3 / 4
3、また間違えた
しおりを挟む
あの茶会、あなたが好きで、あなたのために勉強したんですと告白したあの日から、アヒムの態度は一層冷たくなった。
月一のお茶会で、今まではアヒムが興味を持っていることを話してくれていたのに、今は黙って二時間が過ぎるのを待つだけになった。
私が話しかければ最低限の相槌は返してくれるが、視線も合わずただ返事をくれるだけ。
軽蔑されてしまったという悲しみに打ちひしがれ、私は何度かアヒムが居ない時にアヒムの家であるアトキン家を訪ねた。
アトキンご夫妻に助言を貰おうと思っての事だ。
「まぁ…あの子がそんなことを…ごめんなさいね」
アトキン伯爵との面会は叶わなかったが、夫人とはお話しすることが叶った。
しかし相談に対して、夫人は困ったように首を傾げるばかり。
「旦那様に似たのかしらね。あの人も仕事人間でなかなか屋敷に帰って来ないのよ。けど仕事一筋で真面目だから愛人も作らないし作る時間が勿体ないって崇高な考えをお持ちなの。おかげで私たちは不自由なく暮らせているわ。だからね、テレーゼちゃん。あの子のよき理解者になって支えて上げて」
貰った助言は、改善案ではなく妥協案だ。
なんとか頷いてみせて、気持ちの整理がつかないままふらりと席を立った。
夫人が見送ってくれている中で帰宅し、その後はぼうっと呆けて過ごした。
勉強への姿勢を否定されて、何も手に付かなくなってしまったのだ。
気分転換に外の空気を吸おうと窓を開けると、ひそひそと声がした。
「閨教育って…男の人ってそんなものがあるの?」
「男の人って言うか、貴族の男性よね。子作りは重要だからどうしても必要になるんじゃないかしら。あたしの旦那もその教育を受けたのかと思うと複雑だけど…」
「まぁ、言われてみればそうよねえ。いざ子供を作ろうって時に男側が何もわからないじゃ話にならないし」
閨、子作りという単語にどく、どく、と心臓が嫌な音を立て始める。
「アトキン子息、そろそろ閨教育があるんですってね」
「ええ。テレーゼ様には絶対内緒にしないと…あの方、アトキンご子息に夢中だから、きっと気に病んでしまわれるわ」
「そうでなくてもあの年頃ってそっち方面には潔癖だしね」
気付かれないようにそっと窓を閉め浅い呼吸を何度か繰り返した後、私は無意識に屋敷を飛び出していた。
御者に泣いて頼み込み無理やり馬車を出して貰い、数時間前に伺ったばかりのアトキン家へ向かう。
泣きそうになりながら馬車に揺られ、祈るように両手を握っていた。
アトキン家に付くと、丁度アヒムの乗っている馬車が帰宅している所だった。
私は矢も楯もたまらず停車するために速度を落とした馬車から飛び降り、アヒムの乗っている馬車に駆け寄った。
「アヒム!アヒムお願い、出て来て!」
私が乗って来た馬車とアヒムの馬車の御者がどちらもぎょっとした顔でこちらを見ている。
しかしそれにも構わずわたしは馬車に近付き、アヒムの乗っている馬車の扉を必死で叩いた。
「一体何事ですか!?」
アヒムが慌てたように外に出て来た。
その顔を見て、ようやく少しほっとする。
「ああ、よかったアヒム!」
はしたないなどと考える余裕もなく、アヒムに抱き着く。
「どうしたんですか、なにか緊急事態ですか?」
両肩を掴まれ、優しく離される。
「アヒム、アヒムお願い…閨教育なんて受けないで!」
「はあ?」
「他の人と子作りの勉強なんて…そんなの嫌!私とでは駄目なの?婚約者は私でしょ?あなたが他の女の人に触れるなんて絶対嫌です!!」
顔を上げると、近くに呆気に取られたアヒムの顔があった。
暫く固まっていたアヒムだが、徐々に無表情になり私を突き放した。
その勢いに小さく悲鳴を上げたが、アヒムは振り返ることなく自分の乗って来た馬車に戻ろうとしていた。
「待ってアヒム!アトキン伯爵に相談しましょ?閨教育なんてそんなのっ」
追い縋ると、ぱんと風船が割れたような音の後に、左頬がじんわり熱く痛んだ。
――私、今アヒムに叩かれた?
「自分の感情も制御できない動物ですか。あなたのような人間が僕の婚約者だなんて…悪夢のようだ」
扉が閉まり、馬車が門をくぐってアトキン家に入っていく。
私はそれをただ見つめる事しかできなかった。
月一のお茶会で、今まではアヒムが興味を持っていることを話してくれていたのに、今は黙って二時間が過ぎるのを待つだけになった。
私が話しかければ最低限の相槌は返してくれるが、視線も合わずただ返事をくれるだけ。
軽蔑されてしまったという悲しみに打ちひしがれ、私は何度かアヒムが居ない時にアヒムの家であるアトキン家を訪ねた。
アトキンご夫妻に助言を貰おうと思っての事だ。
「まぁ…あの子がそんなことを…ごめんなさいね」
アトキン伯爵との面会は叶わなかったが、夫人とはお話しすることが叶った。
しかし相談に対して、夫人は困ったように首を傾げるばかり。
「旦那様に似たのかしらね。あの人も仕事人間でなかなか屋敷に帰って来ないのよ。けど仕事一筋で真面目だから愛人も作らないし作る時間が勿体ないって崇高な考えをお持ちなの。おかげで私たちは不自由なく暮らせているわ。だからね、テレーゼちゃん。あの子のよき理解者になって支えて上げて」
貰った助言は、改善案ではなく妥協案だ。
なんとか頷いてみせて、気持ちの整理がつかないままふらりと席を立った。
夫人が見送ってくれている中で帰宅し、その後はぼうっと呆けて過ごした。
勉強への姿勢を否定されて、何も手に付かなくなってしまったのだ。
気分転換に外の空気を吸おうと窓を開けると、ひそひそと声がした。
「閨教育って…男の人ってそんなものがあるの?」
「男の人って言うか、貴族の男性よね。子作りは重要だからどうしても必要になるんじゃないかしら。あたしの旦那もその教育を受けたのかと思うと複雑だけど…」
「まぁ、言われてみればそうよねえ。いざ子供を作ろうって時に男側が何もわからないじゃ話にならないし」
閨、子作りという単語にどく、どく、と心臓が嫌な音を立て始める。
「アトキン子息、そろそろ閨教育があるんですってね」
「ええ。テレーゼ様には絶対内緒にしないと…あの方、アトキンご子息に夢中だから、きっと気に病んでしまわれるわ」
「そうでなくてもあの年頃ってそっち方面には潔癖だしね」
気付かれないようにそっと窓を閉め浅い呼吸を何度か繰り返した後、私は無意識に屋敷を飛び出していた。
御者に泣いて頼み込み無理やり馬車を出して貰い、数時間前に伺ったばかりのアトキン家へ向かう。
泣きそうになりながら馬車に揺られ、祈るように両手を握っていた。
アトキン家に付くと、丁度アヒムの乗っている馬車が帰宅している所だった。
私は矢も楯もたまらず停車するために速度を落とした馬車から飛び降り、アヒムの乗っている馬車に駆け寄った。
「アヒム!アヒムお願い、出て来て!」
私が乗って来た馬車とアヒムの馬車の御者がどちらもぎょっとした顔でこちらを見ている。
しかしそれにも構わずわたしは馬車に近付き、アヒムの乗っている馬車の扉を必死で叩いた。
「一体何事ですか!?」
アヒムが慌てたように外に出て来た。
その顔を見て、ようやく少しほっとする。
「ああ、よかったアヒム!」
はしたないなどと考える余裕もなく、アヒムに抱き着く。
「どうしたんですか、なにか緊急事態ですか?」
両肩を掴まれ、優しく離される。
「アヒム、アヒムお願い…閨教育なんて受けないで!」
「はあ?」
「他の人と子作りの勉強なんて…そんなの嫌!私とでは駄目なの?婚約者は私でしょ?あなたが他の女の人に触れるなんて絶対嫌です!!」
顔を上げると、近くに呆気に取られたアヒムの顔があった。
暫く固まっていたアヒムだが、徐々に無表情になり私を突き放した。
その勢いに小さく悲鳴を上げたが、アヒムは振り返ることなく自分の乗って来た馬車に戻ろうとしていた。
「待ってアヒム!アトキン伯爵に相談しましょ?閨教育なんてそんなのっ」
追い縋ると、ぱんと風船が割れたような音の後に、左頬がじんわり熱く痛んだ。
――私、今アヒムに叩かれた?
「自分の感情も制御できない動物ですか。あなたのような人間が僕の婚約者だなんて…悪夢のようだ」
扉が閉まり、馬車が門をくぐってアトキン家に入っていく。
私はそれをただ見つめる事しかできなかった。
96
あなたにおすすめの小説
愛する女性を側室に望むのなら、いっそ私との婚約は解消してほしいのですが?
四折 柊
恋愛
公爵令嬢ジョゼフィーヌには好きな人がいた。その人は隣国の王子様リック。ジョゼフィーヌはリックと結婚したくて努力をしてきた。そして十六歳になり立派な淑女になれたと自信を得たジョゼフィーヌは、リックにプロポーズをしようとした。ところが彼に婚約者がいたことが発覚し悲しみに暮れる。今まで確認しなかった自分も悪いが、なぜかリックも家族もそのことを教えてくれなかった。そんなときジョゼフィーヌに婚約の打診が来た。その相手は自国のアルバン王太子殿下。断りたいが王命が下り仕方なく受け入れた。それなのに、ある日夜会でアルバンが可憐な令嬢に一目惚れをした。その後、アルバンはその令嬢を側室にしたいと望んだので、お互いのために婚約を解消したいと申し出たが拒絶されて……。ジョゼフィーヌの未来はどうなるのか?!
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様
恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。
不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、
伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。
感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、
ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。
「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」
足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。
「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」
一度凍りついた心は、二度と溶けない。
後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、
終わりのない贖罪の記録。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
君は僕の番じゃないから
椎名さえら
恋愛
男女に番がいる、番同士は否応なしに惹かれ合う世界。
「君は僕の番じゃないから」
エリーゼは隣人のアーヴィンが子供の頃から好きだったが
エリーゼは彼の番ではなかったため、フラれてしまった。
すると
「君こそ俺の番だ!」と突然接近してくる
イケメンが登場してーーー!?
___________________________
動機。
暗い話を書くと反動で明るい話が書きたくなります
なので明るい話になります←
深く考えて読む話ではありません
※マーク編:3話+エピローグ
※超絶短編です
※さくっと読めるはず
※番の設定はゆるゆるです
※世界観としては割と近代チック
※ルーカス編思ったより明るくなかったごめんなさい
※マーク編は明るいです
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。
でも貴方は私を嫌っています。
だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。
貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。
貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる