上 下
56 / 58

第56話『呪いの勇者、臨界の果て』

しおりを挟む

 「そんな、ふざけた真似をして私に勝てるとでも? 馬鹿にされているようにしか思えないのですが……」

 「意味が分からねぇなら、分からないまま死んでおけ。その方が、俺にとっちゃ都合がいいさ」

 「何を戯言を!」

 そんなの決まってるだろうよ。たった一撃、剣聖グレイアスの装甲ごと、ブチ破るに決まってんだろ。アリアドネの修道服を巻きつけたこの諸刃の剣なら、諸刃の剣の弱点である聖魔法を一切受け付けずに、装甲を破壊することが出来るだろうって考えだからな。

 エリクシアの咄嗟に出した思いつきが無ければ、今頃、全て終わってたところだよ。知識を膨大に持っていて、何より可愛い自慢の女の子だ。その思いつきに殺されるんだから、剣聖も本望だろう。

 ーー、一撃で決める!!

 後は、マリエルの補助がどれだけ持つかが勝負のカギだ。聖球を回避するのに、マリエルのマナを酷使しているし、そう長くは使えない。俺は一人じゃ戦えないちっぽけな存在なんだよ。だから、皆んなで奴を倒してみせるさ。

 マリエルに、全てを込めさせて詠唱の合図を送った。頼んだぜ、ありったけを込めて欲しい。必ず俺が倒すから。諸刃の剣の切っ先を剣聖に突き立てて、この一瞬に全てを捧げた。

 「マリエル! ありったけを俺にぶつけろー! 詠唱開始!!」

 「負けたら許さないですよ! 新技も出しますから行ってください! スロー・リバイバル・ギアクル!!」

(ここで新技か!? 一体どうなるんだ!)

 普段の【スロー・ギアクル】と、なんら変わり無くいつも通りの神速をも超える速さであった。何が変わったかも分からないが、このスピードのまま剣聖グレイアスに剣を振りかざす。

 「甘いな。私は剣聖ですよ? 貴方の剣筋など幾ら速かろうが、一回見てしまえば簡単に捌けてしまうのですから。そんな初見殺しの刃は私には当たらない……。な、なんだそれは!?」

 自分でも驚いていたが、まさか俺が、大量に影分身をしているなんて思いもしなかった。何故か、分身体は人型のゲル状なんだけどね。咄嗟に出したんだろうが、マリエルにはセンスという物が無かったんだろうな。

 デバフ状態異常【スライム化】

 敵をスライム化させ、ステータスを大幅に下げる。更に、鈍足化も付与するデバフらしい。ゲームのラスボスが、勇者パーティに掛けるデバフみたいだよな。

 呪いの影響下にある俺は、それを全て良いとこ取りしているようで、少し怖くなってしまいました。スライム化の長所は、弾力があり柔らかいボディで数々の分身体を作り、鈍足化も相まって攻守バランスの良い最高のバフに仕上がっていた。

 あまりの数にヒヨッたのか剣聖グレイアスは、分身体に手こずっている様子で四苦八苦している。そのままスライム達と遊んでいやがれ。

 「これで、チェックメイトだぁー!!」

 「な、何!? そんな所に!?」

 ーーブンッ!!

 修道服を巻きつけた諸刃の剣の一閃は、剣聖グレイアスの聖魔法で編み込まれた装甲を粉砕し、確実にトドメを刺した。

 そう俺は、確信していたんだけどな。装甲自体の破壊には成功していたんだ。やっぱり、お前は剣聖だよ。その剣技は凄まじいものだった。

 間一髪、己の刃を打撃箇所にガードとして入りこませていた。危機的状況で、そんなことが出来るんだから、達人って奴は凄いよな。俺は、諸刃の剣の代償により、口から血を吐きながら、地面に膝を落とした。

 「ぐっ……」

 「全く、焦りましたよ。貴方の様なゴロツキを、何万も相手をしていて良かったと思う日が来るなんて、思いもしませんでした。私、騙し討ちの捌き方は得意なんですよ。こういうのは、皆さん必死の抵抗でされることが多い。失敗した時のリスクを何も考えてないんですから。失敗するとね、こうなるんですよ」

 ーーグサリ……。

 剣聖グレイアスの長剣は、諸刃の剣の代償で動けなくなった俺の心臓に一突き、身体を貫通するまで突き刺していた。溢れ出す、熱い、煮えたぎる血液は、口や鼻、頭や傷口の胸まで大量に流れて出ている。俺達じゃ、敵わなかったっていうのかよ……。

 「か、カケル様! 今私が助けに行きますから! 動かないでください!」

 「アテネは、そこから動くんじゃねー!! 意地があんだよ。死んでも護り通さなきゃならねぇ約束したんだ、心臓一つ程度で、くたばってたまるかよー!」

 「忠犬過ぎやしませんか? 大丈夫ですよ。みんな、あの世に送っておきますから、地獄で仲良くしてくださいね」

 周りの音が次第に聞こえなくなってくる。視界も霞むし、あんなに煮えたぎっていた身体は、今では、震える程寒い。これが、『死』ってやつだろうか。

 仲間の叫ぶ声だけは、しっかり耳に残るんだけどね。普段あまり心配しない癖にな。こういう時だけ、一丁前に泣きやがる。でも、それが俺の本物の仲間なんだ。もどかしいけれど、薄れいく意識の中で、聞き覚えの無い声がした。

(貴方は、この世界の救世主なんです)

 その声の意味なんてよく分からん。さほど、特別な意味があるんだろうか。

(だから、貴方にその力を与えたんです)

 鬱陶しい声だと、最初は思っていたがこりゃ多分違うな。人が死ぬ時は、誰だかよく分からない声の元で、天に召されるんだろう。けどな、受け入れる訳にはいかねぇのよ。

(貴方は、それを呪いだと言うのでしょうけど、それは……)

 「死んでる場合じゃねぇんだよぉー!!」

 急に身体が軽くなり意識が覚醒し始めた。本当に急すぎて、自分でも何故、こんな現象が起こっているのかが、理解出来ないでいた。

 だけど、それは俺の身体だけじゃない。俺の諸刃の剣が、激しく白き輝きを放っている。多分、俺はこの事象を理解していた。臓物潰しの時にだって強く輝いていたじゃないか。これは、きっと……。

 ーー臨界、だったんだ。

 「まさか、その輝きは!? この状況で臨界したっていうのか!?」

 俺の心臓に突き刺さる長剣は、消えるように消滅し、剣聖ご自慢の剣術を、完全に機能停止させることが出来た。マリエルやエリクシアも必死に願ってたんだろうな。俺の諸刃の剣の原動力として、それを訴えかけているような気がする。

 現に、マリエルのデバフはまだ、効果を発動していたようでまだまだ、分身を作り出すことが出来た。もしかして、皆んなの思いの結晶がこの、圧倒的な強さを生み出しているんだろうか。

 「なんだその姿は!? 魔王そのものではないか!」

 白いマントの様な物が、いつの間にか増えただけでこれと言って、見た目が変わった訳じゃないんだけどな。まるで、魔王に会って来たかのような口ぶりだ。

 まぁ、そんなことどうだっていいんだけど。この一撃を持って剣聖グレイアスに引導を渡してやろう。

 「これまで、散々助けて下さった女神様になんて仕打ちしやがるんだ。女神様だってな、女の子なんだよ。人間の男は、こんなにもカッコいいんだと、人間を愛した女神に分からせてやらなくて何が男だ。聖堂教会の野望は、この俺が打ち砕く! お前みたいな奴は、汚ねぇ教祖様の乳こねくりあってろー!」

 「や……。やめ……。やめろぉー!!」

 【天と呪いの一撃《ヘブンズ・カース・インパクト》】

 空が蒼天になり、白き輝きを放つ諸刃の剣は、巨大化して天まで届くかのような、塔にも見える程の長さに成長していた。

 握ってはいるのだけど、決して重くはない。というか、持っている感覚すらないんだけどね。

 「離せと、言ってるだろ! ゴミ虫同然のスライムが!」

 分身体のスライムが、グレイアスをしっかりと拘束する。想いはスライムにだって伝わっているんだな。皆んなに支えられて今、俺は生きている。もう、終わらせよう。

 ーーブンッ!!

 振りかざした一撃で、完全に剣聖グレイアスの討伐が成功したのだと俺は確信する。神域を防衛することが出来たと仲間と共に分かち合いたいが、疲れ過ぎて指を一本だって動かせなかった。

 まぁ、いいさ。少し休んで、女神様の恋をゆっくり叶えてやるとするかな。今回ばかりは、気持ちがいい。起きたらエリクシアやマリエル、アリアドネやブレッドにドヤされるだろうが、それを楽しみに暫しの間、俺は休息を取るとしよう。
しおりを挟む

処理中です...