聖女の末裔ですが、年下王子と義兄騎士が離してくれません…!(※世はIT社会)

甘糖めぐる

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【2―王子と義兄の諍い】後編

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(私を守るために、クロードが管理局員に……?)
 アリシアは息をひそめて、扉の向こう側に耳を澄ませた。
 相変わらず聞こえているが、フランツが声を抑える。
「あっ、これ内緒? ラズワルド家の子は、誰かを管理局員にしないといけないってやつ」
 アリシアの知らない話だ。確かに管理局員の親戚は多いが。
(それじゃあ、クロードは、危険な仕事をさせないために――。私が自由に将来を決められるように、自分が代わりに……?)
 ただ魔法の才能があるから進んだ道だと思っていた。
 けれど、思えば、彼はどこへ行ってもやっていけるくらい優秀だった。
(元々、なんの関係もない家に生まれたのに)
 それなのに、ともすれば人生を捧げるくらいの姿勢で、ずっと前から守ってくれていたのだ。
 隠された深い愛情が、先ほどまでの不平に絡んで混乱する。アリシアが動けずにいると、反対側からクロードが仕方なさそうに扉を開けた。
「……入らないのか?」
「あ……えっと、」
 促されて足を踏み入れる。彼は剣を壁に立て掛けており、抜いてすらもいなかった。フランツは両手で口を押さえて失言をなんとかしようとしているが。
 クロードと話をするべきだと思うのに、何から始めればいいかわからなくて。アリシアが言い淀んでいる間にも、彼は廊下へと出て行ってしまう。
 困って全員を見回すと、フランツがわざとらしいまでに明るく言った。
「あっ、そうだ、希望の業務内容とか聞いていいかな! まずはユリウスから!」
「あっ、はーい……!」
 呼ばれたユリウスと入れ替わりで、アリシアは再び廊下へ出た。右手の先、遠ざかる大きな背中に声をかける。
「あの、ねえ、さっきの――」
「気にしなくていい」
 軽く目を合わせて、クロードは肩をすくめてみせる。子どもの頃、学校帰りにアリシアの欲しがっていたクレーンゲームのぬいぐるみを取ってきてくれた時と同じように。そんな、ほんの些細なことみたいに。
 適切な言葉は見つからなくても、言われるまま甘えようという気にはならなかった。階段を上がる彼の後ろへ、小走りで付いて行く。
「でも……その、ありがとう。それに、私、ちゃんとここでがんばってみたいと思ってる。嫌な思いとか、してないから」
 彼はまたこちらを振り向くと、切れ長の目をほんの少し細めて「なら良い」とささやいた。
「うん……」
 まだ胸の内を整理しきれてはいない。けれど、自分の知っている義兄の顔を見られて緊張が解けたのか、頭がふわふわとしてきてアリシアは目を瞬く。
 すると、聞き馴染みのある、落ち着いた、世話を焼いてくれる時の声が降ってきた。
「疲れてるなら、ちゃんと休んで行け。仮眠室があるから」
 案内されたのは、三階の中頃にある一室だった。白のセミダブルベッドと、窓際には小さなテーブルセット。シンプルだが品の良い部屋だ。
 ジャケットを脱いでベッドに入ったが、どうにも落ち着かない。
「……眠れないかも」
 幼い頃はたまにクロードが寝かし付けてくれたことを思い出しながら、冗談半分で見上げると、さすがに嘘だろと言いたげな顔をしてから彼は淡い苦笑を浮かべた。
「ちょっと待ってろ、シャワー浴びてくるから」
(あれ。本当に……?)
 大人同士でとなると、言い出した身ではあるが戸惑ってしまう。
 彼は宣言通り、部屋を出てしばらくしてから湿った髪を下ろして戻ってきた。凛々しい眉がいくらか隠れ、またひとつ昔の義兄の面影が濃くなっている。
 奥から椅子をつかんできてベッドの横に腰かけたクロードは、アリシアの頭へ伸ばした手を一瞬止めたあと、結局幼子にするようにゆっくりとなで始めた。
 手のひらがこちらを向いた時だけ、ほのかに香る石けんの匂い。静かな眼差し。軽い触れ方。長い指が、時おり丁寧に髪を梳く。
 はじめにあった気恥ずかしさは次第に安らぎに変わり、アリシアは頬をゆるめて息を吐き出した。
 頭をなで下ろした手で、そのまま耳のふちをなぞられる。神経の密集したところをそっと挟んでマッサージされると、心地よさがじわじわと広がり、やがて脳まで酔いしれるような感覚に陥る。
 ぼんやりとしているうちに、いつの間にか、クロードの伏し目がちな表情に滲む色気だとか、開いた襟元からのぞく首や鎖骨のしっかりとした形だとかに意識が移っていた。
(……あぁ。やっぱり、大人の男の人だ……)
 もう別々に暮らし始めてから、十年も経っている。当たり前のことを考えながら世話を焼かれ続けていると、陽だまりの中にいるような癒しの時間に、不意に甘いしびれが走った。
(……? ん……これ……)
 ぞくぞくする。寒気ではないが、安らぎと呼ぶにはもどかしい快感の萌芽。自然と身をよじってしまう。クロードに触られてこうなったことなんてなかったのに――直感した。自分の体は、いま、女として反応していると。
(うそ、だって、クロードなのに)
 否応なしに、呼吸が速まる。
「――アリシア? 魔力の欠乏症か……?」
 彼は、怪訝そうに眉を寄せて、アリシアの首筋を軽く押さえた。
 脈を測るためだと、理性ではわかっている。けれど、頼もしくて大切にしてくれる人の大きな手で、急所とも言える場所を覆われると、被支配感が――体を預ける悦びが生じて、勝手に声が漏れた。
「っん……」
 ぴくりと、彼の指先が動いた。信じ難そうに凝視されている。
(ぅ、わ……聞かれた……)
 居たたまれなくなって、布団を頭からかぶる。顔が熱くて、心臓がどくどくと強く脈打っていた。
 しばらくすると、布団の上からぽんぽんと頭をなでられた。
「魔力は流しといてやるから、もう寝ろ」
 手を繋がれ、そろりと顔を出すと、彼はちょっと険しい顔で言う。
「あと……あいつの前で、そんな表情かおするなよ」
(あいつ――?)
 すぐに、ユリウスではないかと思い至る。それにしても。
「そんな、って」
 今はもう、あられもない姿は晒していないはずだ。尋ねると、クロードはため息混じりに「……言わない」と答えた。口にするのも憚られるらしい。
「ほら、目を閉じろ。……なにもしないから」
(そう言われるとなおさら気まずい――)
 しばらく、心を無にするのに苦労した。

   * * *

 アリシアが微かな寝息を立てはじめてから、クロードは気配を殺すレベルで静かに仮眠室を出た。
 使用中の札をドアノブに掛け、階段を下りながら、再びため息をつく。彼女に問われたことに対して。
(言えるわけねぇよな――どろどろに甘やかしてやりたくなる表情、とか)
 恥じらいと、こちらへ向けられる無防備なまでの信頼。
(いや、いくら大人になったからって……身内は駄目だろ)
 手早く拭いたせいで雫が滴ってきた前髪をかき上げて、クロードは本日何回目かのため息をついた。

 ちょうどその頃、事務室から出たユリウスはアリシアの姿を捜して辺りをきょろきょろと見回していた。
(支部長は優しいし、無事に試用期間スタートできそうだけど……どこに行ったんだろう)
 ふと、上階からクロードが一人でやってくるのを見つける。その黒髪は濡れていて、襟は先ほどより大きく開いていて、ユリウスはぽかんとしたまま素で尋ねた。
「え、アリシアは……?」
「上で寝てる。近付くなよ。同じ階に存在するな」
(厳しすぎる)
 冷ややかに見下ろしてくるクロードに対して、ユリウスは義兄妹間のあらぬ妄想――自分とアリシアが応接室でしたような――をしかけて、ふるふると首を横に振る。
(さすがに無いか、身内だし。まあ、オレは魔力供給のために、これから毎日できるわけだけど。たぶん)
 つい、顔に優越感が滲む。しかし、だからといって、クロードの立ち位置が全く気にならないわけではない。

 二人の視線がぶつかる。彼らは同時に、同じことを考えていた。
 ――目の前にいるこの男には、絶対にアリシアを渡したくないと。
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