る私と結衣さん。しばらくは無言の時が流れていたのですが。

「あなたも私に、幻滅した?」
「幻滅? いいえ」

 結衣さんが言う幻滅というのは、何に対してなのか。最初は分かりませんでした。

「あなたよりよほど年上で、仕事を誇りにしっかりした社会人だと自負してたのに、この世界ではまるで役立たずだもの」
「結衣さんのやりたいことが見つかれば、自然とそんなこと思う必要はなくなると思いますよ」
「……やりたいこと?」
「はい、私にとってはこれですけど」
「……絵?」
「はい」
「そうね、せっかく大学に受かって勉強していたものね」
「……そうですけど」

 結衣さんの言葉に、どこか自分の気持ちとの相違があったような気がしました。私が絵を描くのは、なんでだったろう……そんな風に考えてみて、すぐに答えが見つかりました。
 落ちてきて自分から動いて最初にしたのが、絵を描くことでした。
 信じられないあの状況を、見知らぬものを見つけては一枚一枚描くことで、自分を納得させて……それを、黙って見守っていてくれたアルベリックさん。
 彼がいなかったら……
 寂しそうな結衣さんと、あのときの自分が重なりました。
 それが、どうしてか苦しくて。
 もし、私と結衣さんが……入れ替わっていたのなら。
 そのとき、ローウィンを旅立つ前に聞いた、結衣さんの叫びが脳裏に甦ります。
『私が先に来たのに。きっと私こそが彼に出会うはずだったわ、それなのに……』

「……和葉さん、どうしたの?」
「え、あ、いえなんでも……あ、そうでした。にがお絵屋を始めた理由です! あのですね、別に習っていたからというより、自分にできることがそれだけだったというのが正直なところです。実際に絵を描いてみたら、喜ばれて。そのおかげで誰かの助けにもなれましたし。うまくいかなかったら、別のなにかを探していたかもしれません」
「……そう、なの」
「はい、だってあのまま大学を出ていても絵描きになったとは誰も保証できませんし。って、無計画すぎかもしれませんけど、結果オーライで!」

 どこか不安にかられた心を振りきるつもりで笑ってみたけれど、結衣さんにはあまり受けなかったようです。

「私は、いつも和葉さんとは真逆だった。計画して、いつだって失敗しないよう準備して……それでもうまくいくことばかりじゃないけれど、それも計算に入れて、なるべく予定通りになればそれが成功だと……」
「ちゃんと成功、してきたんですね。結衣さんは」
「だけどショーンを傷つけた罪を負い、ここに落ちて……それはひどい罰で、私は打ちのめされた。でもね和葉さん、私は分かったの、もう大丈夫」

 結衣さんを前向きに……そう願ってきたのだから喜ばしいはずなのに、どこか怖くなって。まっすぐ私を見て言う結衣さんから、つい視線を反らしてしまいました。
 だけど続く、結衣さんの決意。

「罪は償えばいいのよ、失ったものを取り戻すの。そのために私はここに落ちたのだわ、きっと」

 償い……取り戻すって、何を?
 結衣さんが微笑んだような気がして、じっと描きかけのスケッチブックから顔をあげると……。

「おい、どうした?」

 目の前にいたのは、心配そうに私の顔をうかがうソランさん。

「いつのまに戻ってきたんですか、びっくり」
「いや、何にもないから退屈で戻ってきてみれば、おまえ顔色悪いし……戻るか?」
「え、あ……そうですね。なんか日差しが強くて……」

 描ききれなかったスケッチを、そっと閉じます。
 また、そのうち続きを描けたらな。そんな風に残念な気持ちに蓋をして、鞄にしまいます。
 ソランさんは結衣さんの様子も気にかけているようで、どこかぎこちない私たちを心配させてしまったようです。

「何かあったのか?」
「いえ、なにもないですよ」
「それならいいが……この後、絵を描きにいくんだろう、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ、心配しなくても……あ、お迎えが来たようですよ」

 港の方から歩いてくるオーベールさんの姿が見えます。私たちはそれから彼と合流し、再びゴンドラに乘ってお城へと戻ったのでした。
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