君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう

神楽耶 夏輝

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タイムリープしたようなので人生をやり直そうと思います

今度こそ絶対に君を死なせない

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「おええーーーー、おえっ、グゲゲゲゲーーーー」

 思わずトイレに駆け込み、派手に嘔吐した。
 何食わぬ顔でそこに存在していた梨々花に、吐き気を感じずにはいられなかった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 トイレを流す音。
 洗面台で蛇口から流れる水の音。
 くぐもって聞こえる店内のBGM。
 スタイリストがアシスタントに出す指示の声。

「シャンプーお願いしまーす」
「かしこまりましたー」

 全てがリアルに時を刻んでいる。

 洗面所で顔を洗い、鏡に映る自分の顔をまじまじと眺める。
 茶色く染めた髪に、爆発したみたいなツイストパーマ。
 韓流スターみたいなツーブロック。
 しかし、洗練されていない。
 真似ただけのイケてないヘアースタイルはどことなく古臭さを感じる。
 肌は艶を帯びて張りがある。
 伸ばしていた顎髭もなくなっていて、ツルツルだ。

 腕時計はアップルウォッチからGショックに変わっている。
 仕事柄、防水に優れているGショックが僕の必須アイテムだったのは10年前の事。
 恐々、文字盤を確認すると――。

 2014・03.20の文字。

 美容学校を卒業し、アルバイトから晴れて正社員になった日だ。
 Gショックが日付を間違えるはずがない。

 と言う事は?
 タイムリープ??
 
 いや、まさか。

 夢??

「泉ー! 泉ーーー!!」

「は、はい!」

「お前なにやってんだ? 二日酔いか?」
 トイレのドアが開いて一番、山内先輩が顔を出した。

「ああ、いえ。すぐ行きます」

「ただでさえお客様をお待たせしてるんだぞ。さっさとシャンプー入れ!」

「かしこまりました」

 トイレのドアが閉まると同時に、思いっきり自分の頬をひっぱたいてみた。
 ペチっ。

「いってー。夢じゃない!?」

 夢であっても醒めないのなら、仕事するしかないかー。

 いや、待てよ。
 この後確か……。

 梨々花はお誕生日クーポンを差し出してこう言うんだ。
『シャンプーとブローお願いします』
 しかし、お誕生日クーポンはカラー、パーマ、縮毛矯正に限り50%オフと謳った物で、シャンプー・ブローには使えない。

 しかし、僕は指名してくれる唯一の客である梨々花のために、半分自腹を切ってオーダーを受けるのだ。
 指名を落としたくなくて……。

 思えばその時から、梨々花は僕に懐き始めた。

 もしも僕がシャンプーに入らなければ、他のアシスタントが担当する事になる。

 もしかしたら、梨々花との結婚は回避される?

 いい人材がいた。

 10年後もうだつが上がらない美容師で、激安サロンで時給1000円で働いてボロボロになっていたあいつ。
 宇都圭太。
 手先だけは僕よりも器用で、先にスタイリストデビューするが、プライドの高さが邪魔をして、店長と喧嘩し首になった男だ。
 働き口がなく、とうとう美容師の墓場と言われている激安店に入店したんだっけ。

 あいつには散々嫌がらせされたからな。

 フロアに戻ると、頑なにシザーケースを持たず、ワゴンの上に道具を揃える店長を目の先に捉え、そっと近づいた。

「今日は随分温かいですねー」
 店長が愛想よく年配の客に話しかける。
 ちょうどパーマの流しが終わり、仕上げに入る所だ。

 グッドタイミング。

 僕はわざとワゴンに足を引っかけて、派手に転んで見せた。
 グワッシャーーーン。

「きゃああーーーー」

 悲鳴と共に
「失礼しましたー」
 と他のスタッフがざわめく。

 思い描いた通りにワゴンはひっくり返って、ハサミやレザーが床に散乱する。
 半分開いて、ギラリと鋭い刃を見せるレザー。
 その隙間にスっと指を差し入れた。

「痛!」
 これまた思い描いた通りに血を吹き出す指先をぎゅっと握る。

スタスタと流れる血液が真っ白い床を汚した。

「ちょっと、何やってるの? 泉君! 大丈夫?」

 店長が慌ててタオルで僕の指を覆った。
「誰か! バックヤード! 3番お願いします」

 3番というのは、指を切った時、客に知られないよう傷の手当をしに行くという、この店特有の隠語だ。
 バックヤード、と付けたのは、バックヤードに入って誰か手当をしてあげなさいという指示だ。

 派手に怪我をすれば、止血するまで仕事はできない。

 この日、30分以上待合で待たされていた梨々花のシャンプーは当然他のスタッフに割り当てられる。

「泉君。大丈夫か?」

 手当に駆け付けたのは。
 10年後もうだつの上がらない美容師の宇都。

「ありがとう。大丈夫。手当は自分でやるんで、苑田《そのだ》梨々花ちゃんのシャンプーブローお願いしていいかな。随分お待たせしてるから」

「わかった。任せろ!」

 宇都は快く引き受け、僕の顔の前で、拳を握った。

 ほくそ笑みながら立ち上がり、一人でバックヤードに向かう。

 転んだ衝撃で足が少し痛むが問題ない。

 しばらく、この先の事を考える余裕もできた。

 10年前にタイムリープしたという事は、保坂芙美がまだ元気で生きているということだ。
 そして、伊藤ともまだ結婚していない。
 二人が結婚するのは、2014年9月1日。
 およそ半年後。

 二人の結婚は絶対に阻止しなければならない。

 そして、今度こそ、絶対に彼女を死なせない!
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