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第26話『呪いの勇者、戦場に翔る』

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 「アリア、大丈夫だったか? あいつは何者なんだ」

 「あれは、私の元師匠ですよ」

 聖堂教会の奴らに逃げられて、天に陽が昇る頃、俺達は屋敷に戻りアリアドネの精神的ダメージを気遣いながらも、ベルズという男について聞かざるをえなかった。

 あの恐怖の仕方は、尋常じゃない。きっと、過去に何かあったんだろうな。過去の詮索は不粋かと思ったが、心身共にすっかり元気になったアリアドネは、多くはないけど少しだけ語ってくれた。

 「修道生時代の師匠だったのです。ご覧の通り、聖魔法もロクに使えない無能でしたから、直ぐに破門されましたけどね」

 「その様子だとあまり良い師匠じゃ無かったんだな」

 「そうですね。噂では素質のある生徒を拷問して、最大聖魔法を強制発動させていたぐらいの外道です」

 「へぇ。じゃあ、ベズル君は見る目無かったんだな。アリアを無能扱いしてたんだろ? ベズルよりアリアの方が才能あんぜ? 今度あったら、ざまぁしてやろうな」

 トチ狂った恐怖で人を抑え込むタイプの人種って訳かい。くだらねぇことしやがるな。そういうタイプは、更に強い力を持つ者に支配されて死んでいくのが世の常よ。

 ベズルに関しての情報も聞けた俺は、アクアのいるギルドに向かい村で何か起こったか詳しく伝えようと、受付まで出向いたのだがアクアは何故か、カリカリしていた。

 そういう日何だろうなと、気をつかって声を掛けると俺を見るなり胸ぐら掴んで怒りをあらわにしている。そんなに酷いんだろうか。何とかなだめて本題に入る。

 「何やってるんですかカケルさん! ベズル様に喧嘩吹っ掛けたんですって!? 大変なことになりますよ!」

 「耳が早いな。喧嘩吹っ掛けたってより、もう殴り飛ばした後何だけど……」

 「はぁぁ!? あの鉄壁のベルズ様をですか? やっぱりカケルさんは規格外ですね……」

 「別にいいだろ。ていうか、そんな事を伝えたい訳じゃないだろ?」

 「そうですね。実は昨晩、カケルさん達がリッチー村に偵察していた時、リッチー側が戦線布告をしたらしく、今晩にでも聖堂教会が戦争を仕掛けるそうです」

 「な、何だそれ!? マズいだろ!」

 「あんたが掻き乱すせいでしょ!」

 俺達が交戦したおかげで、体よくリッチーを殲滅出来ると企み、こんなふざけた真似をしてくれたんだろうな。ベズルの奴、相当頭がキレやがる。かち割ってやりたいぐらいだ。

 俺も最後まで責任持って立ち向かわないといけないな。ニーナだって、心で戦ってるんだ。命に変えても、この戦争を終わらせるしかない。

 「ちょっと! どこ行くんですか!」

 「その戦争止めるついでに、いけ好かねぇ野郎の鼻へし折ってざまぁしに行くんだよ」

 「戦争です。絶対に誰かは死にますよ。その時、カケルさんは耐えられますか? カケルさん、優しいから絶対に後悔しますよ」

 「死なねぇよ。誰も死なせねぇ。墓前で約束した人がいるんだ。だから俺は、逃げねぇし、負けねぇよ」

 戦争を止める為、ニーナの幸せな未来を護る為、仲間の為、それらが交差して合わさる者全て、俺が救い通してやる。指揮を取ってるのは、間違いなくベズルだろう。

 ーーアリアドネの件もあるし、俺は絶対に許さねぇ。

♦︎♦︎♦︎♦︎

 「そこをどけ兄ちゃん! もう我慢ならねぇ。聖堂教会の奴らは皆殺しだ!」

 「落ち着つけ、聖堂教会の罠なんだ。手を出すと死ぬぞ! 俺らを信じろ!」

 「信じられるか! シスターまでいるじゃないか。スパイじゃないだろうな!」

 ーー決起集会が開かれてました。もう最悪です。

 リッチー側も戦争に積極化しており、ますます状況が悪くなる一方だ。もう衝突は避けられない。その時、隠れていた筈のニーナが、集会場に現れて現場が混乱を始める。

 ニーナなりの考えなんだろうと思い、本当に危ない時だけ手助け出来るように気だけは張るように見守ることにした。頑張れよニーナ。今のお前なら、みんなが話しを聞いてくれるかも知れないから。

 「戦争を止めて下さい! この戦争の発端は、私達がありもしない殺人に疑心暗鬼になった結果、教会側に付け入る隙を与えたこと何です。みんなだって分かってるでしょ? 説明つかないから、誰かが殺したと思いたかっただけなんだから……」

 苦痛の叫びにリッチー達は、深く考え込み、暫くだんまりをしている。確かにそうなんだ。リッチー達は、ただ目の前の事を考えるのでは無く逃げるだけだった。

 ニーナの言葉がどれだけ刺さっただろう。開口を開いたのはリッチー村の村長だった。

 「わしらが間違っていたんじゃよ。ニーナの言う通りじゃ。今、わしらがバラバラになってはいかん! 速やかに武装を止めて逃走ルートを確保せよ!」

 「村長さんよ。ありがとうな」

 「済まなんだ勇者様。ニーナの面倒まで見てもらって」

 「いいってことよ。それに、面倒事はこれからだからな」

 ニーナのおかげで村が一致団結したのもつかの間、いよいよ聖堂教会の攻撃が始まった。この村を燃やす気か!? 無数の火炎が民間に投げ込まれて来たので、俺は避難を誘導する。

 「リッチー達はここから逃げろ! 死ぬぞ!」

 「勇者様はどうなさるのですか?」
 
 決まってんだろ。それは、エリクシア、マリエル、アリアドネも考えは一緒だ。皆に聞こえるように、高らかに宣言した。

 『リッチー村の平和を取り返しに行きます』

♦︎♦︎♦︎♦︎

 襲撃地の中心にたどり着いた俺とエリクシア達は、再び、ベズルと相対した。どうせ居るのは分かってたんだ。今回は必ず仕留めてみせる。

 アリアドネだって、恐怖で体が震えているがそれを堪えてでもこの戦場にいるんだ。ホント、負けましたじゃ済まねーなこれは。

 「はぁ、また貴方達ですか。意外ですねアリアドネ。貴女まで私にたてつくなんて」

 「別にそういう訳ではありません。この仕組まれた戦争が気に入らないだけですの。仲間がいますから、ここで師匠を討伐させて頂きます」

 「ほう、強くなったのか、試させてもらいましょうか」

 元素魔法なんだろうか。扇状に広がる炎の波はピンポイントで、アリアドネを狙い流れ出す。あんなのをアリアドネが受ければ即死するだろう。

 「やれ。レーヴァテイル」

 必死になってアリアドネを庇い肉の盾になる。属性魔法なら呪いの影響を受けた鎧で簡単に防ぎきることは出来る。だが、ベズルは頭がキレる事を忘れていた。

 範囲の広い魔法故、しっかりとアリアを抱きしめなければ防ぎ切れないのが奴の狙いだ。外道らしい考えだよな。

 「うぁぁぁぁ!!」

 「護る為に庇ったのに、その者に聖なる炎で焼かれる気分はさぞ愉快だろうに。哀れだな、呪いの勇者よ」

 「カケルさん、私を見捨て下さい! そのまま私を抱いていたら、聖魔法の力で死んでしまいますよ!」

 ーー、痛い、痛い、痛い、痛い。

 絶叫しか出来ない程の苦痛を感じる中で、その言葉だけは耳に残っていた。唯一、理性を留めていれるだけの悲しい言葉。

 『ーーここで皆様とはさよならします』

 させる訳ねぇだろ。アリアドネは俺の、俺達の、最高の仲間なんだから。痛いぐらいでへばってるんじゃねぇ、俺はみんながいれば戦える。

 「ーーんねぇ……」
 「え!?」
 「見捨ててなんてやらねー!! やるぞマリエル! 詠唱開始!!」

 「はい! スロー・ギアクル!」

 神速を超える速さで、炎の牢獄から必死の思いで脱出した。

 体力の消耗が激しい。炎を払う為に、諸刃の剣を振った影響で、俺は瀕死に近い状況だった。エリクシアの熱いキスで、動けなくなった俺の回復を始めてくれたが、回復しきるだろうか。

 「火事場の馬鹿力ってやつですかね。もう詰みですよ。みなさん殺して差し上げましょう。アリアドネ、もう分かったでしょ? 無能同士組んでも所詮無能。再び弟子に取ってやる。私の元に戻りなさい」

 「私のパーティに無能などいませんのよ。それは、カケル様も同じです。カケル様は、どんなに辛くても私達を助ける救世主です。侮辱は何人たりとも許しません! 今度は私がお相手します! 覚悟して下さい!」

 「それは、私が与えたコキュートスですね! まだ持っていたとは驚きだ。コキュートスよ、主人である私が撃てますか? 出来ませんよね? その神器は、自身が認めた主人しか扱うことを許さないのですから!!」

 勝ちを確信して、慢心しやがったな。それこそが、お前の敗因だよ。アリアドネが、勇気捻り出してベズルに銃口を向けなきゃこの戦法は使えなかった。

 ーーさぁ、仕上げと行くか。

 慢心しきったベズルの背後を取る。俺の殺意に反応するだろう。正直、身体を動かしていることが奇跡なぐらい疲労してるけど、アリアドネの覚悟を無駄にする訳にはいかない。

 これが、最後の決定打となるだろう。悪鬼が如く、その剣をベズルに振りかざす。

 「な、なんだと!? 動けたのか!」

 「うぉぉぉぉ!!」

 「間に合え! パワー・ウォール!」

 ーーブンッ!!

 直撃とまではいかなかったが、不完全な防御壁の展開でガードしきれずにベズルはダメージを受けていた。まだ動ける程の傷だったらしく勝ち誇った顔でニヤリと俺を笑いつけていた。
 
 「ふはは! 不意打ちすら失敗したようだな呪いの勇者! 危うく死にかけたわ。運にも見放された無能だったな」

 違うぜ、これまでが全部仕込みだったんだ。どうだい、無能にこれからやられる気分はよ。俺も、とっておきのざまぁ顔でベズルを笑い返してやった。

 「貴様、何を笑っている!」

 「ベズル受け止めろ! これが俺達の全力だぁー!!」

 ベズルの前へ、急に飛んで現れたアリアドネの姿を見て困惑した筈だ。だってコキュートスの銃口を向けているのだから。

 ベズルの知っているアリアドネは、聖魔法なんか使えないし、コキュートスすら扱うことの出来ない無能だからな。知らないのも仕方ない。

 「まさか、コキュートスに選ばれていたのか!?」

 「ーー、聖母マリアに捧げる。死者を天に還す力を今、解放します。みんなの思いを力に変えて下さい、コキュートス!」

 『セイクリッド・プレアデス』

 ーー、プチュン!!

 この技は、本当に加減を知らないからな。この光の束に何度溶かされかけたことか。だけど、今回は少し特殊な光であった。まるで、誰かに祝福されているような柔らかい光。威力そのものは変わらないが、これが『思いの力』何だろうか。

 その光の中でベズルが笑う。もう助からないと悟ったのだろう。かつての弟子、アリアドネに語りかけていた。

 「ずっと無能だと思っていました。強くなりましたねアリアドネ。きっかけは、あの男ですか?」

 「そうですよ師匠。私の救世主なんですから。地獄で反省して来て下さい」

 「ふん、可愛くない弟子だ。コキュートス、大事にするんですよ」

 光の放射が終わった後、その場には焼け野原しか残っていなかった。ベズルは、最後まで悪党であったが、今だけは言葉を出さないでおく。

 そんな奴だったとしても少しだけ、悲しんでくれる者もいるんだからな。過去に何があったからなんて詮索しない。だが、もしかしたらベズルは、この日の為にコキュートスをアリアドネに託したのかもしれないな。

 この戦争は、俺達の勝利に終わった。リッチーの死者はゼロ、村は半壊しているが建て直しぐらいで済みそうだ。

 後の事は、マリエル達が何とかしてくれるだろう。気持ちよくなった俺は、深手を負い過ぎて疲労により倒れてしまった。

 ーーやってやったぜ、俺達の完全勝利だ。
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