君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう

神楽耶 夏輝

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タイムリープしたようなので人生をやり直そうと思います

君の事がずっと好きだった

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 目的の『焼き鳥九十九』は雑居ビルの一階にあった。
 何となく覚えているような、憶えていないような。

 自動ドアをくぐると大人数が並んで座れるカウンターがあって、中央辺りから伊藤が手招きをしていた。

「泉ー! こっちこっち!!」

 確かに10年前の今頃、こんな所で伊藤と岡崎と3人で酒を飲んだ記憶はある。
 というより、当時からよく集まり酒を飲んでいた。

「らっしゃいませ↺」という店員のクセのある掛け声にも、憶えがあった。

 ぎゅうぎゅうに密になっている座席には少しぎょっとする。
 ソーシャルディスタンスはまだない世界である。

 保坂と伊藤が隣り合わせで座っていて、伊藤の隣の席が一つ空いていて。
 そこが当然のように僕の座る場所となった。

 保坂の顔は少し赤い。
 伊藤は割と真っ赤。
 二人は既にだいぶ酒が入っているようだ。

 このシチュエーションは鮮明に記憶にある。

 この後、確か――。

「泉、何飲む? 生?」

「あー、いや」
 酔っぱらうわけにはいかない。
 当時の僕はすこぶる酒に弱いのだ。
 それに、思い出したのだが、この店の生ビールは偽物だ。
 安物の得体のしれないアルコールが混ざっている。

 大げさに絆創膏でぐるぐる巻きにしている右手を掲げる。

「今日、仕事で怪我しちゃって。血行がよくなると血が噴き出すかもしんないから、明日も仕事だし、ウーロン茶でいいや」

「うわ。痛そう」
 保坂が眉尻を下げて、気の毒そうな顔を作った。
「いや、大した事ないんだけどね」
 と、強がって見せ。

「ウーロン茶お願いします」
 と、カウンターの向こうに声を張った。

 すぐに出されたウーロン茶を二人に向けて掲げる。

「乾杯」
「おつかれー」
「お疲れ様ー」

「遠慮なく食って飲めよ。あ、お前は遠慮なんてしないか」
 伊藤は小馬鹿にしたように高笑いする。

「遠慮なく腹いっぱい食わせてもらうよ。こっちは貧乏学生の延長だからね」

「大変なんだろ? 美容師ってのも」

「ああ、まぁ。俺の話はいいよ。二人の話を聞かせてよ。幸せそうじゃん!」

「あ、うん。実は俺たち、結婚するんだ」

 やっぱり。
 タイミングと場所は違ったが、この時期、伊藤に呼び出され、居酒屋でそんな話を聞かされた。

「おおーーー! マジかーー」
 わざと驚いてみせる。

「おめでとう!!!」
 保坂に向かってそう言うと
「ありがとう」
 と、恥ずかしそうに、いや、幸せそうに肩をすくめた。

「めでたいじゃん! よし!! 今日は俺のおごりね! じゃんじゃん飲んで飲んで。ピッチャーくださーい!」

「いや、お前、金なかったんじゃないの?」

 僕はバッグから財布を取り出す。
 その中から、クレジットカードを取り出した。

「ジャーーーン! 社会人なめんな!」

 ショッピング限度額30万。キャッシング限度額20万。
 高校卒業して初めて自分名義で作ったキャッシュカードで、まだ一度も使った事がない。まっさらだ。

 人生かけた、一世一代の大勝負。
 借金してでもやってやるよ。

「はい、ピッチャーお待ち!」
 ドンっと規格外の生ビールが目の前に届けられた。

 それを僕は伊藤のジョッキに注いでやる。

「伊藤くんの~、ちょっといいとこ見て見たい。ハイ! イッキイッキイッキイッキ……」

 乗せられた伊藤はいとも簡単にジョッキを空けた。

「あれれ~? ご馳走様が~聞こえない?」

 苦しそうに「ごちそう、げほっ、げほっ」とむせる伊藤のジョッキに再びビールを注ぐ。

「ハイ、イッキイッキイッキイッキ……」

「ちょっと泉君。伊藤君はこう見えても弱いのよ。無理させないで」
 保坂が眉尻を情けなく下げた。

「大丈夫大丈夫」
 案外酒に強くないというのは百も承知だ。

 伊藤はまた、ジョッキを空けた。

 そんな事を繰り返し、2杯目のピッチャーで伊藤は見事に潰れた。

 10年後、いや、僕にとったらつい昨夜の事だ。
 伊藤の実家に向かう車の中で、僕は伊藤を問いただした。

『梨々花とはいつからだ?』
 信号待ちで、胸倉をつかんで――。

『ううっ、ごめん、泉……許してくれ。初めて……彼女と……逢った時だ』
 記憶を辿る。

 伊藤と梨々花が初めて逢ったのは、僕たちの結婚式の3ヶ月前。
 お披露目として、同級生に梨々花を紹介した飲み会だ。

『みんな、酔いつぶれてて……その時……』

 そして、伊藤はその時の状況を詳細にゲロった。
 全員が酒に興じていたあのカラオケボックスで、手を握り合い、キスまでしたんだと。

「あ~あ。だから言ったのに。伊藤君、すっかり酔っちゃって寝ちゃった」
 保坂が心配そうに伊藤の背中をさする。

 伊藤はもう殆ど気を失ってる状態だ。
 この店の生ビールは偽物だからな。
 悪いアルコールに毒されたんだ。
 気の毒に――。
 明日は最悪の二日酔いでお目覚めだ。

 伊藤を潰した所で本題に入ろうと思う。

 先ずは、保坂の近況や世間話に小気味よく相槌を打つ。
 就職がまだ決まらないんだとか、野菜ソムリエの資格を取ったとか。

 伊藤の実家に挨拶に行ったら、とても大事にしてくれそうな優しいお母さんだったとか。

 ――そのクソババアは癌になった君を恥さらしだと虐げるんだぞ。散々、君の健康と労働力を搾取した挙句、ボロ雑巾みたいに捨てるんだ!

 そんな言葉を必死で抑え込んだ。

 あの時、実はこうだったなんて話になり。

 それに乗っかって、僕はこう切り出した

「俺、実はさー。中学1年の時から保坂さんの事好きだったんだ。ずっと好きだった」

 それは本心だ。
 嘘偽りない、本当の気持ち。

「嘘ばっかり! 全然知らなかった」

「知ってたら、俺たち、違ってた?」

 保坂は少し困った顔をして、でも真剣に首を横に振った。

「ううん。違ってない。だって私が好きなのは伊藤君だから。中学の時からずっと、伊藤君が好きだった」

 うん、知ってる。
 君は、絶対によそ見なんてしないし、浮気もしない。

 だから、好きになったんだ。

 そしてあの時、諦めたんだ。
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