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番外編
アリエルのその後
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──リヒトが珍獣を拾ってきた。
それが、新しい仲間となった花純という女性への、第一印象だった。
私はアリエル。冒険者で、世界一のヒーラーで、絶世の美女。
まあ、名乗るのはかまわないわよね。かつては確かに、それが私への賛辞だったのだから。
かつて最も勇者に近いパーティーと称された私たちは、魔法剣士のリヒトをリーダーに、魔法使いのサヴィエと、弓使いのリカルドの四人でパーティーを組んでいた。
リヒトは魔物を憎んでいて、驚くほどストイックに剣の腕を磨き、すでに冒険者たちの頂点に立つ腕前。サヴィエは性格に難ありだけど、変態級の探究心で古の魔法を使いこなす、超攻撃型魔法使い。リカルドは優しげな風貌でありながら、どんな敵をも見抜く心眼の持ち主で、射貫く腕を持つ。そして私、精霊の血を引く一族の生き残りと言われる、超、超、優秀なヒーラー。
もう、どこのパーティーと比べようとも引けをとらない、完全無欠のパーティーだった。
そう、だったのよ。花純が加わるまでは!
花純が現れたあの日、リヒトは珍しく単独行動をしていた。
普段、私たちがどんなに頼りになる冒険者だとしても、リヒトは離れることを嫌う。自分の目の届かない場所に、仲間がいることを恐れていた。
自分が居ない時に、私たちが魔物に襲われて死ぬとでも思っていたのよね。最初は馬鹿にされているのかと思って、そのことが原因で喧嘩になったことだってある。特にサヴィエ。あいつのプライドは、実は誰よりも高い。いいえ、あれはもはやプライドというより、過去の妄執にとりつかれているだけ。忘れられた魔法を蘇らせるなど、無駄な努力。今あるものが優れているのに、それを昇華できないから、固執しているだけだと馬鹿にした者たちへの復讐。見返したいことが、サヴィエのすべての原動力だった。
そうして反発しあう二人をなだめるのは、本当に苦労したわ。
でもほら、私のような愛くるしい女性に諫められないものはないもの。本当に、私って優秀だもの。
だけどそうして上手くいっていた私たちのパーティーにあの日……
「花純を、仲間にする。これはもう決めたことだ」
リヒトの独断で、彼女を仲間に加えることになった。
もちろん、私にだって花純の魔力量が半端ないことには気づいていた。でも不自然なのよ、魔力をもっていても、彼女は一切魔法を使えない。
リヒトだけでなく、私やサヴィエまでが魔法を理論や実践で教えたというのに、火を熾すこと一つできはしなかった。そんなの、ありえないことよ。
でもそれだけじゃない、身の回りのことだってどこの王侯貴族かというくらい、なにもできない。洗濯も料理も……
そうして彼女に当てられた役割は、リヒトのお荷物。
それでも異界から来たという花純には、一つだけ特技があった。それは『空気を読む』こと。彼女は自分が、どれほど皆のお荷物になっているか、しっかりと空気を読んでいたらしく、日に日に声が小さく、おどおどしていった。
その反動なのだろう、唯一の保護者であるリヒトには、ひな鳥のようについて離れない。
そうした日々を送った先で、ようやく彼女が使えるようになった魔法は、なんと花を咲かせるだけ。
まあ、結果的に食料には困らなくなったけど……
でも一番、興味深かったのは別のこと。今でも時折思い出すのよね、花純の属性を知った時のリヒトの困惑した顔と、サヴィエの愕然とした顔。もう、おかしいったらないわ。
そうでしょう、リヒト?
「あの時も、おまえは大笑いしていたな」
簡素で小さな椅子を勧められ、身を縮めるように座り、すっかり冷めたお茶をすするリヒトが目の前にいた。
自慢だったパーティーを離散した後、私は一人で小さな町の片隅に、隠れ家を作って暮らしていた。戦いを離れ、あれだけ人生を賭けて臨んだ魔物討伐も、すっかり興味を亡くしたままに、魔王討伐は終了していた。
今さら冒険者に戻るつもりもなく、ここで蓄え頼りにひっそりと暮らしていたのに、どこで調べたのか、リヒトが突然やってきたのだ。
歓迎しないと告げたが、かまわないと居座って、そろそろ半時にもなる。いったい何しにきたのか。
彼は勇者として聖教会に認められ、魔王と対峙した。一方私は、彼を見捨ててパーティーを離れた身だ。リヒトのパーティーにいた私はその道では有名だ、例え再び冒険者を目指そうなどと考えたとしても、迎え入れてくれるところはない。しばらく静かに暮らすつもりなのに、こんな派手な男が出入りしたら迷惑なのだ。
そう……もう二度と、リヒトたちとは会わないつもりだった。
「マリエルは、花純を嫌っているのかと思っていた」
「え? ああ、そのこと。花純は、嫌いじゃなかったわ。私が嫌いなのは、醜いものよ。魔物や、悪人。そして虫」
「……虫?」
当たり前じゃない、私の姿をよく見なさいよ。こんな可憐な……花純が言うところの天使のような私が、虫を平気だと思う方がどうかしているわよ。
「花純はいつも、私のそばから虫を追い払ってくれていたわ。だから嫌いではないわね。殺さない主義だとか言って、平気で指で摘まんでいたから、その手で触らないでと言ったのは確かだけど」
言っている意味が分からない。そうリヒトの顔に書いてある。
そうでしょうとも、あなたは些細な女性の感情や仕草に込められた意味など、理解できない人だものね。いつも魔物を倒し、人々を守ることしか考えてなかった。だから花純に振られるのよね。
ふふっ、いいざまよね。あなたに花純はもったいないもの。
「花を咲かせる前から、花純は小さな虫や新芽をつけた枝を避けて歩いていたし、花を踏むことは決してなかったわ。私たちのために実らせた果物だって、採り尽くすことはしなかったし、必ず植物にお礼を言ってからもいでいたわ。そして丁寧に土や汚れを拭いて手渡してくれた。ある日それに虫がついていたの。私はびっくりして払い落としてしまったの。でも花純はすぐに私がわざとじゃないって、虫が苦手なのに気づいてた」
「……そうか」
「でもリヒトはそういうこと気づく余裕なかったわね。だからいつしか、花純はあなたと一緒にいない方がいいって思うようになっていた」
だから、リヒトが花純を置いていくと決めた日、彼に賛同した。
花純は、命のやり取りには向いていない。
そして同時に気づいたのは、自分のこと。
いつから、私は花純とは違うモノになってしまったのだろうかと……。
癒しの力をもてはやされ、人の役に立つと言われて、気づけば戦場だけが生きる場所になっていた。魔物を倒せれば、どんなに森の木が倒れようと、町の柵や建物が壊れようとも、皆のためになる。だから些細なことに目をつぶるのは、しかたがないと思っていた。けれども彼女に会った時には、仕方ないと考えることすら忘れてしまっていた。
「あの頃からすでに、私たちはおかしくなっていたのかもしれない。だから早く、花純だけでも離れた方がいい。そう考えたの」
「だから、辛くあたったのか」
私はその言葉に、呆れて大げさに肩をすくませた。
「あなたが一番こっぴどかったと思うけど!」
リヒトは遠くを見て「そうだな」と呟いた。
彼は私が何も知らないとでも思っているのかしら。これでも、情報収集には自信があるのよ。リヒト、あなたが猪突猛進すぎるせいでね。
だから知っているわ。
世間では、勇者であるリヒトと聖教会の巫女様が協力しあい、魔王の力を消滅させ危機を回避したということになっている。けれどもあの日、世界に降り注いだ優しい花を、誰が咲かせたのかを。
そして花純がかつてリヒトのために咲かせた花を、今は別の男のために咲かせていることを。
「それで、いつになったら本題に入るのよ、リヒト?」
いきなり隠れ家を訪ねてきたリヒトは、ただお茶を出されて椅子に座り、自分から発した話題は「元気だったか」のみ。本当に魔物退治以外、ぼんくらにもほどがあるわね。
とはいえ、受け答えくらいは忘れていなかったようで、喋る気になったらしい。
「ああ、また俺と一緒に旅に出ないかと思って」
「は?」
「この国を出て、様々な場所を回りたい。一緒に来いアリエル」
驚いてリヒトの次の言葉を待つけれど、彼はそれだけを告げて満足したらしい。
「だめか?」
「あのねえ! 理由も目的も方法も他の仲間がいるのかとか、何も聞かされずはいそうですねと返事できるわけがないでしょう!」
「ああ、そうか」
ようやく私の言いたいことに気づいたらしい。
まったく、花純の気を引こうとしてよく喋るようになったと思ったのに、また元通りじゃない。あの頃はどこで覚えてきたのか、歯の浮く台詞を並べはじめたのよね。ついに頭を打ったのかと思ったけれど、それでも今よりはマシだった。っていうか、花純に出会う前にすっかり戻ってるじゃないの?
「実は、死の山の主である魔王は、正確には我々が考えていたような存在ではなく、魔物のひとつにすぎなかったんだ。だがこの国ではあいつを抑えておけば、しばらくは他の魔物の復活はないだろう。しかし他国ではいまだに魔物に困っているところもあるらしく、聖教会に援助の申し出が殺到している。俺に花を咲かせる力はないが、魔物相手ならばいくらか手助けにはなれると思う」
「……それで、サヴィエとリカルドには?」
「サヴィエとはしばらく連絡が取れない。リカルドには会いにいった……だが」
「断られた?」
「ああ」
「じゃあ、私と二人でってこと?」
「嫌か?」
「当たり前じゃない!」
「なぜだ」
「面倒くさいからよ!」
リヒトが驚き、言葉を失っている。
「ってか、自覚ないの? あんたって聞かないと言葉にしないし、勝手に守るとか言い出して一人で暴走するし、無茶ばかりで面倒な回復させられるし、一人で世界を背負ってるみたいに暗い顔してくそ真面目だし、こっちまで陰気になっちゃうの。それだけじゃないわ、ようやく訪れた大きな町でも立派な宿に泊めさせてくれないじゃない!」
一気に叫んで、すっかり髪も表情も崩れてしまい、私は咳払いをしてから身なりを整える。
リヒトからは「いや、それは、そんなつもりでは……」と呟きが聞こえるけれど、この際ハッキリさせてからじゃないと、とても面倒みきれない。というか、見るつもりなんてないし。
「まずは、リカルドに参加してもらうこと。でないと、話だって聞きたくないわ。二人旅だなんて、ぜーったい嫌ですからね!」
オロオロしながらも、リヒトは「わかった」と言い、素直に帰っていった。
まったく、花純と別れた時どころか、これじゃパーティー発足当時のぎこちなさのようだ。そういえば、初めて出会ったときのリヒトは、まだ気持ちばかりが先走って怪我をしては自信を失ってばかりだった。私は逆に、何を根拠にしてるのかと思うほどに、自尊心が大きかった。そういうのを一つずつ、絡み合った糸をほどくように信頼関係を築いていき、気づけば背中を預けられるパーティーになっていた。
私は少しだけ最後の別れのことが軽くなった気がして、くすりと笑いながらティーカップを下げる。
さあ、リヒトが次に現れるのは何日後だろう。
くそ真面目なリヒトは、すぐにでもリカルドの元を訪れるに違いない。顔を合わせたらリカルドには文句を言われるかもしれないけれど、それもまた楽しめばいい。
「ふふ……、でも条件は一つだけなんて言ってないんですからね」
そう告げたら、リヒトはどんな顔をするだろう。
二人目の説得は、リカルド以上に簡単にはいかないだろう。でもゆっくり、のんびり待てばいい。
だって、私はアリエル。優秀な元冒険者で、世界一のヒーラー。旅の準備は、慣れているから。
それが、新しい仲間となった花純という女性への、第一印象だった。
私はアリエル。冒険者で、世界一のヒーラーで、絶世の美女。
まあ、名乗るのはかまわないわよね。かつては確かに、それが私への賛辞だったのだから。
かつて最も勇者に近いパーティーと称された私たちは、魔法剣士のリヒトをリーダーに、魔法使いのサヴィエと、弓使いのリカルドの四人でパーティーを組んでいた。
リヒトは魔物を憎んでいて、驚くほどストイックに剣の腕を磨き、すでに冒険者たちの頂点に立つ腕前。サヴィエは性格に難ありだけど、変態級の探究心で古の魔法を使いこなす、超攻撃型魔法使い。リカルドは優しげな風貌でありながら、どんな敵をも見抜く心眼の持ち主で、射貫く腕を持つ。そして私、精霊の血を引く一族の生き残りと言われる、超、超、優秀なヒーラー。
もう、どこのパーティーと比べようとも引けをとらない、完全無欠のパーティーだった。
そう、だったのよ。花純が加わるまでは!
花純が現れたあの日、リヒトは珍しく単独行動をしていた。
普段、私たちがどんなに頼りになる冒険者だとしても、リヒトは離れることを嫌う。自分の目の届かない場所に、仲間がいることを恐れていた。
自分が居ない時に、私たちが魔物に襲われて死ぬとでも思っていたのよね。最初は馬鹿にされているのかと思って、そのことが原因で喧嘩になったことだってある。特にサヴィエ。あいつのプライドは、実は誰よりも高い。いいえ、あれはもはやプライドというより、過去の妄執にとりつかれているだけ。忘れられた魔法を蘇らせるなど、無駄な努力。今あるものが優れているのに、それを昇華できないから、固執しているだけだと馬鹿にした者たちへの復讐。見返したいことが、サヴィエのすべての原動力だった。
そうして反発しあう二人をなだめるのは、本当に苦労したわ。
でもほら、私のような愛くるしい女性に諫められないものはないもの。本当に、私って優秀だもの。
だけどそうして上手くいっていた私たちのパーティーにあの日……
「花純を、仲間にする。これはもう決めたことだ」
リヒトの独断で、彼女を仲間に加えることになった。
もちろん、私にだって花純の魔力量が半端ないことには気づいていた。でも不自然なのよ、魔力をもっていても、彼女は一切魔法を使えない。
リヒトだけでなく、私やサヴィエまでが魔法を理論や実践で教えたというのに、火を熾すこと一つできはしなかった。そんなの、ありえないことよ。
でもそれだけじゃない、身の回りのことだってどこの王侯貴族かというくらい、なにもできない。洗濯も料理も……
そうして彼女に当てられた役割は、リヒトのお荷物。
それでも異界から来たという花純には、一つだけ特技があった。それは『空気を読む』こと。彼女は自分が、どれほど皆のお荷物になっているか、しっかりと空気を読んでいたらしく、日に日に声が小さく、おどおどしていった。
その反動なのだろう、唯一の保護者であるリヒトには、ひな鳥のようについて離れない。
そうした日々を送った先で、ようやく彼女が使えるようになった魔法は、なんと花を咲かせるだけ。
まあ、結果的に食料には困らなくなったけど……
でも一番、興味深かったのは別のこと。今でも時折思い出すのよね、花純の属性を知った時のリヒトの困惑した顔と、サヴィエの愕然とした顔。もう、おかしいったらないわ。
そうでしょう、リヒト?
「あの時も、おまえは大笑いしていたな」
簡素で小さな椅子を勧められ、身を縮めるように座り、すっかり冷めたお茶をすするリヒトが目の前にいた。
自慢だったパーティーを離散した後、私は一人で小さな町の片隅に、隠れ家を作って暮らしていた。戦いを離れ、あれだけ人生を賭けて臨んだ魔物討伐も、すっかり興味を亡くしたままに、魔王討伐は終了していた。
今さら冒険者に戻るつもりもなく、ここで蓄え頼りにひっそりと暮らしていたのに、どこで調べたのか、リヒトが突然やってきたのだ。
歓迎しないと告げたが、かまわないと居座って、そろそろ半時にもなる。いったい何しにきたのか。
彼は勇者として聖教会に認められ、魔王と対峙した。一方私は、彼を見捨ててパーティーを離れた身だ。リヒトのパーティーにいた私はその道では有名だ、例え再び冒険者を目指そうなどと考えたとしても、迎え入れてくれるところはない。しばらく静かに暮らすつもりなのに、こんな派手な男が出入りしたら迷惑なのだ。
そう……もう二度と、リヒトたちとは会わないつもりだった。
「マリエルは、花純を嫌っているのかと思っていた」
「え? ああ、そのこと。花純は、嫌いじゃなかったわ。私が嫌いなのは、醜いものよ。魔物や、悪人。そして虫」
「……虫?」
当たり前じゃない、私の姿をよく見なさいよ。こんな可憐な……花純が言うところの天使のような私が、虫を平気だと思う方がどうかしているわよ。
「花純はいつも、私のそばから虫を追い払ってくれていたわ。だから嫌いではないわね。殺さない主義だとか言って、平気で指で摘まんでいたから、その手で触らないでと言ったのは確かだけど」
言っている意味が分からない。そうリヒトの顔に書いてある。
そうでしょうとも、あなたは些細な女性の感情や仕草に込められた意味など、理解できない人だものね。いつも魔物を倒し、人々を守ることしか考えてなかった。だから花純に振られるのよね。
ふふっ、いいざまよね。あなたに花純はもったいないもの。
「花を咲かせる前から、花純は小さな虫や新芽をつけた枝を避けて歩いていたし、花を踏むことは決してなかったわ。私たちのために実らせた果物だって、採り尽くすことはしなかったし、必ず植物にお礼を言ってからもいでいたわ。そして丁寧に土や汚れを拭いて手渡してくれた。ある日それに虫がついていたの。私はびっくりして払い落としてしまったの。でも花純はすぐに私がわざとじゃないって、虫が苦手なのに気づいてた」
「……そうか」
「でもリヒトはそういうこと気づく余裕なかったわね。だからいつしか、花純はあなたと一緒にいない方がいいって思うようになっていた」
だから、リヒトが花純を置いていくと決めた日、彼に賛同した。
花純は、命のやり取りには向いていない。
そして同時に気づいたのは、自分のこと。
いつから、私は花純とは違うモノになってしまったのだろうかと……。
癒しの力をもてはやされ、人の役に立つと言われて、気づけば戦場だけが生きる場所になっていた。魔物を倒せれば、どんなに森の木が倒れようと、町の柵や建物が壊れようとも、皆のためになる。だから些細なことに目をつぶるのは、しかたがないと思っていた。けれども彼女に会った時には、仕方ないと考えることすら忘れてしまっていた。
「あの頃からすでに、私たちはおかしくなっていたのかもしれない。だから早く、花純だけでも離れた方がいい。そう考えたの」
「だから、辛くあたったのか」
私はその言葉に、呆れて大げさに肩をすくませた。
「あなたが一番こっぴどかったと思うけど!」
リヒトは遠くを見て「そうだな」と呟いた。
彼は私が何も知らないとでも思っているのかしら。これでも、情報収集には自信があるのよ。リヒト、あなたが猪突猛進すぎるせいでね。
だから知っているわ。
世間では、勇者であるリヒトと聖教会の巫女様が協力しあい、魔王の力を消滅させ危機を回避したということになっている。けれどもあの日、世界に降り注いだ優しい花を、誰が咲かせたのかを。
そして花純がかつてリヒトのために咲かせた花を、今は別の男のために咲かせていることを。
「それで、いつになったら本題に入るのよ、リヒト?」
いきなり隠れ家を訪ねてきたリヒトは、ただお茶を出されて椅子に座り、自分から発した話題は「元気だったか」のみ。本当に魔物退治以外、ぼんくらにもほどがあるわね。
とはいえ、受け答えくらいは忘れていなかったようで、喋る気になったらしい。
「ああ、また俺と一緒に旅に出ないかと思って」
「は?」
「この国を出て、様々な場所を回りたい。一緒に来いアリエル」
驚いてリヒトの次の言葉を待つけれど、彼はそれだけを告げて満足したらしい。
「だめか?」
「あのねえ! 理由も目的も方法も他の仲間がいるのかとか、何も聞かされずはいそうですねと返事できるわけがないでしょう!」
「ああ、そうか」
ようやく私の言いたいことに気づいたらしい。
まったく、花純の気を引こうとしてよく喋るようになったと思ったのに、また元通りじゃない。あの頃はどこで覚えてきたのか、歯の浮く台詞を並べはじめたのよね。ついに頭を打ったのかと思ったけれど、それでも今よりはマシだった。っていうか、花純に出会う前にすっかり戻ってるじゃないの?
「実は、死の山の主である魔王は、正確には我々が考えていたような存在ではなく、魔物のひとつにすぎなかったんだ。だがこの国ではあいつを抑えておけば、しばらくは他の魔物の復活はないだろう。しかし他国ではいまだに魔物に困っているところもあるらしく、聖教会に援助の申し出が殺到している。俺に花を咲かせる力はないが、魔物相手ならばいくらか手助けにはなれると思う」
「……それで、サヴィエとリカルドには?」
「サヴィエとはしばらく連絡が取れない。リカルドには会いにいった……だが」
「断られた?」
「ああ」
「じゃあ、私と二人でってこと?」
「嫌か?」
「当たり前じゃない!」
「なぜだ」
「面倒くさいからよ!」
リヒトが驚き、言葉を失っている。
「ってか、自覚ないの? あんたって聞かないと言葉にしないし、勝手に守るとか言い出して一人で暴走するし、無茶ばかりで面倒な回復させられるし、一人で世界を背負ってるみたいに暗い顔してくそ真面目だし、こっちまで陰気になっちゃうの。それだけじゃないわ、ようやく訪れた大きな町でも立派な宿に泊めさせてくれないじゃない!」
一気に叫んで、すっかり髪も表情も崩れてしまい、私は咳払いをしてから身なりを整える。
リヒトからは「いや、それは、そんなつもりでは……」と呟きが聞こえるけれど、この際ハッキリさせてからじゃないと、とても面倒みきれない。というか、見るつもりなんてないし。
「まずは、リカルドに参加してもらうこと。でないと、話だって聞きたくないわ。二人旅だなんて、ぜーったい嫌ですからね!」
オロオロしながらも、リヒトは「わかった」と言い、素直に帰っていった。
まったく、花純と別れた時どころか、これじゃパーティー発足当時のぎこちなさのようだ。そういえば、初めて出会ったときのリヒトは、まだ気持ちばかりが先走って怪我をしては自信を失ってばかりだった。私は逆に、何を根拠にしてるのかと思うほどに、自尊心が大きかった。そういうのを一つずつ、絡み合った糸をほどくように信頼関係を築いていき、気づけば背中を預けられるパーティーになっていた。
私は少しだけ最後の別れのことが軽くなった気がして、くすりと笑いながらティーカップを下げる。
さあ、リヒトが次に現れるのは何日後だろう。
くそ真面目なリヒトは、すぐにでもリカルドの元を訪れるに違いない。顔を合わせたらリカルドには文句を言われるかもしれないけれど、それもまた楽しめばいい。
「ふふ……、でも条件は一つだけなんて言ってないんですからね」
そう告げたら、リヒトはどんな顔をするだろう。
二人目の説得は、リカルド以上に簡単にはいかないだろう。でもゆっくり、のんびり待てばいい。
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番外編で完結後の世界を
描いて下さり( ̄∇ ̄)ありがとうございます。大好きな世界観の作品なのでとても嬉しいです。
更新を楽しみにしています😃
季節の変わり目の体調不良にお気をつけて下さいね。🌱🐥💮
完結からかなり経ちましたが、覚えていてくださってこちらこそ嬉しいです。
番外編では、描ききれなかった細部を少しご紹介する形で物語を補完できたらなと思い書かせていただきました。
あたたかいコメントありがとうございました。
うおっ!気づかないうちに完結していた!!!しかし、ものすごくスッキリ完結しましたね!面白かったです!終わってしまいましたがまた最初から読み直しても面白いので愛読します!(≧∇≦)
ありがとうございます。
スッキリ、できましたでしょうか。楽しんでいただけたようで光栄です。
何度も読みたいと思ってもらえるなんて、本当に嬉しいです!
完結してしまいました・・・お疲れ様です。
素敵なお話ありがとうございました。
次のお話も読ませて頂きたいと思っています。
ありがとうございます。
こちらこそ、最後までおつきあいいただけて感無量です。
次も楽しんでいただけるよう頑張ります!